手が付けられない大淀。こちらの持つ技を自分のものにし、さらにはこちら以上の力を以て蹂躙する。こちらは12人でかかっているというのに、大淀はたった1人でこれだ。未だ無傷で戦場を駆け回っていた。
みんなの力を合わせて追い詰めようにも、速度と感覚でそれをいとも簡単に回避し、攻撃に転じてくる。伊勢と日向はそれを直撃してもビクともしない耐久力があったが、他はそうはいかない。赤城がそれをまともに受けてしまい、艤装から投げ出されていないものの意識が朦朧としているようだった。あのままだと危険である。
「三日月、援護頼む」
「うん、大丈夫」
今の大淀は私に背を向けている状態だったため、ここで本日3回目の知覚出来ない突撃。赤城に追撃する暇を与えるわけには行かず、脚の負担のことは頭から簡単に抜け落ちた。幸い、今は3回以上の行使も可能となっているため、それでも問題はない。
しかし、先程と同じようにまた私の一撃は弾かれてしまう。完全な死角から突っ込んだのに、そんなことお構い無しに私の蹴りは叩き付けられるように払われ、私は勢いそのままに海面に顔面を擦り付けることとなる。
だがそれも織り込み済み。私が払われると同時に、三日月の砲撃が大淀に放たれていた。死角からの攻撃に対応する隙を突いたヘッドショットだ。本来なら確実に避けられないタイミング。
「貴女達の連携は何度も見ています。愛の成せる技ですか?」
だが、その砲撃には自身の砲撃をぶつけることで回避。仲間の技とはいえ、あれは相当なインチキに思える。やはりあれも摩耶より使いこなしているように思えた。三日月がマフラー越しに舌打ちしたのがわかった。
とはいえ、これで赤城が一時的に退避する余裕が出来たはずだ。
朦朧とした意識が正常に戻った瞬間、尋常ではない数の艦載機が発艦していた。今の赤城の全力は、怒りと憎しみによりさらに増強されている。翔鶴に向けていた憎しみを大淀に向けるようにしたのだから当然のことか。
「貴女への恨みは積もるばかりなの。ここで死んでもらわなければ、誰も救われない。
憎しみに塗り潰された形相で、全艦載機を大淀に嗾けた。爆撃ではなく、艦載機そのものが急降下するとんでもない光景。100機を超えたそれが降下する様は、さながら空から一枚板の天井が落ちてくるかのようだった。
物量によっての押し潰し。このままでは私も巻き込まれてしまうため、大急ぎでそこから退避。
「どれだけ多かろうが、今の私には通用しませんよ。摩耶さんは本当にいい技を見せてくれました」
しかし、その艦載機が瞬く間に撃墜されていく。破壊した後の破片まで、一片残らず消炭にされていくのは異常としか思えない。
ならばと、防空に専念している今を狙い、瑞鳳と加賀、さらにはダメージから復帰した鳳翔と矢を放った。研ぎ澄まされた一射は、空を切りながら一直線に大淀の胸へと向かう。貫けば終わりの一撃だが、困ったことに大淀は片手が空いている。
「邪魔はしないでもらいたいですね」
その矢はもう片方の手に持つナイフで片手間に打ち払ってしまう。片手は防空、片手はナイフ。隙がない。
だが今度はこれで両手は潰した。赤城は撃墜されては新たな艦載機を発艦させ、押し潰すことに専念している。そのおかげで防空は決して止めることが出来ない状態。これなら更なる攻撃で決壊させることができるはずだ。
「ああもう、本当に鬱陶しい。根元から断ち切りますか」
しかし、間に合わなかった。
忌々しげに呟いた瞬間、大淀の姿がそこから消え、赤城の顎を蹴り飛ばしていた。この一撃は相当重かったらしく、赤城の眼がグリンと白眼を剥いたのが見えてしまった。
先程の連続使用で負担がかかっており自分で控えると言っていたが、緊急事態と考えて即座に解禁してきた。何度も使わせれば消耗させられるかもしれないが、使われれば使われるほどこちらも消耗していく。どちらが先に消えるかのチキンレースなんて考えたくもない。
「っくぁ……!?」
「貴女がいなくなれば幾分か戦い易くなるんですよ。ではさようなら」
