継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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いざ出陣

決戦の朝。朝食を終えた後はすぐに最後の会議。これが終わり次第、選出された者から出撃となる。前回の大淀との戦いを見ている下呂大将の選択故に、誰も文句は無いはず。そしてそれは、大体が施設の艦娘から選出されることが殆ど約束されていた。

大淀の艦隊司令部の力は、蘇生により復活しているだろう。そのための対策を積んだのがこちら側の大淀ではあるが、万が一のことを考えると、あの戦場で支配を耐えることが出来た者の方がいい。

そうなると、最優先で選ばれるのは、あの時に全く効かなかったまるゆ、真の深海棲艦化までは反逆出来た私、若葉と三日月が最有力候補。後は基本的にケッコン艦は耐えられる方向になっている。

 

「先行遊撃隊は複数の部隊で向かってもらいます。まず第一艦隊。旗艦は大淀。随伴艦に摩耶、鳥海、赤城、加賀、瑞鳳とします。基本的には大淀の防衛がメインとなります」

 

大淀を守り切れなければ意味がない。故に防衛能力で選出されている。摩耶は対空砲火、鳥海が近接による防衛、一航戦と瑞鳳が制空権の確保。当然大淀が艦載機を飛ばしてくることなんてないのだが、この期に及んで空母型の完成品や人形が現れてもおかしくはないため、航空戦力があるに越したことはない。

さらに言えば、赤城と加賀は道案内役にもなっている。向かう先に元々いた2人なのだから、最初に出撃するのは当然のこと。赤城に至っては志願までしたらしい。

 

「第二艦隊は攻撃部隊です。防衛は先の部隊に任せて、敵の大淀に打って出てもらいます。旗艦は鳳翔。随伴艦に若葉、三日月、伊勢、日向、足柄としました」

 

先陣を切るにはうってつけのメンバー。特に足柄はケッコン艦以外で唯一支配を跳ね飛ばしたという異例の精神力を持っている。闘争本能の高さから、こちらもおそらく一番槍を志願している。

そして伊勢と日向。元々はあちら側の最高戦力だった者だが、今では頼りになる戦艦だ。ただでさえ少ない火力を補ってくれるだけでもありがたいのに、あちらのことを知っているという特有の特典がある。赤城と加賀の道案内に近いことが出来るのは確かだ。

 

「加えて、潜水艦部隊も投入します。こちらは撹乱です。飛鳥の施設に所属する潜水艦は全員、後は都度増員します。こちらには手瀬鎮守府に先行してもらう意味合いもありますので、別途説明します」

 

シロクロのような高火力の潜水艦は、戦場で私達と共に大淀に対応する。魚雷も使えるのだから、潜水艦は誰だって一撃必殺の火力を持っている。まるゆに至っては運貨筒を再装填し、万が一のときの切り札としても活用される。

その中でも呂500と伊504は、敵側だったときと近しい仕事、先行しての監視を依頼された。鎮守府に先に辿り着き、海中から監視することで敵の出方を逐一報告する。そのため、2人だけは専用の通信機器が渡されることになる。

 

「水上艦は段階を踏んで部隊を送り込みます。その時点で中破以上の場合は即座に撤退。常に万全な者が戦線を維持するように戦ってください。補給部隊も送り込みますので、無理をせず、ですが確実に斃すこと。いいですね」

 

命を賭して戦うのはやめろとのお言葉。当然、私達は誰も死のうだなんて思っていない。そこで勝てなくても、次の機会を窺う。

早期決着を目指すのは当たり前だが、これ以上の被害者を出すのも良くない。ただでさえ、今このメンバーの中にすら一度死んでいる者がいるのだ。蘇生は何度もやっていい施術ではない。飛鳥医師だって辛いだろう。

 

「では、始めましょう。皆さん、よろしくお願いします」

 

先行遊撃隊の私と三日月は今すぐ出発だ。私達が出撃した後から続々と援軍が来ることは確約されているが、最初に出る私達が最低限堪える必要もある。長丁場の戦いになることは必至。

仲間達と力を合わせて、勝てるところまで持っていく。それが先陣を切る私達の仕事だ。やれるものなら私達だけで終わらせてもいい。だが、そうはさせてくれないだろう。だからこその総力戦。

 

工廠へ向かい、決戦の最後の準備。艤装を装備し、気合を入れる。隣では三日月が最後の調整中。知らない間に仕立てていたようだが、私と同じようなマフラーを巻いていた。それが妙に似合っている。

何でも、首のヒビを包帯で巻いているが、それをさらに隠すために明石が準備していたらしい。私とお揃いにすることでモチベーションをさらに上げてくれる采配。

 

