慰安施設に新婚旅行としてやってきた私、若葉と三日月は、散歩道で見知らぬ艦娘、いや、深海棲艦と出会った。私達の施設には協力者として深海棲艦が滞在しているので苦は無いのだが、こういう場で出会うのは流石に驚いてしまう。
その深海棲艦は、
「
「はい、鎮守府ではとても大きな話題になっていますよ。とある鎮守府と医療施設が共同で叛乱を起こした艦娘を討伐したと。その際に、医療施設で治療された艦娘、若葉さんの話も聞いています」
詳細では無いようだが、大まかな筋は伝わっているらしい。私の存在も、今や各鎮守府に知れ渡るようなものになってしまっているようだ。
確かに今回の事件は、私が飛鳥医師に命を救ってもらったところから始まる。ある意味私の存在無くしては語り出せないようなものだ。ついでに初代にトドメを刺したのも私だし。
「若葉さんのことは、お医者様の治療を受け、一命を取り留めたものの変質してしまい、その力を駆使して最前線で戦い続けた
「それは言い過ぎだ」
英雄と言われたことで、三日月も隣でクスクス笑い出してしまった。それは流石に私には重すぎる名誉。私1人では戦えなかったし、そもそも戦う力を得る手段すら無かった。何もかもが仲間達のおかげだ。私が英雄なら全員が英雄になる。
誰がそこまで話を大きくしたのだろうと考えたが、施設を成り立たせるために下呂大将か新提督が少し話を盛ったのでは無いかと思う。そうでもしなければ、私達は大本営に出頭しなくてはならなかったとかあるかもしれない。何せ謎の存在なのだから。
「
「私も似たようなものですからわかりますよ」
朝潮もそういうものらしい。艦娘が負の感情により深海棲艦となると言われると、思い出すのがやはり施設にいる翔鶴である。何らかの改造を施された後に死の恐怖による覚醒で身体が変化したのだが、朝潮もその類なのだろうか。
「そちらはどういう経緯でそうなったんだ」
「そっか、アンタ達がいるところは鎮守府じゃないから、うちの鎮守府のことは知らないのね」
朝潮の隣、同じ制服を着た艦娘が少し前に出る。朝潮が友好的だからか、気の強そうな奴ではあるが敵対の意思は見当たらない。見た目より薄い深海の匂いが気になるところではあるが、あちらにはあちらの事情があるのだろう。
とはいえ、私達のことを警戒しているのは確かである。自分達も相当だとは思うが、あちらから見れば私達は別物の異形。警戒しないわけがない。
「田舎者ですまない」
「別に責めてるわけじゃないわ。ああ、私は霞。この人の妹ね」
やはり朝潮の妹だった。なら霰とも姉妹か。
「ちょっと前に北端事変っていう結構有名になった事件があったのよ。その時の敵が技術者の深海棲艦だったせいで、姉さんや私も含めて何人もアイツに改造されて艦娘やめさせられたの。私や初霜は半分深海棲艦にされてる」
「……壮絶だな。酷い戦いだ」
「アンタもどっこいどっこいだと思うけど」
技術者の深海棲艦とはまたよくわからない敵だ。ある意味あのテロリスト共が深海棲艦になったと思えばいいか。厄介極まりない。
そんな戦いを終わらせ、まともな艦娘では無くなってしまっても、こうも明るく元気に振る舞えるのは素晴らしいことだと思う。楽しく生きているということがよくわかるというものだ。
そして次は気になるところ。遠目で見てもその存在が確認出来た春風と初霜である。初霜も額の右側に角が生えていたり、袖を捲り上げた右腕に痛々しい痣と傷痕が残っているため、戦いの中で色々あったのだと思うのだが、霞の発言で後付けで改造されたことがわかったから納得が行く。
だが、それでも春風は特に異質だった。この春風も深海棲艦の匂いが薄くだがする。見た目は他の面々と違って殆ど変わっていないため、私達のよく知る大淀のような状況なのか。身体にやたら馴染んでいるというか。
さらには、私の知っている春風は、桜色の振袖に緋袴、それと帯刀だったが、この春風は朝潮と揃いの制服に黒い着物を羽織るという全く違うスタイル。当たり前だが刀も持っていない。
