翌日は朝から少し忙しかった。身体と心を休めるとしている中、下呂大将が発注してくれた食糧と日用品が朝イチに到着したため、それを大発動艇に積み込む作業が追加されたからだ。自分達のことのため、私、若葉と三日月もそれに参加している。
施設に戻る者の中で、大発動艇を運用出来るのは三日月のみ。その荷物を全て積み込み、さらには現在艤装が無い赤城と翔鶴や、そもそも戦闘能力の無い飛鳥医師と蝦尾女史と初霜、そして患者である3代目を運ぶ必要があるため、今回使う大発動艇は実に5隻。三日月が運用出来る数を超えてしまっていた。
そのため、流石にこれはまずいと来栖鎮守府の者が手伝ってくれることになる。そうなると手を挙げるのは当然二二駆だ。文月と皐月が大発動艇を使えるし、施設まで一番来ていると言っても過言では無い。それに、三日月にかかる負担なのだからと姉心が激っているようだった。
「食糧、消耗品、それに薬の在庫まで。至れり尽くせりですね」
「これくらいしなければ私が叱られてしまいますよ」
下呂大将は本当に必要な分を取り揃えてくれたようで、飛鳥医師も驚いていた。その中には蝦尾女史の研究にも必要なものがいくつも入っていたようで、本当に至れり尽くせり。
「これだけあれば、1週間……いや、十日は食べていけるわね!」
「そんなもんしか保たないわけ?」
「なんだかんだ結構施設に居残るでしょ? みんなに美味しい料理を作ってあげようと思うと、これならそれくらいよ」
食糧は雷のチェックが入っている。曙もそれを手伝っているようだ。一時期険悪なムードだった2人も仲を取り戻し、今では仲のいいコンビ。
雷の言う通り、施設にはなんだかんだ結構な人数が残る。今までの約半数であるとはいえ、私も含めると10人以上。それだけのものに三食しっかり出そうと思うと、大発動艇に山積みの食糧でも2週間保たない。料理は不得手な私にはその辺りがよくわからないが、雷がそういうのならそうなのだろう。
「さて、これで帰投の準備も終わりましたね。ですが、先に祝勝会と行きましょうか。裏でいろいろと準備されているようですからね」
長きに渡る戦いが終わったのだから、祝勝会くらい開いてもバチは当たらない。ちょっと豪勢な食事会と言った様相だとは思うが、そういう場で健闘を称え合うのもいいだろう。
それに、こういう場で3代目などにも私達に慣れてもらいたい。ここからは楽しく生きていくのだから、その門出になってくれると嬉しい。
「ふむ、もう終わったかえ?」
何やら裏で作業していた姉が工廠にやってきた。その後ろには如月もいる。少し珍しい組み合わせだが、以前に見たような気がするが。
「ああ、積み込み作業はもう終わった」
「ちょうど良かったようじゃな。ではわらわ達は若葉を借りて行こう。如月や、お主は三日月じゃったな」
「ええ、若葉ちゃん、ちょっと三日月ちゃんを貸してもらえるかしら」
この辺りで何がしたいのかピンと来た。三日月も同じように思ったようで、如月に素直についていく。
「姉さん、もしかして」
「うむ。お主らの式の焼き直しじゃ」
以前に施設を修復してくれた職人妖精を迎えに行った時に雷が提案してくれた二度目のケッコン式。施設を破壊されたことで燃えてしまった私達の思い出を、より楽しい思い出にしようという計らい。
あの時は施設にいる者で海岸線での式となったが、今回は鎮守府総出で祝ってくれるとのこと。裏での作業もその準備だったようだ。
「前と同じように、わらわが付き人となろう。明石殿がまた衣装をこさえてくれたからの」
「それはありがたい。前の物は施設と一緒に燃え尽きてしまった」
「うむ、聞いておる。あの時の写真も無くなってしまっておるじゃろ。全部今からやり直すんじゃよ」
祝勝会という大きなイベントの一部を私達のために使ってもらえるのは少し申し訳ないが、とても嬉しいことだ。失ってしまった思い出の品を、改めて作ってくれる。あの時涙した三日月も、それは喜んでくれるようだ。
「それじゃあ、頼む」
