私、若葉の渾身の一撃で、大淀を倒すことに成功した。今の大淀は完全に白眼を剥き、気を失っている。今考えうる最高最善の勝利を手にすることが出来た。
殺してはいけないという縛りの中、みんなの力があって初めてここまで来れた。最後は殆ど私の一騎討ちのような状況になってしまったが、そこに辿り着くまでにあらゆる方面で力を借りている。本当に感謝しかない。
「若葉、大丈夫!?」
事が済んだ後、すぐに三日月が駆け寄ってきた。私の下には気を失った大淀がいるため、起こさないようにゆっくりと立ち上がり、三日月を迎え入れる。
顔を何度か殴打されたことで酷いことになっているが、幸いにも腫れ上がっているのは側頭部などの髪で隠れるところばかり。あとは左眼がまずいことになっているくらいだ。入渠したら治る。
「大丈夫だ。リミッターも掛け直した。かなり疲れてるが、自分の足で動ける」
大淀から離れたところを見計らって飛びつくように抱き付かれた。一応私もかなり消耗しているのだが、三日月なら支えられる。傷だらけではあるものの、私が無事であることを心の底から喜んでくれた。
「最後の声援、
「良かった……本当に良かった」
勝利を実感し、三日月は泣きそうだった。殆ど無傷で終わってくれたのは嬉しい。三日月が傷付いている姿なんて見たくない。
抱きながら後頭部を撫でてやる。心地よさそうに身を寄せてきた。今回は時間があるため曙にも冷やかされない。
「大将に連絡しました。既に援軍として向かっている部隊もありますが、大将が到着までは少し時間がかかります。到着次第、鎮守府への襲撃となります。潜水艦隊からは、敵の出撃があったという連絡はありません。現状はここで警戒しつつ待機でお願いします」
こちらの大淀が先んじて手を打っておいてくれた。今回は大淀を倒すことも目的の1つではあるが、本来の目的は手瀬鎮守府への襲撃、奪還である。大淀もそうだが、それに協力している医療研究者2名の捕縛も重要な目的。それに関しては相手が人間であることもあり、下呂大将が直々に向かう。当然第一水雷戦隊は同行するだろう。
ここのメンバーからも何人かはその襲撃に便乗する者が出るかもしれない。雷の予想ではあるが大淀は死んで初めて次世代が現れると睨んでいるため、もう大淀による妨害は無いと思われる。だが、100%そうとは限らない。護衛は確実に必要だ。
「こっちの艤装と武装は破壊しておこっか。大将が来る前に目を覚ましても面倒臭いし」
「私のハチマキで腕くらいは縛っておこう。腕だけでとりあえずはどうにかなるだろう」
伊勢が提案し、大淀は丸腰の状態にされる。出来ることなら縛っておきたかったため、日向のハチマキで後ろ手に拘束された。これで本当に何も出来なくなったはずだ。そこに沈まないように支えつつも監視をつけることで今は置いておく。
気を失った宿敵が真横にいるという状態では心が落ち着かないものの、少しだけでも体力を回復しておきたいところ。
少ししたところで援軍が到着。今回は旗艦が羽黒で随伴艦が我らが九三駆となっていたが、駆逐隊は少し変則メンバー。霰と如月が大発動艇を使うことが出来るため抜擢されたようである。そのため、霰と如月に姉と夕雲という少し珍しいメンバーとなった。
気を失っている大淀の姿を見て全員がギョッとした。倒したという証明ではあるものの、鳳翔が殺した2代目とは違い、この大淀はいつか目を覚ます存在。驚くのも無理はない。
「けがにんは……ぜんいんのせてね」
「壊れた艤装も運ぶわね。そのための大発2台だもの」
霰と如月を中心にテキパキと護衛退避の準備を進めていく。その間に羽黒がいろいろと引き継ぎ。こちらに向かっている間に鎮守府から通信があったようで、ここにいる者の半数は退避ということになったらしい。
残る者は決められており、万が一の時に艦隊司令部を跳ね返す大淀と、その護衛のために伊勢日向、そして可能ならば私と三日月。
「若葉よ、お主は行けそうかえ。見た目は相当消耗しておるようじゃが」
「応急処置だけしてくれれば大丈夫だ。例の傷薬はあるんだろう」
「うむ。少し待っておれ」
私としては、この事件を最後まで見届けることが望み。万が一、手瀬鎮守府にまだ大淀がいるというのなら、もう一度決着をつけなくてはいけなくなる。それに、私の鼻は確実に役に立つはずだ。
私の意思を尊重してくれたか、溜息をついた姉はすぐに高速修復材を薄めた傷薬を用意してくれた。
「お主がわらわ達の持たぬ唯一無二の力を持っておるのは仕方あるまい。じゃが、無理だけはしてくれるなよ。お主は生きねばならぬ」
「わかってる。三日月のためにも死ねないからな」
血を洗い流した後に消毒。その後に傷薬を吹き掛けられる。大分深く入っていたのか、消毒がかなり滲みた。
左眼に関しては今は諦めておこう。一応傷薬は目薬代わりにさしておいたが、これはちゃんと入渠しない限りまともに見えることは無い。これ以上の悪化はしないだろうから大丈夫。痛みも傷薬のおかげで大きく緩和されている。
「若葉、私のリボン、包帯代わりに使って」
「いいのか?