今までの大淀なら、気を失った者など放っておいて私達をいたぶることだろう。どうせあとから殺せばいいなどと言いながら。だが、この後に赤城を目覚めさせられたら厄介と考えたか、即座にトドメを刺すために主砲を赤城の頭に突き付けた。本当に慢心などない。対処出来るものは即座に対処する。
「させるかぁ!」
「赤城さん!」
それは赤城に一番近い位置にいた伊勢が食い止めようと主砲を放ち、同時に加賀も矢を放っている。伊勢の砲撃は大淀がトリガーを引く直前だったために、大淀は当然ながら回避を選択。照準を合わせたまま回避しようとしたが、加賀の矢が猛烈な勢いで主砲を持つ腕を撃ち抜こうとしたため、さらにそれを回避。おかげで赤城から僅かに照準をズラすことに成功した。
頭が吹き飛んでいたであろうその砲撃は赤城の命を奪うことは無かったが、肩と艤装を破壊し、赤城を再起不能にまでは持っていってしまった。あれではもう腕は上がらない。血も激しく流れている。
「発艦!」
「所詮艦娘の艦載機でしょう。何も怖くはないですよ」
回避された矢はそのまま艦載機と変化し、急転回。赤城ほど膨大な数ではないが、勢いそのままに大淀を急襲。撃ち墜とされることも承知で爆撃を始め、その間に赤城の救護に向かう。
大淀は爆撃を微風のように受け流し、主砲を再度赤城に向けた。直撃したら赤城どころか加賀すらも巻き込まれて致命傷を受ける羽目になる。
だがここから援軍の登場だ。まずは私達と共に出撃した潜水艦から。
「やらせなぁい!」
海中から突如現れたのはシロクロの巨大な艤装。昇り竜の如く海面に飛び出してくる、赤城に狙いを定めた瞬間の完全な不意打ち。
「それはこちらのセリフですよ。潜水艦はあの一件以来大嫌いになりましたから」
このタイミングでも大淀は回避してのけた。潜水艦からの一撃を対策警戒しているのは、確実にまるゆ対策だ。
計画をすべて打ち壊し、最も追い詰めたのは、紛れもなくまるゆ。私や三日月以上に憎しみを抱いていてもおかしくない。故に、潜水艦に対しては徹底していた。下からの攻撃は見ないでも避けられる程にまで練度が高められている。
敗北を喫した者に勝利するというのは、すなわちこういうことか。それに準ずる者すらも屈するしか無くなる。潜水艦特有の攻撃はもう効かないと見ていい。
結果的に、大淀の砲撃は止められなかった。爆音と共に放たれたとんでもない威力の砲撃は、まっすぐ赤城に向かい、
「やらせんよ」
それを日向が真っ二つに斬り払った。鮮やかな太刀筋に、空気までが断ち切られたかという静寂。
斬られた弾は、赤城にも加賀にも当たることなく後方に飛んでいき、着水。激しい水柱が立つが、誰もが無傷。
「考えて、考えて、考え抜いて、やっと辿り着いた。私は今まで奪った分、仲間を生かしてみせる。命ある限り、私が守り続ける。それが償いだ」
「そうですか。でも残念です。決意はお見事ですが、それは叶わぬ夢。死んでしまっては意味がありませんよ」
日向が守りについたことで、大淀は赤城をターゲットに絞るのをやめたようだ。今ここで誰を一番最初に始末するかを瞬間的に吟味し、そして見据えたのは今出てきたばかりのシロクロ。
その時には、シロクロは主砲の準備を完了していた。この場の誰よりも強烈な戦艦主砲。同じようなものを持つ伊勢と日向のものなど比べ物にならない威力を誇る、施設の最大火力。
「やはり潜水艦は見ているだけで気分が悪いです。即刻消えてもらいましょう」
「やーだね。とりあえず撃つから」
私が知る限り、聞いたことのないような轟音が鳴り響いた。速く、大きく、強いその砲撃は、大淀に一直線に向かっていく。さらにはそれを連射までする。明石のチューンナップのおかげで、威力も連射速度も上がっている。
「乱雑ですね。見た目通り子供ということですか」
どれだけ速く撃とうが、その砲撃を軽々と避けてしまう。そういう意味では、伊勢と日向のデータが入っていることで戦艦主砲への対策も出来ているということになる。
シロクロには最も相性が悪い相手になるかもしれない。出来ること全てが対策を取られていると言っても過言ではない。攻撃しているうちにシロもそれに勘付いた様子。
