継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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解放された元凶

3代目大淀の施術が終わってから少し時間が経過。そろそろ夕食というくらいの時間で明石からお呼びがかかる。現在入渠中の3代目がそろそろ目を覚ますということらしい。

工廠に集まったのは、実際にトドメを刺した私、若葉と三日月。他にも滞在中の人間一同や治療に参加した鳳翔、さらには新提督の大淀や4代目、小淀まで加わり、それなりな人数になってしまった。それでも収まらず、この光景を遠目で見ている者まで出ている始末だ。

 

「け、結構集まりましたね」

「そりゃあな、こいつの状況次第じゃあ、まだ戦いは終わらねェんだ」

 

その人数に明石も少し驚いてしまっているが、それで中断するようなことでは無い。これは戦いを終わらせる最後の仕事だ。見守る必要のある者は全員ここに集まっている。

苦笑しながらも大淀の入ったドックを開いた。入渠直後は全裸のため、即座にバスタオルが投げ込まれる。施術前に妖精から聞いていた通り、開くために刈り取られた髪はすっかり元通りになっており、何処にでもいる大淀と同じ外見になっていた。

幸いなことに匂いも深海のものが混じっていない。入渠の際に行なわれた透析で蝦尾女史が開発した例の薬も使われたことで、上から下まで完全に完治している。2代目以降は完全な深海棲艦化はしていなかったようだ。声が変化していなかったのだから、それも当然か。

 

「……ぁ」

 

薄らと目を開く。脳を弄るというかなり難易度が高く大規模な処置をしたわけだが、以前の瑞鶴のように二度と目を覚まさないみたいなことは無いようだ。飛鳥医師の処置が適切だったということを表している。

常に眼鏡をかけている大淀だからか、こちらのことを薄ぼんやりと見ている。それに加えて焦点があっていない視線。寝起きのためか、脳を弄ったからか、記憶が混濁しているようだった。

 

「若葉、君が先頭に立ってくれるか」

若葉(ボク)でいいのか?」

「君だからだ。大淀が最後に見たのは君だろう」

 

飛鳥医師に後押しされ、私が大淀の目の前に立つ。勿論三日月も一緒に。

飛鳥医師の言う通り、この大淀にトドメを刺したのは他ならぬ私。初代も私の一撃で命を奪っているのだから、記憶が残っているのだとしたら私に対しての感情は複雑なモノになるだろう。最悪な場合、発狂。良くても私はこの大淀の恐怖の対象となり得る。

 

大淀のうっすら開いた目と目が合う。今は感情の匂いは無。起き抜けに何かあるわけでもなく、むしろまだ私のことが視界に入っていないのかもしれない。

 

「……ここ……は……」

「鎮守府だ。お前は救出された」

 

何かを探すような素振りをしたので、おそらくこれだろうと眼鏡を渡す。まだどうなっているのかわからないようだが、眼鏡をかけて私の顔を見た瞬間にあらゆる感情が溢れ出した。

頭の中で何もかもが噛み合っていた。本心から世界に憎しみを持ったことが思い出されると同時に、私達との戦闘に敗北したこと、そして本来持たなくていい()()()2()()()()()()までもが全て蘇った。

 

「えっ、な、えっ」

 

まるで洗脳を解いた直後の完成品のような動揺の仕方。今までとは当然別人のようだった。顔面蒼白でブルブル震え出す。まだ暴れ出すことはしていないが、これは初めて救出することが出来た人形である霰と同じような行動。

完全に目を覚ましているが、()()()()()()()()()()()になっている。最悪な状況に向かいかねない、

 

「なんで、私、えっ、なんで、なんで……!?」

「落ち着いてくれ」

「私、私、あ、あぁあああっ!?」

 

禁断症状が無いのにもかかわらず、幻覚や幻聴が見えているような動き。ドックの中だというのに、ついには暴れようとしたため、無理にでも取り押さえる。お互い艤装を装備していないわけだが、今の状態なら私の方が力は強いようで、簡単とはいかないものの押さえつけることができた。

 

「落ち着け! ちゃんと考えろ! 奴の記憶があるのなら、自分がどう生まれたかもわかっているだろう!」

 