「うむ。いい式にしようぞ」
最高の式にしよう。最初は乗り気では無かったのに、思い出が失われてしまったのだからもう一度やりたいと思える。以前に明石が言っていたことも、今ならすごく理解出来た。
控え室に用意された服を着る。相変わらずの男装、タキシード。しかし、前のものとはまたデザインが少し違う。より私に合うように作られているような、そんなイメージ。
知らない者が今の私を見たら、まず間違いなく男と見間違うくらいなのだろう。それだけピッタリだった。
「お主本当に男形が似合うのう」
「それは褒められてるのか?」
「うむ。それがお主の魅力ではないか。誇るがいいぞ」
誇るほどかどうかはわからないが、褒められるのは嫌ではない。王子と呼ばれるよりはいい方。あちらは冷やかされている感じが強いので、どうも落ち着かない。
「お主に憑いているもののけ達も、祝福しておるようじゃ」
「そうか、シグも祝ってくれているんだな」
もう今の私にシグの姿を捉えることは出来ないが、さぞかしいい笑顔で私のことを見てくれているのだろう。
「では、行くかの。三日月の準備も終わっておる頃じゃろ」
「ああ」
以前のウェディングドレス姿を思い出す。アレはとてもよく似合っていた。私のタキシードが少し違っているということは、あちらも少し変えられているのかもしれない。煌びやかに着飾られた三日月が、今から楽しみだ。
祝勝会の会場は鎮守府の大食堂。その場を使って私達の式も開いてもらえる。今回は私が先に到着。
何でも、来栖提督と鳳翔も同じように式を挙げたそうだ。その形式に倣って、私達も式を執り行う。私達とは違い、来栖提督は紋付袴、鳳翔は白無垢だったのだとか。三日月には白無垢も似合いそうだ。
「若葉」
「来たか、三日月……っ!」
声をかけられ振り向き、その姿を見て思わず息を呑んでしまった。前回よりも似合っている。二度目だからか、より三日月に似合うように作られているようだ。初めて三日月を意識したとき以上に、ときめくような感覚だった。
三日月自身も少し恥ずかしげだったが、それがまた良い。匂いでわかる。恥じらいよりも喜びが先立っている。式はまだでも、この段階でより良い思い出が始まっている。
「前よりも似合っているな。本当に綺麗だ」
「若葉もとても似合ってる。カッコいいよ」
「照れくさいな」
クスクスと笑う三日月。今日ばかりは表情も豊かだ。私も自然と笑みが溢れる。
私にしか見せない笑みもいいが、三日月にはもっと笑顔でいてもらいたい。こんなにも可愛いのだから、その魅力をみんなに知ってもらいたいものだ。
「じゃあ、行くか」
「うん」
やんわりと三日月の手を取り、式の会場に。いつもの大食堂なのにそれっぽく整えられたそこには、本当に今鎮守府にいる全員が揃っていた。
一度私達の式を見ている施設の者はともかく、来栖鎮守府所属の者達からの感嘆の息が聞こえた。みんなが三日月の姿に注目してくれている。一部私にも視線が来ているのもわかった。
歩いていく先には、前回と同じように明石が立っている。いろいろと準備してくれたのだから、後から礼を言っておかなくては。
「えー、本来ならケッコンカッコカリの指輪交換なんですが、お二人とも既にそれを終えていますよね」
「ああ、勿論」
「この式も二度目ですからね」
指輪をお互いに嵌めることで練度の限界を超えることがケッコンカッコカリだ。だが私達はそれを既に終えている。正直、式と言われてもやることが無かったりする。
そこで、と明石が用意していたものを取り出した。ケッコンカッコカリの指輪が入っていたケースを私達に見せる。
「指輪、私が作っておきました。ケッコンカッコカリではなく、
私と三日月、2人分の指輪がケースに入っていた。お互いの今の瞳の色を再現した青い石の入った指輪。ケッコンカッコカリの指輪と違い、何の効果もないアクセサリー。だからこそ、私達の絆を表す大きな存在になり得る。
「海外では、結婚指輪を右手に着けるところもあるそうです。左にはカッコカリの指輪がありますから、これは右に着けてあげてください」
