継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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別個体の悪業

昼食前には、新提督が連れてきた今回の切り札、()()()()()()()()大淀の艤装改修が完了した。明石の秘密兵器が搭載されたということだが、見た目は何も変わっていない。敵の大淀も、艤装自体には明確にそれとわかる部分は無かったが、それと似たようなものか。

私、若葉はそれがどうなったかを確認するために工廠に来ていた。勿論、三日月も一緒に。共に戦う仲間なのだから、今のうちからその姿に慣れておく必要もあるだろうと思ったからだ。決戦直前に新規参入というのは、三日月に対してはストレスにもなりかねない。

 

だが、工廠にいた大淀はすっかり意気消沈していた。ここに来るまでにほぼ全員から身構えられたことを相当気にしているらしい。今回の件の間接的な被害者は間違いなく各鎮守府の大淀である。

その様子に、改修作業を見届けていた来栖提督と新提督も苦笑していた。私も身構えてしまったところがあるので、正直気の毒としか思えない。

 

「こんな気が滅入る出撃は初めてかもしれない」

「まあまあ、今回はエースになるから、ね?」

「明石は出撃しないし、敵に同じ顔がいないからそんなこと言えるの」

 

軽口に憤慨した大淀を、明石は適当にあしらっているようにも見えた。大淀と明石というのは基本的には仲がいいらしい。こういうやりとりも、喧嘩ではなくただのじゃれあい。一切の負の感情が匂わないので心配はしていない。

 

何というか、大分印象が違う。今まで見てきた大淀がアレだったので、こんな人間味のある仕草というか、負の感情を撒き散らさない雰囲気を持っているのが嘘のようだった。

これが本来の大淀なのか、それとも新提督の大淀だからこうなのかはわからないが、新鮮であることは確かだった。

 

「うん、大丈夫。負荷が増えてるみたいなことはないわ」

「それなら良かった。前線に立ってもらうことになるからさ、艤装そのものも限界ギリギリまでチューンナップしておいたよ」

「ありがと。確かに反応がいいかも」

 

よき友人としての言動。明石があんな態度をとる相手も、おそらく大淀だけ。だからこそ、今回の戦いには明石も大分気合が入っていた。

 

「事が済んだら取っ払うから、生きて帰ってきてよ」

「当たり前でしょう。死にたくて戦場に出る子なんて何処にもいないわ」

「だね。大淀は今回確実に狙われるだろうから気をつけてね」

 

それほどまでに重要な装備なようだ。やはり艦隊司令部対策の何かに違いない。敵の大淀もそんなものを持ち出されては気に入らないだろうし、真っ先にこちらの大淀を狙うだろう。

ならば、私達が大淀を守る必要があるだろう。大淀を守りながら大淀と戦う。なんて面倒くさい戦場。だが、それが勝利の道なのだからやらねばならない。

 

「三日月ィ、ありゃまだ取っ付き易いだろォ?」

「……はい。私の知るそれとはまるで違います」

 

改修の様子をジッと見ていた来栖提督に言われ、三日月も少し安心したようである。

こうしている間も大淀を見ていたが、私達の知るゲスでクズな大淀とは雲泥の差。見た目通りの生真面目そうな雰囲気と匂いに、戦いに身を置く艦娘としての鉄と油の匂い、そして新提督と共に土弄りでもしているのか、草や花の匂いも僅かにした。どちらかといえばいい匂い。

 

「……あの、1つ教えてほしいんですけど」

「何かあるか?」

 

その三日月の言葉を聞いたことで、観察していた私に大淀が尋ねてくる。

 

「敵となった大淀……私はどんな感じなんでしょう。うちの提督もまだ目にしてはいないはずですから、詳細を知りたいんですが」

「確かに、私も知りたいな。援軍として参加させてもらうが、敵が何者かは結局今の今までわからず終いだ。一番戦ってきた君達から教えてもらえないか」

 

新提督も大淀と同調した。敵の大淀がどんな奴なのか、決戦前に知っておきたいと。

正直教えていいものか悩むが、黙秘する理由も無い。全て伝えて、その上で戦ってもらうべきだとは思う。特に新提督は、大本営として詳細にそういうところは聴いておきたいのだろう。下呂大将からも報告は行っているだろうが、私達は確実に感情的な説明になる。現場の意見として、そちらが聴きたいようである。

 

