ついに幕を開けた大淀との決戦。一度倒したにもかかわらず、ほぼ完全な状態で蘇生されている大淀は、以前とは違い慢心を捨てている。こちらをいいようにコントロールし、弄ぶことを悦びとしていたようだが、今回は違う。ただただ強い殺意を募らせ、私達に相対していた。
艤装自体は何も変わっていないように見える。先程放たれた軽巡洋艦とは思えない威力の主砲以外は武装を持っていないように見えた。内部に艦隊司令部が仕込まれていることはわかっているものの、それ以外におかしな装備などは今のところ見当たらない。
「私は死を経験して反省しました。至極当然なことを、力を得たことで忘れていました。調子に乗ってはいけませんね」
言葉は軽いが、その端々に殺意が篭っていた。あの時の大淀は、自分の武装すらかなり適当であった。艦隊司令部を突破されるとも思っていなかったか、まるゆに畳み掛けられて破壊されたことでグダグダになっていたのを覚えている。
それは全て自信過剰、慢心からの失態と深く反省していた。自らの悪い部分を死を以て知ってしまった。それが一番怖い。
「ですので、私も心を入れ替え、正々堂々真正面から貴女達を殺します」
不意に主砲が放たれた。狙いはこちらの大淀。あちらにもこちらにも大淀がいるためややこしいが、やはり艦隊司令部を封じているであろうこちらの大淀を真っ先に潰しにかかるのは至極当然なことであった。
勿論それはこちらも読んでいる。まず狙われるだろうと考えていたこちらの大淀は即座に回避行動。鳥海が盾に入りつつも、掠めただけで拙いことはわかっているので、なるべく大きく移動する。
「艦隊司令部より、鳥海に伝令」
このタイミングで艦隊司令部の行使。もしこれの影響を受けてしまったら、耐えられるにしても鳥海が動かなくなってしまい、今の砲撃をまともに受けてしまう事になるだろう。
しかし、鳥海は止まらず。こちらの艦隊司令部はしっかりと機能している。若干頭痛を感じたようだが、ダイレクトにぶつけられた支配の命令ですら、以前とは違って完全に無視出来た。
「やはり効きませんか。ではもういいです」
「そのための私ですから」
「流石私。私の敵は私ということですね」
おちゃらけているように見せかけて、今この状態でも戦況分析をしながら戦っている。結果、艦隊司令部は捨てる方向に行ったらしい。
以前は艦隊司令部による支配に固執していたが、今回はすぐにそれを諦めた。1人へのダイレクトな支配が不可能だとしたら、もう私達の誰にも効かない。扱い方を支配から妨害に使おうとした時点で以前とはまるで違う。
「もう一度死んでもらうぞ」
「何度もやられる私じゃありませんよ」
次の主砲は私に向けられた。もう私を生かして捕らえようなんて気は無いようである。
大淀の中の私は、
「死ぬのはもう御免なんですよ」
「それは誰だってだ。
主砲が放たれると同時に衝撃すら届かないところまで跳ぶ。私に照準が合ったことは誰もが感じ取っていたため、即座に全員私から離れてくれた。おかけで全員が無傷。
そして着水した瞬間にリミッターを外した全力の跳躍。知覚出来ない渾身の一撃を決めてやる。
だが、自分自身ですら知覚出来ないくらいの速度なのに、今、私が海面を蹴った瞬間に
「残念ですが、もうそれは喰らいません」
気付けば、私の脚は大淀に掴まれていた。以前と同じ渾身の蹴りだったのだが、完全に見切られている。
「勿論、貴女もですよ。三日月さん」
リミッターを外した三日月の直感的な砲撃が繰り出される寸前に先んじて砲撃を放つ。考えた瞬間に動いているはずなのに、それを超える速度で繰り出されたことで、三日月も砲撃を中断して回避していた。これも回避を考えた時点でそれを実行している。
