私、若葉は、最後の戦いを明日に控えた朝を清々しい気分で迎えていた。緊張感は高まってきているが、ついに決着がつけられると思うと、緊張より先に気合が入る。
私が目を開けると、三日月も同時に目を開ける。ここ最近は特に息があっている。最早、一心同体と言っても差し支えがないレベル。阿吽の呼吸とも言える連携も、今なら可能に思えた。
「おはよう三日月。今日もいい朝だ」
「おはよう若葉。本当にいい天気」
ここ最近、全く嵐にも見舞われていない。頻発するはずの嵐がなかなか来ないのは、私達の戦いを後押ししてくれているようだった。ここは施設では無いと言われればそうかもしれないが、昨日に見に行ったときにもゴミが流れ着いているようなことも無かった。
どうせ戦うのなら、快晴の空の下がいいだろう。私達の始まりは大嵐の夜だったわけだが、同じ天候の中で決着をつける必要なんて無いのだ。そもそも私達は、最初のアレを思い出すため、嵐の夜が嫌いである。
「最後の休みだ。今日は何をしようかな」
「いつも通りでいいんじゃないかな。普段通りが一番よ」
「そうだな。三日月の言う通りだ。誰かに誘われたら何かするでいいな」
未だベッドの中、三日月の匂いを感じながら、気持ちのいい朝。夜ならそのまま盛ってしまいかねないこの環境ではあるが、今は朝なのだから、ちゃんと起きなくては。三日月も若干モジモジしたのは見逃さない。
そういうところまで息があっているのはどうなのかと思うが、相思相愛を実感出来るので良しとしよう。三日月も時間は弁えるつもりはある様子。そこも私と同じ考え。
「三日月、今は起きようか」
「そ、そうね、朝だものね」
耳元で囁いてベッドから出る。三日月は微笑みながらも顔を赤らめていた。そんな姿も可愛らしいものだ。私にしか見せないこの微笑みを、私は守っていきたいと思う。
明日の朝から出撃ということになるため、本日中に各所から援軍が集まると、朝の会議で伝えられた。各所と言っても、今回の事件の異質さ、大淀の艦隊司令部の脅威も全て伝えられた結果、結果的に参加者は今までのメンバーに有明鎮守府の援軍を加えただけになってしまったらしい。よって、今から来るのは下呂大将、新提督、そして有明鎮守府の艦娘のみ。
気持ちはわかる。ただの強敵なのではなく、同士討ちを狙ってくるような輩だ。艦隊司令部の存在があまりにも危険であり、深海棲艦との戦いで命を落とすわけでもなく、ついさっきまで一緒に戦っていたものに殺される可能性があるような戦い。一歩引いてしまうのも致し方無し。
「ありがてェことに部屋はまだ空いてる。誰かの部屋に追加で入れてくれってこたァ無ェ。つっても、何人来るかは正確には聞いてねェんだけどな」
「新さんのところが不明だ。いつもは瑞鳳しか来ないから」
「だな。今回は増員してくれるとは聞いてるぜェ。総力戦だからな」
下呂大将のところからは第一水雷戦隊全員が来てくれるとは思うが、新提督はどれだけ寄越してくれるだろう。施設の者だけでも相当数おり、全員出したら戦場は大変なことになってしまうが。
人数が多ければいいという問題でもない。前回大淀を倒した時は、最終的には分散も含めて十数人。おおよそ連合艦隊前後というところである。それでもやれるのなら、少数精鋭の方が戦いやすいこともあるだろう。特に私のような近接戦闘組は、他のものの攻撃手段を封じてしまう可能性だってあるのだ。
「作戦自体は大将が組み立ててくれている。俺らはその指示に従うのがベストだ。それについての説明はおそらく午後からになるだろう。それまでは昨日と同じように待機だ」
私達は昨日は遠征に行っていたため知らないが、基本的には鎮守府内でなら何をやってもいい待機状態。私は当初の考え通り、普段通りに過ごして誰かに何か依頼されたら手伝うという程度でいよう。
あくまでも本番は明日。今日は全員リラックスするのが一番の仕事である。身体は充分だから、心を癒す。
「この前言った秘密兵器だが、明石、完成したんだっけか」
