強化されて蘇った大淀ではあるが、あくまでもその強化は
特に雷の持ってきた秘密兵器の1つ目という目潰しが綺麗に決まり、さらにはリコや鳥海から教えを受けた暁の渾身の一打が大淀の腹に入る。あれは鳥海が日向をも倒した、耐久力が高い敵の内部を破壊する攻撃。淑女からはまた遠のいてしまっているように思えなくもないが、今はこれが一番助かる。
「ごほっ……!?」
本来ならば気を失う程の衝撃が体内を駆け巡ったはずだ。目も見えなくなっているのだから、尚のこと鋭敏にそれを感じてしまっているはず。
しかし、大淀は止まらない。大きく咳き込みはしたものの、暁の居場所がわかったため、そちらの方に向けて主砲を振り回す。無闇矢鱈の攻撃になっていたが、拳が届くところまで近付いていた暁には直撃があり得る。
「危ないわね!」
当然すぐさま飛び退いて射程範囲外へ。振り回された主砲は空を切ったが、今度はタイミングを合わせて砲撃までしてきた。暁に直撃コースであり、回避出来たとしても衝撃で腕が持っていかれるであろうドンピシャの位置。飛び退いた直後だったために回避行動に移るのは至難の技である。
「っ!」
それならばと考えた時点で、気付けば暁の眼前まで移動していた。この戦いの中で3回目の無意識下での行動。
ここまで来たら自分でもわかる。これが三日月の感覚だ。考えた時点でもう行動が終わっている。それがさらに一段深まり、
おそらく、戦場の匂いを常に感じ続けているからこそ出来ることなのだと思う。今までずっと匂いで機微を感じ取っていたからこそ、細かい変化にも気付けた。これは意識するとむしろ遅くなるタイプ。
「っく」
大淀がやった突撃からの急ブレーキを逆輸入したのだが、思っていた通り脚への負担が尋常では無かった。折れたり痛めたりすることは無かったものの、これこそ何度も出来るような芸当では無い。余程のことが無い限り、多用は厳禁。それこそ何度もやれば痛めてしまうだろう。
知覚出来ない突撃を応用して暁の寸前にまで接近し、抱き上げてもう一度。それでも大きな衝撃だったとは思うが、砲撃の衝撃よりは優しくその場から引き離せたはずだ。もう少し私の身体が柔らかければダメージが少なくて済んだだろうか。
「大丈夫か、暁」
「ご、ごめん、ありがと。御礼はちゃんと言えるし」
「無事ならそれでいい。これからも頼むぞレディ」
落ちそうになっていた帽子を深く被せてやり、未だ目潰しが効いている大淀の方を見据える。余程目が痛いのか、今までに見たこともないような形相で周囲に乱射し、近付くことが難しい状態。近接担当にはかなり厳しい。
なら、今なら対策を取られていたことが効くのでは無いだろうか。見えていないのなら、空爆ももう一度効くかもしれない。
アイコンタクトで瑞鳳に合図を送る。同じことを考えていたか、小さく頷いた後、翔鶴にも合図。
「近付けんぞ。なんじゃあの駄々っ子は!」
「利根姉さん、痺れを切らさないでくださいね」
「わかっておるわ!」
こういうところで利根が騒ぎ立ててくれるおかげで、作戦もうまく行きそうである。
そして、静かに瑞鳳と翔鶴が艦載機を発艦。2人でも充分な数の空爆が期待出来た。
「……っ!」
それを察知してか、乱射していた大淀が途端に防空に転換した。目が開けられないような状態なのに、お構いなしに空襲を回避しながら艦載機を瞬く間に撃ち墜としていく。
空爆が死の原因に近いところにあったため、やはり耐性を持っている。見ずとも航空戦は喰らわないということなのかもしれない。そうなると空母は仕事が出来なくなってしまうようなもの。
「上に意識が向いてるならぁ!」
「吾輩達も手伝うぞ!」
ならばと綾波が魚雷を放った。利根と筑摩もそれに合わせて雷撃。真上と真下の同時攻撃ならば、どちらかが当たると見込んでの攻撃である。どちらが当たっても致命傷は免れないはずだし、そもそも目を潰した状態なら魚雷の軌道を読むことだって出来ないはずだ。無闇矢鱈に逃げ回っていては、魚雷にはまず当たる。
「魚雷……!」