「なんかすごくしっくり来る……」

 

マフラーを撫でながら不思議な感覚を味わっていた。初めて身に付けるのに、何故か物凄く馴染んでいるらしい。匂いも普段以上に落ち着いているようだった。

 

「それ、三日月にどうだろうかって、昨日の間に大将から言われてたんですよ。妖精さんがサクッと仕上げてくれました」

「そうなんですね……ありがとうございます。大切にします」

「よく似合っている。若葉(ボク)とお揃いだな」

 

口元をマフラーで隠して微笑んでいた。あれは基本的に私にしか見せない顔。マフラーを喜んでいるのはよくわかった。三日月が喜んでいると、私も嬉しい。

 

「あと、用意しておいた若葉のタイツも特別製ですからね」

「そうなのか?」

「若葉はリミッターを外した時に脚に負担がかかるんですよね。だから、その負担が軽くなるように妖精さんにお願いしました。サポーターみたいなものですね」

 

穿き心地は何も変わらず、触った感覚も以前と同じように思えたが、特殊な加工がされているらしい。今では3回までしかあの知覚出来ない移動法は使えなかったが、このおかげで回数が増えたようだ。

こういった細かいところにまで手を入れてくれている。秘密兵器としてこちら側の艦隊司令部があるわけだが、それ以外にもちょくちょくあるらしい。例えば私の扱うナイフは触れただけでも切れてしまいそうなくらいの業物に仕上げられているのだとか。

 

「高まった練度を最大限にまで引き出すのが工作艦の仕事ですからね。戦場に出られない分、力を注ぎました」

「助かる。また勝利に近付いた」

 

明石の尽力が私達の背中を押してくれる。尚のこと負けるわけにはいかない。

 

「さぁ、準備出来ましたか?」

 

鳳翔に呼ばれ、第二艦隊が集合。激しい戦闘が間近に迫り興奮状態の足柄に、最後まで武器の確認をしていた伊勢と日向。鳳翔もいつになく凛としている。

一番心配されていた日向も、今は随分と落ち着いていた。いつ崩れてもおかしくない精神状態かもしれないが、昨日までずっと考え続けて落ち着くところに落ち着いたようなので、今は安心して見ていられる。

 

「足を引っ張るかもしれないが、よろしく頼む」

「大丈夫大丈夫。私がフォローするからさ」

「そうそう! 勝利を掴むためには、まずは前向きに行かないとダメよ!」

 

開き直った伊勢と前向きすぎる足柄に囲まれ、日向もタジタジである。これは嫌でも進まざるを得ない。変に力まなければいいが。

 

「第二艦隊、準備完了です。第一艦隊、そちらは?」

「第一艦隊、準備完了。いつでも出られます」

 

大淀の方も準備万端。どうしても赤城の艤装に目が行ってしまうが、これでも立派な艦隊である。

 

「潜水艦隊も準備オッケー! あ、旗艦は私達だよ」

「……終わらせよう、これで」

 

シロクロを筆頭とした潜水艦隊も、呂500と伊504が特殊な通信機を身に付けたことで準備完了。いつでも出られる状況となる。

 

艦娘と深海棲艦が手を組んだ連合艦隊。それだけでも充分に異質ではあるが、みんなの心は一つに纏まっていた。

目的は全員同じ。大淀の打倒、医療研究者の捕縛、手瀬鎮守府の奪還。この全てを今から達成させる。

 

「緊張させるつもりはありませんが、この戦、君達の腕にかかりました。必ずや成し遂げてくれると信じています」

 

下呂大将を先頭に、全員が工廠で見送ってくれる。来栖提督も、新提督も、本来ならこういう場にはいないであろう飛鳥医師と蝦尾女史も、私達の最後の戦いへの船出を見届けてくれる。これはなかなかに気合が入るというもの。

後から援軍としてここから更に向かうことになるわけだ。私達が出撃しても、ここは慌ただしいこと間違いない。だからこんな空気でいるのは今だけだろう。だからこそ、みんなで気を引き締めて。

 

部隊全員が敬礼し、そして外へと向く。これより先は戦場。一歩踏み出すために、旗艦が号令。

 

「第一艦隊、旗艦大淀。出撃致します」

「第二艦隊、旗艦鳳翔。出撃致します」

「えーっと、潜水艦隊旗艦クロ! 行くよ!」

 

次に戻ってくる時は、勝利の報告の時。みんなの思いを背に、いざ出陣。

 

 

 

航行は順調。海路も穏やか。快晴の空の下、私達は手瀬鎮守府に向かう。基本的には大淀を中心とした輪形陣。摩耶と鳥海が先頭でいつ来てもおかしくないような敵の攻撃を確認しつつ、航行しながらの哨戒で周辺警戒も怠らない。潜水艦隊も私達の真下で海中を警備。

