継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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帰投

私、若葉と三日月のケッコン式も終わり、そのまま祝勝会へ。沢山用意された豪勢な料理に舌鼓を打ちつつ、今まで戦ってきたみんなと健闘を称え合う。

祝勝会では前に雷が作ると言っていたウェディングケーキも振る舞われた。鎮守府全員が食べられるくらいの、本当に大きなケーキが出されたことで驚いたものである。ケーキ入刀もやらせてもらい、最高の時間を過ごせたと思う。

 

祝勝会も終わり、あてがわれた部屋で最後の準備。これが終われば帰投。来栖鎮守府に来ることも、今後は大分少なくなるだろう。少し名残惜しいが、これからの平和な毎日を送るのはここではなく施設だ。

私達の本来の居場所は、飛鳥医師の管理する医療施設。ここではない。そんな者がここに居座り続けても迷惑だ。それに、飛鳥医師の立ち位置からして、あまり外に出続けているのもよろしくない。本人が嫌がる。

 

「大人気だったね、若葉」

「三日月もだろう」

 

祝勝会の最中、私達はケッコン式のための衣装のままのためか、その姿を一目見ようとみんなが殺到してきた。三日月のウェディングドレスなど、誰もが憧れるようなものだ。近くで見たくなるのもわかる。

だが、私の方がマジマジと見られていた。男装する艦娘など何処にもいないだろうから、物珍しさが勝ったようである。特に潜水艦達が物凄く盛り上がっていたのを覚えている。忠誠を誓いたいと言っていただけある。曙に冷やかされたのは言うまでもない。

 

「また式を挙げることが出来てよかった。みんなのおかげね」

「ああ。本当にな。若葉(ボク)達だけではここまで来れなかった」

 

ここまで来るのには、みんなの力が必要不可欠だった。誰が欠けても勝利には結び付かなかっただろう。救えるものは全員救えたのも言うことはない。誰一人として失うことなくここにいることが、最善の結末だった。一部は蘇生されたものではあるが、それだって飛鳥医師がいたからこそ繋がったものだ。

 

「みんなに祝ってもらえてよかったな」

「うん。無くなっちゃった思い出の品も、全部新しくなったね」

 

今まで着ていた礼服は、綺麗に畳んで明石が用意してくれた専用のケースに入れる。これはまた丁寧に仕舞っておこう。失われた前回の礼服と同じように。

撮ってもらった写真は、出来上がり次第送ってくれるとのこと。なんと写真立てまで付けてくれるのだとか。嬉しいプレゼントだ。施設の部屋に飾らなくては。

 

話しながらも準備完了。いつも通りの制服に着替え終わり、荷物も纏まった。これでもう残すことは無い。

 

「さぁ、帰るか。若葉(ボク)達の家に」

「ええ、帰りましょう。私達の家に」

 

手を繋いで部屋を出る。その一歩は、明るい明日に踏み出すようだった。

 

 

 

工廠には全員集まっていた。荷物を載せていない大発動艇には、施設までの足が無い者達が乗り込んでいく。全員が乗れるように、来栖提督が用意してくれたのはさらに容量のある特大発動艇。これは事が済んだら持って帰ってもらう。

まず赤城と翔鶴が乗り、その後に3代目。体調が悪いわけでは無いので、支え要らずにしっかりと乗り込む。シロクロも泳いでいくのではなくこちらを選択した。エコや浮き輪達まで既に搭載済み。これだけ乗ってもまだまだ余裕がある。さすが特大。

 

「はつしももこっちだよね?」

「うむ。赤城殿、支えてやってもらえぬか」

「はいはい、大丈夫ですよ。初霜さん、飛び乗ってね」

「わーい、あかぎさんに、だーいぶ!」

 

次は初霜。結局最後まで治療されずにこのままだった初霜は、治療を未だに保留中。こればっかりは何とも言えないところ。もし治療を決意したのなら、今の施設なら出来るだけの設備が揃っているのですぐに出来る。それまではこのままで。

飛び乗った初霜を赤城が支えてやった。本当に誰とでも仲良くなるものだ。その後はシロクロとキャッキャッと楽しんでいる。滅多にしないこういう移動は、子供心には楽しいものなのだろう。

 