しかし、大淀は目を瞑った状態でそれを全て回避してしまった。位置が完璧にわかっているわけでは無さそうだが、防空をしながらの雷撃回避は、目が見えていないようには見えないくらいに滑らか。
あれはおそらく聴覚だ。自分に向かってくる魚雷の、波を立てる音から大まかな位置を把握している。目を潰したことで他の感覚が鋭敏となり、そんな芸当が可能になっている。初めて目を潰された私の時と同じか。
「相変わらず滅茶苦茶ねクソ淀!」
「こちらのセリフですよ。目潰しなんて狡い手を使って」
味方の空爆を掻い潜りながら、曙が槍を振るうが、それすらもナイフで打ち払いながら回避。渾身の突きすらも軽く逸らしてしまうため、曙も攻めあぐねているような状況。
空爆のことを考えながらの戦いだからというのもあるのだが、空爆をやめるわけにもいかない。防空をやらせながらの戦いだからまだ今の状況が作れているに過ぎない。
「ですが、目の痛みはようやく引いてきましたよ。貴女のその呼び方は前から気に入らなかったので、まずは貴女にしましょうか。私怨が混ざって申し訳ないですがね」
キナ臭い匂いが立ち昇る。そうか、それは大淀の殺意が1人に集中した時の匂い。
ずっと感情の匂いを感じながら戦ってきた私だが、この土壇場になっていくつも理解出来ることがある。私は今でも成長している。練度自体にはまだ伸び代があったのだから、そこを使っているのだと思えば納得出来る。
曙は私のスピードにも慣れているくらいの猛者ではあるが、知覚出来ないものを前以て計算出来るかは定かではない。喰らえば今までのみんなのようにその時点で退避が確定する。ならば、1人で相手をするのは荷が重過ぎるだろう。
「また……!」
「っ……」
そう考えたときには行動が終わっていた。曙をナイフで斬り裂こうとしていた大淀のナイフを食い止めるため、曙の前に躍り出ていた。今までの経験と、
しかし、また突撃からのブレーキをしたために脚への負担が酷い。呻き声は上げなかったものの、明石謹製のタイツであってもこの負荷は吸収しきれない。
「ナイス!」
私が食い止めたことで大淀に一瞬の隙が出来たため、私の隙間を縫うように槍を通して大淀へ渾身の一突き。一番速く攻撃に転じることが出来るのはこれしか無い。私の身体が壁になり、その軌道は見えづらいはず。
「当たるわけないでしょうに。その程度の攻撃」
だが、一気に空爆圏外にまで下がることでその一撃は回避。突然随分と控えめになったようだが、殺意はむしろ増している。一呼吸置いて、攻撃に転じようという魂胆だ。
「いい加減鬱陶しいんですよ」
空襲に対して苛立ちが頂点に達したか、私が考える間も与えられずに翔鶴の艤装が破壊された。この期に及んで大淀すら
怒り任せの砲撃は、その時だけは鳳翔の知覚出来ない射撃の模倣になっていた。砲撃なのだから遠ければ遠いほど避けるタイミングが生まれるはずなのだが、大きな艤装であるが故にそれも出来なかった。
「っくぅ!?」
「翔鶴さん!?」
「次は貴女ですよ」
次の狙いは瑞鳳。砲撃直後であるがためか、次は突撃でケリを付けようとしているのが予測できた。
瑞鳳は他の空母と違って華奢だ。同じ軽空母である鳳翔よりも小柄。大淀の一撃を受けたら、容易く折れてしまう可能性がある。
「させるかよ」
当然そんなことはさせない。またもや無意識下の移動で大淀の眼前へ。脚が悲鳴を上げるが、そんなことを言っている余裕はない。
大淀も私と同じで、移動する時は直線でしか動けないはずだ。一旦着水し、脚への負担を考えずに海面を蹴って方向転換することで柔軟な動きを無理矢理再現しているに過ぎない。進行方向に立てば妨害になる。
「はっ、それくらいお見通しですよ。貴女も単調ですからね」
しかし、大淀が見ているのは私では無かった。殺意は瑞鳳に向けていたが、主砲はまるで違うところを向いていた。おそらく大淀は適当な場所を撃つつもりで主砲を放った。狙いなんて無しなため、そちらの方向に殺意の匂いが向かなかった。その結果、私が反応出来なかった。考えていないのだから無差別攻撃には反応出来ないし、フェイントにも易々と引っかかってしまう。
