昼食後、下呂大将が来栖鎮守府に到着。連れてきてくれた援軍は勿論、第一水雷戦隊である。あの戦場で唯一、艦隊司令部の効果を全く受けることの無かったまるゆも、今回は運転手兼戦力として参加が表明されている。とはいえ、流石にまるゆ対策をしてこないわけがないと踏んでいるため、頼り切っているわけではない。だからこその大淀。
私、若葉も当たり前のように出迎えに出ていた。嘘発見器はもういらないのだが、これが習慣化されたことでこれが当たり前の状態に。
「私からの援軍はいつもの者達ですね。戦闘した経験があり、且つ、私の持つ精鋭です」
「ありがてェっス」
「君達には苦労をかけますからね。本来なら私がやらねばならないことなのですが、頼らねばならない部分が多過ぎました。至らず、申し訳ない」
前回の襲撃の時は、下呂大将だけで全てを終わらせてくれていたが、結果的には大淀には逃げられている。それも踏まえて、今回は念には念を入れたというのもあるらしい。
基本的には最も近い位置にいるであろう来栖鎮守府からの出撃となる。出撃メンバーは後から通達されるであろうが、施設のメンバーはほぼ全員が確約されているようなもの。因縁があり過ぎる。
「有明さんの艦娘はまだ来ていないようですが、連絡はありましたか?」
「今向かってるとは聞いとります。もうそろそろだと思うんスが」
などと言っている内に、工廠から騒がしい声が聞こえてきた。どう考えても利根の声である。向かっている途中に先手を打たれて襲撃されているなどということもあり得たため、無事に到着してくれたのは安心。
有明鎮守府は未だ規模が小さいということで、増援として来てくれたのは利根と筑摩のみ。それでも人員が増えるだけありがたかった。チリも積もれば山となる。戦力はそれだけでも十分に強化された。
「提督から伝言を預ってきておる。筑摩、伝えるのじゃ!」
「はい、利根姉さん」
相変わらずそういったところは筑摩頼りである。
「三十駆の暗示は解けていました。
やはり一度発動してしまった後に入渠したことで、暁のように記憶と一緒に消えてくれたようである。これは安心だ。
「私達の鎮守府からは私と利根姉さんしか援軍に来れず申し訳ございません。未だ資源回復中でして、また、近海にまた深海棲艦の発生を確認しました。そちらにも戦力を割く必要がありまして」
「なるほど、理解しました。その深海棲艦達に違和感はありましたか?」
「今回は統率されているような雰囲気はありませんでした。ですが、タイミングが合い過ぎています。何かの指示があったのかもしれません」
また大淀が何かしらの邪魔をしているのかもしれない。クローンとして蘇った2代目の大淀が、艦隊司令部の試験運用をしていると思える。下呂大将もその線で推理しているようである。
それが本当なら、擬似的に蘇生された大淀は、私達が倒したはずの状態から据え置きと考えていいだろう。予想通りといえば予想通り。あの場で死の恐怖により真の深海棲艦化をしたわけだが、それ以前の状態か。それでも艦娘深海棲艦問わずに支配出来る力はあるのだから厄介だ。それをさらに改良している可能性だってある。
「ありがとうございます。君達が参加してくれるだけでもありがたいです。残念ながら航空巡洋艦はいませんでしたから。その戦力、使わせていただきます」
「任せるがいい。この利根型航空巡洋艦が勝利をもたらそうぞ!」
「今勝利って言った!?」
利根の発言に反応して飛び込んできたのは足柄である。こういうところを見ると、足柄のタイプは瑞鳳に近い。空気を読まず、しかし空気を悪くしない。
「うむ、吾輩達が艦隊に加わる以上、もう心配はいらぬぞ!」
「いいわね、いいわね! 後から演習しましょうか! 実力を知っておきたいもの!」
「コホン。君達、まずは明日の決戦のための作戦会議ですよ」
下呂大将もその様子には苦笑していた。元気なことはいいことである。
今回参加する者が全員揃ったため、会議室にて決戦のための作戦会議。これが最後の会議になることを祈りながら、みんなでそれに参加する。今は何もわからないかもしれないが、仲間外れにするわけにもいかないので、初霜もこの会議には参加することになっている。
