継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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三日月の前進

艦娘に襲撃され撤退し、失った獣の艤装を捜索していた深海棲艦、護衛棲水姫が一時的に施設の一員として加わった。暫定的にセスと名付けられた彼女の持つ獣型の艤装、エコと、部下である動く浮き輪が、三日月の壊れた心を癒してくれるのではと考えたからである。セスとしても、艦娘の追っ手から身を隠せる場所としてこの施設に滞在することは了承。お互いWIN-WINの関係となった。

 

翌朝、いつも通りランニングのために薄暗がりの中目を覚ます私、若葉。本来なら三日月を起こさないようにベッドから抜け出るのだが今日からは少し違う。

 

「おはようございます、若葉さん」

「……張り切ってるな」

 

既に三日月も起きて、運動着に着替えていた。運動着であろうと顔以外の皮膚は見せたくないようで、上下ジャージでしっかり隠している。運動した後だと暑くなりそう。

 

私のランニングに付き合うというわけではなく、エコの散歩に付き合いたいと自分から言ってきたからである。

セスが言うには、エコは毎日2回、朝と夕方に散歩をすることで運動させているらしい。艤装ではあるものの、定期的に動かしておくことで、いざという時に即座に対応出来ると共に、メンテナンスの有無を常に知っておけるようにするためだとか。思った以上に飼い主と飼い犬の関係性だった。

 

静かに外に出ると、浜辺には既にセスとエコの姿もあった。昨晩の内にある程度は見ていたが、改めて外を駆け回らせ、義足の調子も確認していた。

まだ清掃をしていない浜辺なので、所々にゴミが散らばっている。そのうちの確実にゴミになるような廃材は、朝食代わりに既に食べていた。アレがエコの燃料になるのだから恐ろしい。

 

「おはよう、セス」

「おはようございます」

 

やってきた私達を一瞥した後、軽く手を挙げる。深海棲艦であるセスが目の前にいても、三日月は恐怖に怯えるどころか私の後ろに隠れるようなこともしない。相手がセスとはいえ深海棲艦相手にこの態度が取れるようになったのは、私としても喜ばしい。三日月も日々進歩している。

 

「エコの調子は?」

「上々。すごいね、ここの整備士。義足完璧」

「摩耶は重巡洋艦なんだけどな」

 

そのエコは、三日月の姿を見て一目散に駆け寄り飛び付く。見た目の通りそれなりの質量があるため、体勢を崩して浜辺に尻餅をつくハメになってしまったが、嫌な顔1つしていない。

 

「エコがこんなにすぐに懐くのも珍しいよ。人間や艦娘と関わりたくないって思ってるのはエコも同じのはずなんだけど」

「……まぁ、理由はわかるな」

 

獣であるがため、意思はあっても理性がないエコには、シロと同じように何か不思議な見分け方をしているのだと思う。艦娘と深海棲艦の匂いが混ざっているとシロは言っていたが、それがエコには好かれやすい匂いなのかもしれない。

特に三日月は、私達と違ってその範囲が全身だ。見せないようにはしているものの、それがあるためにエコがすぐに懐いたのだろう。三日月的には願ったり叶ったりか。

 

「す、すごく(じゃ)れてきます」

「身体を撫でてやって。エコはそうされるのが好きだから」

「こ、こうですか」

 

三日月が艤装部分ではない腹の部分を撫でると、エコは余計にはしゃぐように動いた後、その大きな舌で三日月の頰を舐めた。

 

「わひゃあ!?」

「三日月から聞いたことのない声が出たな」

 

正直、これはいい傾向だ。今だけは施設にいる間も常に付きまとってくる嫌悪感と恐怖心を忘れられているように見える。飛鳥医師の狙い、アニマルセラピーが上手くいっている証拠だろう。

見た目は深海棲艦に襲われている艦娘というのが残念ではあるが、この場所ならそれを気にすることもない。

 

「そろそろ散歩に行きたいんだけど」

「あ、はい。エコちゃん、散歩ですよ」

 

飛行甲板になっている頭部を撫でて、何とか離れてもらっていた。既に着ている運動着が砂まみれになっていたが、そんなことを気にするようなこともなく、エコが駆け回るのを追いかけていった。

散歩と言いつつも、エコはそれなりに速く動き回る。短い四肢であの速度が出ているのがそれなりに驚きだが、私としてはランニングの速度に近しいくらいなのでありがたい。

 

「は、速いです……」

「運動不足だな」

「初めてですよ……こういうことするのは……」

 

