継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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それぞれの選ぶ道

3代目大淀も目を覚まし、世界に怒りと憎しみを持つ大淀はマイクロチップが破壊されたことで完全に消滅。加担していた医療研究者も捕縛されたことで、今回の事件は本当に幕を閉じた。

 

祝勝会は翌日にやろうという話になり、夕食は普通に終了。その後の自由時間で、改めて3代目の処遇について決める。この場にはまだ鎮守府にいる全員が揃っているので都合がいい。

 

「飛鳥先生……お世話になります」

「ああ、今は精神的な治療もし易くなっている。君がいたい間はいてくれればいい。僕の施設はそういう場所だ」

 

3代目は他の大淀に比べると精神的なダメージが大きい。そのため、4代目と小淀は新提督の鎮守府に移籍することとなったのに対し、3代目は施設で心の回復に努めることに決まった。

姉のカウンセリングとセスのアニマルセラピーがあれば、そう遅くないうちに回復するだろう。既に浮き輪が1体、3代目の側に寄り添っている程である。精神的な病にも対応し、施設はより一層飛躍するだろう。

 

「飛鳥医師、わかっていると思うが、戦いが終わったことで施設はまた非武装の状態に戻してもらう。それは構わないな」

「はい、勿論そのつもりです」

「だが、先生からも聞いているが抑止力としての力はある程度必要だ。よって、水鉄砲と刃を潰したナイフくらいなら許可を得られるようにしよう。今回のようなことが二度と起こらないとは断定できない」

 

新提督からの提案。抑止力としての力は持っておく必要があるという認識となった。そのため、以前に提案されたギリギリ非武装を維持している状態に戻ることに。私も魚雷を降ろすことになる。最近は鈍器にしか使っていないが。

 

「それと、深海棲艦達の扱いだ。温厚で敵対の意思などなく、むしろ我々に協力してくれた事実を私は理解している。そのため、手続きをして外部の協力者として大本営に登録しておきたい。正式に完全な不可侵の深海棲艦として、認めてもらおうと思う」

 

そうしてもらえるとありがたい。シロクロから始まり、今では片手では数え切れない人数の深海棲艦が施設滞在になることが決まった。その中でも、赤城と翔鶴はさらに特殊。

行動が窮屈になるかもしれないが、深海棲艦だからと艦娘に襲われることもなく、万が一のことに怯えることが無くなる。海底散歩を趣味にするシロクロや、元々いた島に行きたいというリコには、この手続きは必要不可欠となるだろう。

 

「一応聞いておきたい。我々への敵対の意思はないな?」

「あったりまえだよ! みんな友達だからね」

「ならば良し。施設に居られるように私が何とかする」

 

クロが筆頭に答えた。クロがそうなのだからシロも同じ意思。施設に残ると真っ先に言ったセスやリコも勿論と首を縦に振る。

 

「私達の扱いは微妙だと思いますが、敵対の意思は当然ありません。こんな見た目ですが私は赤城ですから」

「私も翔鶴としてここにいます。そもそも今は艤装も壊されてしまって何も出来ませんしね」

 

赤城と翔鶴も今は艤装を持っていない。嫌でも非武装を貫くことになっている。

艤装の残骸は、後日戦場に拾いに行くことになっている。あの場所にはシロクロの艤装もあるし、私のナイフも沈んでいる。潜水艦達が懸命に捜索してくれたが、あの時は時間があまり無く探し切れなかったらしい。

 

「とても清々しい気分なんです。今まで持っていた怒りと憎しみが全て晴れたような感覚ですね」

「私もです。因縁が断ち切れたからだと思います」

「それが聞けただけでも安心している。君達はいろいろあったと聞いているからな」

 

最初は互いに憎み合っていた赤城と翔鶴は、その矛先を元凶である大淀へと変え、そしてそれが討たれたことにより、心に巣食っていた負の感情が全て消え去ったという。そういう意味では、今の赤城と翔鶴は身体だけが変化してしまった艦娘と同じだ。もう暴走の危険性すら見当たらない。

施設に滞在する深海棲艦には危険性が一切無いことが証明されているのだ。言ってしまえば全て口頭であり、心の奥底は誰にもわからない。だが、その辺りは私が保証出来ている。下呂大将からの信頼も厚い私の嗅覚により、誰1人として嘘を吐いていないことはわかっているからだ。

 

