継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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恋の戦い

私、若葉と三日月の新婚旅行は最初の夜を迎える。ここに到着してから満足することばかりで、本当に有意義な時間を過ごせている。合間に他鎮守府の朝潮と出会ったが、私達のような継ぎ接ぎを見ても何も動揺しないような過酷な事件を乗り越えてきたようなので、悪いことは今のところないと言える。

ただ、温泉から出た時に感じた()()()()()()()()()()だけは気になる。それだけは少し警戒しておくことにする。私はともかく、三日月に辛い思いをしてもらいたくない。

 

温泉が終われば後は寝るだけ。布団はちゃんと敷いておいて、その前にまずは部屋から夜景を楽しむ。この部屋に通されてすぐに外を見て夜も良さそうだと思ったが、まさに思った通りだった。展望できる海は暗くなってしまっているが、部屋からでも花畑のライトアップが見え、煌びやかに輝いている。あの中にいても幻想的だったが、遠目に見ても素晴らしい。

 

「綺麗……」

「だな」

 

三日月も目を輝かせてそれを眺めていた。2人で窓際に立ち、身を寄せ合ってそれを見ているだけでも、とてもいい雰囲気になる。一緒に歩いて堪能するのもいいが、こうやってただ眺めるだけでも楽しい。

窓際には椅子とテーブルまで用意されており、ここで夜空を見ながら晩酌というのも出来る。私達は酒を飲まないため、食堂から貰ってきたジュースで乾杯。至れり尽くせり。

 

「何回言ってるか忘れちゃったけど、ここに来れて良かったね」

「ああ、本当にな」

 

身を寄せ合っているのを越え、抱き寄せた。三日月も私に体重を預け、より温もりを感じるようにしてお互いに昂らせていく。施設にいる時よりも興奮しているようにも思えた。

この慰安施設に来てから、三日月はずっと笑みを浮かべ続けている。全く見ず知らずの相手である朝潮達と出会った時も、嫌悪感は一切露わにしなかったし、負の感情自体が湧き上がらなかったように思える。風呂で対面しても私を盾にした程度で終わったくらいだし。

三日月は本当に穏やかになったものだ。コンプレックスの一部が取り除かれたことでこうも明るくなれる。これが本来の三日月なのだ。

 

「明日はどうしようか」

「施設の中もいろいろ見て回ってみる? ほら、蝦尾さんがマッサージの施設があるって言ってたくらいだし、もしかしたらいろいろあるかも」

「そうだな。それに、またあの散歩道を歩いてもいい。三日月となら何処に行っても楽しいだろう」

 

まだ施設の中は食堂と温泉にしか行っていない。マッサージなんて蝦尾女史に聞くまで存在すら知らなかった。娯楽というものはあまり無いとは思うが、心休まる場所というのは室内でも何かしらありそうだ。

疲れたのならこの部屋に戻ってまったり過ごしてもいい。布団はいっそ敷いたままでもいいかもしれない。どうせ一式しか出さないのだから、万が一汚れても、もう一式を出せばどうとでもなる。

 

「あ、若葉、あれって……」

「……飛鳥医師と蝦尾女史だな」

 

ライトアップされているおかげで、少し遠くても散歩道を歩いている者の姿はこちらからよく見えた。そして私達が捉えた姿は、どう見ても飛鳥医師と蝦尾女史。温泉の後に待ち合わせしていたようだが、あの場所に向かったようだ。

温泉の後だからか2人とも私達と同じような浴衣。温泉宿だからこの時間はそういう服装のものも多いため、悪目立ちするようなこともない。

 

ここからでは言葉も匂いもわかるわけがない。それにわかったところで私達がその場に行くのは無粋だ。あれは蝦尾女史の決戦。あの場でへたれないことを祈りながら、気付かれないようにここで見守るしかない。

強いて言うなら、あの場に何者かが乱入しないことを確認する程度だが、幸いなことに今あの場所にいるのは2人だけだ。絶好のチャンスと言える。

 

若葉(ボク)達はここから見守るしか無いな」

「うん。応援しか出来ないよね」

 

私達が見える範囲は花畑全体では無いものの、一番大きな広場は少し遠いが見える位置にある。私達の予想では、蝦尾女史ならあそこで決着をつけるだろう、その瞬間を見守ることは出来るかもしれない。

こちらが見ていることなんてまず気付いていない。蝦尾女史もいっぱいいっぱい。私達の視線に気を向けることなんで出来ないだろう。

 

そのまま歩いて行った2人は予想通りその大きな広場で立ち止まる。さっきも自分達で見たが、あそこからの風景が一番綺麗だ。周囲すべてが花に囲まれ、ライトアップもあり特に幻想的。

