戦いが終わって、早いことにもう2週間の時が過ぎた。私、若葉は順風満帆な日々を過ごしていた。
やっと手に入れた平穏を満喫する毎日。その間に、例の事件については大きく進展している。
まず施設に滞在することになった深海棲艦の処遇。
新提督が尽力してくれたことで、権利をしっかりと勝ち取ってくれた。今までの働きは確実に事件解決に繋がるものであり、いなければここまでの進展も無かったのではないかと訴え、大本営はそれを理解してくれたそうだ。
とはいえ深海棲艦は深海棲艦だ。敵と誤認されないような印として、本来の服から変えることなどが条件として入ってしまったらしい。人間の指示を聞くというだけでも信用度が段違いのため、そのお願いにはリコも渋々聞いていた。余計な諍いを作らないようにするためとはいえ、面倒なことだとボヤいていた。
結果、シロクロは以前の呂500と同じセーラー服とスクール水着になり、セスは本人によく似た艦娘がいるらしくその服を着るようになった。そしてリコは、私の礼服とは違うが男装のようなスーツ姿。これはこれでよく似合っていた。本人達も意外と気に入っている様子。
続いてテロリスト達のその後。
下呂大将がいろいろとやったことで、間賀と保田を基点に裏で繋がっていた大本営の者達の炙り出しが進んでいるそうだ。ちょっとした尋問で素直に話させていると言っていたが、内容を聞くことは出来なかった。
あの2人が作り出した擬似的な不死、クローン技術については、絶対に口外しないように釘を刺したとのこと。その流れで釘を刺すと言われて、物理的にやったのかと思ってしまったものの、さすがにそこまではやっていないだろう。
これにより、事実上死なない艦娘の研究はストップ。4代目と小淀が建造されていた普通とは違うドックも、余計なことをせず全て破壊されたそうだ。万が一、そちらの方にも大淀の意識データが残っていた場合、確実に面倒なことになる。そのため、完全に破壊している。
施設の措置も、おおよそ戦いの前に戻された。今や当初の数倍の人数が住んでいるが、方針は一切変わらず。中立区故に武装は要らないと、非武装が前提とされている。中立区の抑止力となれるように、水鉄砲は一応許可はされたが、潜水艦達がどうにか見つけ出してきてくれたナイフはあまりよろしくなかったようで、思い出の品として自室に飾っている。
深海棲艦勢は非武装になること自体が難しいが、先の待遇により特別に持つことが許可されている。とはいえ、誰かを傷つけた時点で待遇は剥奪。即座に討伐対象となってしまうため、余程のことが無い限りは使うことは無いだろう。
施設を攻撃された場合がやむを得ない事態。その時は基本的に、私とリコが近接戦闘でどうにかすることになる。それが抑止力として働くことになるだろう。そんなことなどもう起こらないだろうが。
事件の痕跡はもう跡形もない。改めて脅威は無くなった。これで心配事は何もない。平穏な日常は覆されないものとなった。
「あと少しで人工皮膚も完成だ。三日月、さんざん待たせてしまったな」
「出来上がったのなら嬉しいですよ。約束、ちゃんと守ってくれましたね」
この2週間で飛鳥医師と蝦尾女史の研究は格段に進み、ついに人工皮膚完成の目処が立った。出来上がったら三日月の顔についた大きな傷は取り除かれる。三日月がずっと望んでいたことなのだから、それが達成されるのは私も自分のことのように嬉しい。
それでも頭皮の辺りまで移植するのは技術的に難しいため、上手く目立たないように皮膚を移植するとのこと。三日月としても、そればっかりは仕方がないと妥協した。髪で傷が見えなくなるのだから大丈夫と判断したようだ。
「蝦尾さんのおかげで、進むのが早くなったよ。やはり体組織に明るい人がいるのは本当に頼もしい」
「お役に立てて私も嬉しいです。三日月ちゃんとの約束も守れて良かったですしね」
この2週間で飛鳥医師と蝦尾女史の距離は幾分か近付いたように思えた。毎日のように一緒にいて、研究という行為を通して意思疎通を繰り返していることで、飛鳥医師も蝦尾女史の気持ちが少しずつ理解出来ているようだった。
これはいい関係になるのも時間の問題だろう。その時が来るのを楽しみに待っている。みんなが蝦尾女史を応援しているのだから。
「大淀の事務仕事も様になってきているじゃないか」
「あはは……やっぱりこういう事が自分の身に合っているみたいです」
飛鳥医師と蝦尾女史の研究内容を書類に纏めたりするのは、今やメンタルケア中の3代目大淀の仕事になっていた。ただ何もせずにいることが、逆に精神的に追い詰められると本人から申し出があったため、軽めの事務仕事を渡されていた。
最初はこんな仕事にも手に付かないくらいだったものの、姉のカウンセリングとセスのアニマルセラピー、それ以外にも初霜と遊んだりしたことで、飛躍的に症状が回復していた。それでもまだ少し疲れた顔をしているのは精神的な部分。完治まではまだかかりそう。