「残りの者は、各自決めたらその鎮守府で手続きを行なってほしい。とはいえ、わかっている鎮守府など高が知れているとは思うが」

「私は話した通り、有明鎮守府への所属を希望します。あちらの提督にも既に話は通してありますので」

 

加賀は来栖鎮守府ではなく有明鎮守府への移籍。これは前から聞いているので驚かない。

 

「瑞鶴、貴女もどうかしら。あそこ、航空戦力が足りないという話よ。ちょうどいいと思わない?」

「わ、私!? まぁ正直何処に配属されても同じだし、加賀さんなら相手しやすいからいいかな。私も加賀さんのところに行くよ」

 

瑞鶴も有明鎮守府となりそうである。航空戦力が足りないと聞いていたので、都合がいいだろう。いきなり練度の高い正規空母2人が入るとなれば、戦力が一気に拡張され、より強い鎮守府として盛り上がること間違い無し。

利根と筑摩もその件は当然知っており、加賀に加えて瑞鶴まで仲間に加わることを大いに喜んでいた。あそこの雰囲気なら、顔見知りであろうが無かろうが、すぐに引き込まれることだろう。

 

「大半はこの鎮守府に残ることになる。キャパシティは大丈夫だろうか」

「うっす。今全員が居られるんで、大丈夫ですぜ。むしろ2人はスカウトなり何なりしないんですかい?」

 

確かに、この艦娘は欲しいと思うことくらいあるだろう。施設の艦娘は良くも悪くも簡単には手に入らない戦力であり、それが今完全に浮いている状態だ。ある意味ドロップ艦に近い。今の地位からして相当に強い艦隊を率いているのはわかるため、そのお眼鏡に適うかどうかはさておき。

 

「私としては若葉と三日月は手元に置いておきたいですよ。捜査と尋問が効果的になりますしね。ですが、あの2人は施設にいるべきでしょう。そうでしょう飛鳥」

「そうですね。僕が深海の部位を移植した艦娘は全員施設から離されると困りますね」

「でしたら、私は大丈夫です」

 

にこやかに話す下呂大将。私と三日月は下呂大将の仕事に役立つ力を持っているため、今後もその方向で働いてほしいと望んではいたものの、私達は立ち位置が非常に難しい場所にいる。ここから侵食されるような事は無いとは思うが、何かあった時のことを考えると、施設にいた方がいい。

そもそも三日月は肌の治療のために施設から離れるつもりが無いのだ。三日月が離れないのなら、私だって離れない。最初からスカウトされても断るつもり満々だった。

 

「私も大丈夫だ。こちらに来ると、ここ以上になかなか会えなくなるだろう。それよりはここにいた方がいい。戦力増強も急いでいないしな」

 

それがわかっているのだから、新提督もスカウトはしないと宣言。結果的に、加賀と瑞鶴以外は全員来栖鎮守府への移籍が決定した。相当な人数ではあるものの、それを軽く受け入れてくれた来栖提督には感謝である。

 

今まで一緒に暮らしてきた仲間達と離れるのは少し寂しいものもあるが、これは門出だ。笑って送り出すのが一番だろう。実際離れるのは私達だが。

それに、これは別に今生の別れではない。いつでも会おうと思えば会える。特に私や三日月は、施設側のおかげで割と自由に動ける。会いたいと思ったら会いに来ればいい。毎日とまではいかないだろうが。

 

「また度々視察をさせてもらう。手続きをするとはいえ、深海棲艦が住まう施設なんで、後にも先にも現れないだろうからな」

「問題ありません。事前に連絡をいただければ、いくらでもおもてなし出来ると思います」

 

こういう繋がりは大事にしておきたい。私達の交友関係は格段に拡がったところだけは、こんな事件の中にある数少ない良かったと思えるところである。

 

「失われた食糧や日用品の類は、雷に聞いて必要な分以上に発注してあります。明日には届くと思いますので、帰投はその後ということにしてください。手ぶらで施設に戻るわけにはいかないでしょう」

「ありがとうございます。助かります」

「君達がいなければ勝利を掴むどころか、未だに気付くことなく暗躍を許していた可能性があります。それが解決出来るきっかけを作ってくれただけでも功労者ですよ。それに加えて治療法の確立までしてしまったのですから、労うのは当然のことです。資金援助もあるでしょうね。無かったとしても私が捻じ込みますよ」

