夕食後はライトアップされるという散歩道にまたやってきた。薄暗がりの中で花畑が照らされ、なんとも神秘的な空気を作り出している。昼とはまた違う素晴らしさだった。
心洗われる穏やかな風景が一変した、幻想的な風景を目の当たりにし、三日月も興奮気味。昼よりもテンションが上がっているようにも思える。私、若葉もこんな絶景に出会えるとは思っても見なかったため、昂揚している。
「昼もよかったが、夜もいいな」
「うん。私、夜の方が好きかも」
昼間と同じ道を歩いているはずなのにまるで違う。夜はロマンチックな雰囲気が強く、私達のような関係には愛情が高まるような空気を醸し出している。
手を繋いで歩くだけで、お互いに昂っていくような感覚。こんな中で愛を囁き合う輩も多くいそうだ。私達がそうだし。
「お互い、夜は嫌いだったはずなんだけどな」
「こんな夜なら好きになれるよ」
嵐の夜は未だにトラウマが蘇りかけるが、こんなにも静かで幻想的な夜なら大歓迎。三日月となら尚更だ。ずっとここにいたいとさえ思えるほどである。
匂いも何処となく昼とは違うようにも思えた。太陽の匂いが無くなり、花の匂いがより強く感じる。それがまた気持ちいい。
「違う季節も見てみたいな。植えられている花も変わるんだろう」
「そうだね。どんな感じになるんだろう」
「きっと綺麗なんだろうな。出来ればまた一緒に来よう」
私達のような生き方をしていると、ここに来るためのチケットを手に入れることの方が至難の技だとは思うが、望むのは自由だ。二度と来れないなんて思うのは無粋というものである。
お互い、自然と顔が綻んだ。まだ初日ではあるが、最高の時間を満喫出来ていると思う。まだまだ時間はある。やれることは全てやっていこう。
建屋に戻り、着替えを持って今度は風呂へ。一応あまり人がいなそうなタイミングを狙った。朝潮の所属する鎮守府の者がいたとしても嫌な目で見られることは無いが、それでも三日月はそういうことを気にするし、私だって多少は気になる。
狙いは完璧で、温泉は貸し切り状態のようなものだった。当然ながら男風呂と女風呂は分けられているわけだが、脱衣場にも誰もおらず、既に誰かが入っている痕跡も無い。ありがたい限りだ。
服を手早く脱いで、すぐに温泉へ。湯船に入ってしまえば身体の傷もあまり見えなくなる。ここの温泉は効能やら何やらがあるようで、薄く濁った湯のため都合がいい。
「施設のお風呂と全然違う」
「来栖鎮守府の大浴場とも違うな」
湯船でいつも以上にまったりしてしまう。施設の風呂でも脚を伸ばすことくらいは出来るし、来栖鎮守府の大浴場は相当広い風呂だったが、ここはそういうレベルでは無い。そもそも天井が無いような露天の温泉のため、開放感が段違い。空を見上げれば月見が出来る程である。気持ち良さが割増になっているように思える。
施設では味わえない快感に、私も三日月も顔が緩んでいく。身体も普段以上にゆるゆる。力が抜け、温泉の効能を全身全霊に受け入れている。
「ふぁぁ……すごいまったりしちゃう」
「溺れるなよ」
「わかってるよう」
蕩けて沈んでいきそうなくらいだったので、念のため腕を掴んで支えておく。慰安施設で溺死とか笑えない。いくら神の御業を使える医者が一緒にいると言っても、そんなくだらないことに手を煩わせるわけにはいかないし。
そもそも新婚旅行で事件なんて起こってもらいたくないのだ。身内は勿論、他人でも。心穏やかに全てを終わらせて、笑顔で帰りたい。
「あ、2人も来ていたんですね」
そこにちょうど蝦尾女史も温泉にやってきた。裸の付き合いは施設でも多少はしているため、当たり前だが三日月に抵抗は無い。飛鳥医師にすら牙を剥いていた最初の頃から考えると、随分と進歩したものである。
蕩けている三日月の隣に腰掛け、もう片方の腕を支えてくれた。蝦尾女史から見ても少し危険だと感じたようである。
「私も先生もゆっくりさせてもらっています。ここ、マッサージの施設まであるんですよ」
「へぇ、提督用か。本当にいろいろな癒しがあるんだな」
「先生は身体中バキバキだったらしくて、按摩さんがビックリしていました」
