夕食も終わり、風呂も終わり、後は眠るだけとなる。ゆっくりと身体を休め、そして目を覚ましたらもう決戦の日だ。これが最後の心落ち着ける夜だと思うと、眠る前だと言うのに緊張してくる。
私、若葉がいつものようにベッドに横になると、当たり前のように三日月が潜り込んでくる。今までずっと繰り返してきた日常のルーティン。
「明日はついに決戦だ」
「うん。今度こそ終わるのよね」
「終わらせるんだ。絶対に」
1つのベッドで向かい合い、明日への意気込みを囁き合う。息が当たり合う程の近い距離で、お互いに手を取り合いながら、心を落ち着かせていく。だが、緊張感のせいか眠気が来ない。部屋は暗くしているのに、妙に目が冴えている。
それは三日月も同じようだった。深海の眼が爛々と光り輝き、私を見据えている。暗がりでもクッキリと見える表情は、私との時間を噛みしめるように微笑んでいる。自然と私も笑みが溢れた。
「なんだか眠れそうにないの。緊張してるのかな」
「
戦いは明日だというのに、戦意昂揚で興奮してしまっているのかもしれない。本当に眠たかったら目を瞑った時点で微睡んでいくものだが、それもない。
「私は緊張……かな。あの時は勝てたけど、次は勝てるかわからないのよね……」
「そうかもしれないが、心配するな。頼りになる仲間がいる。それに……
「……うん、そうだね。若葉がいる」
お互いに触れ合っていた手は、指を絡ませるように。より強い繋がりを感じられるように、より温かい温もりを感じられるように。
緊張しているのなら、こうしていられれば落ち着く。昂揚しているのなら、違う方向に強くなる。今回は残念ながら後者だった。三日月の
「若葉……あのね。ちょっと弱気なことを言うようだけど……」
「ああ、多分
「もしかしたら……もうこんなことも出来なくなるかもしれない。だから……」
とてもわかりやすい流れである。明日が決戦だというのに、私も三日月と同じ同じ気分だった。戦意昂揚の気持ちが溢れ、違う方向の興奮へと変わっている。我慢ならない。
それを受けるように、三日月を抱き寄せる。少し潤んだ目で見られたことで、私の箍は簡単に外れた。今やらない理由が無かった。
「またシグやぽいに冷やかされるぞ」
「もういいかなって。それで抑えが利くわけないもん」
「開き直ったな」
苦笑するしか無かった。だが、こういう時だからこそ、お互いの絆を大切にしたい。私も三日月を否定するつもりはないし、むしろ今の言葉で燃え上がったのも事実。
これは明日のためのモチベーションを高めるための儀式のようなもの。絆を確かめ合い、高め合い、より強く繋がる。戦場でもその繋がりが重要になる。もう私と三日月は一心同体だ。そのためには必要な行為である。
「どうせまだ眠れないしな」
「うん、眠るためには疲れる必要があると思うの」
物は言いようだなと思った。遅くまでは当然起きているわけにはいかないが、これが最後の夜。心身共に満たされて、翌日を迎えよう。
そして、夢の中である。決戦前夜ということで私も三日月も夢に入りたかったが、無事にうまく行ったようだ。私達の意思でここに来たのか、シグ達が察して呼んでくれたのかはわからないが、こうなったのだから良し。
夢の中の海は以前と変わらないが、シグもぽいも少し雰囲気が違った。やはり、大淀との戦いがまだ終わっていなかったことが気に入らないようである。
『まだ終わってなかったなんてね。なんていうか、しぶといって言うよりはとんでもない協力者を手に入れたみたいで』
『ホント何なのアイツ! 死んでないとかズルいっぽい!』
夢の中のシグは若干イラついているような雰囲気だった。せっかく晴らした恨みがまだ終わっていないと言われれば、どれだけ温厚なシグでもキレて然るべき。
ぽいに至ってはぷんすかと怒りながらジタバタして、それを全身で表現していた。脚は無いが地団駄を踏んでいるように見えるのは不思議。チ級がケアする様に後ろから頭を撫でており、ぽいもそれで多少は大人しくなる。
「
「飛鳥先生と似たようなことをしてるってことだし、それも嫌かな。悪意見え見えの蘇生だし」
三日月もイラつきを堂々と見せていた。地団駄まではいかないものの、ぽいの影響は少し出ていると思う。そんな顔も可愛いものである。
『でも、文句を言ったところで何か変わるわけでも無いしね。相変わらず
『死ぬ気で頑張ればちょっとだけ出せるみたいなんだけど、私もそれが出来たのは一回だけっぽい。シグは1回も無いもんね』
『ありがたいことに、若葉はまだ本格的に切羽詰まった状況に陥っていないからね。
少し後ろで控えているチ級もコクリと頷く。終わったと思っていたことが終わっていなかったことに少しテンションが下がっていることは、仮面越しでもわかるものだ。だが、頑張って顔に出さないようにしていることもわかる。それが顔に出てしまっていて本末転倒なのが面白い。仮面を着けていても、チ級は思ったより表情豊か。
ぽいが死ぬ気で頑張った時というのは、三日月が支配されて自殺させられそうになった時。潰された目でほんの一瞬だけ見ることが出来た、ぽいの奮闘。宿主の死を回避するため、それこそ死ぬ気で頑張った結果がアレだった。
死に繋がる行動、トリガーを引くという行為をどうにか食い止めることに成功した。たった指先一本かもしれないが、アレにより三日月の命が救われたのだ。今の私には感謝しかない。
『でも、本当にピンチになったのなら、
「ああ、シグの手を煩わせないように立ち回るようにするさ」