当然ではあるが、日々のランニングで慣れている私と、飼い主であり常にこういったブリーダー的なことをしていたセスはまだしも、今日から初めて参加する三日月がついてこれるわけもなく、私のコースの半分くらいのところでゼエゼエ息を切らしてしまった。

合間合間に休憩を入れつつ、セスが終わりを宣言するまではエコの散歩は続く。私もいいトレーニングになった。これは毎日相手しても良さそうだ。

 

「よ、よく、ついて、行けますね……」

「いつものランニングと距離は一緒だからな」

 

私もそれなりに長く続けている。やると決めてから、ほぼ毎朝だ。おかげで身体も少し引き締まってきた。それの成果がしっかり出ているようだった。

 

 

 

一晩滞在した二二駆は、浜辺の清掃まで手伝ってくれることになった。せっかく大発動艇もあるわけだし、修復する必要のない大物はこの機会にさっさと持って行ってもらう。

今までゴミとしていた廃材は、セスがこの施設を離れるまでは全てエコの腹に収まることになるため、持って行ってもらうものも大分減ることだろう。

 

「昨晩に生物が()()いないことは確認済みだ。大きなものを優先的に持ってきてほしい」

「了解だ。二二駆の連中は作業着が無いから、あたしらが二手に分かれるか」

「そうしてくれ」

 

そうなるとサクッと決まる。摩耶に懐いているクロが同じ組に行き、シロは当然クロについていく。そうなると残りが3人、私、雷、三日月がチームに。セスは初めてのことなので、飛鳥医師と工廠で待機となった。

 

「あたしと長月ちゃんが〜、三日月ちゃんの方についていくね〜」

「なら水無月達が摩耶さんだね」

 

二二駆も二手に分かれて作業開始。私達の方には文月と長月がついてくる。三日月が比較的慣れている面々で揃えることが出来ている。

第一印象が悪かったために、実の姉だとしても皐月と水無月にはそこまで心が開けていない。セスの方が好かれているくらいである。それを鑑みての組分け。近いうちに和解してもらいたいものである。

 

「僕はその間に、エコを再診しておく。セスも付き合ってくれ」

「ん。貴方はもう慣れたから無理じゃないよ」

「そいつは嬉しいことを言ってくれる」

 

代わりに浮き輪達3体が三日月の後ろについていた。確実に手助けにならないのはわかっているが、いるだけで三日月が癒されるので作業が捗るだろう。

 

というわけで、5人で浜辺を探索。今回は先にザッと見ているため、何処に何があるかはあたりがついている。私達の向かう方は事前に文月達が確認した方向。セスを発見した方であり、私のランニングコースとは逆側。

 

「若葉ちゃん若葉ちゃん」

 

作業中、文月が話しかけてくる。心なしか嬉しそう。

 

「三日月ちゃん、ちょっと元気になったね〜」

「ああ。朝もエコの散歩に付き合っていたんだ」

「お姉ちゃん嬉しいよ〜」

 

昨日の実の姉すらも拒絶し大泣きした時とは打って変わって明るい。笑顔を見せるのはまだまだ先になりそうだが、今も作業しながら浮き輪達と戯れている。雷と長月が隣にいても気にしていない。

私達がどれだけ頑張っても、あの空気を引き出すことは出来なかった。何がキッカケになるかわからないものである。どうであれ、三日月が最初の頃より改善されているのは嬉しいものだ。

 

「やっぱりね、妹にあれだけ言われるとお姉ちゃんとしては辛いんだよぉ」

「……そうだな」

「だからさ、ちゃんと元の三日月ちゃんに戻れるように、あたし達も手伝うからね」

 

心強い味方だ。元々友好関係にあったところが、妹の危機が重なり、より深い仲になれた。素直に喜んでいいものかは何とも言えないが、文月とこういう仲になれたのは喜べる。

 

「アレで少しでも良くなればいいんだがな」

「大丈夫! あたしの妹だもん」

 

力強くサムズアップ。文月が三日月の事を信じている。だからこそ、こんなに明るく振る舞える。

文月は強い。私には及びもつかないほどに。

 

「わ、すごい。これくらいなら待てるのね」

「謎の生物とはいえ、深海棲艦についてたものだからか……」

「浮き輪さん、凄いです」

 

3人の声が聞こえ、そちらの方を向くと、例の浮き輪が浜辺に打ち上げられている艤装のパーツを器用に運んでいた。流石に自分より大きなものを運ぶことは出来ないようだが、私達が両手で運ぶくらいのものも、手足の短さ故に形状は選ぶが、割と簡単に持ち上げていた。本当に何なのだこの生物は。