「飛鳥、これからはまた前までの関係に戻るな。嵐の後にゴミ取りに行かせてもらうぜェ」

「ああ、頼む。ここ最近嵐が無かったからな。次はとんでもない量が来るんじゃないかとヒヤヒヤしている」

「だな。まぁ、そっちはそんだけ人数いりゃ、掃除にゃ困んねェよなァ。だから、取りに行かせるだけにするぜェ」

 

日常に戻っても、来栖鎮守府とは付き合いは続く。今までは二二駆が基本的に来ていたが、今後は他の者が来るかもしれない。大発動艇を1隻貰えるとのことなので、こちらから運ぶのもいいだろう。その時は私もここにまた来れる。

今まで救出してきた者達の大半は来栖鎮守府所属になるのだから、幾らでも会える。まずは明石に撮ってもらった写真を送ってもらうところからか。なら数日もしないうちに誰かと会える。

 

「以前にも言ったが、施設に住まう深海棲艦を登録する必要がある。手続きのために何度か施設を訪ねることもあるだろう。その時はよろしく頼む」

「はい、こちらからもよろしくお願いします」

「何度でも言おう。君達は今回の協力者だ。絶対に悪い思いはさせない」

 

新提督は深海棲艦達のために裏でいろいろ動いてくれる。誰からも後ろ指を指されるようなことがないようにしてもらえるだけでもありがたい。あれだけ協力してもらっておいて、恩を仇で返すような輩が大本営にいてもらっても困る。

これからも新提督にはお世話になるだろう。私達の生き様を見てくれたのだから、悪いことにはならないようにしてくれると何度も保証してくれた。この人ならきっとそうしてくれる。

 

「捕縛したテロリストは、こちらでしっかりと対処しておきます。何も心配はいりません。それに、例の研究を続けようとする輩も炙り出して全員罰します」

「お願いします。もう同じようなことが起こっちゃいけない」

「ええ。余計なことを言わないように躾けておきますから」

 

下呂大将は、捕縛した間賀と保田をどうにかしてくれるようだ。奴らの辿り着いた擬似的な不死、艦娘のクローン技術は、絶対に口外させてはいけない技術。それ以外にも多種多様に禁忌を犯しているのだ。飛鳥医師と同じように、墓まで持っていってもらわなければ困る。

下呂大将なら、その辺りを抑え込むことが出来るだろう。今までのことを鑑みても、ほぼ確実にやってのけてくれるはずだ。私達もそれを見続けているのだから、信用度が高い。

 

「蝦尾さん、飛鳥をよろしくお願いします。彼は目を離すとすぐ独断先行しようとしますから」

「はい、研究仲間として、これからずっと支えていきたいと思います。紹介していただき、本当にありがとうございました」

 

深々とお辞儀をする蝦尾女史。下呂大将の紹介が無ければこの場にすらいなかった。だが、来てくれて本当に良かったと思う。蝦尾女史のおかげで助かった者もいるし、今後の研究でさらに助かる者が増えるのだ。

いの一番にやるのは艦娘のための人工皮膚の開発とのこと。三日月を優先してくれるのは嬉しい。その後は目的を達成するまで二人三脚で邁進していく。達成しても次の研究が来るだろう。本人の言う通り、蝦尾女史はずっと飛鳥医師を支え続けることになる。

 

「飛鳥先生、ならびに皆さん、最後に救出された艦娘を代表して夕雲から御礼を言わせてください」

 

夕雲が一歩前へ。

私達の戦いは夕雲の襲撃から本格的になり、そしてそれを救出したことから、治療という解決策を作り上げていった。私の嗅覚の発達も、夕雲の攻撃を受けたことから始まっている。代表としては申し分ない人材。

実際本当に一番最初に治療されたのは霰ではあるのだが、霰はこういうことを出来るタイプではないことくらいみんなわかっている。

 

「夕雲達は、この鎮守府で新しい道を歩き始めることになります。それも全て皆さんのおかげです。あれだけのことをしでかした夕雲達を、殺さず治療してくれた飛鳥先生に感謝を。本当にありがとうございました」

「どういたしまして。僕達は出来る限りのことをした。君達は被害者だったからな。得た命を大事に使って生きてほしい。死ななければ、いくらでも先に進める」

「はい、その言葉を胸に、一層飛躍したいと思います」

 

