継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

285 / 303
目覚めた被害者

大淀の事件が終了した翌朝。私、若葉は長い眠りから目を覚ました。昨日は昼くらいから眠っており、昼食も夕食もすっ飛ばしてもう朝だ。朝と言ってもまだ少し薄暗く、いつもランニングやエコの散歩をするような時間帯。

長々と眠ってしまったため、目を覚ますと同時に腹が鳴る。身体が空腹を訴えていた。その音と同時に目の前からクスクスと笑い声。私が目を覚ます前に三日月も目を覚ましていたらしい。

 

「おはよう若葉。大きな腹の虫ね」

 

これを聞いていたのは三日月のみのため、恥ずかしい思いはしなくて済んだ。それと同時に三日月からも腹の虫が聞こえた。三日月の方は私に聞かれただけでも顔を赤くする。なんて可愛らしい。

三日月だって私と同じように半日以上眠っていたのだ。こうなっても無理はない。あれだけ壮絶な戦いだったのだから、心身ともに疲れ果てるというもの。

 

「こんなに寝たのは初めてな気がする」

「そうね。半日くらい寝たことはあったけど、それ以上だものね」

 

疲れは取れているようだった。身体を動かすと、眠る前に激痛があった脚も、見えなくなっていた左眼からも痛みはない。

だが、帰投後すぐ眠りについてしまったため、随分とよろしくない匂いが漂っていた。制服をどうにか脱ごうとしたものの、薬を塗ってもらった後に限界を超えてしまい、三日月を半ば引き摺り込むように抱き寄せて眠ってしまったのも大きい。

これはすぐにでも風呂に入る必要がある。汗と涙と血の匂いは、それが三日月の匂いが混ざり合ったものであってもあまり嬉しくはないものだ。

 

「三日月、風呂に行こう。昨日はそのまま眠ってしまったから、そのだな、お互い結構良くない匂いがしている」

「そ、そうだね、うん。私でも少しそんな感じがわかったし、相当なんだと思う」

 

敏感な私じゃない者がわかるとなると、それは確かに相当だ。風呂に行かなくては。

 

ベッドから立ち上がると、やはり脚の痛みは感じない。2度目だが、薬の力は偉大。どうせ風呂に入るのだからと、替えの服だけ持ってさっさと部屋を出る。流石にまだ早朝過ぎて誰も起きていないようなのは好都合。

誰とも出会わず大浴場に到着。鎮守府というのは不測の事態も考慮して24時間風呂が沸いているというのだからありがたい。なんだか髪も身体もベタつくので、早々にさっぱりしたいものだ。

 

「先客か……?」

「こんな朝早くに?」

 

中から人の気配がする。私達が眠っている間に鎮守府で起きていたことはよく知らないため、その間に何かあったのだろうか。

さすがに風呂の中の匂いまでは判断出来ない。ただでさえそういうものを洗い流しているような場なのだから、風呂は唯一私の鼻が利かない場所と言える。

 

おそるおそる中に入る。鎮守府の者なら面識があるのだからこんなことをしなくてもいいのだが、それもわからないために警戒だけはしていた。

そして、中で対面したのは意外な人物。正直ここにいるとは思わなかった者である。

 

「あ、おはようございます」

 

そこにいたのは大淀。いつもの眼鏡が無いために一瞬誰かわからなかった。

新提督の大淀とは少し雰囲気が違った。当然来栖提督の大淀とも違うし、敵対していた大淀とは以ての外だ。

しかし、本来大淀が持たない()()()()()もする。風呂で対面してようやくわかった。つまり、

 

「お前は……まさか」

「はい、4()()()と言えばいいでしょうか」

 

あの大淀の次の器として建造された4代目なのだから、深海の匂いがするのもおかしくはない。本人に自覚が無くても、組み込まれてしまっているものは仕方ないことだ。

私と三日月が爆睡している間に、手瀬鎮守府には新提督達が事後処理に向かったはずだ。第一水雷戦隊が気絶させた人形達と4代目もそこで回収されている。ということは、あの設備から大淀を目覚めさせたということか。

 

「深海の匂いがする。混ざり合っているのか」

「みたいですね。私も話に聞いているだけなので実感が湧かないんですが」

 