 

事件に巻き込まれただけでなく、解決に大きく貢献した施設は、今まで以上に過ごしやすい環境にしてもらえるだろうと下呂大将は語る。これだけのことをやってくれたのだから、評価されて当然と。裕福な暮らしを望んでいるわけではないが、本来の目的である研究がよりやりやすい環境にはなるのは、施設に住む者としてありがたい限り。

 

「蝦尾さんはこのまま施設に残るということで良かったですか?」

「はい。僕からもお願いします。共同研究者がいることで作業効率は格段に上がりましたから。目標までの道程はかなり短くなりましたね」

 

蝦尾女史も勿論施設に残る。途中参加でも、飛鳥医師と同等の功労者だ。蝦尾女史がいなければ瑞鶴が目を覚ますことが無かったし、完成品の完全な治療は不可能だった。

それに、蝦尾女史自体が施設を離れたくないと言うだろう。理由は言わずもがな。飛鳥医師が居残ることを受け入れてくれているのだから、本心を晒さなくても施設に居場所はある。

 

「私でよろしければ、ずっと飛鳥先生と一緒に研究を続けていきたいです。改めて、よろしくお願いします」

「ああ、僕も君の助けが必要だ。これからもよろしく頼む」

 

飛鳥医師には珍しい、清々しい笑顔で蝦尾女史と握手した。蝦尾女史の体温が上がったのが誰にでもわかるほどだった。そして私にはもう1つ、蝦尾女史の感情の匂いが明らかにピンク色に染まったのも理解出来た。今の私にはとてもわかる感情、三日月に抱く感情と同じもの。

これから一緒に暮らしていくのだから、その関係を確実に進展させてもらいたいものだ。私は蝦尾女史を応援している。

 

「祝勝会は明日盛大にやるぜェ。それまでは全員休みだ。身体も心も、ちゃんと休ませとけよォ!」

 

もう戦火に呑まれるようなことも無いはずだ。明日の祝勝会で気持ちよく終わらせよう。もう戦いのことはしばらく考えたくない。

 

 

 

そして夜。本当の終わりを迎えたことで、昨日よりもその前よりも気持ちよく眠れそうだった。いつものようにベッドで三日月と2人、向かい合って横になり、見つめ合い、手を絡ませる。

 

「これでもう本当に終わりなんだよね。辛いことがいっぱいあったけど、今を勝ち取れたのならちっぽけなものだったかも」

「そうだな。若葉(ボク)達にはいろいろありすぎた。でもこれで終わりだ。もう何も考えなくていい」

 

自然と笑みが溢れる。初代を倒した時以上に達成感がすごい。もう楽しく生きることを誰にも邪魔されることは無いのだ。私と三日月の関係を脅かすものだって、もう何処にもいない。

 

「今思えば、私は若葉に会えて本当に良かった。あんなボロボロで、世界の全部が嫌いになってたけど、若葉に会えたからここまで立ち直れたよ」

「買い被りすぎだ。あの時の若葉(ボク)はただ、同じ境遇の三日月に楽しく生きてほしかっただけだ」

 

施設に漂着したばかりの頃の三日月を思い出すと、今とは本当に違う。無表情で、何に対しても敵対するような姿勢で、私の側にいるのも脅威のための盾にするためだった。

だが今は違う。今までの出会いもあり、経験もある。私の前だけとはいえ、こんなに気持ちよく愛らしい笑顔を見せてくれる。

 

「今は勿論違うぞ。若葉(ボク)は三日月と一緒に生きて行きたい。庇護欲とか、そういうものは一切無い」

「私もよ。若葉に擦りつけるとか、そういうのはもう無い。こんなに心が許せるのは、後にも先にも若葉だけだからね」

 

絡んでいるのが手だけでは無くなる。いつもの流れ。こういう関係になって、私達はいろいろのストッパーが外れてしまっているような気がする。だが、それでも構わないだろう。私と三日月は()()()()()なのだから。

 

そうして夜は更けていく。これが来栖鎮守府で過ごす、最後の夜になるだろう。明日には準備が出来次第帰投。本来の私達の居場所に帰るのだ。

 




施設組となるのは若葉、三日月、雷、曙、摩耶、鳥海、初春、初霜、シロクロ、セス、リコ、赤城、翔鶴。そして患者として3代目。こうやってみると割と多いですね。

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