休息を怠っているせいで身体がそれだけおかしなことになっているわけだ。戦いが終わった後にちゃんと寝ているのは知っているが、それでも今までの積み重ねで身体は大分悲惨なことになっていたようで、マッサージは最終的に整骨のレベルになったらしい。医者の不養生ではなかろうか。
「今後は私も独学ですがマッサージを覚えようかなと」
「いいと思う。自然と身体に触れられる機会が作れるからな」
蝦尾女史としては意識していなかったとは思う。私の発言で若干動きが止まった後、恥ずかしそうに身悶えた。マッサージなんて至るところをベタベタ触ることが出来る、許されるボディタッチではないか。好意を持つ相手なら余計に力が入るだろうに。
「蝦尾さん、この旅行中に決めるんですよね」
三日月からの割と不躾な質問に、耳まで真っ赤にしながらも小さく頷く。
「夜の散歩道、とてもロマンチックでした。若葉と歩いたんですが、息を呑むほど幻想的で、
「み、三日月ちゃん……」
「応援してますよ。私だけじゃないです。みんなが応援していますから」
三日月の言う通り、施設の者全員が応援しているのだ。まさかの相部屋だって、下呂大将が仕込んだに決まっている。この気持ちを成就させるために。多分下呂大将は、どちらかと言えば飛鳥医師のことを考えてのことに思えるが。
プレッシャーをかけるわけではないのだが、自分でも望んでこの機会を勝ち取ったのだから、ここで決めてもらわなくてはむしろ困る。出来る限りのサポートをしたい。三日月が夜の散歩道のことを口にしたのも、その時を最善の場所で迎えることが出来るようにするために伝えたに過ぎない。
「私、頑張ります。皆さんの応援を背に受けて、必ずやこの気持ちを先生に伝えます」
「その意気です」
三日月と蝦尾女史がガッチリ握手。既に成就している三日月から、今からその時を迎える蝦尾女史にバトンが渡されたようだった。
ここからは恋バナは一旦置いておいて、温泉を満喫する。蝦尾女史が調べたところ、何でもここの温泉は美容にも効くらしく、念入りに肌に揉み込んでいるようだった。
こう言ったところで万全の態勢を整え、決戦に備える。女の戦いはこういうところからも始まっているのである。
「蝦尾さん、肌綺麗ですよね……」
「体組織というものを研究している以上、自分の体組織も万全にしたいですからね。万が一人間の細胞が欲しいとなったときに自分のものが使えるように」
「理由がそこに繋がるんだな」
三日月の言う通り、蝦尾女史は同性の私達から見ても綺麗なタイプである。全ては研究のためのようだが、飛鳥医師のように医療と研究以外がズボラなわけでもなく、キチンとした生活による健康体の維持に気を付けているようだ。
そういうところも飛鳥医師とお似合いではなかろうか。生活の基礎が正反対のため、噛み合いやすそう。
「几帳面とか潔癖症とかそういうものではないんですが、なるべく綺麗に健康でいようと考えています。無茶はせず、睡眠不足も控えていますね」
「いいと思う。飛鳥医師に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
ピンピンしているようでいて、中身が相当やられていたというのがマッサージで判明した飛鳥医師も、蝦尾女史くらい健康的に暮らした方がいいのではなかろうか。そういうところも蝦尾女史がサポートしてあげるくらいの気概が良さそうだ。
「あの戦いの時は徹夜作業も多かったですが、今は比較的のんびりですから、身体のケアは怠りません。2人にもいろいろと教えましょうか?」
「是非。特に身体の傷も消えた後はお願いします」
「そうですね。人工皮膚が万全としても、自分でケア出来れば尚のこといいと思いますからね」
女子力的な話になると私は少し置いてけぼりになるが、三日月が楽しそうなので良し。
蝦尾女史と笑い合って戦いとは全く関係ない話をしているというだけで、私は嬉しかったりする。その姿を見ていると、自然と笑みが溢れた。
温泉から上がると、脱衣所には多少人が集まっていた。人がいないタイミングを考えたつもりだったが、蝦尾女史と共に長風呂をしてしまったからか少しだけタイミングがズレてしまったようである。
