継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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誇りの瑞雲

下呂大将から作戦要項が伝えられ、残された時間は自由に過ごすということになった。ある意味これまでと同じ。明日の朝まで英気を養い、最高の状態で戦いに挑むことになる。

私、若葉が一番英気が養える状況というのは、勿論三日月と共に過ごすこと。ぶっちゃけてしまえば今までと同じである。残された時間は少ないが、いつも通りに過ごせばいい。夜は夢の中でシグ達と話すのもいいだろう。やれることは全てやって明日に挑みたい。

 

ここまで来たら全員が精神状態を健全に保つことに努めることになる。それが演習である者もいれば、お茶会である者もいる。結果的には午前中と同じことをするだけ。新たに鎮守府に来ている下呂大将や第一水雷戦隊、利根筑摩もそれに倣っていた。

下呂大将は会議中に話していた通り、明日の出撃順を来栖提督や新提督と打ち合わせ。神風はいつもの通り、鳳翔と共にそれに参加。利根は筑摩が見守る中、会議の前に話していた足柄との演習。まるゆはシロクロ筆頭の潜水艦達と交流。そして神風以外の神風型は自由気まま勝手気ままに行動。阿武隈が溜息を吐いているのがまた見えた。

 

「みんな自由だな」

「そうね。私達もいつも通り」

「だな。一緒にゆっくりしような」

 

私達も自由気ままに。ここでやれることは限られているものの、施設にいる時とは違った風景が見られる。散歩するだけでも楽しいものだ。三日月と一緒なら何処で何をしていても楽しい。

 

 

 

夕暮れまでは三日月と鎮守府の外を散歩していた。松風に散歩デートかと冷やかされたが、その通りだと毅然とした態度で返したところ、驚きつつもケラケラと笑われた。私達の絆に冷やかしなんて通用しない。もう三日月も恥ずかしそうにすらせずに私にしっかと抱き付いてくる程である。それくらい見せつけてもいい。

海岸線を歩いていると、近海を哨戒する艦載機の影が見えた。少しずつ暗くなってきているものの、まだ夕方になったばかりという時間帯のため、哨戒はギリギリ出来るくらいの時間。

 

「哨戒、まだやってるんだな」

「みたいね。でも数が少ないかな」

 

昨日見たときとは艦載機の数が違い、最後の最後というイメージ。哨戒をしている者が少ないか。私が三日月と散歩に出る前、赤城と加賀を筆頭に英気を養うとお茶会を開いているのは知っている。そうなると艦載機を飛ばせるのは伊勢日向と瑞鳳、後は施設出身の深海棲艦くらい。

目を凝らして見ると、一部は深海の艦載機であることがわかる。特徴的な形状のため、アレを飛ばしているのはセスであるとわかる。その隣のものも特徴的だからすぐにわかった。日向が飛ばす瑞雲である。

 

「日向がセスと飛ばしているのか」

「じゃあ、日向さんは少しは立ち直れたのね」

 

結局昨日も今日も時間が続く限り延々と瑞雲を飛ばしていたと聞いている。それを勧めた伊勢は、やりたいようにやらせてやってほしいとお願いしていた。誰もそれを止めようとしない。

考え過ぎとも言われていたが、目を覚ました直後だから混乱していたのもあるだろう。今は心を落ち着けることが出来ている。表情と匂いからそれは感じ取れる。初めて哨戒に参加したときから兆しは見えていたが、しっかりと大成していた。

 

「うまいものだな、エコ」

「でしょ。私の自慢の子だよ」

 

知らない間に日向とセスが仲良くなっていた。おそらく、精神的に参っていた日向に、いつものようにアニマルセラピーを施そうとしていたのだろう。それも正解であった。

艦載機を飛ばすエコの甲板になっている頭を日向が撫でると、エコは心地よさそうに身をよじる。日向の表情が、ここで目を覚ました時より優しくなっていることもわかった。

 

「日向、調子は良くなったのか」

「……若葉か。幾分は良くなったとは思う。胃は痛くない。夕食からは通常の食事だ」

 

私と三日月の顔を見ても、顔を歪めるようなことはない。負の感情の匂いは殆ど感じなかった。今の時間まで含めると丸2日は延々と飛ばし続けていたはずだ。他の空母隊がやらずとも、日向だけは時間の許す限り瑞雲を飛ばし続け、そして心を落ち着けていた。

