継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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最後の施術

手瀬鎮守府で建造された4代目大淀と5代目大淀の処遇は、飛鳥医師の診察が終わり、適切な処置が必要ならばそれを施し、大丈夫となったら新提督の鎮守府へと移籍ということとなった。

4代目はともかく、5代目は建造途中で中断されたことで身体が駆逐艦よりも小さい状態になったため、戦闘力も皆無。小淀と新たに名付けられ、非戦闘員として新提督の鎮守府の一員となるそうだ。

 

4代目、5代目の処遇はこれでいいとして、問題は3代目。最後まで戦闘していた、あの大淀の記憶を移植されてしまった器の大淀をどうするか。

現在は昏睡状態にされており、誰の目にも届かないところに軟禁されているらしいが、それも時間の問題だ。昏睡状態にしておく薬剤が切れたら、否が応でも目覚める。それまでに決断しなくてはいけない。

 

その打ち合わせの場。私と三日月も参加させてもらっている。鳳翔や神風、瑞鳳も同じように参加。こういう場では毎度お馴染みとなる面々。戦いは終わったものの、みんな神妙な面持ちである。

 

「3代目の大淀は解体となるんですか」

「2つの鎮守府を崩壊に導き、幾人もの提督と艦娘を亡き者にしたんだ。解体以外の選択はされないだろう」

「こいつは擬似的な不死ッつーのでやらされてただけってのもあんだよなァ。実行犯はもう死んじまってる」

 

この件があるため、事件が完全に終結したとは言い難い状況ではあった。新提督と来栖提督の意見はどちらも正しく、どちらとも言えない

 

大淀の処遇はかなり難しいところである。何せ、3代目の大淀は極悪人の記憶を移植された()()の大淀であり、実際の悪事に関しては初代が9割以上、2代目がほんの少しというところ。2代目だって記憶は持っていても誰1人として殺していない。新提督が言う2つの鎮守府を崩壊させたのも、提督と艦娘を亡き者にしたのも、全てが初代、もしくはテロに加担した間賀と保田の責任になる。

つまり、3代目は私達を攻撃してきた()()であり、それ以外の罪は1つも無いのである。それを言い出したら、この事件の最初の救出者である夕雲から、最後の救出者である伊勢日向まで、一律で同じ罪に問われる。それを罪だと言い出すと、全員3代目より罪が重いまであるのだ。

 

「治療するにも何をしたらいいものか。少なくとも脳のマイクロチップを取り出してみるしかないですよね」

「そうなるでしょう。おそらくですが、アレが大淀の記憶などを電気信号に変換して他人に移植していると思います。間賀と保田にも()()をして聞き出しました」

 

何をしたかは聞かない方がいいだろう。私がいなくても嘘なんて吐けないくらいにまで追い込んでいるだろうし。

 

「新さん、可能ならば、僕にあの大淀の治療をさせてくれませんか」

 

飛鳥医師が新提督に言う。脳を触るという今までに類を見ない程の難易度の施術でも、やれるものならやりたいと決意を露わにした。

何もしなくても解体、即ち死であるのなら、僅かな可能性に賭けたい。失敗は即死、もしくは重い後遺症に繋がるかもしれないが、そこは我らが飛鳥医師だ。信用度は段違いに高い。

 

「治療後、様子見は必要だと思います。ですが、ここにいる救出者と同等の扱いをしてもいいと思います。当然、命を落としていても仕方のない戦いでしたが、こうして生き残ったのなら救いたい」

 

そもそも救えるかもわからないような存在なのだ。やってみなければわからない。救える命は救うというのが飛鳥医師のやり方だ。今がその時。

 

「君が治療したところで何も変わらないようであれば解体処分とする。そうで無ければ構わない。飛鳥医師、君に委ねるよ」

「ありがとうございます。早速手術に入ります。来栖、場所は用意してくれていたよな」

「おう、必要かもしれなくなるっつってたからな。職人妖精に頼んで1部屋完璧に用意してあるぜェ」

「すまないな。入渠ドックの妖精も便乗させてもらっていいか。今回は共同作業だ」

 

飛鳥医師の技術と妖精の力を合わせた治療。これによりあの大淀が救われるかはわからない。だが尽力しない理由が無い。

 

「先生、私も手伝わせてもらえませんか」

 

ここで声を上げたのは鳳翔。この打ち合わせの中でも特に神妙な表情をしていたのは鳳翔。2代目にトドメを刺した張本人として、いろいろと思うところがあるようだ。

 