「あの、わたくしの顔に何か」
私の視線に過敏に反応した。もしかしたらこの春風も三日月と同じように他人の視線に敏感なのかもしれない。申し訳ないことをしてしまった。
「気分を害したのならすまない。見た目は普通なのに深海の匂いを感じたからどうしても違和感を覚えてしまったんだ」
「わたくしは先天性半深海棲艦というものです。霞さんや初霜さんは後天性ですが、わたくしは生まれた時から半分混ざっているのです」
そんな存在は初めて聞いた。医療施設にいても知らない症例である。私と三日月のような混ざり込み方でも無いようなので、蝦尾女史の例の薬でも治療は難しいだろう。
改めて世の中は広いと感じる。私達の知らないことがまだまだ沢山ある。
「ちなみにその服装は……」
「わたくしは名誉朝潮型、朝潮御姉様の妹分を名乗らせていただいております故、このような出で立ちとなっております」
三日月の疑問に答えた春風。正直予想外の答えである。
妹の次は妹分。何やら込み入った事情がありそうである。艦種は同じでも型が違うのにここまで慕っているのだから、過去に何かあったのだろう。
「そして私は朝潮さんの嫁の初霜……って、若葉ならわかりますよね」
「ああ。嫁かどうかはさておき、
「そうなんだ。ちょっと会ってみたいかも」
こちらの初霜はこれはこれでどこかおかしくなっているような気がしないでもない。朝潮にべったりくっついている様は、私と三日月の関係に似ている。朝潮から嫌そうな匂いがしないので、夫婦という関係は間違っていなそうだが、初霜がべったりだと霞と春風が嫉妬の匂いを沸き立たせるので、どんな関係かはおおよそ理解出来た。ここの3人は朝潮の取り合いをしているのだろう。夫婦といってもまだあまり認められていないのか。
「はいはい、そんなにくっついていたらかあさ……コホン、姉さんが歩きづらいでしょうが」
それを引き剥がすのが、朝潮の
「満潮よ。この人の妹、コレの姉」
「コレとは何よミチ姉」
「アンタ私にだけはホント態度デカイわよね」
満潮はこの中でも一番冷静に見える。何処か3人とは違い朝潮にはべったりではないが、朝潮に対しては絶対的な信頼を寄せているような匂い。姉妹というよりは親子のような感情に思えるのは気のせいだろうか。そういえばさっき何か口に出しそうにしていたようだが。
「私達は鎮守府総出で慰安旅行という形でここに来たんです。若葉さんと三日月さんは何故ここに?」
「
「し、新婚旅行、ですか?」
流石に驚きを隠さない朝潮。艦娘同士の結婚という概念があちらには無いようである。そのため、三日月と揃いの指輪を嵌めていることを見せつけた。これに一番反応したのは朝潮の嫁を自称する初霜だったのは言うまでもない。
明石が作ってくれた結婚指輪は、勿論毎日身に付けている。何の意味もない指輪だからこそ、私達の深い絆を表してくれているからだ。これを見るだけでも心が穏やかになる。
「戦いの最中にカッコカリをして、戦いが終わった後に本当の式を挙げたんだ。
堂々と言う。別にどう思われようが構わない。そもそも、初霜が嫁と言っているくらいなのだから、同性婚程度で偏見を持つようなタイプには見えない。
「素晴らしいと思います。想い合う2人はきっと幸せなんでしょうね」
「勿論だとも。なぁ、三日月?」
「うん、楽しく生きていられるから、幸せよ」
少し顔を赤らめるが、自分の意思をハッキリと口に出してくれたことに、私は内心大喜びである。
「新婚旅行というのなら、夫婦水入らずの時間を邪魔してはいけませんね。私達はこれで」
「気を遣ってもらってすまない」
「いえいえ。この慰安施設はいいところですから、ゆっくり楽しんでください」
私達の時間を大切にしてくれるのか、挨拶そこそこに会話を切り上げてくれた。この強すぎる深海の匂いの持ち主が、ここまで心優しい者であるということがわかっただけでも安心出来る。