「クロちゃん……アレは私達じゃどうにも出来ない」
「だからって、このまま何もしないわけにはいかないでしょ!?」
「素晴らしい心構えです。何も出来ないとわかっていても奮闘する姿は感動的ですね」
キナ臭い匂い。ターゲットはシロ。おそらくどちらでもいいと考えていたのだろう。たまたまシロになっただけ。そしてシロがやられたらそのままクロもやられる。それだけは避けたい。
誰にも死んでもらいたくない。全員で笑って帰るため、死んでもらっては困る。それを壊そうとする大淀はこの場で終わらせなければならない。
完全に無意識だった。
「っあっ」
「ぐっ」
シロに向かった大淀と、シロの直前で激突。流石の大淀もこれは想定外だったらしく、殆ど無防備な状態で直撃し、お互いに海面に叩き付けられるように転がる。
これで艤装が壊れていないのだから、明石のチューンナップは完璧だ。頑丈な上に取り回しもしやすく、無茶な運転でも悲鳴すら上げない。
「若葉!」
そこへ三日月の追撃。転がった大淀に向けて砲撃をするも、それは砲撃をぶつけられることで回避される。
だが、今の大淀は体勢を立て直すことに全力を込めていた。慢心しているわけではないが、想定外のことが発生したことで混乱している。
「流石は
忌々しげに呟く。やはり今の出来事は完全に想定していなかった。それはそうだ。
知覚出来ないのだから、気付いたら既に攻撃が終わっているのが常だった。それは大淀もだし、私でもそうだ。結果だけが即座に来て、過程が認識出来ない。
大淀はそれでもそれをガードしていた。それはおそらく三日月の感覚的な行動をも身につけているから。ほんの一瞬だけでも来ると判断出来たら、そこに対して考えた瞬間に身体が動いている。
それが今、私にも発生した。この土壇場で、仲間を思う気持ちがそれを覚醒させた。三日月と同じ力、感覚的な行動。考えた瞬間に身体が動いているその力は、私にはまだ使いこなせそうには無かったが、大淀を食い止めるには充分な力。
だからといってまたやれと言われても、簡単には出来そうにない。今は必死だった。やりたいと思ってやったわけではない。これがまた出来るようになれれば勝ち目はあるかもしれないが。
「ですが、もう覚えましたよ。警戒出来れば恐るるに足りません」
一番近い私に主砲を向けた。これも三日月の模倣、私を殺そうと考えた時点で行動に表れた。
「無視してんじゃねぇよ」
そこへ摩耶の横槍。私に当たらないように激しい砲撃の乱射。私に撃っている余裕など与えるつもりは無いようである。
当然それを回避するため、先程と同じように砲撃で食い止める。摩耶の砲撃を摩耶の技で止め、お互い無傷。その間に誰もが行動出来る時間が与えられた。
「この! 喰らえー!」
その乱射に合わせてクロの咆哮と共に放たれた戦艦主砲。
「私も行きます! 鳳翔さん!」
「ええ、まだ行けますよ。航空隊!」
瑞鳳と鳳翔の航空隊による爆撃。
「なら私達も! 日向、いい?」
「当然だ。今ここで終わらせてやるさ」
「私も行けるわ。同時に射つ」
伊勢と日向、加賀もその空爆に参加。これにより、先程の赤城の空爆以上の密度を誇る、一枚板の天井が出来上がった。これは艦載機そのものが直撃するようなものではない。爆弾の天井が降ってきた。
正面と真横、そして真上からの同時攻撃。さらには密度も尋常では無い。避ける経路は無いはずだ。そう、
大淀は一度猛攻を海中に潜ることで逃げたことがある。今回もそれを使うはずだ。本人が奥の手と言っていたのも覚えている。ならば、そこを狙うのが得策。
「シロクロ、大淀は海中に潜る可能性がある」
「マジ!? なら、私らの専売特許っしょ!」
私が伝えた瞬間に巨大な艤装と共に海中へ。本来の戦いの場を海中に置いているのだから、海上で戦うよりも凄まじい戦闘力を発揮する。いくら潜水艦対策をしているとしても、海中はアウェー。いくら大淀でも十全の力は発揮出来ないはずだ。
真下まで加えた全方向からの攻撃により、完全に逃げ場を封じたはずだ。これで倒せる。倒せるはず。
そして、全てが纏めて爆発を起こし、巨大な水柱を作り上げた。