大淀との戦闘は佳境を迎えていた。赤城がやられてしまったものの、私、若葉が不意に発動した無意識下での知覚出来ない突撃により不意打ちに成功。そこから高火力の者達が一斉に攻撃し、その圧倒的な物量で押し潰す。
上からは落ちてくる天井のように密集した空爆の雨、横からはシロクロの主砲と摩耶の乱射、さらには撃った直後にシロクロが海中に潜り、下からの攻撃まで加えた。ここまでやれば逃げ道はない。
そして、全てが纏めて爆発を起こし、巨大な水柱を作り上げた。だが、まだ油断は出来ない。亡骸を確認しなくては、本当に戦いが終わったかはわからない。
前回のように、ここから死の恐怖による真の深海棲艦化が始まる可能性だってあるのだ。詳しい条件はわからないが、それだけはすぐに確認しなければならない。
「警戒を怠らないように。大淀さん、シロさんとクロさんとは連絡が取れますね?」
「はい、今確認してもらっています」
私達第二艦隊旗艦の鳳翔が、第一艦隊旗艦の大淀と現状の確認を進めている。鳳翔はまだダメージが抜けきっていないようだが、戦闘に支障は無いようだ。
生きていようが死んでいようが、大淀の身体は海上には無いだろう。あれをモロに受けていたのなら、いくら頑丈でもひとたまりも無い。しかし、大淀は奥の手として潜水出来るという事実を知っている。未だに海中でピンピンしている可能性もあるのだ。
私達海上艦にはそれが確認出来ないため、シロクロに確認してもらっている。あれだけの爆発があれば海中も酷いことになっているだろう。如何に太陽が燦々と輝く日中でも、この確認はすぐに終わらない。
「赤城さんが危ないわ。すぐに帰投してもらわないと」
加賀が何とか曳航して赤城を戦線離脱させている。ここから離れるわけにはいかないため、そろそろ来るであろう援軍の誰かに退避してもらうのがいいだろう。
しかし、このタイミングでキナ臭い匂いを感じた。悪意と殺意が幾重にも重なった、ドス黒い感情の匂い。その匂いは赤城に伸びていた。
「赤城が危ない!」
私が叫んだ瞬間、爆発による立ち昇った水柱を掻き消すかのような、凶悪な砲撃。その狙いは未だに赤城だった。気を失ってそこから動けないのだから、格好の餌食だ。加賀の曳航だけでは赤城を退避させることなんて不可能だ。
そのため、加賀は咄嗟の判断で艤装から赤城を下ろし、その場から離れた。直後、その砲撃が赤城の艤装を木っ端微塵に破壊してしまった。本当にギリギリ。むしろ赤城の艤装があったからこそ加賀への被害は少なくて済んだ程である。
そこには血だらけの大淀が立っていた。水浸しにはなっていない辺り、海中に逃げる奥の手は使っていない。シロクロと海中でやり合うのは無理だと判断したか、回避しながら防空に専念した結果、摩耶の乱射に幾重にも撃ち抜かれることとなった。腕や腹からの激しい出血が頷ける。
だが、あれだけやってまだ生きている。誰もが殺すつもりで攻撃を繰り出したというのに、重傷を負いながらもそこに立っている。致命傷だけは避けているようで、その分憎しみは一層増し、執念だけで立っていた。
「まだ終わらない。私は簡単には終わらない……!」
死の恐怖ではなく、私や三日月と同じような負の感情で侵食が拡がるように深海の匂いが強くなっていく。ここまでやられたことへの怒りと憎しみで、あんな状態でも力が強くなっているようだった。
深海棲艦の姫には、艦娘の改相当にあたる
「もう空爆なんて効きません。ここで全員殺します」
キナ臭い匂いが戦場全体に拡がる。ここにいるもの全員に殺意を向けているせいで、匂いがわかりづらくなっている。故に、次の狙いが判断出来ない。
「まずは貴女ですよ」
刹那、摩耶が吹き飛ばされた。あんなボロボロな状態でも、一切躊躇なく知覚出来ない突撃を繰り出してきた。血を撒き散らしながらの突撃のため、迫力が違った。
この怪我の一番の原因である摩耶を優先的に始末しに来たのは、感情的になっているから。身体にも心にも余裕が無くなったことで、今まで以上に慢心が無くなっている。隙がさらに無くなっている。