若葉(ボク)達が感じた通りに話せばいいんだな」

「はい、それで結構です。貴女の口調も気になりますけど、今は置いておきます。駆逐艦若葉はそんな一人称では無かったと思いますが」

「侵食が拡がっただけだ。新提督ならそれで納得してくれるだろう」

「ああ、私はそれでわかる。それに、また後から説明してくれればいい。今は敵のことを頼む」

 

それならと、今までのことを大淀に説明した。少し時間がかかるものの、新提督や明石も経験していない、施設での直接対決のことまでを簡単にだが全て。

そこに、あちらが望んでいた感情的な部分も織り交ぜたことで、三日月が酷かった。感情的になっていいとわかった途端、新提督や大淀相手にも愚痴大会と同じペースで口汚く罵る。ここ最近出来ていなかったため、溜まりに溜まった鬱憤がここで撒き散らされてしまった。私もその間は口を噤んでしまう。

 

三日月の溢れ出した鬱憤を聴き、新提督と大淀は唖然としていた。来栖提督すら苦笑していた。私の知る三日月はこういうものであると思っているのだが、本来の駆逐艦三日月はこういうことをするタイプでは無いらしい。

私は()()三日月を愛しているわけで、他の三日月のことは正直どうでもいい。三日月も同じように思っていることだろう。私達は()()()()()()であるとお互いにわかっているのだから、相思相愛でいられる。こんな荒々しい愚痴を言う様子も愛おしい。

 

「よ、よくわかった。相当溜め込んでいたことも、な」

「理解してもらえたのなら幸いです。私も少しスッキリしました」

 

新提督が引き攣った顔で返す中、溢れ出した毒に当てられたかのように、大淀がげんなりしていた。自分と同じ存在がここまで罵られるような事態を引き起こしていることに、言いようのない負の感情が湧き上がっている。

別個体の自分が世界の敵となったことに対する悲しみ、何故大淀でなければならなかったのかと考える疑念の苦しみ、災厄となった別個体を粛正しなくてはと決意したことで生じた怒り。

 

「はぁ……私の姿を見て身構えるのもわかりますよ。そこまでのことをやらかしているのなら、姿そのものがトラウマになってしまってもおかしくないですし」

「別であることが理解出来たので大丈夫です。本人だったらお構いなしに殺してます」

 

表情を変えずに言い放ったので、大淀はさらに深い溜息をついた。物騒極まりないが、私も三日月と同じように、誰が制止しようが知ったことではなく、もう一度息の根を止めるために行動するだろう。なんだか初期の赤城と翔鶴の関係を思い出す。

と、ここで明石が何か閃いたように手を叩き、大淀に詰め寄る。

 

「そうだ、大淀。あっちの大淀と区別付けるためにさ、何処かいつもと変えておいたら? 今だけでいいから」

「……それがいいかな。提督、良かったですか?」

「ああ、区別は必要だろう。髪を結ぶなり、服を一時的に替えるなり、好きにすればいい」

 

確かに、戦場では突発的に味方の大淀を攻撃してしまいかねない。そうで無くても、敵の大淀が接近して撹乱してくるくらいはしてきそうだ。すぐに見分けがつくようにしておいてもらえると、全員が助かるだろう。気を配らなくても良くなるだけで、戦いやすくなるというもの。

あちらの大淀は最終的に深海棲艦と化し、衣装も生まれ変わった際に作られたまさしく深海のそれというものを着込んでいたが、今回はどう来るかわからない。それこそ、大淀そのままで来るかもしれないし、私が殺した時の姿で来るかもしれない。まるで違う可能性だってある。

 

「被らねェようにしときゃいいだろうな。今すぐにどっか変えて、午後のうちに浸透させておいてくれや。そうしときゃ、戦場で誤射なんて無くなるだろうぜ」

「了解しました。無難なのは髪を結ぶことですね。明石、リボンとかそういうのちょうだい」

「はいはい。何か適当なもの見繕うよ」

 

私のタキシードや三日月のウェディングドレスを用意出来たくらいなのだから、服の類は明石に頼めばいいようだ。リボンの1つや2つならすぐに出てきそうである。

 

「悪ィな大淀。うちのは艤装がまだ見つかってなくてなァ」

「いえ、わかっています。今回の中では私が一番練度が高いというのも察します。私が頑張れば皆が救われるというのなら、誠心誠意頑張りますよ」

 