私からかけられるのはそんな言葉しか無い。初代の記憶があるのなら、2代目3代目の大淀が建造されていることは当然理解しているはずだ。自分自身がその3代目であることだって、少し考えればわかること。

しかし、自分が本来の大淀として生まれてから記憶が移植されたわけではなく、生まれた直後から元凶としての記憶を持ち合わせていたため、感覚が完全に狂ってしまっていた。その結果、あちらが本来の自分と思い込むことになり、今の自分がわからなくなっている。

 

「いいか、一度深呼吸をしろ。ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐くんだ」

 

まずは落ち着いてもらわなくては始まらない。混乱する頭で考えても、答えに辿り着けないどころか、間違った答えに向かってしまう。とにかく今は精神的な安心が必要。

 

「バスタオルを口にかけてやるんだ」

 

殆ど過呼吸気味な大淀を落ち着かせるために、飛鳥医師の指示の下、先程かけられたバスタオルを軽く口に押し当て、ゆっくりと呼吸をさせることに努める。

話も出来なければ話も聞けないような状況では何を言っても無駄。ならば、今はとにかく大淀の状況を良くしてやる必要がある。今後の話にも影響が出るのだから、正直こちらも必死。

 

「ひっ……ひっ……」

「大丈夫だ。まずは落ち着くんだ」

 

大淀の呼吸が少しずつ整っていくのがわかる。目の焦点も少しは合ってきたものの、心は大きく揺れ動き、ずっと混乱し続けている。せめて話すことの出来る精神状況になればまだマシ。

呼吸が多少整ったらバスタオルを口元から外し、ゆっくりと深呼吸をさせる。その間も私は腕を拘束したまま。

 

「いいか、よく聞け。お前は確かに大淀だ。だがな、それは生まれた時から支配されていたからだ」

「し……はい……」

「そうだ。お前とは別人の大淀が、建造されたばかりのお前を乗っ取っていただけだ。その記憶がお前に残っているだけ。お前のやったことじゃない」

 

突然そんなことを言われても、それを理解していたとしても訳の分からないような言葉。余計に混乱しそうではあるが、これ以上に言い方がない。

この大淀を納得させるのは相当に難しいだろう。器として作られていたが、悪事を一切働いていない4代目と小淀とは訳が違う。どうしても悪事を働いていたのは自分であると考えてしまう。

あれは別人だと思い込めるような何かがあればいいのだが。心の問題であるため、大淀とは別の何かの力が働いていたという証拠があればまだ納得してくれそうなのだが。

 

と考えている時、1つ思い付いた。処置の時に飛鳥医師が大淀の頭の中から摘出したマイクロチップ。

 

「飛鳥医師、あの時のマイクロチップ、ここに持ってこれるだろうか」

「ああ、すぐに持ってこよう」

 

私の意思をすぐに理解してくれたか、急ぎ足で取りに行ってくれた。

あのマイクロチップが頭の中に入っていたからおかしくなっていたのだ。あれが無ければ普通に生まれた大淀。全てアレが元凶であるとわかれば、この半狂乱の状態を改善出来るかもしれない。

()()()()()()()()()()()が目の前にあれば、自分の罪を全て擦りつけることも出来るだろう。そもそも、この大淀の罪ではなく、マイクロチップに収められた初代の記憶の罪なのだ。これはあながち間違いではない。

 

「若葉」

 

飛鳥医師からマイクロチップが入った瓶を渡される。脳の中にこの配線塗れの機械が入っていたと思うと怖気立つものである。

これが表沙汰になるのはこの場が初めて。このマイクロチップの存在は全員知っていたが、施術に参加したもの以外は現物を見るのが初めて。新提督や下呂大将ですらだ。さすがにこれを目の当たりにしたら、驚きが隠せていない。

 

「大淀、よく見ろ。これが元凶だ」

 

まだ混乱したままではあるが瓶を見せ、これが頭の中に入っていたのだと突き付ける。

 

「これのせいで、お前は既に死んでいる極悪非道な大淀と同じことをやらされていたんだ。今のお前にはわかるだろう」

「これ……が……」

「そうだ。これが何もかも悪いんだ。お前は何も悪くない」

 

少しだけ落ち着いたか、私が瓶を渡すとそれをしっかりと持ち、マイクロチップをマジマジと見つめる。脳から摘出された後に一応洗浄されているので、見た目がエグいことにはなっていないものの、その存在自体が気持ち悪い。

