大淀を殺してしまったら、それ以上の力を持った4代目の大淀が現れ、本当に手が付けられなくなるのではと気付いた雷のお願いにより、憎っくき相手ではあるものの殺さずに生かして捕らえる方向性にシフト。戦いを終わらせるためには、殺さないという選択肢を採るしか無かった。
大淀は雷の搦手や仲間達の猛攻で大きく消耗している。やるなら今しかない。だが、大淀は私達とは違う答えに辿り着いてしまった。
「っあ……そうだ、そうだ、死ねば次に行ける。そうだった。私は死ぬことでより強くなれる。死ねばいい。私が死ねばいい」
大淀はニタリと笑って、自分の頭に主砲を突き付けた。大淀が辿り着いた最善の答えは、自殺である。
大淀は死により強くなることはもうわかっていることだ。2人の医療研究者の力により得た擬似的な不死による強化蘇生で、今まで受けてきたダメージが全て回復するだけではなく、喰らった攻撃全てに耐性を得てしまう。あちらの研究結果としては最高の結果なのかもしれないが、こちらとしては最悪の結果。
ここで死なれたら、今までやってきたことが水の泡になる。何人も倒れ、その度にメンバーを替えて、新たな攻撃方法で倒しているのだ。次耐性を持たれたら、覆すことが殆ど不可能になる。真正面から斃せるような相手ではない。
「あはっ、そうですよ。私が死ねばいいんですよ!」
もう気が狂っているとしか思えない。一番死を拒んでいたはずなのに、今は一番死を望んでいる。気色が悪いとまで思ってしまった。
だが、そんな大淀でも死んではいけない。さっきまで殺したいと思っていたのに、今や守らなくてはいけない相手になってしまった。相手を思ってではない。みんなを守るためだ。
そう考えていたらもう身体が動いていた。いや、ここでも無意識に動いていた。大淀の命を救うため、私は自分の限界を超える。
「邪魔っ、しないでください!」
気付けば私は大淀の主砲を持つ腕に絡みつくように体当たりしていた。その瞬間に放たれたが、主砲の射線を頭から突き放したことで自殺は失敗。衝撃は激しかったが耐えられない程ではない。脚の方がキツイくらいである。
仇で返されることはわかっていても、今だけは大淀を守る。敵だろうが関係ない。命を救うということは、私達が今までやってきたこと。いつもいつも敵を救うために戦ってきた。ならば、それを大淀相手にもするだけだ。
「お前を、死なせない!」
「何を勝手な。貴女達は私を殺すためにここにいるんでしょう! 私がそれを望んでるんです。望んだ途端に掌を返すだなんて、都合が良すぎでしょうに!」
「お前の思い通りになって堪るか!」
もう自分で殆ど考えていない。大淀の匂いを嗅ぎ分け、最善を考える前に身体が動く。感覚的すらも超え、身体が勝手に動く。今までの戦いの全てが、相手を殺さずに倒す手段を瞬時に判断してくれていた。
大淀の言う通り、私の行動は単調かもしれない。やることなすこと身を削っての行動ばかりだ。自己犠牲と言われれば、何も否定が出来ないだろう。
だが、誰も死なないのならそれでいいだろう。生かされるものは生かされる。私も死なない。誰も死なない。それが戦いの最善なのだ。
「お前に死なれたら困るだけだ!」
「貴女が味方ならときめいていたかもしれない言葉をどうも。ですが、今は憎たらしくて仕方ないですよ!」
艤装も半壊しているというのに何て力だ。私はパワーアシストを受けていても引き剥がされんばかりに振り回され、海面に叩き付けられた。肺の中の空気を全て吐き出しそうになったが、この後のことを考えてグッと堪える。
案の定、そのまま海中に沈められ、呼吸が出来なくされた。だが力は緩めない。むしろより力強く絞め上げ、腕を折りに行く。別に非力なわけでは無いと思うのだが、大淀の腕は悲鳴を上げるだけで折れる気配は全く無い。
「放しなさい!」
「放すのは貴女ですよ。私の若葉を沈めるなんて何様ですか」
私を引き揚げては叩きつけを繰り返す大淀を見て怒りが頂点に達したか、助けるように三日月が砲撃。私が腕に掴まっているようなこのタイミングで撃てるのは三日月だけだ。