去っていく後ろ姿からも強者の佇まいを感じる。私達とは比べ物にならない修羅場を越えてきているのだろう。敵対したら絶対に勝てないと感じるほどに。
「……世の中は広いな」
「うん、私もそう思った」
鎮守府総出ということは、ああいう少し変わった者達がまだまだいるということなのだろう。霞は何人も改造されたと言っていたし、意識して探せば朝潮の仲間達は見つけることが出来るかもしれない。妙な匂いを感じた場合は、基本的に朝潮の仲間だと思えば良さそうだ。
私の痣を見ても何も言わなかったのも理解出来た。あれを見慣れているのなら私達なんて似たようなものだ。
散歩道で楽しい時間を過ごした後そのまま夕食のために食堂に向かうと、飛鳥医師と蝦尾女史も同じタイミングで食事をしていた。匂いから鑑みるに、まだ蝦尾女史は一気に距離を詰めるようなことはしていないようである。とはいえ、飛鳥医師は相部屋を極端に嫌がったようではなく、今はちゃんと受け入れている様子。
食事する2人も和やかな雰囲気で、談笑しながらだった。遠目で見るとデートのようである。蝦尾女史はそれを望んでいるはずなので、今はいい雰囲気と言えるだろう。
「邪魔をしないように離れて食べるか」
「そうね。あの2人にはここでいい仲になってほしいもの」
気付かれないようにそっと離れつつ、私達も食事を始める。ここの料理は雷の手料理と甲乙つけがたい極上のもの。さすが慰安施設、五感全てを癒してくれる。
食堂にも朝潮の仲間達と思われる者が何人もいた。一度わかってしまえば疑問にも思わないものである。
本来とは髪の色が違う者もいれば、どう見ても深海棲艦である者までいる。私達の施設の延長線上と思えるような空間になっており、アウェー感は無い。普通のものならプレッシャーを感じるかもしれないが、私達的にはより心が落ち着けるような場所になっていた。
「お昼の時はこんなにいなかったよね」
「だな。
食べている時に朝潮が入ってくるのも見えて小さく手を振る。同じ施設にいるのだから顔を合わせることもあるだろう。散歩道ならまだしも、食堂という共有の場なのだから頻度も高くなる。
相変わらず先程の面々を侍らせているようだが、今回は他の者も近くにいた。車椅子の戦艦や、恭しく付き従う水上機母艦、深海棲艦の子供達など、あまりに多種多様。朝潮の通ってきた道が波瀾万丈であることがよくわかる。
「こういう場所でも何も言われないんだから、朝潮達の巻き込まれた事件は本当に有名なんだな」
「だね。ちょっと助かっちゃったね」
「ああ、嫌な目で見られないのはありがたい」
これだと、ここの最大の売りである温泉の方でも誰かしらにかち合いそうだ。
顔の傷が治療されたことで外出に抵抗は無くなったものの、まだ首から下は傷だらけの三日月。風呂というどうしても裸体を晒す場所は、当然ながら抵抗がある。
だが、今ここにいる者達は、全員がそういうことに理解ある者ばかりだ。私の痣を見ても一切動じないのだから、三日月の傷を見ても何も言わないはず。それがあってか、三日月も温泉には少し乗り気になっている。
「何度も言うみたいだけど、ここに来れて良かったね」
「ああ、本当にな。ああいう予期せぬ出会いもあったが、おかげでさらに過ごしやすくなった。緊張感も無くなったしな」
「うん、楽しめるところは全部楽しもうね」
ニッコリ笑う三日月にときめく。しがらみが無くなったことで心の底からの笑みを見せてくれるのが本当に嬉しい。
新婚旅行はまだ始まったばかりだ。明日はまるっとこの慰安施設にいることになるのだから、出来ることを全てやってしまおう。三日月といい思い出を作るために。
欠陥組の説明回みたいになってしまいましたが、ここで朝潮に出会えたことで新婚旅行はより楽しいものになります。アウェー感が無くなるだけでも、心は穏やかになりますからね。