「はい、昨日の夜に終わりました! これについてはまた説明しなくちゃいけないので、全員揃い次第お披露目と行きましょう! これは援軍との連携も必要ですからね!」
昨晩忙しい忙しいと言いながら工廠で動き回っていた明石だが、それも一段落ついていた。秘密兵器は完成し、戦いへの準備も万端と言える。事前に試験運用が必要かは知らないが、完成しているのなら万々歳だ。
「援軍がここに到着するのも午後だ。早くても昼前ってところだろう。来たら出迎えてやってくれい。んじゃあ、解散。ベストにしとけよォ」
会議はこれで終わり。朝食も終えているため、何事もなくフリー。少し名残惜しいが、平和な1日をより享受しよう。
午前中は久しぶりに二二駆とのお茶会。相変わらず私と三日月の関係についてズカズカと入り込もうとするが、生々しい話をするのは憚られるので、なるべくオブラートに包んで話したが、それでも何というか興奮された。
そんなことをしている内に、早速援軍が到着。大分早いかと思われたが、前以ての迅速な行動。5分前などとは言わず、いの一番に行動していた。
「大将と別行動ってのは珍しいっスね」
「先んじて来させてもらった。先生からも言われていてな」
新提督が下呂大将とは別で来た。艤装まで積み込んだ大型車の運転は別の艦娘にお願いしたようである。
何やらどうしても一番最初にここに到着する必要があったらしい。それもこれも、今回の増援により増やされた艦娘に理由があるそうだ。
「四航戦の人達が仲間になったって聞いたんだけど!」
「今は我慢してくれ、瑞鳳」
そして相変わらずの瑞鳳である。空母ではなく航空戦艦なのだが、艦載機による航空戦が出来るというだけで興味の対象。すぐにでも会わせてくれとせがむようにはしゃいでいた。新提督はそれはもう大きな溜息を吐いていたが、これはこれで和めるため良し。
そして、増員されたという艦娘、今回の車の運転手が後ろからやってきた。その姿を見て、私達はどうしても身構えてしまう。
「新提督管理下の艦娘、軽巡洋艦
その者は、新提督の鎮守府に所属する軽巡洋艦としての大淀。秘書艦は瑞鳳だが、出撃をしつつも書類などの事務処理手伝いをする、ある意味内外問わずの万能戦力。なんと指輪持ち。
大淀であるが故に私達は大きく警戒したが、新提督と同じ土の匂いが漂ったことで、私は警戒を解いた。私が警戒しなくなったことで三日月も少しだけ安心したようである。
こういう反応をされるのが気に入らないか、ちょっと拗ねたような匂いが漂う。自分のせいではないのに自分のせいにされた時の理不尽な怒り。
「私がやったわけではないのにこういう反応をされるのはやっぱり嫌なんですよ」
「すまんすまん。どうしてもな」
「わかってますけどね。はい」
咳払いをした後、改めて向き直る。拗ねた雰囲気はその時は失われていた。そういう視線で見られることが嫌なのは、私達が一番理解している筈だ。本当に苦痛を覚える。少し反省。
「敵が私と同じ大淀であるということで、新提督からの推薦をいただきました。また、下呂提督からも何処かの
「最初は結構嫌がってたんだよね。淀ちゃん、なんで自分と戦わないといけないんだって」
「誰だってそう思うのでは」
瑞鳳に弄られて溜息を吐く。敵に自分と同じ顔がいると言われたら抵抗くらいはあるだろう。私だって嫌だ。メンタルの面でダメージが大きい。そんな中でもこの大淀は来てくれた。下呂大将がそうして欲しいと頼んだくらいなので、とても重要な位置に立つことになるのだろう。
来栖鎮守府の大淀は非武装故に事務専門。戦闘には参加出来ない。そのため、充分に鍛えられている新提督の大淀に白羽の矢が立ったらしい。本人からしてみれば堪ったものではなかったらしいが。
「すまないが、私の鎮守府からの援軍はこの2人だけだ。人数が多くなりすぎると逆に困ると言われたのでな。恨むなら先生を恨んでほしい」
「今は飛鳥の施設の奴らが全員いるんで、戦力としても充分整ってますぜ。来てもらえただけでも充分だ」