主砲の向いた先にいたのは、先程大淀に蹴り飛ばされたことで気を失っている加賀と、砲撃の衝撃を受けてフラついている瑞鶴。瑞鶴はそれに反応出来たが、加賀はその場から動くことが出来ない。
「お前……!」
そこから強引に身体を動かし、主砲を蹴った。かなり無理矢理な動きだったため、脚だけでなく身体全体が軋むような痛み。私の蹴りは高が知れているとは思うが、僅かにでも射軸をズラすことが出来れば命を助けることは出来るはずだ。
砲撃が放たれるまでには間に合い、強引な蹴りでも主砲はかち上げられ、弾は僅かにズレた位置へと飛んでくれる。しかし衝撃は凄まじいため、直撃コースだった瑞鶴は再び衝撃を受けてしまうことに。
だが、その瞬間に瑞鳳に向いていた殺意が全て私に向いた。今の私は体勢が悪い。そのままナイフを振られても、簡単には避けられない。
「他人を狙えば自分が疎かになる。貴女のその善人な性格はお見通しですよ」
ナイフが横薙ぎにされた。無理な体勢だったが自分を守るために、そのナイフをどうにかガードするが、その一撃はあまりにも重く、私の非力な腕力では簡単に押し返されてしまう。
それ故に、咄嗟に拳銃側を使った。ナイフの握り手が狙えるかはわからなかったので、ナイフを扱う腕を狙って1発の射撃。
「その程度!」
しかし、それも軽く避けられてしまった。さらには私に押し込むナイフはより力が強くなり、私を斬り裂くのも時間の問題に。
「ダァメでぇすよぉ!」
そこに救援。綾波が突撃してきていた。私に向かうナイフを止めるのではなく、足元を狙うことで大淀の体勢を崩すことで力を抜かせる作戦。綾波だって私対策に調整されている近接型の性質を持っているのだから、それくらいは容易い。
「若葉に何してるのよ!」
さらには暁。綾波が下なら暁は上。リコに仕込まれた喧嘩殺法の中でも最も得意とするケンカキックを顔面にぶち込むために軽く跳んでいた。
「貴女達は寄ってたかって。纏めて沈めてほしいということですよね」
私が押し返していたナイフを突然引いた。自分の力で私が体勢を崩しかけ、綾波には蹴りを、暁には主砲を薙ぎ払って殴り付けることで、全ての攻撃を回避。
この場でその臨機応変な動きは厄介すぎる。計算能力まで底上げされているのか。
だが臨機応変なのは別に大淀だけではない。これだけの混戦の最中でも、しっかりと戦況を見据えて大淀の隙を観察してくれている者もいる。それが三日月と雷だ。
三日月の意思を感じ取って、軽く身体を横に倒す。これで三日月の砲撃のラインが出来上がったはず。
「私の若葉に何をしてくれるんですか」
冷酷な言葉と共にピンポイント砲撃。私が避けたことで大淀にヘッドショットを決める隙間が出来ている。横に避けようとも綾波と暁がまだそこにいるために簡単には避けられない。正面には当然私だ。
「この……!」
ここで大淀、まさかの
摩耶がいればこのまま対空砲火で海面に戻さないのだが、不幸なことに摩耶は退避済み。それも見越しての上への退避だったのだろう。しかし、体勢が変えられないのは変わらない。今なら狙い撃ちが出来る。
「近寄らせるわけないでしょう!」
そこから下へ向けての乱射。防空に使う砲撃を下方向にぶちまけてきたことで、ほとんど空爆に近い攻撃に転化されていた。真下にいた私達には堪ったものではなく、すぐにそこから退避。
「でも、狙い撃てるのは変わらないわよね」
その中でも冷静に大淀を見据えていたのは雷だ。砲撃を軽々と避けながら、一瞬の隙間を突いて1発の砲撃。そのときに主砲のスイッチらしきものを切り替えていたのを見逃さなかった。
「秘密兵器その2、炸裂音爆弾」
その弾は砲撃にぶつかったことで大きな爆発となり、本来なら出ないレベルの巨大な音の衝撃となってその場を包み込んだ。割と近くにいた私達ですら鼓膜がやられたのではないかと思えるほどの衝撃。
目を潰されたことで耳を頼りにするように成長した大淀には、私達以上の衝撃となり、一瞬白眼を剥いたのがわかった。
不殺の雷が一番の戦果を上げる。大淀が殺意に敏感だからこそなのかもしれない。この場でも雷は、大淀を殺さないように戦っているのだ。