その間に私の脚を掴む腕を蹴って拘束を解く。そのままだと私の脚すらも握り潰しかねない。確か握力も普通では無かったはずだ。
「このっ」
「それも知っています。イロモノ武器ですが、貴女には合っているかもしれませんね」
近いのだから的は大きい。今このタイミングなら拳銃の弾も当たるはずだ。だから容赦無く大淀の頭に向けて拳銃付きナイフの引き金を引いた。
しかし、これだけ距離が近いというのにもかかわらず回避されていた。拘束を解いたせいで自由にしてしまったからか。大淀の回避性能が異常なのは知っている。これまでもそのせいで基本的に無傷だったのだから、そこがさらに強化されていてもおかしくない。
「矢も何度も見ていますからね。織り込み済みですよ」
回避先を狙って鳳翔と瑞鳳の矢が放たれていたが、その矢は避けるまでもなく掴まれていた。ついには回避すらしなくなった。
「お返ししますよ」
艦載機になる前に矢を投げ返す。その勢いは手首のスナップだけで普通の矢を放つのと同じ速度は出ていたと思う。射った相手に直接投げ付ける最大のカウンター。
こればっかりは看過出来ないと即座に艦載機に変化させ、自分に刺さる前に上空へ飛び立たせた。自分の矢だからこそこの回避が出来る。
「貴女達のお医者様は何故蘇生という技術を研究し、実現したか聞いていないんですか?」
私に話しかけながらも、今度はノールックで真横に砲撃。そちらにいたのは大淀に突っ込もうとしていた赤城。私達に気を取られている隙を突いて艤装で轢殺しようと画策していたらしいが、殺気が強過ぎたから辿り着く前に迎撃されてしまった。
いくら赤城の艤装でも流石に受けきれない。まともに受ければ大破以上は免れないだろう。突っ込むより回避を選択。突っ込む勢いがあったため少しだけ掠めたようだが、航行に支障はきたさない。
「知らないわよそんなことは!」
「考えるには至らないんですか?」
赤城に砲撃をしたタイミングを見計らって今度は足柄が突撃する。それに合わせて、三日月やこちらの大淀も砲撃による援護。3人同時の攻撃で逃げ場を無くす。
だったのだが、今度は赤城を撃った方とは違う主砲が動き出し、3人の砲撃を
これは飛んでいるものを全て撃ち墜とすという摩耶の技だ。艦載機や弾丸、果ては艦娘そのものまで、一切容赦なく撃墜するあれを、大淀が完全に模倣してしまっている。
自分の専売特許を奪われてしまい、摩耶は随分と憤慨しているようだった。気持ちはわかる。
「死してもその経験を残したまま蘇生することで、敗北を喫した敵に勝利することが目的、でしたか」
「流石は鳳翔さんですね。ちゃんと知っているようで何より」
飛鳥医師がみんなの前で話してくれた研究内容。その時に言っていた研究のきっかけ。強敵と戦い、惜しくも沈んだ艦娘も、その知識を残したままに再び戦場に戻すこと。
ブリーフィングで下呂大将も話していたが、このクローンは私達の手の内を全て知った状態である。故に、対策も講じてきている。普通なら再現出来ないような対策方法も、インチキスペックの大淀には造作もないことであった。
「あの協力者達の技術には感謝していますよ。まさかここまでのことをやってくれるとは思っていませんでした。何せ、こんなに素晴らしい力が手に入りましたから」
キナ臭い匂いが鳳翔に向かった。まるで正解を当てた者へのご褒美とでも言わんばかりである。まずいと思った時にはもう遅かった。
「っあっ!?」
気付いた時、鳳翔が吹き飛ばされた。弓を引く暇すら与えず、
当たり前だが大淀は私のような子供の身体では無い。さらには鳳翔は伊勢や日向とは違い比較的華奢な部類に入る。故に、今の一撃は身体を真っ二つにしてもおかしくないほどだった。幸いそこまでは行っていないものの、鳳翔は海面に擦り付けられるように飛ばされている。息をしているのはわかるが、すぐには立ち上がらないほどのダメージを受けていた。