 

「すご〜い! 浮き輪さん、大活躍だね〜」

「あれは予想外だけどな」

 

荷物運びも出来て、三日月を癒せる。思った以上の戦力だ。

 

「ここでなら、三日月ちゃんも、自分を取り戻せるね」

「ああ、みんなの協力あってこそだ」

 

三日月が少しだけでも楽しそうにしている姿を見て、文月も喜んでいるようだった。私も嬉しいものだ。

 

 

 

 

清掃を終え、修復の必要のないものはそのまま大発動艇に積み込む。それが終われば、これで文月達は任務完了となり、自分達の本来の居場所へと戻ることになる。艤装の解体と修理は私達の仕事だ。今回はゴミを持っていってもらう必要も無くなったため、仕事自体は思いの外あっさり終わる。

今回は嵐が来てしまったので長居する羽目になってしまったが、たまにはこういうのも楽しかった。いっぱい話すことが出来たし、三日月にはまた違った経験が出来て良かったと思う。

 

「それじゃあ、帰投しま〜す」

「ああ。長居させてしまってすまない」

「いえいえ〜。こっちも助かります〜」

 

相変わらず雷はいつ用意していたのかお菓子を手渡ししていた。これはもうここへの遠征では定番なものらしい。皆が喜んで貰っていた。

 

「三日月ちゃん」

 

改めて文月が三日月を呼ぶ。今は浮き輪を1体抱きかかえているからか、少し安定している。最初は来るなとまで言っていたが、今は近付かないものの話はちゃんと聞こうという姿勢。

 

「また来るからね。今度来た時は、毛布の塊じゃないと嬉しいな」

「……善処します」

「ん、今はそれでオッケー!」

 

最後に改めて握手のために手を差し出す。文月とは一度出来ているため、あまり考えずに手を握った。それに文月も満足気。それがキッカケになり、皐月や水無月も握手を求め始めて収拾が付かなくなりそうになってしまうが、それも二二駆の良さだろう。

 

ほんの少しだけ、三日月がクスリと笑ったように見えた。

 

気付いていないフリをした。変に指摘してまた心を閉ざしてしまったら意味がない。二二駆の面々もそれに気付いたようだが、皐月や水無月が何かを言い出す前に、文月と長月がそれを止めるように脇腹を抓り上げていた。さすがにそこまでされれば察することができたようである。

 

「若葉ちゃん、妹をよろしくね〜」

「ああ。任せてくれ」

 

私も握手をした後、お互い手を振って別れた。また1ヶ月くらいすれば嵐が来るだろう。その時にまた会える。むしろその前にまた来る可能性だってある。その時までに、またいろいろ進展していることを祈ろう。

 

4人の後ろ姿には、昨日も見せた怒りがまたチラリと見えた。帰投後、すぐに三日月をこんな風にした犯人を探し始めるのだろう。それはおそらく、私をこんな風にした犯人でもある。

私や三日月の因縁の提督かもしれないが、あちらとしてもそんな提督が存在していることが不和を呼びかねない。そのためにも犯人を探し出し、然るべき罰を与える。私達のため、あちらの鎮守府のためにも、その提督を探し出すのは必須事項となっていた。

それに対し、私達が出来ることはない。座して待つしかない。

 

今は私達が出来ること、やるべきことをやっていこう。まずは、双子棲姫の艤装作成だ。今回拾ってきたものの中には、潜水艦のパーツも紛れ込んでいたことを確認している。呼吸周りは今回で完成するかもしれない。

 

「じゃあ、まずはこれの片付けだな。分解は午後からだ」

「ああ」

「分解して組み立てて、そろそろ完成かな。楽しみ楽しみ!」

「潜水艦のパーツあったし……もしかしたら出来るかもね……」

 

今回はそれ以上に数が多い。私も分解と洗浄の作業を手伝うことになっている。三日月が来てから少し離れていた仕事だったため、久々にやるのが楽しみである。

 

「三日月はお部屋の片付け手伝って頂戴ね。さっきの4人に使ってもらった部屋、お掃除しなくちゃ」

「わかりました」

 

三日月は雷の下で家事手伝い。浮き輪のおかげで機嫌も良い。足取りも軽いように見えた。

 

また今この時から普通の日常が始まる。『楽しく生きる』ことは、まだ出来ている。

 




トップブリーダー護衛棲水姫の朝は早い……みたいなナレーションがつきそうなセスの行動。その全てが三日月の癒しに繋がりそうで、実は救世主なんじゃないか疑惑が浮上。

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