継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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最善の答えは

雷の搦手により視覚を奪われた大淀だったが、私、若葉が目を潰されたときから嗅覚が強まったように、その場で聴覚を頼りに戦闘するように成長してしまった。見えていないにもかかわらず、乱射と近接戦闘、さらには殺意の無い砲撃まで駆使されて、空母隊は瑞鳳を残して全滅。効かないとはいえ、空襲が無くなったのは厳しい。

しかし、ここで雷第二の搦手。聴覚が発達することを予測していたと言わんばかりの音爆弾が決まり、空中に逃げていた大淀は白眼を剥いた。聴覚が普通な私達でも耳鳴りがするほどなのに、爆心地のほぼ真ん中で喰らった大淀はそのまま落下し、海面に叩き付けられることとなった。自らの力で上に逃げたのだからこれは自業自得。

 

「まだ耳が痛いわ……何なのよあの威力」

「明石さんから聞いてはいたけど、あそこまでとは思ってなかったわ」

 

撃った雷が音爆弾の衝撃でフラフラしているレベルである。それほどまでに強力な音響兵器。一撃で戦場にいる誰もがダメージを受けるような凶器。明石は何て物を作ったんだ。

 

「何なんですかそれは!」

 

目に続けて耳までやられ、息も絶え絶えな大淀。こちらの声は辛うじて聴こえているようだが、三半規管を激しく揺さぶられたことでまともに立ち上がることも出来ないようである。

そのため、どうにか腕の力で上体を起こしながらこちらを狙い撃ってきた。照準は当然雷。海面に落ちたことで目の痛みを海水で洗い流したか、しっかりと見据えて砲撃を繰り出す。

 

「それはダメだねぇ」

 

その砲撃は伊勢が即座に斬り払った。今の攻撃で雷が狙われることなど誰もがわかっていたこと。こちらの大淀の防衛は日向に任せ、伊勢は雷を守るために持ち場を離れる。

伊勢ほどになれば、大淀の異常な威力の砲撃も斬り払ってしまう。防衛に回したら右に出るものはいない。私達の仲間に戦艦が極端にいないというのもあるが。

 

「もう諦めろ。お前の負けだ」

「私の負け? そんなわけないでしょう」

 

フラつきながらも立ち上がった。音爆弾の衝撃は身体に残っているようだが、回復力も尋常ではない。全回復はしないだろうが、戦う意思は全く失っていないのは気に入らないほど理解が出来る。

 

「私のお願い聞いてほしいの」

「どうした、雷」

「あの大淀さん、()()()()()()()()

 

この期に及んで何を言い出すかと思えば、何をとち狂ったことを。私達は大淀を終わらせるためにここまで来たのだ。そうでなくても大淀は自らの目的のために、艦娘も深海棲艦もただの道具としか思わずに使い捨ててきた。私や三日月だってそのせいで死にかけているのだ。殺さない理由は無い。

施設所属の者では数少ない、今回の事件に一切関係の無い者だからこそそんなことが言えるのでは無いかと突っかかりそうになった。最も慈悲深い雷だから、残虐なことをし続け、見逃しても仇で返してきそうな奴を殺さないでと言える。誰もが納得出来ない発言だ。

 

だが、雷の言葉は思っていたことと少し違った。

 

「殺したら強くなってまた来ちゃう。目潰しも音爆弾も効かないようなのが。だったら、今の状態で捕まえた方がいいわよ。多分あの人、()()()()()()()()()()んじゃないのかな」

 

確かに、3代目は鳳翔が2代目を殺したことで現れた。鎮守府近海で潜っている潜水艦達からも、私達が準備を整え鎮守府に近付いたところで出撃したように言っていたらしい。

雷の言う通り、次の大淀が現れるのは、あの大淀が死んだ後である。ならば、弱らせて捕縛し、そのまま置いておけば4代目が現れるようなことは無いのではないか。薄々気付いていたことではあるが、雷が言葉にしてくれたことで全員がそれを理解する。

 

「私だって若葉達がどれだけ恨んでるかわかってるつもりよ。それに、あの大淀さんは多分償いきれないくらいの罪を犯しているのもわかる。それを絶対に反省しないことも」

 

悲しそうに、だが強い意志を持ってツラツラと言葉を紡いでいく。

優しすぎるくらいの雷でも、大淀が本当にどうしようもない極悪人であることは重々承知の上。いろいろとあって歪んでしまったのはわかるし、それがどうやっても更生不可能であることも理解している。他者を虐げることに罪悪感すら感じていないのは、匂いからもわかっていることだ。