その結果、発艦の精度は段違いになり、ど素人の私でもわかるくらいに伸び伸びと飛んでいる。2日間、集中に集中を重ねて、自分自身と向き合いながら、落ち着いて考えた成果が瑞雲に出ている。

 

「癪だが、伊勢の言う通りだった。落ち着いて考えるべきだった」

「そうか」

 

ボソリと呟くように吐き出した。哨戒に誘われたときから、ずっとそのことを考えていたのだろう。あのときから少しずつ機嫌は良くなっていたが、今はその時以上だ。

心を落ち着かせるきっかけが、あの時の日向には無かった。当然だ。今の今まで洗脳が施され、悪逆非道の限りを尽くしてきたのだ。生真面目であればあるほど、心に受けるダメージは大きいということはみんなよく知っていること。

 

「自らの命を捧げても、誰かが帰ってくるわけでもない。ならば、私が手にかけてしまった者達のために戦う方が償いとなる」

「そうだな」

「それに、初春にも助けられた」

 

昨晩も姉のカウンセリングを伊勢と共に受けたのだと話す。姉の特技が大好評で何より。私も嬉しいものだ。

伊勢と同じように、憑いているもののけには許されていると言われ、そこから思うこと全てに返答してもらえたのだとか。流石私の誇るべき姉である。

 

「私は思い詰めすぎだと悟ることが出来た。皆のおかげだ」

「立ち直ってくれたのならそれでいい」

「完全ではないがな」

 

まだ心の真ん中には蟠りはあるという。そんなものみんなそうだろう。あんなことをやらされて、蟠りが無いわけが無い。今ここにいる救出された者達全員が抱えている病だと思えばいい。

誰もあの時のことで苦しんでいないわけではないのだ。三日月だってそう。一時的にでも支配され、仲間達に牙を剥いたことを激しく後悔していた。私が慰めることが出来たから良かったが、そうで無かったら深海の侵食で死を選ぶ程だった。

 

「もう大丈夫、とは決して言えない。だが、戦えるさ。報いるために倒すべき者もまだいるみたいだからな」

「……そうだな。だから、手を貸してほしい」

「勿論だ。大淀を斃すことで、手にかけた者達に報いることが出来るだろう」

 

償いのために倒す大淀が死んだことで悩んでいた部分もある。何もかも終わった後に罪だけ残されて、凄惨な被害者に報いる手段が見つからないというのも悩みを深くしていた原因であった。大淀が擬似的な不死を手に入れたことにより、その悩みが解消されてしまうというのは皮肉なものである。

結果的に、日向は大淀が生きていたことで()()()()()()()()者になる。喜んでいるわけでは無いが、()()()()()と感じている節はある。本人はその自覚があるようで、今の状況に複雑な感情を持っているようだ。

 

「はいはい、また変に考え込もうとしただろ」

 

そこにすぐにセスがアシスト。深く考え込みそうになったところに横槍を入れることで、気持ちを整理させる。

 

「……ああ、ダメだな私は。どうしても負荷がかかる」

「そんな時こそ、エコを使ってよ。浮き輪さんもいるからさ」

 

セスの合図でエコが日向に飛びつく。それをガッシリと受け止めた後、また甲板を撫でていた。あの強烈な体当たりを受けても体勢が全く揺らがない辺り、流石は戦艦だと思えた。

 

「ストレス抱えてない奴なんて誰もいないよ。みんな何処かに黒いもの持たされたんだ。わかるだろ?」

「そうだったな……」

「自分だけじゃないって思えば、多少は楽になるんじゃない? あんまりいいことじゃないかもしれないけどさ」

 

メンタルカウンセラーは最早姉だけでは無い。アニマルセラピーを使いこなすセスも立派なカウンセラーだ。シロの心の拠り所になっているし、今でも3体の浮き輪達は引っ張りだこ。今や本人すらも今のように問診じみたことでカウンセリングが出来る程だ。

門前の小僧ではないが、長く施設にいたことでいろいろやれるようになったことで、もう普通の深海棲艦とは到底言えない域に達している。施設の者達はみんなそんなようなものではあるが。メンタルカウンセラーな深海棲艦なんて、何処を探しても見つからないだろう。

 

「そんなことにも気付けないくらいに追い詰められていたんだな、私は」

「追い詰められていたっていうか、勝手に思い詰めてたってことだね」

「お前はなかなか言うな」

 

クスリと微笑む。日向のここに来て初めての笑顔だった。この表情が見ることが出来たのなら、これは充分に開き直れたと考えてもいいだろう。消えない蟠りはいくらでもあるが、強がりでも開き直れているのならまだマシだ。