匂いからして朝潮と同じ鎮守府の者達。私達の身体を見てもまるで反応しなかったことでもわかる。それでも三日月は私の陰に隠れるように逃げ込んだ。どうしても見られたくないというのはわかる。
「やっぱり人が多いところは慣れないね……」
「仕方ないさ。すぐに着替えよう……っ」
ここにいる全員を眺めている視線を感じた気がした。遠いからか匂いまでは判断出来なかったが、明らかに
三日月がそれに気付いた様子は無いが、気付いたら取り乱しそうなものでもある。知らないなら知らない方がいい。
「今のは……」
「若葉?」
「いや、何でもない。着替えて部屋に戻ろう」
ここにいると三日月が嫌な思いをするかもしれない。今のことは胸に秘めておいて、楽しい新婚旅行の続きをしていこう。夜はまだ長いし、明日もある。楽しんで楽しんで、楽しみ尽くさなくては。
「あ、どうも、若葉さんと三日月さん」
「ああ……朝潮、また会ったな」
そそくさと着替えているうちに、朝潮に話しかけられる。あちらも同じタイミングで温泉を楽しもうとしていたようである。まだ脱ぐ前のようだから今来たばかりというところか。
なら、さっきの視線の持ち主についてわかるかもしれない。すぐにいなくなったのだから、ここの出入り口の近くにいたと思う。朝潮とすれ違った可能性も高い。
「朝潮、1つ聞きたいんだが」
「はい、何でしょう」
「今この施設には、私達と朝潮の鎮守府の奴ら以外に宿泊している奴はいるんだろうか」
あちらは私達よりも先にこの施設に到着しているはず。ならば、朝潮達の知らない者がここにいるのなら知っていそうだ。
「いますね。私の知らない反応は5人。人間が2人と艦娘が3人です」
「よ、よくそんな詳細にわかるな」
「ああ、私頭の中に電探が入ってるんですよ。この施設全域に反応が届くので、誰が何処にいるかはすぐにわかります」
今とんでもないことを言った気がする。頭の中に電探とか意味がわからない。施設全域が監視出来るということか。私達の居場所も、最悪な場合何をしているかも筒抜けということになるのでは。
ともかく、知らない反応のうち、人間1人というのは飛鳥医師だろう。ならばもう1人、私達的には未知の人間がいると。先程の視線はその人間のものなのだろうか、それとも未知の艦娘のものなのだろうか。
疑い過ぎるのは良くない。私の気のせいというのも普通にある。ここにいるのだから、私達のように慰安旅行として滞在しているだけの可能性だって高い。
「それがどうかしました?」
「いや、何でもない。ここの温泉はいいぞ、堪能してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
三日月も着替え終わったようだし、私もすぐに着替え終わるため、朝潮との会話はそこそこに、私達は部屋に戻る。蝦尾女史は一緒に入りに来た飛鳥医師と待ち合わせをしているらしく、ここからはまた別行動。
「若葉、さっき朝潮さんに聞いたのは……?」
突然の私の行動に少し困惑している三日月。奇異の目があったことは伏せつつ、簡単に説明しておく。嘘をつくわけではなく、三日月を思って言葉を取捨選択する。
「いや、ちょっとな。朝潮達とはまた違う匂いを感じたんだ。どういう相手かもわからないし、なるべくなら避けた方がいいかと思ってな」
「なるほどね……うん、そうしてくれると嬉しい。朝潮さん達は私達みたいなのにもすごく理解が深いからいいけど、他の人はまだわからないし……」
少しだけ落ち込んでしまった。せっかくの新婚旅行なのだから、そういうことにあまり気を使いたくない。三日月には気を楽にしてもらって、私がどうにか出来るところはどうにかしよう。
それに、蝦尾女史はこの旅行の中で一世一代の大勝負があるのだ。それを邪魔するわけにもいかないし、邪魔されるわけにもいかない。
「三日月は
「うん、そうだね。私も若葉と一緒に楽しむよ」
何も気にしなくていい。私達はここに楽しむために来たのだ。まだまだ始まったばかりなのだから、余計なことに気を使っていられない。
えびちゃんせんせぇは想いを伝える覚悟を決めました。三日月が後押しするっていうレアケース。