来栖提督の言葉に苦笑した大淀。この笑顔ですら嫌味が無い。本来の大淀は、こうも付き合っていきやすいということか。あの歪み方は、本来の真逆になったとも言えた。

 

「淀ちゃん、機嫌直った?」

 

そこへ、テンション高くキラキラしている瑞鳳がやってきた。哨戒をしている空母隊のところで思う存分艦載機を見ることが出来たので、有意義な時間を過ごせたと顔に書いてあるし匂いですぐにわかる。

 

「大丈夫ですよ。公私混同はしませんから」

「ってことは、まだモヤモヤしてるんだね。大丈夫? 水偵飛ばす?」

「誰もが飛行機飛ばせば気分が良くなるわけではないですからね? そうなると駆逐艦の子達はどう気晴らしすればいいんですか」

「それはまぁ、残念だねっていうか」

 

相変わらずの瑞鳳である。

 

「ごめんなさい。説明を求められて当たり散らしたので」

「ああ、三日月ちゃんなら仕方ないよ。私も哨戒の人達からいろいろ聞いたけど、それだけ言っていいだけの仕打ち受けてるもん」

 

良き理解者。こういう仲間達がいるだけでも、私達は今の生き方で間違っていないと確信できる。間違っていると言われても直すつもりは到底無いが。

 

「そちらはもう満足か?」

「満足! やっぱり深海の艦載機の不自然な挙動カッコいいよねぇ。それに今回から四航戦の人達いたから、水上機も見せてもらっちゃった。艦載機と水上機の同時発艦、私には出来ないからなぁ。いいよねあのシステム!」

 

艦載機のことになると本当に生き生きしている。

 

「でも、日向さんはまだちょっと神妙な顔してたかな。瑞雲飛ばしながらすごく集中してたよ。何というか、話しかけづらい雰囲気でね」

 

そこはまだ仕方がないと思う。つい先日洗脳が解かれて未だ立ち直れていないのだ。考えすぎだと諭しても、それが日向の在り方なのだと言われれば口出しも出来ない。

だからこそ哨戒に誘われたというのもある。一番集中出来ること、水上機による哨戒で気分を落ち着かせ、また違った方向で考え直すことが出来れば開き直れるのではないかと、加賀と伊勢が画策した。

それがいい方向に進んでいるかはわからない。だが、昨日も日がな一日瑞雲を飛ばし続けていたらしく、その集中力は目を見張るものだったのだとか。

 

「午後からもアタックしてみようかな。瑞雲もいいよね、ほらあの下駄の部分が可愛いのよ。九九艦爆といい勝負してる! 水上機もいいよねぇ」

「ああ、うん、わかった。わかったから瑞鳳、落ち着こうな」

 

このテンションを見ていると、明日が決戦という緊張感を吹き飛ばしてくれる。さっきまで落ち込んでいた大淀も、仲間のこのテンションで少しは気分が晴れたらしい。

 

「ということで、淀ちゃんも水偵飛ばそっか」

「はぁ……言い出したら聞きませんよねホント。来栖提督、何か貸していただけますか」

「おう、好きに使ってくれい。零観辺りは浮いてるからな。明石、用意してやってくれや」

 

苦笑しながら明石も装備の準備をする。少し強引ではあるものの、前向きになれるのならそれでいいか。

ならば、瑞鳳に日向と話をしてもらうのもいいかもしれない。考えすぎな日向相手でもこのテンションが維持できるのなら、少しは気が晴れそうだ。

 

「すまない、うちの瑞鳳が」

「いや、これくらいなら大丈夫っスよ。むしろ胆が据わってていい。こんな状態なら誰でも臆しちまうってもんですぜ。あれだけ明るきゃ、仲間の鼓舞にもなるってもんだ」

 

あのまま戦場にいてくれるなら、私達も戦いやすいかもしれない。落ち込んで実力を発揮出来ないより、常に笑顔で鼓舞し続けてくれた方がいいに決まっている。

瑞鳳が参加メンバーでいてくれることがこんなにありがたいことは無かった。

 

戦いの準備は刻一刻と進んでいく。心持ちもちゃんと出来ている。この調子で明日に臨みたいものだ。

 




大淀が一番の被害者でしょう。あらぬ疑いをかけられ、見られたら怯えられるとか気分が悪い。

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