継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

29 / 303
調査隊

双子棲姫の艤装が半分ほど完成し、潜水試験を行なっていたときのこと。海の底まで潜航したシロとクロが、そこで何人もの艦娘の死体を発見した。それは私、若葉を含むこの施設に属する艦娘のように浜辺に漂着することが出来ず、流されている最中に息絶えてしまった者だった。

潜水試験はその時点で中止。その話を聞き体調を悪くしてしまった三日月には雷と浮き輪の1体が付き添う。他もひとまず片付けて、自分の持ち場に戻ることになった。

だか、事が事だけに空気が重い。あのクロですら無言だった。

 

飛鳥医師はこの現状をすぐに来栖提督に連絡。中立区の海底に艦娘の死体が数多く眠っているという情報を聞くと、すぐに調査隊を結成して調査を始めると同時に供養してくれると話してくれたそうだ。

どういう経緯で海の底で眠ることになってしまったのかは調査次第だろうが、せっかく見つけることが出来たのだ。深海棲艦のエサにならなかったのだから、ちゃんとした葬いをお願いしたい。

 

「明日、朝から来栖の鎮守府からの調査隊が近海を訪れる。来栖本人も直接指揮をとるらしくてね。こちらの鎮守府にも顔を出すかもしれないから、そのつもりでいてくれ」

 

体調が戻った三日月も込みでの夕食時、明日からのことを少し話してくれた。事前に言っておけば、三日月とセスは万が一の心積もりが出来る。特に三日月は、提督という役職には敏感だ。相手がどんなに優しい人間でも、姿を見ただけで襲い掛かろうとしてしまうかもしれない。あの見た目に向かっていく勇気があれば、だが。

 

「……絶対顔は合わせません。部屋に引きこもります」

「外の人間や艦娘は無理……フミツキとかならまだいいけど」

 

先に話をされたおかげで、しっかり自衛をしてくれるようだ。あとは念のため、エコと浮き輪を部屋に匿っておいてもらえれば、何も問題は起きないだろう。来栖提督はそういうことも勘付いてしまいそうで怖い。

 

 

 

翌日、早速調査隊が来ていた。工廠からは辛うじて見えるか見えないかの境目くらいに大発動艇がいくつか浮かんでいる。来栖提督はあのどれかに乗り込んでいるのだろう。

遠目に見ても、大急ぎで調査しようとしているのが見て取れた。今回の事件は、あちら側としても問題が大きすぎる。

 

「……今頃、引き揚げられてるのだろうか」

「さぁな。あたし達には艦娘の供養ってのがわからねぇ。来栖提督なら悪いようにはしないと思うけどよ」

 

私と摩耶は工廠で艤装整備中。嵐の時に流れ着いたものの分解と洗浄は全て終えているため、自分のものや他の艤装の洗浄をしつつ、今あるパーツで組めるものは組み上げていく。どういう形であれ、今私達の出来ることといえばこれくらいである。

三日月は宣言通り浮き輪達を連れて自室に引きこもり、雷はいつも通りの家事。セスもエコと一緒に引きこもり、シロクロはそれに付き合っている。実質、今働いているのは私がこの施設の一員になった直後のフルメンバーという程度。

 

「ここで治してやれればいいんだが」

「流石にそいつは無理な話だな」

 

わかっているが言わずにはいられなかった。私達のように、ここにある深海棲艦のパーツを繋ぎ合わせれば生き返る……とかなら、意地でもサルベージに参加するというのに。

 

「いくらセンセでも死んだ奴を生き返らせるのは無理だ。あたしらは命があったから繋いでもらったわけだからな」

「……そうだな」

 

死者の蘇生など医療の域を超えて最早神の所業。いくら私達が人間の手により生み出された生体兵器といえど、一度失われた命は戻ってくることは無い。まったく同じ艦娘を改めて生み出すことは出来るが、それは同じ人物では無いのだ。

 

「こうなっちまったもんはもう仕方ねぇ。あたしらはそいつらの分だけ生きてやるさ」

「ああ、そうだな。せっかく繋がった命なんだ。有意義に使おう」

「そうそう、だから気負うなよ」

 

ニカッと笑う摩耶。昨日から重かった施設の空気を軽くしてくれるような笑顔だった。私は誰にでもいいからこう言ってもらいたかったのかもしれない。私は笑顔を見せることが出来なかったが、随分と気が楽になった。

 

「ん? あっちから誰か向かってきてないか?」

 