「いいの。若葉のネクタイ、私のよりも汚れてるでしょ。傷に良くないわ」
大淀にマウントポジションをとって殴り付けたのだから、自分の血やら返り血やらでえらいことになっていた。こんなものを使ったら逆に傷口が悪くなってしまいそう。逆に三日月の制服のリボンは綺麗なものだった。リボンが白いお陰で包帯に見えなくもない。
ならばと三日月の好意を受け取ることにして、リボンを左眼を覆うように結ぶ。三日月の持ち物を身につけるというのもなかなかいいものである。逆に私のネクタイを貸したいところだったが、今は汚いため控えておく。
「よし、少し休憩したら行けるだろう。ありがとう姉さん」
「まったく、初霜も心配しておったぞ」
「よろしく言っておいてくれ。必ず戻るとな」
来栖鎮守府には待っていてくれる人もいる。それだけじゃない。有明鎮守府では弥生が私の無事を祈ってくれている。何より、三日月を残して私は死ぬわけにはいかない。心配はかけるかもしれないが、私は必ず生きて帰る。
そしてそこからまた少しして、阿武隈が運用する大発動艇に乗った下呂大将が到着。第一水雷戦隊が合流したことで、海上ではかなりの大所帯となってしまった。
これだけ時間が経っても、潜水艦隊からは敵の出撃などの動きは連絡が来ていない。少なくとも、鎮守府到着までに妨害が無いことは確定しそうである。
「お、若葉、今度は隻眼かい? いいじゃないか。イケメン具合に磨きがかかっているぜ。こりゃあ負けていられないな」
「松風、茶化さないの。顔に傷が欲しいのなら私がぶった斬ってやるわよ」
「朝風姉貴は雑だから嫌だね」
こんな戦場の真ん中でもこんな会話が出来るのは、豪胆なのか何かが足りていないのか。妙な緊張感があるよりはマシかもしれないが、緊張感がなさ過ぎるのも考えものである。案の定、神風が溜息をつき、春風と旗風が苦笑していた。
本当に即座に治してもらいたいなら、以前春風がやっていた修復材の刀で斬ってもらうというのもあるが、今それをやるのは危険過ぎる。緊急手段として置いておいて、今はそのままにしておく。
「若葉、本当に大丈夫ですか? 辛いのなら皆と退避してもいいですよ」
「大丈夫だ。むしろ
「ふむ、わかりました。ダメだと思ったらすぐに帰投してもらいます」
下呂大将にも念を押されたが、私の意志は固い。それを酌み取ってくれたか、鎮守府までの短い道のりではあるが、少しでも体力が温存出来るようにと私に大発動艇に乗るように勧めてくれた。それはお言葉に甘えることにする。私と同じように消耗している三日月にも一緒に乗ってもらって、スペースはギリギリ。
「すまない、武器は戦闘中に落としてしまった。
「構いません。他者に危害を加えるわけではありませんから。それに、本当に必要になったらうちの子達がいますので」
最後に放り投げたナイフは、後から潜水艦達に探してもらうことにする。どうせ後から海域調査とかもされるだろう。そのついでにでも拾ってもらえればありがたい。
戦いが終わった後に武器が必要とは思えないが、アレは今まで私がここに辿り着くまで使い続けてきた、いわば相棒のような物。出来ることなら手元に置いておきたい。相棒を放り投げるなと言われれば、それは申し訳ないとしか言えないが。
「人形による防衛ラインも考えられますが、潜水艦隊からそういった連絡は?」
「ありません。鎮守府付近は非常に静かであるとのことです」
「そうですか。では、内部に警備を置いているかもしれませんが、少なくとも入り込むまでに妨害は無いということですね」
少数でも向かえるという保証も出来た。連合艦隊1つ分あれば充分である。