大淀から溢れる感情が変化する。今までは自分の罪に対する悲観や怒り、自殺願望にまで向かいそうな程の自己嫌悪だったが、今はそのマイクロチップへの怒りと憎しみ。これのせいで自分の人生が狂わされたのだということがわかったことで、感情の矛先がこれに向いている。

 

「これのせい……全部これのせい……」

「そうだ。全部これのせいだ」

 

瓶を持つ手に力が入っている。今にも壊してしまいそうな程に感情が荒ぶっている。

 

「新さん、アレは大本営に持って帰らなくてはいけないものですか?」

「……いや、物的証拠ではあるが、あのテロリスト共を連行するだけでおおよそ事が足りている。手瀬鎮守府の設備もまだそのまま残してあるしな」

「わかりました。若葉、それはもう()()()()()()()

 

上からの許可も出た。これならもう、このマイクロチップは破壊してもいい。こんなものが存在しては、私達だって気が気でない。私達の怒りと憎しみも、このちっぽけな機械1つに一極集中している。

確かに私達は拳を交えた。だが、私達はこの大淀に対して怒りも憎しみもない。同じ被害者仲間として、むしろ共感すらある。この大淀は救われなくてはいけない。生まれた直後に巻き込まれただなんて、私達と殆ど同じではないか。加害者に仕立て上げられたか、被害者として生死の境を彷徨ったか、差はそれだけ。

 

「大淀、それを壊していいと許可が出た。決着をつけるために、それを壊してくれ。お前も被害者だ。その権利がある」

 

手で握り潰すわけにはいかないと、明石がハンマーを持ってきてくれた。これで潰せば流石に粉々になる。明石が近くに作業台まで用意してくれた。

ドックの中では出来ないため、その意思があるのなら外に出てほしいと促した。

 

「……やります。これで、少しは気が晴れると思いますので」

 

バスタオルを身体に巻き、ドックから出た。着替えた方がいいかもしれないが、大淀の気持ちが前を向いている内に終わらせる必要もある。次に後ろを向いたらもう立ち直れない気がする。

その間に瓶からマイクロチップを作業台の上に出した。三日月が言っていたオーラのようなものを私も感じ取ることが出来る。ここにあの大淀の全てが入っていると思えるほどに。

 

「さぁ、頼む」

「……っ!」

 

一瞬躊躇いもあったが、憎しみの方が強かった。大淀の渾身の一打は、マイクロチップを修復不可能な程に粉々にした。見えていたオーラのようなものは次第に薄れていき、最後は何も無くなる。そこに感情など感じない。

これであの大淀という存在は本当に潰えたのだと思う。もう二度とあんな極悪非道なゲスに遭うことは無いだろう。

 

「終わりだ。これでお前の罪は消えた」

「……いえ、それでも私の罪であると、私の心は言っています。あの記憶が根深く残っている限り、私はこの呪縛に囚われたままなのでしょう」

 

一度芽生えた罪悪感は拭えないもの。とはいえ、大淀の声からは先程までの混乱は薄れていた。マイクロチップを破壊したことは少なからずいい方向に向かっている。

 

「開き直ることは出来ません。ですが……少しは前向きに生きていこうと思います。コレと私は違うということがわかっただけでも充分でした。ありがとうございます」

「落ち着いてくれたのならそれでいい」

 

メンタルケアは今後も必要だろう。これは確実に悪夢に苛まれるパターンだ。開き直れないのなら、周りが気にしてやる必要もあるだろう。

 

「あ、あはは、まだ手が震えています。攻撃的な行為でこれということは、私はもう戦えないでしょうね」

「死んでないのなら、いくらでもやりようがあるだろう」

「そうですね……そうですよね」

 

少なくともこの大淀はもう戦闘なんて出来ない。艤装を装備してもトラウマで海の上に立てないくらいだと思う。それなら、小淀と同じように出来ることをやっていく方向にしていけばいいだろう。

 

生きているのなら、道は何処にでも繋がっている。この大淀にだって、歩いていい道があるのだ。

 




これにて本当に終了です。ここからは幸せな後日談になるでしょう。あと数話となりますが、あと少しだけお付き合いください。

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