少し涙ぐんでいるものもいた。今生の別れでは無くとも、今までずっと一緒に戦ってきたものとの別れは少し辛い。特に暁はリコに抱きついている程である。親身になって鍛えてくれた師匠との別れに、いろいろと決壊しているようである。

 

「私と瑞鶴はここでは無い鎮守府に行くから、余計に会う機会が少なくなるかもしれないわ。だから、私達からも改めて御礼を言わせて頂戴」

 

夕雲とは別に加賀と瑞鶴も前に出る。有明鎮守府は私達の施設との繋がりが薄いため、加賀の言う通り、ここに残る者達以上に会う機会が少なくなりそうだった。それこそ、遠征を来栖鎮守府と分配してこちらに寄越すようにしたところで、空母の2人はそれに参加するとは限らない。

そのため、改めて加賀と瑞鶴が私達の前に。

 

「私は若葉に。貴女に助けてもらっていなければ、私はあの時に死んでたわ。本当に感謝してる」

「私は蝦尾さん。私、植物状態で眠ったままだったんだよね。それを治してくれたのは蝦尾さんだからさ。助けてくれて、ありがとうね!」

 

握手を求められ、快く応じる。蝦尾女史も瑞鶴とガッチリ握手していた。瑞鶴はともかくとして、加賀も今までにあまり見たことのない笑顔だった。

 

「では僕もこれで。蝦尾さん、足元が危ないから、僕の手に掴まって」

「は、はい。ありがとうございます」

 

先に飛鳥医師が特大発動艇に乗り込み、蝦尾女史を支える。望んでいたような展開に、蝦尾女史は少し興奮気味な匂いを醸し出していた。対する飛鳥医師はそれに気付いた素振りは見せない。

前途多難かもしれないが、私は蝦尾女史を応援している。是非ともその想いが成就するように、手伝えることは手伝ってあげたい。

 

全員が特大発動艇に乗り込んだことを確認出来たため、残りの艦娘は海上へ。特に大変だったリコだが、明石が改修してくれたおかげで低速艦並みの速力は出せるようになっているため、艤装自体を海上に下ろすことさえ出来れば後はみんなと航行可能。

 

「文月、頼んだぜェ」

「はぁい。二二駆、配送任務頑張りまぁす」

 

大発動艇はそういったことに慣れている二二駆に任せ、三日月は特大発動艇1隻に専念する。総勢8名が乗り込んだ特大発動艇を操縦することに少しだけ緊張しているようだった。

 

「三日月、大丈夫だ。若葉(ボク)をここまで運んでくれたろう。それと同じだ」

「う、うん、頑張る。ゆっくり行けるし、いつも通りにやれば大丈夫よね」

 

肩に力が入っているようだが、そこは私がほぐしておく。緊張していては最善の動きは出来ない。

幸いなことに、今回の帰投はリコやセスのような低速艦もいる。自分の最大速力を出す必要が無いのだから、慎重にだって行けるだろう。いざという時は私達が支えてやるから大丈夫だ。

 

全員が海上に下りたため、ゆっくりとだが工廠から離れていく。もうこれで戻ることは出来ない。

 

「飛鳥、最後に。君達の手助けでこの事件を解決することが出来ました。心より御礼を。では皆、去りゆく協力者達に、敬礼!」

 

下呂大将の合図と同時に、ズバッと私達の前にいる全員が敬礼をして、帰投を見送ってくれる。

 

「また会おう! 今度は戦火の中ではなく、平穏な日々の中で!」

 

自然と言葉が口から出た。それが私の望みなのだ。今度会うときは、みんなが心穏やかな時に。

 

今までの戦いの思い出が走馬灯のように思い浮かんだ。みんなで戦ってきたことで、いくつも絶望があった。怒りと憎しみに塗れた、長く苦しい戦いだった。それでも、終わったことでそれは一生忘れられない程のいい思い出へと昇華した。

 

 

 

私達は平穏な日常へと戻る。もう負の感情の匂いなんて嗅ぐことは無いだろう。あってもらっても困る。

三日月と共に、これからの日常を楽しむとしよう。私達はようやく、楽しく生きることが出来るのだ。

 




帰ったら大量の荷物を施設内に運び込み、みんなで力を合わせて片付けをするところから始まります。引越し作業の楽しい部分でもあるので、そこも楽しく生きるに含まれることでしょう。



次回、最終回です。

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