継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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最後の敵

大淀を倒したことで、部隊を分けて鎮守府の襲撃へと移行。私、若葉は五三駆の仲間と共に襲撃に参加することになった。

私自身、武器であるナイフを放り投げてしまったせいで殆ど非武装。陸上で魚雷を放つわけにも行かないため、正直何も出来ない。それでも下呂大将が、非武装でも可能ならばと私を指名してくれた。疲れがあり、左眼が見えない状態ではあるものの、顛末を知りたかったため、私は参加を決めた。

「さぁ、あそこが手瀬鎮守府です。外観は変わっていないようですね」

 

合流地点から少し進んだことで、水平線の向こう側に鎮守府が現れる。出発地点である来栖鎮守府よりは少し小さく、以前に訪ねさせてもらった有明鎮守府よりは少し大きい程度。

その辺りにまで来ると、先行していた潜水艦隊の姿もちょくちょくと見えてくる。ずっと監視していた呂500と伊504がこちらに手を振り、後から追いついたシロクロも既に海面に頭を出していた。それ以外の者達も海底におり、鎮守府を常に監視し続けた状態。

 

「もう何も出てこないですって!」

「あたし達がずっと見てたからね。あい!」

 

元々監視に特化していただけあり、この情報に信用度は高い。妙な匂いも感じられないことから、鎮守府由来で何かされていることも無いだろう。

外部に干渉してくるような手段は持ち得ないと考えられる。ならば、突入もそこまで苦では無さそうだ。万が一内部に護衛がいたとしても、第一水雷戦隊は室内戦闘にも長けているようなので安心。

 

「君達は帰投してください。後は我々でどうにかします。……と、そうでした。帰投の途中で構いません。海中に若葉のナイフが落ちているかと思います。見つけたら拾っておいてもらえますか」

「りょーかいですって! イムヤとか多分意地でも探しますって」

「だよねー。イムヤも若葉にごしゅーしんだもんね。はにゃはにゃ」

 

潜水艦達の命を救ったことで妙に好かれているが、私の心は三日月一筋だ。申し訳ないが、良き仲間、友人としてのお付き合いでよろしくお願いしたい。

 

「では行きましょうか。これで本当に決着です。最後に私が仕切ってしまって申し訳ありませんね。本当なら飛鳥も来たがっていましたが、流石に鎮守府とは関係のない医療研究者を戦場に出すのは気が引けました」

 

それは私達もそうである。ここに飛鳥医師がいたらさっさと帰れと言うだろう。こういうことに慣れている下呂大将だからここに居られるのだ。それ以外の人間は危険過ぎる。

 

「すまない三日月、手を引いてもらえるか。遠近感が掴めない」

「うん、大丈夫。私がついてるから」

 

そんな状態で来るなと言われそうであるが、下呂大将が許してくれたのだからいいだろう。それくらいの我儘は許してほしい。

 

 

 

見知らぬ鎮守府を進む。連合艦隊がぞろぞろと突き進む姿はまるで総回診のようだった。艤装を装備したままの行動のため、余計に幅を取るのだが、ここの廊下は他の鎮守府と同じように広めに造られているため、これでも全員行動が出来た。

案の定人形による妨害があったが、第一水雷戦隊がスムーズに倒していく。幸いなことにリミッターが外されているようなことは無く、気絶させておけば後からでも治療が可能だろう。

 

「そろそろアイツらがいるところだよ」

 

大淀を担いでいる伊勢が道案内していた。伊勢がここに所属していた時から内部が変化していることは無いらしい。そのおかげで、真っ直ぐ医療研究者のいる場所へと突き進む。

 

そして、その部屋の前に来た。私達には馴染み深い処置室。施設のそれよりは格段に大きな扉と、一室として取られているスペースもかなり大きい。処置室というよりは実験室というイメージ。

 

「扉、斬っちゃうわね」

 

こちらの答えを聞く前に神風が扉を叩き斬った。鍵がかかっていたようだが、そんなものお構いなしである。

 

その実験室はドックと同じような設備もあり、恐ろしいことにその中に4代目の大淀が寝かされていることも確認出来た。さらには、5代目も建造中であることもわかる。

この4代目は、今伊勢が抱えている3代目が死ぬことで目を覚ますのだろう。どういう仕組みかわからないが、死を感知して今までのデータがこの4代目に送られるようである。

 

「大淀の協力者、間賀(マガ)保田(ホダ)ですね?」

 

中には噂に聞いていた男2人がいた。飛鳥医師が着ているような白衣を身につけているため、同業者であることがすぐにわかる。私達の姿を目にして、酷い顔をしていた。

朝霜に尋問をしている時に顔写真くらいは見たが、実際に動いている姿も当然だが初めて見る。2人の名前も初耳。

 

「君達を取り押さえます。理由は君達がわかっていると思いますが」

 

神風と朝風が2人を拘束するために前に出た。だが、医療研究者の片方、間賀がちょっと待ってくれと叫ぶ。

 