「先に気付いていれば、その命も救えたかもしれません。死ななくても良かったかもしれない命を奪った罪滅ぼしをさせてほしいのです」

 

今回の件を聞いて、2代目に手を下した鳳翔は少し気に病んでいた。感情の匂いも後悔が少し強い。怒り任せに額を射抜くという渾身の一撃は、あの時は本当に頼りになる人だと感謝したが、本人が悔やんでしまっているのだから何も言えない。

雷があの発言をしなければ、3代目だって殺す気で戦った。鳳翔がやらなければ私がやっていたし、あの場にいたものは雷以外は全員が同じ気持ちだった。鳳翔のことは誰も責めない。責められるはずがないのだ。

 

「わかった。それでメンタルの面が癒されるというのなら、是非手伝ってほしい」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

深々と頭を下げる。鳳翔は器用なので、施術でもそれを遺憾無く発揮してくれるだろう。

 

「なら若葉(ボク)達も手伝おう」

「私の眼と若葉の鼻はいつものように役に立つかと」

「ああ、よろしく頼む」

 

そういった危険な施術なら私も当然出番だ。匂いによりいろいろと判断出来るのは大きなアドバンテージ。これは妖精の手助けを借りたとしても再現出来ない技能だ。三日月の眼もあれば役に立つ。

 

「話はここで終わりにさせてください。今は少しでも早く処置をしたいと思います」

「すぐに準備するぜェ。ドックの妖精を全部集めりゃいいな?」

「ああ、ドックの準備の方も頼む。術後に入渠させて、透析もしておきたい。それで何も無い普通の大淀に戻せるはずだ」

 

透析に関しては、ここの入渠ドックでも出来ることはわかっている。それも行なうことで、しがらみを何もかも取り払ってやる。これで治療出来れば御の字。

 

 

 

飛鳥医師主導のもと、大淀に対する施術開始。参加者は先程も話していた通り、飛鳥医師と入渠ドックの妖精達。そこに私と三日月、鳳翔、そして打ち合わせには出ていなかったが、蝦尾女史も加わっている。

その場で必要な薬を調合し、即座に使えるというのは、今回のような超難度の施術にはありがたい限りだ。

 

「ちゃんと後から伸びるんだな?」

 

飛鳥医師の問い掛けに、妖精達が頷いたりサムズアップしたり。

これは大淀の髪のことを話している。脳に直接触るためには、大淀の長い髪はとても邪魔。入渠することで元に戻るという保証を得たことで、バッサリと切ってしまった。丸坊主とまでは行かないまでも、女性ではなかなか見ないミリに近いまでの髪に切り揃えられる。

 

「よし、みんな、覚悟はいいな」

 

腹を捌くのとは訳が違う。なるべく大きく血を流さないように、蝦尾女史謹製の止血剤を使いながら大淀の頭頂部を裂き、さらには頭骨を開いて、脳を露わにした。

幾度となく他者の施術に参加していた私や三日月だが、生きたまま頭を開くというのは初めてのこと。そもそも見ること自体が、以前に侵食を消滅させる薬製作の手伝いをしていた時に亡骸の脳を確認したのが最初で最後だ。

 

「……近しいな、あの時のものと」

 

その脳はところどころが深海の侵食により黒ずみ、匂いも酷いものだった。失敗作よりはまだマシではあるが、あの時と違ってこの脳は()()()()()。雑なことは一切出来ない。

メスを扱う飛鳥医師の手からも、緊張感を感じる。震えているわけではないが、慎重になっていることは間違いない。

 

「流石にこれは緊張する」

 

マイクロチップの位置はわかっていても、どう脳に埋め込まれているかはわからない。場所が場所だけに手当たり次第というわけにもいかない。

そのため、そこを妖精に手伝ってもらう。入渠ドックの妖精なだけあり、ドックの中に入っているわけではないのに、体内の異物の場所がわかるらしい。

 

「蝦尾さん、修復材を用意してくれ。合図をしたら局部にかけてほしい。絶対に自分の手にはかからないように」

「わかりました。お隣、失礼しますね」

「鳳翔、身体が動かないように押さえていてくれ。脳を触るのだから不意に動く可能性もある」

「了解しました」

 

飛鳥医師の隣に蝦尾女史が陣取り、鳳翔が大淀の身体を押さえ付ける。これで準備万端。ふぅ、と一度だけ息を吐いた後、飛鳥医師の目の色が変わる。匂いも今までになく真剣なものに。蘇生の時よりも集中している。

 