それに、鎮守府内が徹底した警備態勢だったとしても、そこは狭い場所での戦闘ということで、第一水雷戦隊の十八番とのこと。神風型の5人はわかるが、阿武隈もそういったことには慣れているようだが、ちょっと想像がつかない。
「大将、これはどうするのさ」
伊勢が気を失った大淀を担ぎ上げて尋ねる。艤装も武装も剥がされた大淀は、もし目が覚めたとしても何の抵抗も出来ないただの人間のようなもの。自殺を図ることさえ注意しておけば、何処に置いておいても今のところは害は無い。
「鎮守府に運びたいところですが、目を離すと何をしでかすかもわからないのも事実ですね。難しいところですが、そのまま運んでもらえますか。出来れば猿轡くらいは噛ませておきたいですが」
「じゃあ私のハチマキでも噛ませておこうかな。無駄口叩かれても鬱陶しいし、舌を噛もうとするかもしれないしね」
「脚を縛った方がいいんじゃないか?」
「それもそうだけど、まぁ今はね」
日向に持ってもらって、手早く猿轡を噛ませる。それでも目を覚まさないのだから、私の最後の一撃は心まで折ったのかもしれない。
「大将、ちょっとお願いがあるんだけど」
休息もそろそろ終わりというところで曙が下呂大将に話しかける。いつになく神妙な雰囲気。戦闘が終わった後の緊張感をそのまま持ち越しているかのような表情。
「なんですか?」
「五三駆で参加させてくれない? 鎮守府襲撃」
曙もこの事件の関係者では数少ない敵対させられていない救われた者だ。むしろ私と三日月以外では唯一の
この事件の顛末を見届ける資格は充分にあった。大淀を倒したところでまだ終わらないこの事件の裏側にあるものを、その目に納めたいと訴えた。
「いいでしょう。君の話は飛鳥から聞いています。五三駆でということは、雷もということですよね。いいんですか? 君はある意味無関係な位置にいるはずですが」
「ええ、五三駆は一蓮托生だもの。それに、ここまで巻き込んでおいて無関係は酷いと思うの。私は施設代表ってことで行かせてほしいかな」
私が流れ着かなければ施設は一切巻き込まれずに済んだと思うと、少し申し訳ない気分にはなる。だが、そのおかげで私が今ここにいるのだから、感謝してもしきれない。酷い人生を最高の人生に、終わりを始まりに変えてくれたのは、紛れもなくあの施設だ。
その施設を2度も破壊され住む場所を奪われたのだから、それを引き起こした事件の顛末を雷が見届けるのは至極当然のことなのかもしれない。一番関わりの深い飛鳥医師の代わりに向かうと考えてもいいだろう。
「わかりました。では、五三駆は共に向かいましょう。それ以外は帰投し、新さんに詳細の報告をお願いします。休息が必要な者はすぐに休息を」
護衛退避の準備も終わっている。ここからは別行動だ。
「なるべく揺れないようにするけど、もしもがあるからちゃんと掴まっててね」
阿武隈に言われて、大発動艇の縁をしっかりと掴んだ。もう片方の手は三日月を抱き寄せるために使う。2人で支えれば体勢を崩すことは無いだろう。
「これで本当に終わりです。もう戦いも無いでしょう。あとは人間同士の戦いですから、君達は見届けていてください」
「ああ、そうさせてもらう」
これが本当に最後の出撃。表の強敵を倒したのだから、後は裏側だ。これが終われば本当に終わり。艦娘が戦うことのない最後の戦いが始まる。
大淀との戦いはこれで終了。残すところは協力者である医療研究者2名のみ。ラスボスを倒した後の裏ボスみたいなものですね。それを捕縛して、この物語は終わりに向かいます。もう少々お付き合いください。