「全員集まりましたね。では今回の作戦を話します。新さん、構いませんね?」
「ああ、問題ない。私はあくまでも先生の考えた策を大本営に通達する役でもある。法を犯していないのなら、基本は全て許可だよ」
大本営のお墨付きも貰えているので、大手を振って作戦を実行出来るというもの。
「最悪の状況を考えての作戦にしてあります。得てしてそういうものは当たるでしょう。なので、それを前提として話をします。今回の大淀は、前回よりも強敵だと思った方がいい」
飛鳥医師が蘇生を研究していた理由、それに今大淀に協力している医療研究者2人が死なない艦娘を研究していた理由は、
蘇生と違う点は、2代目3代目を先んじて強化しておくことが出来るということだ。練度が限界まで行っている艦娘の経験をそのままにクローンが作られて、さらにそこから練度を上げるなんてことまであり得る。本来の限界値は175とのことだが、大淀は200を超えている可能性があるわけだ。
「戦いの経験を持ち、さらにそこから成長している。むしろあちらは、我々のことを全て知った上で、対策を施してから戦うことが出来ます。それが擬似的な不死の強みですからね」
忌々しそうに顔を歪めるのは飛鳥医師である。自分がやっていたこと、間違いに気付いて止めたことの完成形を見せられているのだから無理も無い。
「つまり、今我々は全ての手札を使い切っている状態に近い。そこでこちらも大淀を用意しました。新さんの大淀に参戦してもらいます」
その大淀、敵の大淀と姿が被らないよう、髪を結んでポニーテールにしている。また、小さな変化だが眼鏡を少し変えたりもしていた。それだけでも印象が変わる。咄嗟に大淀を攻撃しようとしたときに間違えるようなことは無くなるだろう。三日月ならそれでも判断出来るはず。
「秘密兵器、積んでありますね」
「はい、ここに到着した時点ですぐに艤装を改修してもらいました」
「よろしい。大方わかっているでしょうが、この大淀に積んだ秘密兵器、こちら側の
下呂大将の憶測が追加されていた。艦ではなく陸上施設であるリコには効きづらく、海軍ではなく陸軍であるまるゆには全く効かないという特性があった時点で、艦の司令部という特性は失われていないということがわかっていた。
そのため、抜け道をもう一つ考えていたのだ。
「当然ですが確証は持てません。そんなこと関係無しに上塗りしてくる可能性だって十分あります。ですが、今までにルールや概念を乗り越えられなかったところを考えると、これも大丈夫でしょう」
それに、ともう一つ追加。
「そもそも、大淀の支配の力が無差別なのに、伊勢や日向、綾波に支配が効いた素振りが見えなかったことを考えると、そういう細工がされているに決まっているんですよ。今まで疑問に思わなかったことが間違っていました」
確かに、艦娘だろうが深海棲艦だろうが容赦なく、どう見ても区別なく支配の力が行き届いていたはずだ。それなのに、あの時に敵対していた3人には、その支配が届いているようには全く見えなかった。あの時は深海の侵食が脳にまで回っていたはずなので、深海への支配も届いていたはずだ。
ならば何故それが起きなかったか。
「何度でも言いますが、これは私の憶測です。過信は禁物。艦隊司令部の効果範囲などはわかりませんが、それを考慮して部隊は小分けにします」
先の部隊が支配されたとしても、次の部隊でそれごと押し潰す方向で行く。
「基本的にはあの戦場で支配下に置かれなかった者を優先します。飛鳥の施設の者達と、ケッコン艦はギリギリでしたか。あとは……」
「はいはいはい! 私も耐えたわ!」
そう、足柄。負けたくないという気合いで支配を回避していた唯一の者である。その気合いの入れ方は尋常ではないと思った。
「そこは優先順位が高いです。ですが、それだけでは足りないのも確かです。そこで来てもらった利根と筑摩、そして来栖の鎮守府から出してもらいます。潜水艦も不意打ちに使えるでしょう。本当に総動員ですよ」