「っがっ!?」
「私の傷は殆ど貴女から受けましたから。お返しです」
突撃による蹴りで摩耶が
摩耶を守るために鳥海が大淀に掴みかかる。何処でもいいから掴むことが出来れば、その握力により大淀の一部は破壊出来る。
「邪魔をしないでくれますか」
「何を勝手なことを!」
さらにはこちらの大淀が砲撃を合わせる。鳥海が接近しやすくなるように、摩耶から視線が外れるように、敵の大淀の艤装や腕を優先して狙った。
しかし、所詮は軽巡洋艦の主砲。敵の大淀の艤装は酷いほどに強化されており、照準がブレる程度で破壊にまでは持っていけない。
あのままでは摩耶がやられる。それだけじゃない。鳥海も大淀もやられる。そうなると手が付けられなくなる。艦隊司令部の力が復活し、今以上に悲惨なことになるだろう。抵抗出来ずに支配される者もいれば、抵抗して動けなくなることで嬲り殺しに遭う者も出てくる。
それだけはダメだ。みんなを守らなくてはいけない。私1人の力で守ることが出来る者なんてほんの一握りかもしれないが、それでも今の私ならここにいる全員に手が届くはずだ。
「えっ」
またもや無意識だった。摩耶が撃たれる瞬間には、私は大淀を突き飛ばしていた。脚の負担はまた比較的軽減されている。最高最善の形で知覚出来ない突撃が出来ていた。大淀の素っ頓狂な声が耳元で聞こえた。
これにはまた大淀は驚いていたようだった。私がここにいるとは思っていなかったのだろう。だからか、余計に照準がブレてくれた。
「っぐぅっ!?」
「摩耶!?」
それでも掠めるくらいはしてしまう。直撃が避けられたのは良かったとは思うが、二の腕を削いでしまう程の火力と、その衝撃による身体への激しいダメージ、さらには海面に叩き付けられたことで体力を持っていかれて、立ち上がれなくなってしまった。
一番近くにいた鳥海が駆け寄るが、状態はかなり厳しそう。気を失っていないだけで赤城と同様に離脱が推奨。
「また……若葉さんはいつも予想外のことをしてきますね」
「知るか。さっさとくたばれ」
「ワカバの言う通りだよ!」
そしてこの場にシロクロ復帰。またしても昇り竜が如く海面に現れ、大淀をかち上げようと渾身の一撃。摩耶が動かずとも、あの艤装の直撃を受けたらひとたまりもない。
しかし、先程と同じ光景を見ているように、あのボロボロの身体でもヒラリと避ける。潜水艦には特に対策しているというのは本当のようだ。私達にはわからないが、ソナーか何かを積んでいるのかもしれない。
「貴女達は本当にいい加減にしてください」
いい加減イラついたか、次はシロクロに主砲を向ける。摩耶にトドメを刺すことよりも優先したということは余程潜水艦に恨みがあるということ。まるゆに付けられた傷はかなり深いらしい。
撃たせてなるものか。赤城の艤装すら一撃で破壊するような威力のものを受けたら、艤装は元より小柄なシロクロでは衝撃すらも危険である。
「クロちゃん、我慢して!」
「あ、姉貴!?」
勘が鋭く不思議な力を持つシロが先んじて気付いたか、艤装を犠牲にしてクロを海中に潜らせたことで、その砲撃からのダメージは最低限にまで抑えることが出来た。
しかし、みんなで力を合わせて作り直した艤装は、大淀の一撃により粉砕。シロクロは攻撃手段を失うことになる。
「潜られたら手が届かなくなるのも気分が悪いんですよ。まったく、これだから潜水艦は」
海中に退避したシロクロは即座に捨て、狙いを摩耶に戻す。そこには鳥海もいるため、纏めて仕留めようと考えたか。
「摩耶はやらせない!」
三日月の模倣のため、摩耶に狙いを定めた時点で砲撃が終わっている。その場から動けない摩耶は、そのままでは確実にやられる。そのため、鳥海が盾となった。
実際、まだ敵側だった時は両腕両脚に備え付けられたバルジで砲撃を弾き続けるという芸当もやってのけた。しかし、それは相手が駆逐艦の主砲だったから出来たことだ。大淀の主砲は並の威力では無い。そんなことを言っている余裕すら無かったのだと思う。