摩耶が工廠の外を指差す。言われてみれば、確かに遠くから小さい影がこちらに向かってきているのがわかった。見た感じ、文月達第二二駆逐隊のメンバーではない。駆逐艦でもない初めて見る艦娘。

 

「ああ、ありゃ羽黒だな。おーい、羽黒ー!」

「摩耶さん、お久しぶりです」

 

こちらにやってくるのは、おっとりとした雰囲気の重巡洋艦、羽黒。今回の調査隊の隊長を務めている、見た目とは裏腹に百戦錬磨のベテランである。私達に実戦経験が無いとはいえ、ここの施設にいる全員が束になっても敵わないくらいの実力者。

摩耶は既に面識があるらしく、そのまま工廠に入ってきた羽黒に向けて手を振る。羽黒もそれに応えて、少し微笑みながら小さく手を振っていた。片手には書類やメモ帳を携えており、まさに秘書艦というイメージ。

 

「貴女が若葉ちゃんですね。司令官さんから聞いています。初めまして、羽黒です」

「若葉だ」

 

手を差し出されたので握手で応える。長月の時もそうだったが、あちらの艦娘はまず握手をすることで友好関係を築いてくれるようだった。継ぎ接ぎな私としても、そうしてもらえるのはなかなか嬉しい。

こちらに来たのは、昨日海底で死体を発見したときのことを聞きたいからとのこと。現場にいたのは私のため、摩耶よりも詳しく話せると思う。

 

「摩耶、包み隠さず全て話していいのだろうか」

「あー……構わねぇよ。羽黒、ここの事情はわかってるんだよな?」

「はい。深海双子棲姫を匿っていることも、人間嫌いの三日月ちゃんのことも聞いています。護衛棲水姫についても一応」

 

そこまで把握しているのなら話は早い。この施設の内情は、来栖提督の鎮守府では共通認識と考えれば良さそう。

今回の件、何故海の底を見ることが出来たかというのがあまりにも説明しづらかった。『深海双子棲姫の艤装を修理しており、その半分が完成したことで本人達に潜水試験をしてもらっている最中に発見した』などと言っても誰が信じるというのか。

 

「そう、ですか。自作の深海棲艦の艤装を試験していた時に……」

「ああ。海底の様子は若葉達はそう聞いている。実物を見たわけではないから何とも言えないが、あの2人が嘘をつくようには見えない。クロに至っては顔面蒼白だった」

「疑ってるわけじゃないんですよ。事前に聞いていますし。ただ、深海棲艦とそこまで仲良くしているのはやっぱり驚いてしまって」

 

普通ではないことは私も理解している。

気を取り直して、羽黒からの話。私達から話せるのはこの程度であり、詳細は別途調べてもらった方が早いだろう。そのため、今度は羽黒側からこちらに伝えたいこと。

 

「後に司令官さんから直に話があるかと思いますが、今判明している分は先に報告しておきますね。現在、調査隊の潜水艦隊により、海底の死体の引き揚げ作業を続けています。連絡では、今のところ8人発見されました。ここから増えないとは言い切れません」

 

シロが4人は見かけたと言っていたが、実際はその2倍見つかってしまっている。見たのは一角だけだったようだ。

その8人の死因は様々だったそうで、見た感じだけでの判断なら、一番古いのは4ヶ月くらい前から海底にあったのではないかとのこと。

 

「ドロップ艦か建造艦かは現在調査中ですが、見つかった8人分の死体全員に共通点がありました」

「やっぱ何かあんのか」

「建造をする際に必要な資源が、最低限で済む艦娘のみだったんです。それも、全員が駆逐艦でした」

 

嫌な汗が出ていることを自覚した。おそらく私と三日月もその中に含まれる。捨て駒にしても惜しくない駆逐艦。ローコストで生み出され、その命によってハイリターンを約束する者。

全員が全員、私や三日月と同じ境遇であるとは限らない。だが、可能性はあり得る。施設に来たばかりのときの嫌悪感が蘇ってくるようだった。

 

「羽黒よぉ、もしそれが全員建造艦だったとして、()()()()()()()()()()って証拠って掴めるのか?」

「……何とも言えないですね。どうにか掴むつもりですけど」

 

悲しそうに話す羽黒。真相が闇の中に葬られる可能性まである。それをやった鎮守府は、そこまで計算してこんな非道な行為をしているのだろう。

捨て駒は捨て駒らしく戦場で死に、死体は戦場で深海棲艦に喰われて消滅。証拠隠滅が完了するわけだ。あまりにもゲス。あまりにも外道。

 