「鳳翔さん!?」
「やはり難しいですね。自らを弾丸にし、一直線に移動するだけ。若葉さんも使いこなしているような感じではないですし、脚への負荷も相当です。これが手一杯ですか。乱発は出来ませんね」
鳳翔の隣にいた瑞鳳がそれに反応し即座に弓を構えたが、まるでそれを予測していたかのように射線からズレる。そして
流石に瑞鳳はそれを回避することは出来たが、主砲の威力が異常なためにそれだけでも痛みを感じたようで、顔を顰めていた。
「これは使いやすいですね。三日月さんは感覚的にこちらを攻撃しているようでしたが、これが正解でしょう」
「この……!」
次は伊勢と日向が刀を抜き、大淀に襲いかかる。
「貴女達は元々私の下にいたものでしょう。当然データに入っていますよ」
砲撃すらも斬り裂くその太刀筋を軽々と回避すると、2人の腹に照準を合わせ、主砲を放つ。それも考えた瞬間に行動に出ているような挙動。
これに対しては伊勢も日向も反応出来るようで、咄嗟でも回避は出来た。元々頑丈なために衝撃を受けてもビクともしなかったが、今の状態で近付くのは得策では無いと一旦離れた。
「敗北を喫した私は、
「……こちらがやれることを全てやれるということか」
「ご名答です」
ニッコリ笑って次の照準を見定めた。先程は阻まれたこちらの大淀の排除。それがされてしまったら、今度は艦隊司令部すらも戻ってきてしまう。それだけは避けなくてはいけなかった。
「やらせるわけないでしょうが!」
「抵抗するのは構いませんよ」
大淀のピンチに勘付いた足柄が、その進行方向に躍り出る。それに対して今度は知覚出来るが私と同じ程の速度で足柄に突撃。
お互いに、艤装の裏側に仕込んでいたナイフを取り出してぶつかり合う。大淀はまともな近接戦闘まで出来るようになっている。
自分でも言っていたことだが、蘇生されたことでこちらの出来ることは全て出来るようになっているのは一目瞭然だった。私の速度と近接戦闘、三日月の感覚的な砲撃、摩耶の全てを撃ち墜とす防空性能に加え、伊勢と日向のデータが入っていると言ったくらいなのだから、今までの部下の行動は全て出来ると考えていい。
敗北したことで私達のことを命懸けで学習したことになる。頭に入っていたマイクロチップというのは、今までにやったことやられたことをデータ化して送り込んでいたということ。経験をデータ化することで、全く同じクローンが作れるわけだ。
「結局大淀だもの、腕力は軽いわね!」
「貴女が強いだけでしょうに。普通なら貴女ごと斬り裂いていますよ」
矢を投げ返して射ったのと同じ速度を出せる力を軽いと言う足柄も相当である。
鍔迫り合いのような状況になったが、大淀が逆に一歩引いた。足柄の猪突猛進っぷりは大淀でも一歩引くほどのようである。単に面倒に思っただけのようにも見えたが。
「負けた者に勝つためには、その者の力を自らのものにするのが手っ取り早いんですよ。それを再現してくれた協力者にはとても感謝しています。それに、この力の源は貴女達です。模倣という形ですが、感謝していますよ」
全員が離れたところを見計らって赤城と加賀が同時に空爆を始めたが、これは摩耶の模倣により全て撃ち墜としていた。大淀の主砲は両用砲らしい。
遠距離はこの手段で回避され、近距離は私達の模倣で迎撃。三日月の模倣で感覚的にそれを全てやってしまうため隙すらもわかりづらい。
たった1人なのに、連合艦隊全員の力を結集しても、攻撃が届くように思えなかった。これは人数で押し込むとかそういう域を超えている。
こちらの手の内を全て知っているだけでは飽き足らず、こちらの手の内を全て
強敵はより強敵となり、私達に襲いかかってくる。なんて戦いだ。