生まれた時からそうであると言われてもよくわからないようである。事実、深海の匂いがあるからと言って特別な力があるわけでも無く、強いて言うならばこの大淀も私達の技への耐性があったりするのだと思う。何せ器なのだから。

一応何もかも話は聞いているらしい。自分が悪意の塊である大淀の器にされそうになっていたこと、そのために頭の中にマイクロチップが入れられていることも全て知っているそうだ。

 

「身体が大丈夫ならそれでいいですよ。私はよくわからないことに足を突っ込まずに済んだということだけは理解していますから」

「それならいいが……何というか、軽いな」

「貴女達のように開き直っただけです」

 

建造され、利用されるという境遇は、どちらかといえば私や三日月に近しいものだと思う。こういう形で目覚めたのだから、大淀としての人生が開始しただけだ。身体は他と少し違えど、大淀は大淀だ。何も問題は無い。

 

「とはいえ、よくわからないことばかりを話されたり妙な夢を見たりしたので、こんな時間ですがお風呂をいただいてるんですよ」

「悪夢でも見たか」

「悪夢……なんですかね。言われてみればそうかも知れませんが、あまり覚えていないんですよ。夢だからですかね」

 

何というか、この大淀は軽い。これも艦娘の個体差というものなのだろうか。むしろ、代替わりする度に性格が変化しているように思える。生まれて間も無いからだろうか。性格形成がまともに出来ていないというか。

言い出したら、本来のそれとは違うものは沢山いるのだから気にならない。私の三日月だってそうだ。他の三日月にこんな性格的な特徴は無い。それと同じだ。生まれが普通と違うのだから、中身が変わっても何も疑問は浮かばない。

 

「飛鳥先生に診察してもらって、今後の処遇が決められるそうです。少しの間だけ、施設にお世話になるかもしれません。そうなったらよろしくお願いしますね」

「ああ。患者に手を尽くすのが若葉(ボク)達だ。なぁ、三日月?」

「ええ。私達はあの施設のただの居候みたいなものですが、必要とあらばお手伝いはしましょう」

 

少しまだ警戒気味で私の後ろに隠れつつではあるが、対話は出来るくらいにはなったようだ。三日月も日々成長している。私が側にいれば、まだまだ治ることのない人見知りも緩和されるようで何より。

そういえばと、思い浮かんだことがある。4代目が救出されたということは、その時に建造されていた5代目もちゃんと救出されたということだろう。流石に1人だけ救うなんてことは無いだろうし。

 

「4代目がここにいるということは、5代目もここにいるということか」

「そうなりますね。今はまだ眠ってますよ」

「それならいい。酷使されていた妖精が、途中で建造から離れて放置してもいいと先にここに来ていたからな。誰もいない状態でも、ちゃんと建造が終わっていたということか」

 

私の言葉を聞いて、4代目はなるほどと困ったような表情で微笑む。私の言葉に何処か引っかかるところがあったようだ。

 

「どうした? もしかして、5代目に何かあったのか?」

「ええ、まぁ……いろいろとあるんですよ。すぐにわかりますから」

「そうか……妙なことじゃ無ければいいが」

 

なんだか煮え切らない態度。5代目に対して複雑な感情を抱いているような匂い。

自分と同じ境遇で生まれた、いわば妹のような存在になる5代目なのだが、やはり妖精が建造完了を待たずして持ち場を離れた事で何か欠陥のようなものを持ってしまったのだろうか。

 

 

 

ベタついた身体が洗い流され、さっぱりした状態で風呂から出る。少し念入りに洗っていたというのと、4代目と話をしていたことで、もう外は朝日も昇り明るくなっていた。鎮守府内も少しずつ賑やかになっていく。

 

「ああ、若葉。よく眠っていたようだな」

 

新提督と対面。私達が眠っている間に手瀬鎮守府の調査や、間賀と保田への尋問、大本営との連絡などなど、事後処理に追われているからか少し疲れ気味。今も少し眠気のような匂いを感じる。

私達には出来ない政治的な部分を取り扱っているので任せ切るしか無いのが辛いところである。何かしら労うことが出来ればやっていきたい。

 

「君達の健闘はこちらでも聞いている。この大きな事件の功労者として、必ず優遇してもらえるように訴えかけよう」

「そうしてもらえると助かる」

「ここまでの思いをさせられて、その上さらに蔑ろにするようなことがあったら私が許さないさ。大本営の腐った部分はしっかりと正す。あのテロリストどもの裏側にいる者も炙り出して然るべき制裁を与える」