「っあああっ!」
摩耶に向かう砲撃を、腕のバルジを使って辛うじて逸らすことに成功した。しかし、その衝撃はやはり耐え切れるものではなく、バルジが削がれ、腕がズタズタになる程であった。鳥海もまだ命に支障が無いとはいえ、戦い続けるのはかなり厳しい。
だが、それを見越してか、知覚出来ない突撃により鳥海が吹き飛ばされた。傷を負った状態での一撃を受け、鳥海もかなり厳しい状態に。姉妹揃って重傷で並べられてしまった。
「一撃耐えられたのは褒めてあげましょう。ですが、もう終わりです」
「そんなわけないでしょう」
並べられた2人に主砲を向けられる前に、三日月の砲撃。こうしている間に私に近付いてきてくれていたらしく、大淀の邪魔をするべく急所狙いばかりを連射。
艤装を破壊出来るほどの火力に満たないことは三日月自身も理解しているため、生身の部分しか狙わない。特に脚。大淀自身がそこから動けなくなれば、戦いが確実に勝利に近付く。
「邪魔をしないでくださいね、三日月さん」
「邪魔は貴女なんですよ。貴女がいなければ私達はこんなことにならなかった」
「そもそも私がいなければ貴女達はこの世にいませんがね。私が建造したんですから」
私と三日月、ここにはまだいないが曙なども、大淀が家村提督を殺して乗っ取った鎮守府で、捨て駒として建造されている。大淀がいなければ私達が生まれることも無かっただろう。
「言ってしまえば、貴女達は私に感謝すべきです。
「気色悪い。貴女は司令官でも何でもない、ただのクズでしょう。寝言は寝てから言ってくれませんか。それとも、一度死んで再び目を覚ましてから、まだ寝ぼけてるんですか?」
リミッターを外した三日月の辛辣な言葉の数々に、大淀もイライラしているのがわかる。
壊になってから言葉では平静を装っているようだが、精神的に余裕が無いように思える。今までなら軽い気持ちで受け流していた言葉も、今だと心に突き刺さっているようだ。
「……口が悪い三日月さんというのも面白いと思っていましたが、よくよく聴いていると気分が悪いですね」
「お説教に弱いとは、心はお子様なんですか?」
さらには鳳翔がそこに加わる。矢を放ちながら接近し、摩耶と鳥海から大淀を突き放していく。
「ようやく言えますが、貴女のやり方は汚いんですよ。今でこそ自分で動いていますが、最初は姿すら現さなかったですよね。世界を滅ぼしたいという割には自分の手を汚さない怠慢。楽して事を成そうと思っていませんか? 独りで戦っていると言いながら、まさか責任逃れを考えていますか? 」
「責任逃れ……?」
鳳翔の言葉にピクリと反応。
「協力者を募るのは別に構いません。同じ信念を持つ者がいても仕方ないでしょう。周囲を滅ぼしながら突き進むのも、その信念が故というのなら許容しましょう。罪は消えませんが。ですが、自分の手を汚さずに他者にのみその信念を押し付けたのは何故です? それを貴女の口から聞きたい」
「そんなもの決まっているでしょう。どうせ全てを消し去るんですから、利用出来るものは全部私の糧として使っただけです。道具を使うことに何の抵抗があるんです。貴女だって艦載機に頼っているでしょう。それと同じですよ」
「そうですか。もう結構です」
恐ろしい速さで矢を放ち、大淀の肩を撃ち抜いていた。誰もその一射を視認出来なかった。私や大淀の扱う知覚出来ない突撃とほぼ同じ、
「なっ!?」
「とことん性根が腐っているようですから、もう何の躊躇いもありません。私は貴女の境遇も多少は同情していました。ですが、もういいでしょう」
今度は逆方向の肩を射抜いた。また見えなかった。
鳳翔は今までに見たことのない表情をしていた。来栖提督が怪我を負っていた時もここまででは無かった。怒りが頂点に達し、逆に静かになってしまっている。
「いい加減に……!」
「黙りなさい」
三度目は大淀の額に突き刺さった。