ここまで来ると、私も三日月もお互いに以心伝心出来ている。どのタイミングでどう撃ってくるかは、匂いが無くてもわかるほどだ。呼吸もしづらいこの状況で匂いを嗅ぐことなんて出来ないわけだし。三日月自身も、私の次の行動を感覚的で無くてもわかってくれるだろう。
「貴女の主砲で死ぬことにしましょうか」
「私は貴女を殺すために砲撃したわけではないです。若葉のために撃ったんです。思い通りに行くと思ってるんですか」
その砲撃に対してありがたいとでも言わんばかりに身を晒す。確かにアレが当たれば大淀は死ぬだろう。三日月の主砲は普通の駆逐主砲よりも出力が高めに設定してあるし、そもそもどんな砲撃でも当たりどころが悪ければ誰だって死ぬ。
だからこそ、その砲撃に当たらないように思い切り脚を蹴り飛ばした。今この場で三日月の砲撃のことを考えずに自分の主砲で自殺を考えていれば間に合わなかったかもしれないが、その腕は私が掴んだままだ。そんな考えにも至らなかったようだ。
体勢を無理矢理倒した瞬間に、掠めるかのように三日月の砲撃が通過した。私が蹴り倒さなければ大淀は死んでいただろう。三日月が撃たなければジリ貧だっただろう。今の行動は全て最善。愛する者との意思疎通なればこそ。
「こっ、のぉ……!」
「さっさと諦めろ!」
ようやくマウントポジションだ。私は子供だからすぐにひっくり返されるかもしれないが、今なら行ける。主砲を持つ腕の拘束は外すことになるが、そちらに拘った状態では私も身動きが取れなくなるので、そこは妥協した。
やれることは艤装のパワーアシストまで込めた拳のみ。ナイフで斬ってしまったら元も子もない。殺さずに終わらせるのなら、ここからは殴り合いしかない。気を失うまで殴る。それが出来るのは私だけだ。
「いい加減に、しろ!」
まず1発ぶん殴った。今までの恨みを込めて顔面に。いつもの大淀ならこれだって受け止めていただろうが、今の大淀は雷の目潰しがまだ効いているために私の拳がしっかりと見えていない。聴覚に頼るにしても、近過ぎてすぐには反応出来ない。
しかし、それだけで気を失ってなんてくれない。別に私が非力というわけではなく、大淀が単に頑丈。今までの戦闘から耐性を持っているというのなら、大淀に初めてまともなダメージを与えた顔面への蹴りに耐性を持っていると考えてもいい。
面の皮が厚いということとのダブルミーニングか何かだろうか。どちらにしろ、厄介極まりないことには変わりない。
「そこをっ、退けぇ!」
大淀の殺意が蘇っており、お返しと言わんばかりに主砲で顔面を殴られた。脳が揺さぶられるような衝撃だったが、私が気を失うわけにはいかない。今の攻撃は無意識に避けるなんてことは出来なかった。
私の無意識の行動が最も発揮出来るのは、
まるで自己犠牲の力。自分より他人。仲間が死ぬところを見るところなんて見たくもない。自分が痛い目を見ているのだから、それを他人に知ってもらいたくない。たったそれだけの思いから生まれた力だ。
「私はまだ! 負けない! 一度死んで、リセットして、今度こそ全部滅ぼす!」
さらにもう1発。逆側から殴られ、しかも当たりどころが悪く眼を強打。相変わらず私は眼に何か不幸なものを持っているのではないかと思う。もうこれで何度目だ。
これによって、また左眼の視力が奪われる。主砲なんかで殴られているせいで、頭から血が流れているのもすぐにわかる。自分の血の匂いが周囲を漂う。
「ふざけるな! お前1人のわがままで滅ぼされて堪るか!」
こちらもお返しに、ナイフの柄で殴り付けた。これにより大淀の眼鏡が割れる。
お互いに触れられるのは相手の頭のみ。だから顔面を殴り合うことしか出来ない。加えて、大淀はまともにこちらが見えていないのだから、駄々っ子のように腕を振り回すしか無い。それが都合の悪いことに、私の側頭部を強打する位置にあった。