 

「潜水艦隊との通信は、私と鳳翔さんが出来るようになっています。敵機発見があればすぐにわかりますので」

「つーことは、今のところは何もないってことだな」

 

鎮守府よりも緊張感が漂う。ピリピリした空気に萎縮する者もいそうであるが、ここにいる者は全員、早くその時が来ないかと武者震いしていた。

 

特に赤城が危ない。前回の戦いで終わったかと思われた怒りと憎しみが、この戦いで全て解き放たれる。赤城の中にいるという仲間達の憎しみも大淀に向いているのだから当たり前だ。瞳が深海棲艦特有の光でビカビカ輝き、その時を今か今かと待ち構えていた。

そしてそれを誰も止めようとしていない。今回ばかりは誰もが容認している。そこまでしないと勝てない敵である可能性もあるのだ。

 

「赤城さん、この空気久しぶりね」

「ええ……私達の本来の居場所の空気を感じます。鎮守府近海に入りました」

 

まだ水平線の向こうには何も見えないが、当事者が言うのだから間違いない。手瀬鎮守府の領海内。ここからはいつ狙われてもおかしくない。

 

「哨戒機から連絡が来ました。敵艦確認」

「こっちも! 敵艦の数は……え、1人……!?」

 

鳳翔と瑞鳳が同時に発言。ついにその時が来る。まだ周囲には何も見えないが、敵艦を確認。その数はたったの1人、つまりは大淀である。

周囲には仲間がいない単艦。準備が間に合わなかったのか、余程自信があるのか。まだ出していないだけという可能性はいくらでもある。

 

「……っ! 哨戒機、撃墜されました」

「航空戦開始! 赤城さん、全力でお願いします!」

「言われずとも」

 

大淀の号令と共に、空母達が一斉に艦載機を発艦した。特に赤城は、今この瞬間の全力を以て全機発艦。圧倒的な物量による空爆で押し潰す作戦である。これで終われば言うことは無い。

見えないところでも爆発音が激しい。太陽の光の下でも、水平線の向こうが赤く染まっているかのようだった。

 

「これで終わってくれればいいのだけれど」

「そうは行かないでしょうね。そんな簡単なら、ここまでの事にはなりません。それに、まだ私の憎しみが晴れない」

 

水平線の向こう側がチカッと光ったような気がした。そしてすぐさまキナ臭い匂いを感じ取る。

 

「散開しろ! 撃たれた!」

 

わかるのは私だけだ。すぐさま叫び、全員をその場から離れるように指示する。明確に照準を合わせたわけでは無いのだろうが、その匂いは赤城に狙いを定めているように思えた。

瞬間、部隊の真ん中を切り裂くように凶悪な砲撃が駆け抜けた。当たれば即撃沈間違いなしの強烈すぎる威力。掠めるだけでも大惨事だろう。軽巡洋艦が出していい威力では無い。

 

「全く、空母というのは野蛮過ぎやしませんか」

 

大淀がそこにいた。あれだけの密度の空爆を無傷で潜り抜け、さらにはこちらへの攻撃に転じてきている。今はまだ余裕ということか。

大淀の見た目は、やはり真の深海棲艦化をする前の状態。しかし、深海棲艦の匂いはしているので、司令部棲姫としての身体は取り戻しているようである。

 

本当に生きている。確かに私は大淀を二度殺した。一度目は心臓にナイフを突き刺した。それでダメだったから二度目は首を斬り裂いた。命の灯火が消える瞬間も知っている。なのに、私達の目の前に立っている。

 

「ああ、やはり大淀を連れてきましたか。それくらいの小細工はすると思っていましたよ。それで私の艦隊司令部の力を無力化すると」

 

チラリとこちらの大淀を一瞥した後、鼻で笑う。こちらの大淀はその表情を見て嫌悪感を露わにした。自分と同じ顔がああいう様を見せている事に気分を悪くしている。

 

「さて、ではやりましょうか。四の五の言っていても何も始まりません。御託を並べるのも、並べられるのも時間の無駄でしょう」

 

今までとは雲泥の差だった。最初から全開の殺意。表情にも余裕はなく、ここにいる者全てを殺すという意識しか感じられない。その対象には私や三日月も含まれている。

今までが本気で無かったというわけではない。しかし、今回は何かが違う。真剣、というわけではないが、慢心を捨てているような、油断ならない状態。

 

 

 

本当の決戦が始まろうとしている。ここからはもう戻れない。今、この時を以て終わらせてやる。

 




三日月がマフラーを巻いた事で、余計にそれっぽくなりましたね。

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