同情すべき部分もある。だが、だからといって越えてはいけないラインを越えすぎているのだ。死ななくてもいい命を容易く摘み取り、罪の意識を他者に押し付け、自分は後ろでケラケラ笑うのみ。悪意以外には考えられない。

 

「だけど、殺さずにいた方が先に進めるのなら、今はそうした方がいいと思う。むしろ、あっちってそれが狙いなんじゃないの?」

「……若葉(ボク)達が大淀を殺すことがか?」

「うん。そうしたらどんどん強くなっていっちゃって、本当に手が付けられなくなるでしょ。真正面からもダメ、搦手もダメ。砲撃も雷撃も航空戦も近接戦闘も全部ダメ。そうなったら本当に無敵の存在になっちゃうわ」

 

殺したくて殺したくて仕方ないような存在だとしても、これ以上戦いを長引かせるのも嫌なのは確かだ。それに、これ以上強くなるであろう4代目が現れる可能性が高いとなると、雷の提案は悪くなく感じる。急がば回れではないが、命を奪うことが解決策とは限らない。

今まで全員を救い出してきたように、大淀も殺さずに終わらせる。そうすれば次は無い。そのまま鎮守府に攻め込み、大淀を蘇生させるシステムさえ破壊してしまえば、擬似的な不死もその時点で終了だ。

 

今思えば、私達全員が大淀への怒りと憎しみに囚われ、殺意以外の感情を持っていなかった。必ずここで殺してやるという意思のみで戦場を駆け回っていた。だから、何度蘇生されても全て倒して突き進んでやるという思いで戦っていた。

それをたった1人、雷だけが覆した。そのやり方自体が敵の思うツボであると気付かせてくれた。擬似的な不死が完成したのなら、それを存分に使ってくるに決まっている。

 

「雷の言うことも一理ある。若葉(ボク)もあれ以上の相手はしたくない」

「でしょ。まだ私も秘密兵器の弾は残ってるから、うまくやる。殺さないように戦いやすいボノやお姉ちゃんもいるし、みんな手伝ってくれれば何とか出来ると思うの」

 

雷の意見を実行するのなら今このタイミングしかない。大淀が大きく消耗している今がベストだ。拘束するのなら、艤装を破壊するのが一番手っ取り早いだろう。

 

「殺さずに気絶させる。鎮守府を制圧してから処遇を考える。これが勝利に一番近いな」

 

やるとなれば即実行。殺さないように強打を浴びせかけ、気絶させる。傷がつこうが死ななければ良し。それはそれで残酷ではあるが、命を取らなければ済む話。

慢心しているわけではなく、最善の答えを導き出した結果がこれなのだ。最悪の敵でも生かして倒す、手加減という苦渋の決断。

 

「三日月、やれるか」

「恨み辛みが払拭出来ないけど、若葉がやるなら私もやるわ」

「ありがたい。サポート頼むぞ」

 

改めて大淀を見据える。もう理性を失いそうなほどに怒りと憎しみに燃えたぎり、いつも余裕そうにこちらを見下す最初の面影なんて何処にも無かった。必死に命に縋り、私達への殺意を振りまく、たった1人の敵。

 

「大淀の艤装を破壊する!」

 

高らかに宣言し突撃。こういう時の一番槍は私が適任。脚に疲労が蓄積されているが、どうこう言っている余裕など何処にもない。限界を超えて、さらに向こう側へ。

 

「私の艤装を破壊する? やれるものならやってみなさい!」

「当たり前だ!」

 

知覚出来ない突撃により大淀へ急接近。あちらは聴覚への攻撃がまだ効いているために、それを受け止めることなど出来ない。

しかし、あちらは私のこれに反応出来る動体視力を持っている。軽く受け流されることもあるだろう。それでもいい。今の状況なら、それも隙を作ることに貢献出来るはずだから。

 

「馬鹿の一つ覚えですね。同じことばかり何度も何度も!」

 

案の定、私の突撃は上に払われた。フラついていてもその程度なら可能ということか。一体どれだけの力を持っているというのだ。

 

「よくわからぬが、殺さぬように倒せと言うんじゃな。任せよ!」

「援護は得意です。そのためにここに来たようなものですから」

 

私が払い除けられた瞬間を狙い、利根と筑摩が砲撃。殺さないようにと基本的に艤装狙いの一撃。2人で別方向からの砲撃には、今の状態では全力の回避が必要になるはず。

 

「当たるわけないでしょうが!」

「当たらなくていいの」

 