「では、術式を開始する」

 

ここからは飛鳥医師の独壇場。それに追いつけるものは誰もいない。本来手を入れてはいけない場所に手を入れているというのに、一切の躊躇なくメスを入れ、埋め込まれたマイクロチップに辿り着く。不用意に他の場所を傷付けることもない。

脳に食い込むように配置されたそれは、小さいながらも深く食い込み、さらにはそこを起点に配線が脳の至るところに張り巡らされている。切除するにしても被害が大きそうな状態。そういうところにも嫌らしさを感じる。

 

しかし、飛鳥医師は止まらない。戸惑いなくそこにメスを入れると、脳に張り巡らされた配線を的確に引き抜き、その都度蝦尾女史に合図を送り修復材により修復。そもそもそこに何も無かったかのような状態に引き戻していく。

 

「匂いが少し薄れた」

「よし」

 

脳から異物が取り除かれることで、大淀から漂う悪意の匂いは薄れていく。処置が進むにつれ、3代目がその呪縛から解き放たれていくようにも感じた。

息をする間もない程の早業。それでいて徹底した丁寧な処置。焦らずにメスを走らせ、必要最小限の傷口で切除しては、修復材で元に戻していく。時折大淀の身体がビクンと動くが、鳳翔がしっかりと押さえ付けているおかげで施術に支障は無い。

 

「匂いだけじゃないです。オーラのようなものも薄れています」

「このチップが本体ということだな」

 

今や私達の宿敵となった大淀は、マイクロチップという形をとった寄生生物のようなものに思える。初代の記憶を引き継ぎ、別の大淀を渡り歩いて命を繋いで、憎しみを撒き散らす害悪。

 

「摘出完了」

 

大淀の脳から摘出されたマイクロチップがビンに放り込まれた。血塗れのそれは、まるで触手を伸ばす異星人のように見えた。

そのクソみたいな輪廻も、これで終わりだ。意思はチップに封じ込められているとしても、身体が無ければ動くことは出来ない。二度とこんなことが起きないように、根本から絶つ。

 

「縫合する。蝦尾さん、修復材を」

「はい」

 

処置しながらも修復材で治療しながらだったが、もう頭の中に異物は存在しなくなったため、完全に封じるために量を少し多めに使って綺麗に戻していく。生きているのだから修復材もしっかりと効き、瞬く間に傷口は無くなっていった。

最終的には施術の痕跡は一切無い状態となる。頭を開くために髪を切られたこと以外は、私達の知っている大淀と同じ。

 

「悪意の匂いは失われた。この大淀は若葉(ボク)達の憎い大淀とは違う」

「オーラも消えました。それはそのチップの方に移っています」

 

目に見えない部分は私達が保証する。この大淀は、ある意味4代目と全く同じ匂いになっている。

 

「……よし、術式終了。このまま入渠してもらおう。すぐに運ぶぞ」

 

ある程度血を拭いて、眠ったままの3代目を工廠へと運び、そのまま入渠させた。施術をずっと見ていた妖精達なら、3代目をどうすればいいか完璧に理解しているはずだ。

ここで入渠が完了すれば、4代目と同じ状態になるはず。強いて言えば、頭の中にマイクロチップがあるか無いかの違いだ。あちらは全く無害なマイクロチップのため、そのままにしていても今のところは支障がないため、これが本当に最後の施術となった。

 

「これで終わりだ。お疲れ様」

 

大きく息を吐き、力が抜けた飛鳥医師を蝦尾女史が支えた。張り詰めていたものが抜けたことで、疲れが溢れ出したのだと思う。

飛鳥医師曰く、蘇生よりも疲れたとのこと。既に死んでいるものを生き返らせるよりも、死なないように維持しながら治療することの方が力を使うのだそうだ。気持ちはわからなくもない。

 

「僕は少し休む。入渠はどれくらいで終わるだろうか」

 

妖精達が少し考えた後、指で時間を提示。朝から施術をし、今がおおよそ昼。終わるのは夕食前くらいとなった。

一眠り出来るくらいの時間はあるため、飛鳥医師は軽く腹に入れてから入渠完了まで休むようだ。蝦尾女史がそこについてくれるので心配もない。

 

3代目の治療もこれで終わり。あとは目を覚ますのを待つだけだ。

 




差をつけるために髪を結んだポニ淀、開き直った4代目淀、縮んでしまった小淀、そして施術により髪を刈り取られた坊主淀。来栖鎮守府にも事務淀がいるので、これ大淀出過ぎ。

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