「俺達は大淀に脅されて研究させられていただけだ!」

「言い逃れにしては雑ですが」

「信じてくれ! 確かに不死の艦娘の研究はしていたが、ここまでの大事にするつもりなんて無かった!」

 

必死な訴え。間賀が言うには、不死の艦娘の研究自体は大本営からの指示で続けていたが、そこに大淀が乗り込んできて協力しろと脅されたらしい。2人の存在は目出から聞いていたと大淀が言っていたとのこと。

飛鳥医師が蘇生の研究を終わらせた後、秘密裏に研究を続けさせていたのは目出。それ以外にも大本営の一部が関わっているようだが、そこから大淀がこの2人を利用しようと動いたと言っている。

 

「早く完成させろと、死と隣り合わせの状態で研究を続けさせられたんだ。結果は貴方達の知っている通りだろう。目的は達成され、擬似的とはいえ不死の研究は完了した」

 

保田の方は淡々と話すが、顔を伏せて悔しそうにしている。大淀からの指示で研究することが不本意であったと語る。

 

「仕方なかったんだ! 俺達だって命が惜しくて……」

「申し訳ない。抵抗する力が無かったのは我々の落ち度だ。だが、やってきて突然主砲を突き付けられたら、屈してしまう」

 

2人の言葉に下呂大将が溜息をつく。誰がどう聞いても、2人の言い分は言い逃れにしか聞こえない。あくまでもこんなことになったのは大淀のせいだと言い続けている。

特に間賀の方はそれが顕著だった。脅されたから、命が惜しくて仕方なくやった。()()()()()()()()()()とでも言わんばかりである。まだ一言謝罪の言葉を口にした保田の方がマシである。

 

それに、2人の感情は私には筒抜けである。こんなに匂いが強い人間も初めてかもしれない。

 

「全部嘘だ」

 

あまりに酷いため、痺れを切らして私が口に出した。

 

「どうにかこの場を切り抜けようとしているつもりでいっぱいだ。そいつらから罪悪感の匂いがカケラも感じない。大淀の指示も自分から進んで従っていたんだろ」

「何を言うんだそこの艦娘は! 何を以てそんなことを!」

 

今の発言が癇に障ったか、私に食ってかかる間賀。まだ拘束はされていないので、文句を言った私に掴みかかろうとするが、その前に神風が刀を抜き、首筋に押し当てる。それ以上前に出るなという無言の警告。

 

「若葉、久しぶりにあの力が役に立ちますね」

「ああ。こういう相手は最初の夕雲以来だからな」

 

感情の匂いがわかることによる、嘘発見器としての性質。今まで尋問の時は、私のこれが必要が無いくらいに全員素直に話してくれていた。それもそのはず、洗脳を解いたことで全面的に協力してくれるという状態での尋問だったため、念のためという形でしか使われていなかった。

だが今回は、敵対している2人の人間が相手だ。口先だけは大淀に従わざるを得なかったと訴えているが、匂いは全く誤魔化せない。未だに私達に対して敵対の意思がある。寝首をかこうと虎視眈々と狙っているかのようだった。

 

「君達の感情は全て若葉に筒抜けですよ。嘘を吐いても、動揺しても、敵対の意思を持っても、全て彼女にはお見通しです。それを理解した上で、私の質問に答えてもらいましょうか」

 

表情は変わらずとも、下呂大将からも怒気を感じる。この期に及んで自らの保身を考えるような輩には一切の容赦はしないだろう。私だって腹が立つ。大淀と同じような醜悪さを感じる。

結局のところ、こいつらは似た者同士だったということだ。馬が合うから協力関係になったとしか思えない。

 

「君達は大淀に強制されていたと言いましたね。では、ここで何人もの艦娘が犠牲になったことに対して、負い目があると」

「勿論だとも。確かに不死の艦娘の研究で実験台にした艦娘はいた……だが、俺達は言われるがままにやらされただけだ」

「嘘だ。そいつは艦娘の犠牲を何とも思っていない」

 

保田の妄言を遮るように嘘を指摘。感じた匂いは欺瞞のみ。上辺だけの言葉を連ねているに過ぎない。負い目があるならそういう匂いがあるはずだが、それが無い時点で嘘。

早くこの厄介な状況を終わらせたいという焦り。実験を中断させられたことに対する苛立ち。とにかくこちらのことが気に入らないと感じさせる憎しみ。大淀とは似ているが少し違う負の感情が叩き付けられている。

 

「大淀はこの世界を滅ぼすと公言していますが、それを知っていても君達は協力するしかなかったと」

「そうだ! アンタ達だって首筋にナイフを突き付けられたら屈するしか無いだろ!」

「嘘だ。こいつは自分から協力している」

 

そこまでされたらトラウマ級の恐怖を刻まれているはずだが、それすらも感じない。こいつの恐怖は大淀にではなく、()()()()()()()()()に対してのものだ。故に嘘。間賀の言葉を遮る。