その分配はギリギリまでここで考えるとのこと。敵が大淀1人ならいいのだが、そうも行かなそうなのが次の戦場だ。人形が用意されている可能性も高く、完成品だって並べられている可能性がある。野良の深海棲艦すらも来そうだ。
こちらも連合艦隊ならば、あちらも連合艦隊。多対多の一大決戦である。前回はこちらがホームだったが、今回はアウェーというのもなかなかに辛い。
「作戦とは言いづらいでしょうが、戦い方は比較的簡単です。こちらの大淀を守りながらの殲滅。これ一本に尽きます。これだけ長々話しておいて、最終的にこんなに雑になってしまってすみません」
「いや、そうならざるを得ないだろう。小細工も通用しない」
新提督もこのやり方には全く文句が無いようである。無駄に小細工をしたら、それを逆手に取られる場合だってある。ならば、知ったことではなく真正面からぶちのめせば関係ない。
当然現場判断で搦手くらいはする。それを今考えることが出来ないだけだ。そういう戦い方は今までもやってきている。
ならわかりやすい。
「今回の目的は大淀の撃破ですが、本来の目的は鎮守府の制圧です。時間をかけると大淀は蘇る。それを抑えるためにも、事をそのまま終わらせる必要があります。鎮守府空爆が妥当なのですが、大淀の協力者2名を諸共というのは、少々問題がありました。ですので、中に突入して捕縛する方向で考えています」
いくら害悪でも、人間を殺すというのは流石に抵抗がある。それに、その2人に指示した者を炙り出し、一斉検挙へ繋げたいという思いもあるようだ。
もうこんな研究を裏でも進められるのはやめてもらいたい。艦娘の意思を完全に無視した研究は悪意しか生まないことがよくわかった。悪意に悪意が重なって、今回は大惨事が引き起こされている。
「突入は戦闘で傷が少ない者にしてもらう予定になるでしょう。そのためにも戦力を分散させる必要があります」
大淀があまりに強敵で何人も怪我をしてしまった場合は、突入部隊がその場で編成出来ない可能性はある。故に、突入のための後発部隊は準備しておくべきだろう。そちらにどれだけ戦力を割くかは、下呂大将に任せる。
「あと先に言っておきます。突入部隊には私も参加しますので」
そう言うのではないかとは思っていたが、実際に言われると何事かと思ってしまうものである。人間が今回の戦場に出てくるのは流石に危険すぎる。
簡単に言ってくれるが、護衛する側のことも考えていただきたい。鎮守府の中だって、人間にとって安全とは言えないだろう。それこそ、何人目かの大淀が護衛に回っている可能性だってある。人間が死んだら蘇生はもう無い。大淀だって死守したいはずだ。
「いや先生、それは危険だろう。貴方は以前に大怪我を負っているじゃないか」
「そうですね。ですが、今回はただの戦いではありません。人間の捕縛が必要なんです。それは艦娘の手だけでは荷が重い。今回の事件は、
今は違うにしても、艦娘が引き起こした事件というのが問題。それを艦娘だけで解決しようとし、万が一その協力者が自傷だろうと怪我を負い、『艦娘に傷付けられた』などと宣った場合、ただでさえ難しい位置の私達の立場が、余計に悪くなってしまう。艦娘=悪というレッテルすら貼られる可能性もある。
故に、信用度のある下呂大将が現場に赴き、私達には何の罪もない事を証言するとのこと。私達を守るために、下呂大将は危険を冒すわけだ。
「ならば私も出る。大本営の私が証言者になれば安心だろう」
「そうですね。それだと助かります。後発の突入部隊として、一緒に参加してください」
とんでもない作戦だが、全員が笑って戦いを終えるためには仕方のないこと。素直に肯けないが、そうするしかないというのも理解は出来た。
「私からは以上です。残り半日、自由に過ごしてください。明日早朝、決着をつけましょう」
会議はこれで終わり。詳細は今から詰められるが、大まかには決まった。
決戦は明日の朝。これで全てを終わらせる。
メンツも揃いました。あとは、心身共に落ち着けるのみ。