ぽいに出来たということは、シグにも出来るはずだ。とはいえ、シグに頼らなくてはいけない状況になるのは流石に控えたい。それは本当に死と隣り合わせ。一歩間違えれば命を落とすという最悪な状況である。
そんな状態になるほどに追い詰められることのないように戦いたいところである。
『よろしく頼むよ、若葉』
「ああ、任せてくれ」
『三日月もお願いっぽい!』
「うん、任せて」
握手をした後、抱き寄せられた。三日月の方は逆にぽいに抱き付かれている。2人とも相変わらず感情表現が大きい。
それだからか、ここまで付き合いが長くても嫌味は一度も感じたことがなかった。自分の一部であるからこそ、シグという存在には愛着がある。勿論チ級にも。
『
「家村提督のことか」
『うん。
シグ達が生まれた理由は、至極真っ当な理由だ。恨みも憎しみも当然の感情。私達以上に因縁が深いとも言えるだろう。
それを晴らすことが出来るのが私達にしか出来ないのだから、協力してあげたいと素直に思える。私達の恨みを晴らすのもあるが、みんなの恨みを晴らしてこそ本当の勝利だ。
「
『うん、すごくいい人だった。若葉も会っていたら気に入っていたと思うよ』
そう聞くと、家村提督にもう会えないことが悔しい。戦いが終わったら、下呂大将にどんな人だったか詳しく聞いてみようかと思う。
下呂大将の教え子だったということは知っているので、本来なら疑うことも必要ないくらいの提督だったはず。こんな事件に巻き込まれなければ、それこそ名将となれただろう。未来は大将だったかもしれない。
「ぽいちゃんは、家村司令官がどんな人だったか覚えてる?」
『うん、今の私にはうっすらだけど、面白い人だったっぽい。でも三日月にはちょっとしんどいかも?』
「そ、そうなんだ……」
ぽいからの好感度も非常に高かったようである。シグも家村提督のことを話しているときは普段以上に表情が柔らかい。
より一層、仇を討たなければと感じる。そんな提督の命を奪い、それからもずっと他者の命を蔑ろに扱い続けてきたのだ。そのくせ、自らの死に恐怖するのだから質が悪い。
今こそ報いを受ける時だ。一度回避出来たようだが、もうそんな奇跡は起こさせない。今度こそ、今まで奪ってきた命に償ってもらわなくては。
「ん、どうしたチ級」
シグやぽいとは違い、ある意味この事件とは無関係なチ級が、抱き合っている私とシグを纏めて抱いてくれた。
話せないのは不便ではあるが、何を考えているかは大体わかる。私達の戦いの結末が、いい方向に向かうことを願ってくれている。
「ありがとうチ級。必ず終わらせてくるからな」
口元がニッコリとしていた。やはり表情豊か。
『
「勿論だとも。必ず勝って終わらせるさ」
大淀絡みの会話も、今日で終わりになるはずだ。だから最後のブリーフィング。次に会うときは戦いの後、笑って抱き合うことになるはずだ。
『じゃあここからは世間話しようか。心を落ち着けないとね』
「ああ、これは最後にするつもりは無いけどな」
『お願いね。
ここからは心を落ち着けるための世間話の時間。これもいつものことだ。夢の中でのただの会話は、三日月と共に楽しく生きていることの象徴。これがずっと続けられればいいと思えるものだ。
早速と言わんばかりに悪戯っ子のような笑みを浮かべるシグ。嫌な予感がした。
『王子って凄い渾名がついたね』
「……それは忘れてくれ」
弄られるのではないかと思っていたが案の定。
『王子っぽい? でも、若葉は三日月の王子様だよね』
「そうだね。若葉は私の王子様だね」
三日月にまで言われるとほんの少し嬉しくなってしまった。これでも私は女、王子というのは男の通称だろうに。婿扱いといい、タキシードといい、私は男扱いされるのが通説になっているようである。
『夜も始まっちゃえば若葉の方が攻めに入るしね。男役が似合ってるよ』
『誘うのは三日月からなんだけどね。激しいっぽい』
やっぱりその辺りに触れられる。とはいえ開き直った三日月には怖いものがない。夢の中だというのに少しモジモジし始めてしまう。流石にここではダメだと釘を刺しておいた。猥談になるとチ級が頬を赤らめて目を逸らす。唯一の癒し要素。
そこからは本当に世間話。続けられるだけ続けて、心も準備万端となる。最高のモチベーションで決戦に挑めるようになった。
朝、窓の外からの太陽の光で目を覚ます。疲れもない。心も穏やか。最高の朝だ。
しかし、ほんの少し違うのは、決戦の朝ということで緊張感が漂っていること。目の前に三日月がいても、それは変わらない。
「おはよう、三日月」
「おはよう、若葉」
いつもの朝のルーティン。挨拶をし、微笑み、ベッドから出る。はだけた浴衣を脱ぎ、いつものように着替える。用意された制服は、決戦のために仕立てられた新品。
何もかもが同じの朝。今日だけは朝のトレーニングは中止しているが、常日頃からやっていることをいつものように行なうことで、万全な状態を維持する。心を穏やかに、身体は健康に。
「行くか」
「うん、行こう」
襟元を正して、マフラーを巻く。これでいつもの私。三日月も私のタイツを穿いて準備万端。これで決戦に向かえる。
今日で終わりにするのだ。もうこれ以上の引き延ばしは見たくない。大淀を倒し、人間を捕縛し、何もかもを終わりにする。時間が解決したら、私達は楽しく生きることが出来るのだから。
私と三日月は手を繋いで部屋から出た。
決戦の朝。意気込みは充分。負けるわけにはいかない。勝ってまたここに戻ってくるのだ。
次回より最終決戦。心身共に完璧な状態を作り上げて、終わりへと向かいます。