屈したのではなく、自ら(こうべ)を垂れたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()と。心底狂っている。

 

「何なんだそいつは! 俺達の証言を真っ向から否定して!」

「当たり前だろう。嘘を嘘と指摘して何が悪い」

「何を証拠にそんなことを吐かす! 見てきたわけでもあるまいし!」

 

激昂する間賀。それに対し、下呂大将の怒気がさらに膨れ上がる。

 

「若葉が指摘しなくても、君達の証言が薄っぺらい嘘で塗り固められたものであることはわかりますよ。若葉の指摘がそれを確定させただけです。正直な話、今までの質問は特段必要なものではありませんでした」

「なら何のために」

「君達がどれ程性根の腐った人間なのかを口に出させるためです。罪悪感を小指の先程でも感じていれば多少なり温情をかけられたかもしれませんが、もう無理ですね」

 

大きな溜息。

 

「最初は大本営に裏から依頼されて不死の艦娘の研究をしていたのでしょう。ですが、秘密裏にやるには限界がある。そこで大淀という最高のパトロンを手に入れた。そこで君達の欲望は際限が無くなったのでしょうね」

 

2人から焦りの匂いが強まる。図星を突かれ続けて冷や汗までかき始めている。なんてわかりやすい。

 

「本来ならやれないような残酷な実験も可能にしてくれた大淀に感謝したのでしょうね。結果的にそのおかげで擬似的な不死、記憶を移植出来るクローンという傑作を作り上げてしまった。悪意の研究は悪意の下に育つ。大淀とはさぞいい酒が呑めたでしょうね」

 

ギリッと歯軋りが聞こえた。下呂大将の言葉は2人の心に刺さり続けている。

 

「艦娘はただの実験材料。死んでも替えが利く生体兵器が半無限に供給されるだなんて、君達のような研究者には夢のような環境です。それを失うことの方が辛かった。そうでしょう?」

「何を馬鹿なことを。我々は」

「嘘だ。早くこの場を終わらせたいという感情しかない」

 

もう何も言わせたくないため、さっさと遮る。私の言葉には特に苛立ちを感じているようである。

艦娘に文句を言われることが気に入らないということは、やはりこいつらは艦娘のことを実験動物くらいにしか思っていないようだ。それが尚のこと腹が立つ。

 

「もういいだろ。こいつらの話は聞くに堪えない」

「ふむ、確かにそうですね。何を言ってもふざけたことしか言いませんからね。ここで何もかもを突きつけてもいいんですが、時間の無駄でしょうね。ここまで追い詰められても反省すらせず、言い逃れで乗り切ろうとしているのは笑止千万です。恥を知りなさい」

 

冷酷に突き放し、神風と朝風が改めて拘束。逃れようと手を振るったが、お構いなしに払い落とし、そのまま腕をロックした。艦娘の力なら簡単に折ることも出来るだろうが、いくらクズでも相手は人間。傷を負わせるようなことはしない。

 

「このっ、艦娘のくせに……!」

 

ついに本性を現した。艦娘を軽視している言動。言葉には出さないが、保田の方も今の状況に強い怒りを持っているのがわかる。自業自得だというのに。

 

「人間を守るために生まれた兵器が、何で人間様に歯向かってんだ! この、クソがぁ!」

「艦娘に守られるしかない人間が、何故艦娘に歯向かえるのです?」

 

悪態をつく間賀に向かい、下呂大将が眼前まで近付く。殴りかかるようなことはしないだろうが、心を手折りに行くのは明確。

 

「お互い様なんですよ。艦娘は人間を守り、人間は艦娘を守る、そこには上も下もない、対等な関係です。最初から考え方が違う君達には、そもそも守られる資格が無いんですよ。理解しましたか?」

「出来るかよ! 人間が作り出した艦娘は人間のために献身して人間のために散れよ!」

「本当に何もわかっていない。ここまでクズだとは思いませんでした。飛鳥のような者は稀なんでしょうかね」

 

またもや大きな溜息。そして、今まで見たことのないような表情で睨み付ける。

 

「君達には理解出来るようになるまで何度も何度も教えを説いてあげましょう。それには痛みを伴うかもしれませんが、構いませんよね? 君達が艦娘に延々と繰り返してきたことなんですから」

「なっ、ふ、ふざけるな……!」

「ふざけてなんていませんよ。生かさず殺さず君達を改心させてあげましょう。さ、この()()()()()()()を連れていきなさい」

 

最後に折れない程度に腹を殴り、間賀の喧しい口を塞いだ。保田の方は全てを諦めたような匂い。もうこの状態になって心が折れたようである。

 

 

 

改めて、これで戦いは終わり。長い長い因縁は、これで全て終わりとなる。最後の最後にゴミのような人間を目の当たりにして気分が悪かったが、明日からは明るい未来が待っていると思うとまだやっていけそうだ。

 




医療研究者2人の名前の由来は、飛鳥医師の名前の由来であるアスクレピオスの子供、マカオンとポダレイリオスから。

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