「……何かあったら、若葉にも協力させてほしい。若葉は()()()()()になれるかもしれない」

「はい、お願いします。もし若葉ちゃんをそうした鎮守府と同じだったとしたら、若葉ちゃんは大きな証拠になります」

 

その鎮守府は、私や三日月が生きていることなんて知らないだろう。万が一生きていたらということを考えていない。だからまだ何も気にせずに捨て駒を使い続ける。

ならば、その非道で命を落とさなかった私が協力し、死者の声を代弁しよう。面と向かってこいつがやったと言えるのは、実際にやられた私だけだ。

 

「三日月ちゃんのことは文月ちゃんから聞いてます。この件に関しては強要しません」

「ああ、そうしてやってくれ。あいつは傷が若葉より深いからな。今も外の人間と顔を合わせないために自分の部屋に引きこもってるくらいだ」

「そうですね……死の恐怖から生まれるトラウマは、何よりも大きいです」

 

すっと目を伏せる。もしかしたら、この羽黒も何かを経験しているのかもしれない。だから、こんなにも調査に真剣に取り組んでくれているのかもしれない。

 

「事が事だから暗い雰囲気になっちまう。1人2人でもクソ腹立つのに、もっと酷いのが見つかっちまったわけだからな……」

「すぐに犯人は見つけます。今までの行いを、必ず後悔させます」

 

怒りに満ちた文月を見たときに似た感覚。おっとりした雰囲気の奥底に、強い怒りを感じる。文月のそれよりも遥かに強く、思わず手が震えるほどだった。

 

「それでは、私はあちらに戻ります。またこちらに来ると思いますので」

「ああ、調査はあたし達にゃ荷が重い。よろしく頼むわ」

「はい、任せてください」

 

そのプレッシャーはすぐに消え、羽黒は工廠を出て行った。死体の引き揚げ作業と調査はまだまだ続く。それは私達には出来ないことだ。遠目から応援することしか出来ない。

 

羽黒の後ろ姿を見ながら、摩耶がポツリと呟く。

 

「……いやぁ、あの羽黒があそこまで伸びるたぁな」

「どういうことだ?」

「あいつ、ここの患者なんだよ。あたしがこの施設で脚の治療受けてる時にいたんだ」

 

ということは、今から半年以上前の話か。当然私は生まれていない。

私達のような浜辺に打ち上げられた状態で見つかったわけではなく、元々来栖提督の鎮守府で建造された艦娘だそうだが、入渠でも治らない心の傷をここで治療したということのようだ。

 

「あたし達みたいな深刻な怪我じゃないんだけどな。戦闘中に瀕死の怪我を負った時に、PTSDを患っちまったんだ」

「……そうか、なら、ここでカウンセリングを」

「ああ、センセと雷がな。あたしは見てるだけだったが、かなり酷かった。ここに流れ着いた艤装を見ただけで吐くほどだった」

 

戦闘に関する全てのものに拒絶し、一刻も早くその場から離れたいと思えるほどの心的障害を受けてしまったと。

だが、今はそれのカケラすら見えない。ここでのカウンセリングの結果、見事克服したということだ。それだけならまだしも、今では鎮守府随一の戦力として調査隊の隊長までやっている。劇的な進歩である。

 

「すげぇよあいつは。初めて見た時は弱気でオドオドしてて、絶対自分から前に来ないような奴だったんだぜ? 今、そんなの微塵も感じさせねぇもんな」

「……ああ」

「あたしもその時は動くことすら出来なかったけどさ、割と話すことは多かったんだ」

 

同じ重巡洋艦というのもあり、羽黒がここでカウンセリングを受けている時は仲良くしていたそうだ。ここから出て行った後はどうしても関係は疎遠になってしまうが、こういう機会で再会出来たのは喜ばしいこと。

 

「今後もまた頼りにするだろうし、頼りにされるだろうよ。そん時は、若葉もいろいろとよろしくな」

「ああ、勿論だ。いくらでも協力しよう」

 

この施設の外にも飛鳥医師に助けられた者がいると知れたのは嬉しかった。私がここで活動しているうちに、またそういう患者が現れるかもしれない。その時には、私も出来る限り協力していこう。

 




調査隊隊長、羽黒。ここではカウンセリングを受けて自信を取り戻し、さらには来栖提督の影響で正義感が非常に強いキャラとしています。羽黒も怒らせると確実に怖い人。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。