「私の中にある初代の記憶が何かお役に立てれば良かったんですが……」
「奴の技術はこういう再生医療には繋がらないみたいだからな。仕方ないことだ」
こうやって初代の記憶を少しでも触れようとしてしまうせいで、心が休まっていない。そうなったら近くに待機している浮き輪が胸元に飛び込んで癒しを与える。
この方式である程度回復出来ているのだから、アニマルセラピーはメンタルケアとして本当に効果的である。
「そろそろご飯よー」
ちょうどお昼時となり、雷が呼びに来たため、切り上げて食堂へ。飛鳥医師達は少し片付けてから向かうということで、私と三日月だけが雷についていくことに。
来栖鎮守府にいた時は何もせずとも食事が出てきたため、戻ってきてからは家事の欲が溢れんばかりに動き回っている。掃除洗濯料理と一手に引き受け、忙しいと言いながらも楽しそうにこなしていた。
それでもやっぱり手は足りないため、住んでいる者が手分けして雷を手伝うという環境は戦いの前に戻ったようだった。私も手を貸すことは多い。
「今日のお昼は赤城さんと翔鶴さんが手伝ってくれたわ」
「人一倍食べるから率先して手伝っているな。つまみ食いなんてしてないか?」
「してないしてない。したらその分ご飯減るだけだもの」
さすが雷。あの2人もしっかり手中に置いているようだ。
食堂には工廠で作業していた摩耶と鳥海が先に来ていた。
蝦尾女史のボディガードとしてこの施設で夜間警備を行なっていた鳥海も、戦いが終わればその必要も無くなり、摩耶の手伝いに勤しんでいる。姉妹での作業は楽しいらしく、戦いの中にいた時よりも格段にいい顔をしていた。
「シロクロにはそろそろ戻ってこいって言っといたぜ。アイツらもホント好きだよな、海底散歩」
「潜水艦なんだもの。それか普通なんじゃないかしら」
「かもな。まぁ今は急ピッチでやらなくちゃいけないような作業も無ぇし、自由気ままに遊んでおけばいいさ」
この2週間の間に、一度大きな嵐が施設を襲っていた。その際に、飛鳥医師が危惧していた大量のゴミが流れ着いている。摩耶と鳥海はそのゴミの整理などなどをしている。
ゴミを使った艤装修理はまた必要になったものの、もう急ぎの作業でもない。シロクロは潜水出来るだけの主機は残っているし、赤城と翔鶴も戦いが終わって非常に穏やかになったからか、艤装の修理を全く急いでいない。
「昼の哨戒は完了した」
「何も無かったよ。当たり前だけど」
そこにリコとセスも入ってくる。新しい衣装も様になっているものである。
もう必要無いとは思うが、今までずっとやってきたことだからか落ち着かないらしい。故に、朝昼晩と毎日3回、哨戒機を飛ばしている。勿論、飛ばしたところで何もない。ただ飛ばすことを楽しんでいるようだった。
2週間も経てば、また施設の周りはリコの花で埋め尽くされた。その花を愛でるのはリコの一番の趣味。やりたいことがやれているようで何より。
「今日は絶好調だったわ。雷、夕食にでも使って」
「わ、全員分あるのね。じゃあ夜に一品追加するわ。流石ねボノ」
「今日はたまたまよ。人数増えたから全員分釣る方が難しいわ」
趣味の釣りを終えた曙がクーラーボックスを雷に渡した。戦いが無くなったことで毎日のように釣りに出られるようになり、曙も順風満帆な毎日を過ごしている。あまり釣り過ぎたら生態系が崩れるとたまに控えているようだが、やりたい時にやりたいことがやれるというのはそれだけでも嬉しいこと。
「ただいまー!」
「戻った。今日は少し遠出だったのう」
「いったことないところまでいってみたかったんだー」
姉と初霜も帰還。海岸線の散歩をしていたようだ。
子供になってしまった初霜には、ここでの生活は退屈かもしれないと思ったものの、毎日何かしら楽しんでいるようだった。今日は散歩。昨日は海底まではいかないもののシロクロと海を泳いでいた。雷に料理を教わってみたり、曙の釣りに付き合ったりと、いろいろとやっては笑顔を絶やさない。
姉も保護者としていつも一緒にいるようで、まるで遊びまわる孫を見ているお婆ちゃんのようであった。本人にそんなことは言えないが。
「戻ったよー。お腹空いたー!」
「クロちゃん……御行儀悪いよ……」
身体を拭いてきたシロクロも到着。同時に片付けを終えた飛鳥医師達もやってきた。これで全員揃った。
「はい、全員分よそいましたよ」
「赤城さん、自分の分だけちょっと多めにするのは……」
「あら翔鶴、貴女も少し多いみたいだけど?」
「目の錯覚です」
全員揃ったところで赤城と翔鶴が配膳。雷の手伝いが板についてきたようだが、そういうところでちょろまかしたりする。雷もそこまで見越した量を作っているので問題は無いのだが。