大本営という立場上、事の解決に戦力を向かわせるにしてもいろいろと制約があるらしく、また、下呂大将が多めに来ても何か変わるわけではないと最初から抑え気味に依頼していたところがあるとのこと。
実際、今回の件で万が一にでも敗北した場合、そのまま大本営が潰されてしまう可能性だってあり得る。新提督からの援軍は、必要最低限がベストであった。
負けたときのことなんて微塵も考えてはいないが、慎重に作戦を考えた下呂大将がそう判断したのだから、おそらくそれが正しいこと。いいも悪いも考えられることは全て練った上でのコレだ。
「若葉、三日月、久しぶりだな。痣が拡がっているようだが……三日月も髪が全て染まったのか」
いつものように、新提督は私達と視線を合わせるために少ししゃがんで話しかけてくれた。相変わらず子供に対しては慈悲深い瞳をする。
新提督と最後に会ったのは、瑞鶴が目を覚ましたときくらいか。その頃から考えると、私と三日月は大きく変わっている。侵食がより深くなり、2人の繋がりも強くなっている。心も身体も深く深く繋がっている。
「君達ばかりが苦労する事件は、これで終わりにしたい。私達も手を尽くそう。これが終わった後のことも手を回している。絶対に嫌な思いはさせない」
「ああ、よろしく頼む」
「貴女は信用出来る人だと思います。私からもよろしくお願いします」
三日月も最初の頃の警戒はようやく薄れ、新提督とは面と向かえるようになった。当然ながら表情は殆ど変わらないが。
戦後のことを考えてもらえるのはありがたい。なんだかんだで鎮守府ではないところが力を持ちすぎているということは、当事者の私達がよく理解している。いくら抑止力とはいえ、鎮守府では無いところがこんなことになっているのは大本営から目をつけられてもおかしくないようなことだ。
私達になんの影響もなく今まで通りの生活を保障してもらえればそれでいい。非武装になっても構わない。艤装を取り上げられるのは困るが、あの施設から出ることを禁止と言われてもまだ許せる。とにかく、私達にこれ以上の苦行を強いてこなければいい。
「んじゃあ早速、大淀は工廠に来てもらえるか。お前さんが今回の戦いの切り札になり得るからな」
「そうみたいですね。ではそのように。艤装も必要ですよね」
「おう、頼むぜェ。明石が準備して待ってるからなァ」
来栖提督の先導で、大淀は工廠へ。新提督もそれについていき、瑞鳳は当たり前のように別行動で空母隊のところへと駆け出した。あまりにもブレない。メンタルがおかしい。どんな状況にいたとしても、瑞鳳だけはあのまま。逆に怖いくらいである。
しかし、大淀が切り札になり得るとはどういうことだろう。私達だけではどうにもならない部分を埋められるということだろうか。
どうにもならない部分が何かあるかと思案してみたが、どう考えても艦隊司令部にしか行きつかない。
「あの大淀も艦隊司令部を持っているとかか」
「だよね。私もそれしか思い付かなかった」
三日月も同じところに行き着いたようだった。あちらの大淀も自分で言っていたが、軽巡洋艦娘である大淀のみが持つ力が艦隊司令部である。だが、本来の艦隊司令部は、出撃中でも提督並みの指揮が執れるようにするだけの装備だ。周囲の者を支配するような力は当たり前だが持っていない。あれはあちらの、
ならば、何をするのだろう。秘密兵器というのも関係あるだろうし、そこは午後に説明してもらうのが良さそうである。
「まぁ、いいか。何かの秘策なんだろう。そのおかげで戦いやすいのならそれでいい」
「うん、私もそう思う。大将が立てた作戦の内だし、きっと大丈夫よね」
「ああ。
誰もいなくなったからか、指を絡ませた後に私にしか見せない満面の笑みを見せてくれた。それだけでもやる気が出るというもの。時間が時間なら危なかった。まだ理性が利く時間だ。大丈夫。
準備は次々と完了していく。戦いまでの時間は後僅かだが、その時間を有意義に使っていこう。
正しい道を歩んだ大淀が戦いの切り札になりそうです。今まで延々と出てきた大淀とは違う別個体なので、初めて感が無いのは本人も気を落としそう。