それでもキツいというのなら、周りが支えてやればいい。日向には同じ境遇の者が沢山いる。さらには実の姉だって同じ場所にいるのだ。思い詰めることをやめ、周囲に目が向けられるようになった今なら、早い段階で本当に立ち直ることも出来るだろう。

 

「もうそろそろ時間か。名残惜しいが、哨戒を終わらせることにしよう」

 

飛んでいた瑞雲が着艦。話しているうちに日が傾き、大分薄暗くなっていた。

 

「やはり瑞雲はいい。飛ばしている間は心が落ち着く」

「思い入れがあるんだな」

「そうだな。航空戦艦としての誇りを得ることが出来る、最高の機体だ。瑞雲があることで、私は今の力を持っていると実感する。これが無ければ、集中も出来なかったかもしれない」

 

加賀と伊勢の画策は大成功とも言える。日がな一日飛ばし続ける程に思い入れがあるのだから、一番の心の拠り所と言ってもいいほどだろうに。

 

「戦場でも役に立つ。索敵も爆撃も航空戦も対潜すらも出来る優秀な機体、全てのことに繋がるのが瑞雲だ。確かに攻撃力は他のものよりも低いかもしれないが、器用貧乏などでは無い。万能という意味だ。現に私はこれを飛ばしている間は精神的にも落ち着いている」

 

若干雲行きが怪しくなりかけた。もしかして日向、瑞鳳と同じタイプなのではなかろうか。

艦載機全般に情熱を持つ瑞鳳に対し、瑞雲に対して強い誇りを見出している日向。若干の執着に似ている気がするが、あまり藪をつつくと蛇が出てくるので触れられない。

 

「調子が戻ったのならいいよ。戦場では大活躍だ」

 

切り上げさせるようにセスが説明を止めさせる。もしやこれ、初めてでは無いな。

 

「ヒュウガ、ズイホウが瑞雲に興味深そうにしていた。夜にでも話してみるといいよ。楽しい時間が過ごせるはずだから」

「そうか。それは楽しみだ」

 

そして瑞鳳に矛先を向けさせる。あまりに完璧な対処の仕方。似た者同士は似た者同士で話をさせるのが一番落ち着けるだろう。瑞鳳もノリノリで話をするだろうし。

 

 

 

案の定、夕食の時に日向と瑞鳳は気が合ったかのように話をしていた。お互いの趣味趣向が上手いこと噛み合い、すぐに良き友人とでも言えるような間柄に。

今までの落ち込みが嘘のように晴れていたため、ああなるように画策していた加賀と伊勢も苦笑するしか無かったようである。

 

「まぁ、開き直れたのなら良いことよ。戦場で尻込みされるよりマシだもの」

「ここまでうまく行くとは正直思ってなかったけどね。いやはや、間に合って良かった。明日の決戦でも、いい仕事してくれるでしょ」

 

日向の復調を素直に喜んでいた。伊勢だって心が病んでいたのに、姉として妹のことはずっと気にしていたのだ。それがしっかりと効いてくれたのだから、嬉しくないわけがない。

 

「やっぱり、日向と並んで戦えるのは嬉しいんだよ。日向が救われれば、私も救われるんだ。同じ境遇なんだから」

「良かったじゃない。思惑通りに行ったわ」

「あはは、聞こえは悪いけどその通りだね」

 

全てに決着をつけるためにも早期の復調を望んでいたのはわかる。もしかしたら、決戦に参加出来なかったら余計に復調が遅れていたかもしれないからだ。結果的に、何もかもうまく行った。

 

これで本当に全員の心持ちが1つになった。日向が立ち直ったことで、万全な態勢と言える。誰1人として折れておらず、強大な敵に立ち向かう覚悟も持った。最高最善の戦いの準備はこれにて達成出来たわけだ。

艤装の整備も完璧。心身共に回復もした。夕食の場も活気がある。ここまで念入りに準備が出来たのだから、負ける要素など無い。あちらの方が力が上回っていたとしても、私達の方が心が強い。

 

もう負けやしない。今まで負け続けて来たのだから、次はあちらの番だ。

 




施設で生活したことで一番成長したのはセスなのではという回。いいも悪いも全部見てきましたからね。控えめに後ろから見ていたからこそわかることもいっぱいあります。そのセスも、今はシロの姉代わりになってあげてますし。

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