「今日も今日とて何事もない平和な午前だった。午後もよろしく頼む」
昼食前の飛鳥医師のこの言葉も、ここ最近ずっと続いている。平和が続いていることの象徴だ。これがずっと終わらないことを祈りながら、私達はみんなで生きていく。
午後からはまたやることもなく、三日月と共に自室で寛ぐ。こうして2人でゆっくりとする時間は、それだけで心が温かくなるように思える。
同じベッドで並び、手を重ね、同じ空気を満喫する。少し前ではこれが心の支えだったが、今ではもう日課という程に。支えではこの行為にすがることになるが、やらなくてもいいことをやっているということは心に余裕があるということ。三日月も私に身体を預けてくる。
「もう2週間ね」
「ああ、そうだな」
話しながらも重ねている手は指を絡めるように。お互いの温もりを感じ合うのも日課。
「毎日が楽しいんだ。何もなく暇だと思う時もあるが、これが
「うん、私も。こうやって若葉と一緒にいられるだけで、暇じゃなくなるしね」
三日月の匂いからは、もう負の感情はカケラも感じない。ここ最近はずっとだ。今日は肌の治療の目処が立ったこともあり、より明るかった。
顔の傷が消えたら、みんなの前でも笑顔を見せられるようになるかもしれない。独り占めしたいという気持ちもあるのだが、三日月の良さをみんなにも知ってもらいたいというのもある。
「不安なのは、弥生姉さんがジリジリと愛人の座につこうとしてることかな……」
「はは、確かにな。冗談なのか本気なのか」
先日有明鎮守府にも顔を出した。約束通り、弥生に顔を合わせるために。その時にもちょっとしたアプローチがあったため、三日月がヒヤヒヤしたようだった。だがいつも公言しているように、私の気持ちは三日月にしか向いていない。その度に弥生にそれを告げるのは酷だが、それ自体を弥生が楽しんでいるようで少し困る。
「
「ふふ、ありがとう。言葉にしてもらえるとすごく嬉しい」
「毎日言っているだろう?」
抱き寄せ頭を撫でてやると、三日月が心地良さそうに身を震わせた。これが夜ならそのままという流れになってしまうが、今はまだ日が高い。誰もが活動している時間だ。急に何かあっても困るし、日中は我慢。
「こんなことばかり言っていると、また夢の中でみんなに冷やかされるな」
「私は気にしてないよ。見せつけちゃう」
「今はここでも見られている感じだってのに」
先日明石から届いた写真を手に取った。私と三日月のケッコン式の写真。だが、その写真には私と三日月以外の姿が写し出されている。姉が言っていたことはこのことだったと、現物を見てよくわかった。
私の後ろには微笑んでいるシグと手を振るチ級が、三日月の後ろには満面の笑みでピースしているぽいが少し薄く写っている。この幸せな心霊写真に恐怖など感じず、三日月は最初感涙を流したくらいだ。
あの時にいた全員で写した写真にも、シグ達の姿は写っていた。知らないものは驚いていたが、私達はそれがまた嬉しかった。
そこには、
あれは私の涙ではなく、シグの涙だったのだろう。シグ自身は家村提督のことを思い出しているため、姿を見ればそれが誰だかわかる。
「これからはもっと楽しもう。楽しく生きよう」
「うん。若葉となら、私も楽しく生きることが出来るわ」
「
三日月の頭を撫でながら、私は平和を満喫する。平穏で少し退屈でも、私達2人なら毎日を楽しく生きることが出来るだろう。
終わったと思っていた私の一生は息を吹き返し、長い戦いの末に平穏に身を置くことが出来る様になった。愛するものを傍に、仲間達と共に楽しく生きる。そんな毎日がずっと続くと思うと、心が躍る。
この継ぎ接ぎだらけの中立区で、私のこれからは始まったばかりだ。
平穏を取り戻した中立区の日常は、毎日が平々凡々で少し退屈かもしれません。それでもみんなが生き生きと過ごしているのだから、これが最善の日常です。若葉と三日月を含めて、みんなが楽しく生きています。中立区はこれからもこんな感じでしょうね。
今回も殆ど毎日の更新を続けていました今作、なんだかんだで291話。実は95話から一日も落とさずに投稿出来ていました。半年近く毎日投稿、これもひとえに、読者様のおかげです。ここまでお付き合いくださって、本当にありがとうございました。
『継ぎ接ぎだらけの中立区』はこれにて幕を閉じます。今までの応援、重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。
次作ですが、一応構想はしています。前作、前々作と少し薄暗い話でしたが、次は明るい作品が書いてみたいですね。なんて言いながらも、徐々に歪んでいくのが自分のやり方みたいなので、あまり大きく言わないことにします。
またお目にかかることが出来れば幸いです。そのときはよろしくお願いします。