回避したところに雷の砲撃。今までならお構いなしにそちらも回避出来ていただろうが、消耗している今ではそんな余裕も無く、直撃とは言わずとも砲撃で撃ち墜とすしかないくらいにされている。

雷が放ったのは1つ目の秘密兵器、目潰し。海水で洗い流したようにこちらを見ることが出来ていたため、目潰しの上書き。撃ち墜としてもそれは勢いよく大淀の方へとぶちまけられ、再び視力を奪う。

 

「っああっ」

「奴の艤装は異常に硬い。私と伊勢が叩き斬る」

 

ここまで来たらこちらの大淀も自衛で何とか出来ると判断したか、日向も動き出していた。ただ殺す以上に難易度の高い、生かして倒すという勝利条件を満たすためには、誰一人として休むことは出来ない。

大淀は視覚が潰された時点で聴覚にシフト。三半規管を揺さぶりはしたが、音が聞こえていないわけではないので、回避能力は衰えていない。とはいえ、見えていないというのはそれだけでもアドバンテージを失うものだ。聞き分けが出来ているにしても、動くのは見ている時よりも一瞬遅れる。

 

「貴女達は私が育てたというのに、生みの親に恩を仇で返すつもりですか!」

「子は親を選べん」

「むしろこれが恩返しだよ。間違った道に進んでる親を子が正すなんて、よくありそうな話でしょうよ!」

 

後ろに回り込み、2人揃って艤装を破壊するために刀を振るった。が、やはりと言ってはアレだが紙一重で避けられる。

もう大淀も余裕が無いどころではなく手段を選んでいなかった。無様に方便を垂れ、少しでも自分に有利になるように汚い手も惜しまない。ここまで来ると哀れだ。

 

「私は今すぐにでもアンタをぶち殺してやりたいわ」

 

その回避先を計算していた曙が、気絶させるために槍の柄で大淀の顎を強打。

 

「私はまだ、やられない!」

「しぶといわね」

 

脳が強烈に揺さぶられ、本来ならこれで落ちるはずなのだが、必死な大淀はここでも踏みとどまる。見えない目で曙を睨みつけ、主砲を向けた。

 

「やらせるわけ無いじゃない!」

 

その瞬間に飛び込んでいたのは暁。主砲を放つために腕を上げたことで、脇腹が完全にガラ空きになる。そこへ拳を押し当てていた。その時には曙も射線から回避完了。万が一放たれたとしても衝撃だけで済む位置。

 

「ドン!」

 

そして、衝撃を体内に打ち込む。殺さずに有効打を与えるのには一番の技。鳥海から教え込まれた暁はこの場で見事に使いこなし、戦況をこちらに傾けてくれる。

腹に打ち込まれたことで呼吸を乱した。強引に止められたことで大淀は今度こそ意識を失いかける。

 

「まっ、まだ、だぁ!」

 

まだ踏みとどまる。何なのだこの執念は。そこまでして世界を滅ぼしたいのか。分け隔てない憎しみだけでここまで動けるとなると、少し恐怖を抱いてしまう。

 

「いい加減に倒れてもいいよ」

 

そこへ瑞鳳の一射。余裕が無くなったところで艤装の隙間に突き刺さる。

 

「発艦!」

 

そこから矢が艦載機に変化し、そのまま爆散。艤装の半分を破壊した。これにより大淀の性能は大幅に減衰する。出力が減るのだから、本人の出来ることもその分落ちるだろう。あの極端な回避性能などももう発揮出来ない。

 

「終わらない、終わらない、私は、終わらない」

 

ほとんど譫言のように呟いていた。艤装からのアシストも衰え、もう私達への対抗策も尽きたようなもの。それでも諦めないで進もうとする。

最悪な場合はここで真の深海棲艦化なのだが、その兆候は見当たらない。一度死の恐怖を味わったことがあるためか、負の感情の増幅がそこまで達していないのかもしれない。()()()()()()ではないことが、深海棲艦化を阻んでいるのかもしれない。

 

だが、大淀の表情が変わる。感情の匂いが今までに嗅いだことのない匂いに変化する。殺意の対象が失われ、さらには諦めの匂いまで消えた。次に浮かび上がった匂いは、()()()()

 

 

 

「っあ……そうだ、そうだ、死ねば次に行ける。そうだった。私は死ぬことでより強くなれる。死ねばいい。私が死ねばいい」

 

大淀はニタリと笑って、自分の頭に主砲を突き付けた。

大淀が辿り着いた最善の答えは、自殺。生かそうとする私達とは真逆の答えに至ってしまった。

 


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