 

自信満々に言い放つ。さすがは下呂大将の教え子だと、こういうところで実感する。現場で見たというのはそれだけでも強み。

 

「さっき4代目にあった。あの設備に入れられた大淀は救われたんだな」

「ああ、あれは建造ドックと殆ど同じ作りだったんだ。ここの明石を連れて向かった甲斐があった」

 

建造にも関わる明石がそう判断したのなら間違いは無い。妖精がいなくてもどうにか出来たのはそのおかげということか。

 

「5代目はどうなったんだ。4代目が少し言い淀んでいて、複雑な感情を持っているのはわかっているんだが」

「あ、ああ、5代目か」

 

新提督も4代目と同じように少し言い淀む。複雑な感情は同じなのだが、新提督からはそれ以外にも何か違うものを感じる。素直に喜んではいけないという葛藤のようなものが強い。

やはり5代目には予想通り何かが起きてしまったのだろう。それが何かはわからないが、新提督でもこんな顔をするくらいなのだから余程のこと。

 

「あー……いや、見てもらった方が早いな。呼べば来るだろう。()()、こちらに来なさい」

 

知らない名前を呼ぶと、廊下の角に隠れていた何者かが新提督のところに駆けてくる。私が知る誰よりも小柄なその少女は、何処か()()()()()()()()()。制服も子供っぽく作り直した大淀と同じようなもの。

 

「5代目大淀、改め小淀(こよど)だ」

「こ、小淀です、よろしくお願いします」

 

これはあまりにも予想外だった。あの大淀が駆逐艦よりも縮んでいる。

5代目大淀は建造途中で何かがあったとしか思えないような外見の変化。まるで成長途中というイメージである。

 

「まさか、あの建造は途中で止まってしまっていたのか」

「そういうことになる。建造というのは、人間でいうと短時間でその姿にまで成長させるというものになるらしい。それを途中で止めたら、大人になる前の姿で建造が終わってしまうんだそうだ。当然そんなことが起きないように管理されているんだが、今回は妖精が酷使されていたために判断能力が著しく衰えていたことが原因でこうなってしまっている」

 

だから駆逐艦は建造時間が短いし、戦艦や空母のような大人は建造時間が長いのだとか。大淀は特殊な艦娘であるが故に、そもそもの建造時間が長いためにこういうことが起こり得たとのこと。

もしかしたら3代目を殺し、4代目も殺していたら、この小淀が最強の存在として立ちはだかっていたのかもしれない。もしくは建造が完了していないためにその時点で打ち止めとなっていたか。

どちらにしろ、戦いは終わったのだからそんなことを考える必要は無いだろう。

 

「見てわかる通り、未熟な状態で建造が止まってしまっていた。艦娘としての性能は駆逐艦にも満たないのだが、この子も犠牲者だ。飛鳥医師に診察はしてもらうが、何事も無ければ私の鎮守府に引き取ろうと思っている」

 

子供好きな新提督だからこそ、少し複雑な気分なのだろう。私達とは違う、()()()()()()として生まれてしまった小淀は、ここにいる意義すらも問われてしまう存在である。

小淀自身も、自分の生まれが酷いものであることを理解しているため、あまりいい気分では無いらしい。明るさが無く、人生に悲観しているような匂い。生まれてよかったのかと考えている程である。

 

「小淀、お前も今日から楽しく生きろ。若葉(ボク)達も今日から明るい未来が待っているんだ。生きていれば必ずいいことがある。な?」

「……はい、こんな私でも、何か役に立てることはあると思います。普通の大淀と違うのはわかっていますが」

「辛かったらいつでも頼ってくれ。同じ被害者として、お前の気持ちはわかってやれると思う。仲間だからな」

 

頭を撫でてやると、少し顔を赤らめて俯く。私への負の感情を感じないということは、好感を得られたようだ。少し安心。

 

これで後は3代目の処遇だけだろう。奴はどうなるのだろうか。

 




小さい赤城や学生赤城みたいなのもありましたが、あれは建造途中で止めた広報担当というイメージでいました。今回の大淀改め小淀はそのパターンにしています。小淀ちゃんに佐世保バーガー食べてもらいたい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。