ならば私からと、ケースから指輪を取り出して三日月の右手を取り、薬指に嵌めてあげた。
本当に何もないため、ただ嵌まっているだけの指輪だが、ケッコンカッコカリの指輪よりも愛おしく感じる。誰もが持っている機能重視の指輪ではない、愛を表現するためだけに作られたそれは、普通以上に輝きを持っているかのようだった。
同じように三日月が私の手を取り、指輪を嵌めてくれた。やっていることはケッコンカッコカリと同じなのだが、その時に感じた練度が上がる心地良さというものは一切存在しない。代わりに、心が温かくなるような違う心地よさを感じた。
また同じものを手に入れた。お互いの初めてをお互いに渡し合えた。それだけでも心が躍るような気分だった。
「では、愛の誓いをお願いします。人間の式というのはそういうものらしいですよ」
みんなの前で言えということか。私達は常々公言していることではあるが、こんな改まった状況でそれを要求されると、なかなか緊張するものである。
三日月もドギマギし出してしまった。それならば、私が先導してやらなければ。こういう時は私がリードしてやろう。
「
黄色い声が上がったようだが、気にせず三日月を見つめる。私の言葉に三日月も勇気が出たか、意を決したように微笑む。
「私も、若葉を愛し続けることを誓います。若葉、これからも私を傍に置いてね」
またもや黄色い声。冷やかしではなく祝福の声だ。
施設の者だけでなく、一緒に戦った仲間達全員から、私達の仲は祝福された。決別なんてあり得ない。みんなからそれを認められているのだから、私達は今まで以上に愛し続けるだろう。もう無いとは思うが、また辛いことがあっても、三日月がいれば私は挫けることなんてない。三日月だって同じはずだ。
「では、最後に誓いのキスを」
「勘弁してくれ」
「人前でスるのはちょっと……」
「残念ですねぇ」
これは前回と同じようにお断り。来栖提督と鳳翔は普通にやったかもしれないが、そういった行為は見せるものではないとお互いに思っている。するなら夜。誰も見ていないところで。
「なら最後に写真を撮って終わりにしましょう。前回の写真が燃えてしまったと聞いた時、私も悔しかったです。なら、ここでもう一度。何枚でも撮りましょう」
「ああ、よろしく頼む」
最初から準備されていたため、明石がサクッと準備した。工廠での手際の良さがこんなところでも発揮されている。本当にこういうお祭り的な騒ぎが好きなようだ。
撮影は私と三日月が2人並んだ姿で。1枚撮ったところで姉が少しだけ口を出してきた。
「明石殿、今のままもう1枚だけ撮ってもらえぬか」
「同じ写真を2枚ですか?」
「うむ。皆には同じに見えるとは思うが、次のものは少し変わるんじゃ。頼まれてはくれぬか」
明石は首を傾げたものの、姉の言い方からして重要なことなのだと察したか同じものをもう一枚撮ってくれる。
「若葉、三日月、お主らにはわかるじゃろ。わらわが何が言いたいか」
「……ああ、ああ!」
「そういうことですか。なら是非お願いします」
姉の視線が私ではなく
「だが、それは
「大丈夫じゃて」
私も三日月も、こんな機会は無いと思う。そもそも写真というものを撮る機会がない。私はともかくとして、三日月がそういうことを好まないのだから。今回は特別。
姉が自信満々に言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。写真という形でみんなに周知してほしい。私と三日月の力の元、
「ほほ、喜んでおるわ」
「姉さんが羨ましいよ。
「わらわの特権じゃ。お主らと違って話すことは出来んのじゃから、その辺りは許してたもれ」
ケラケラと笑い、改めて写真を撮られた。きっとその写真には写ってくれているのだろう。私達のケッコンを喜んでくれている姿が。
仲間達と過ごす楽しい時間だ。こんな時間が永遠に続いてほしい。
ケッコンカッコカリではなく、カッコガチ。2人の絆は永遠に。