「そんなこと知らない! 世界が私を否定したんだ! だから! 全部壊してやる!」
もう私達の知っている大淀では無かった。感情的で、自分の思い通りにならないことに憤慨し、癇癪を起こして駄々を捏ねるただの子供のようにしか見えなかった。
生まれ変わるたびに性格が変わっているのでは無いかと錯覚する。人をおちょくることに悦びを感じていたような慢心だらけの初代、冷静に物事を観察出来ていた2代目、そして直情的な子供のような3代目。クローンと言えど、別個体なのだから全く同じとは行かないのか。
「お前なんぞに壊されるか! ここで、
「貴女なんぞに止められるか! 全員死んで、私も死んで、強くなってやり直す!」
そこからはもう本当に殴り合いだった。お互いノーガード。しかも狙えるのは頭のみ。艦娘故に頑丈ではあるが、当然痛みはあるし血だって出る。大淀は相変わらず主砲で殴ってくるため、私の方がダメージが大きい。
だが、妙に痛みは感じなかった。戦意昂揚の一部か、痛覚が麻痺しているような奇妙な感覚。だから私も止まらない。私の持つ凶器はナイフだけなのだからそれで殴り付ける。シグの魚雷をこんなところで放ったら、大淀どころか私まで巻き込まれて死ぬ。
そうだ。これがあった。今まで近接戦闘ばかりしかやってこなかったため、こんな身近にあるのに使いもしなかった。
魚雷発射管から魚雷を1本引き抜く。ナイフよりは長いが、斬れ味なんて何もないただの鈍器。それが今一番必要な武器。
「いいから、止まれぇ!」
頭をかち割らんばかりに魚雷で殴りつけた。ナイフの柄で殴るよりは確実にダメージが大きく、大淀が軽くふらついたのもわかった。畳み掛けるならここ。
しかし、朦朧としながらも大淀の眼は輝きを失っていない。私をこれでもかと睨み付けると、主砲を持たない腕で私に掴みかかろうとしてきた。狙いは首だ。下手をしたら私の首は折られる。しかも、それが視力を失った左眼側から伸ばされたので、一瞬反応に遅れた。
「貴女を殺せば私も死ねる! だから、死ねぇ!」
これはまずい。この一瞬が命取りだった。回避を考えた時には、殴打されたことによるフラつきまで出てきてしまった。まずい。まずい。これはまずい。
しかし、大淀の手は私の首には届かない。
これは私の意思で受け止めたわけではない。見えていない左眼側の腕が
ぼんやりと、その見えていない目がその姿を捉えた。今の私の左腕は
薄く、本当に薄くしか見えないシグが、勇ましく、それでいて優しく、私に微笑みかけた。言葉は聞こえずとも、意思は伝わった。ここで終わりにするために、私に行けと。
「任せてくれ、シグ。お前の分も、
自然に力が溢れ出す。最後だというのに、今まで以上の力が出るようだった。私だけではない。2人分の力。
いや、それだけではない。大淀を拘束している脚にも力が湧き上がる。シグだけではない。チ級も力を貸してくれている。私は1人じゃない。
「行って、若葉」
最後に三日月の呟きが聞こえた。本当に小声で、本来なら誰にも届くことのないような声量でも、私には届いた。その声援だけで、疲れも吹き飛ぶ。
「っだぁ!」
もう片方の手に持つナイフで大淀の主砲を弾き飛ばす。それを手から放させることは出来なかったが、これで大淀は自らを守ることは絶対に出来ない。攻撃も一時的に出来なくなっている。そこでナイフも捨て、大淀の胸ぐらを掴む。
この状態で出来ることはたった1つ。私の身体の中でも特段硬く作られている部位。
「終われぇ!」
大淀の顔面に向かい、渾身の頭突き。
お互いに何度も頭に向けて攻撃を繰り返していたことで、ダメージはずっと蓄積されていた。この一撃で私も意識が朦朧とするほどだった。だが、これは会心の一撃だった。めり込むように大淀の顔面を凹ませ、鼻血を撒き散らす。
大淀の力が抜けた。掴んでいる腕もダランと垂れ下がり、私が力を入れることもなく支えることが出来る。
完全に白眼を剥いていた。しかし、息はある。気を失っている。
勝利だ。最高最善の勝利を、私達の力で勝ち取ったのだ。