思い出に残る場面を作るならあそこだと確信している。最初で最後になるはずの、一世一代の大勝負だ。

 

「頑張れ……蝦尾さん……」

 

もう祈るように手を組む三日月。私も口には出さず蝦尾女史の成功を祈る。

私達から見ても蝦尾女史の表情は窺い知れない。だが、遠目でもあの場で告白に及んでいるのはわかった。向かい合って、溜まりに溜まった思いの丈をぶつけている。

 

「どうなる……」

 

しばらく話していたと思う。その時間は永遠と思えるほど長く感じた。固唾を呑むし、手に汗握る。自分のことでは無いのに、こんなに緊張感があるのは初めてかもしれない。

すると、蝦尾女史から近付いていき、飛鳥医師に抱きしめられていた。これもどちらとも取れるような気がするが、遠目に飛鳥医師の手付きが()()()()()ように見えた。そしてそのまま、顔も近付く。こちらからは後ろ姿なので詳細は見えないが、先の展開はよくわかった。

 

「もしかして、もしかして……!」

「上手く、いったんだな」

 

今まで呼吸が止まっていたかのように、大きく息を吐く。緊張感が一気に無くなり、どっと疲れが出たようだった。喉がカラカラになってしまったため、用意しておいたジュースを一気飲み。三日月も同じように喉を潤している。

その後一息ついて三日月と見つめ合う。蝦尾女史の告白成功を自分のことのように喜び、満面の笑みで抱き合った。感動的な場面をその目に収めることが出来たのが嬉しくて仕方ない。

 

「よかった、よかったよぉ」

「ああ、本当に良かった」

 

朴念仁の飛鳥医師であっても、研究を隣で続けてきた蝦尾女史の好意に多少は気付いていたことくらい、私は匂いである程度はわかっていた。それでも面と向かって告白された時、それを受け入れるかまではわからなかった。だから一緒にドキドキしていた。

三日月は感動して泣き出してしまいそうだった。同じ恋する乙女として、蝦尾女史のことをずっと応援していたから感極まったのだろう。三日月の場合は相手が私で既に成就しているわけだが、だからこそその想いを後押ししていた。

 

「これでみんなもっと楽しく生きられる。あの2人の仲が深まれば、若葉(ボク)達も嬉しいからな」

「うん、うん、私もすごく嬉しい!」

 

これはまた蝦尾女史に事の顛末を聞き出さなくては。それに、下呂大将の策略により飛鳥医師と蝦尾女史は相部屋。関係が深まったその日の夜に相部屋で一夜を過ごすとなったら、やることはある程度限られてくる。少なくとも私と三日月は初日だった。

これ以上考えたらあまりにも無粋。ああなったのだから、これ以上の関係性は当事者である2人に全て任せればいい。私達はもう、出る幕なんて無い。

 

「すごく興奮しちゃった……身体が熱くなってる気分」

若葉(ボク)もだ。緊張してたしな」

 

他人の恋路を肴にしているようだが、本当にいいものを見せてもらった。私も三日月も興奮は最高潮気味である。

 

「ロマンチックだったね。ライトアップされた夜の花畑の広場で、想いを語る姿、とっても素敵だった。純愛の物語みたい!」

「ああ、ワンシーンを切り抜いたようだった。あれは一生心に残る時間だろうな」

 

遠目で見ていてもそのシーンは本当にロマンチックな瞬間だった。三日月の言う通り、恋愛小説の一部を切り抜いたかのように思えるほどに。

 

「また後から蝦尾女史には顛末を聞かないとな」

「うん、明日温泉で会えたら聞くつもり」

 

ずっと応援していた者の最高の結末を本人の口から聞きたいものだ。詳細まで聞くのは無粋だと思うが、祝福するくらいはしてあげたいと思う。きっと幸せそうに語ってくれるだろう。

 

 

 

そんな今回望むことが全て叶った夜だからこそ、夢の中に呼び出される。私達が新婚旅行に来ているのだから、私達から離れられないシグ達も当然便乗したいることになる。

 

『新婚旅行ってことだから出てくるのはちょっと躊躇ったんだけどね。ほら、夫婦水入らずに水を差すようでさ』

「いやいや、若葉(ボク)達はお前達がいて初めて成立するんだ。新婚旅行とはいえ、これはみんなで楽しむものだと思うぞ」

「若葉の言う通りです。私もぽいちゃんとここに来れたこと、嬉しいですよ」

『そう言ってもらえると嬉しいよ』

 

夢の中に入るなり三日月に抱きついているぽいだが、三日月が意思を示しながら頭を撫でると余計に密着を求める。前々から思っていたが、ぽいは子供っぽいというよりは小動物っぽい。

 

(ボク)達も見てたよ。蝦尾さんの戦い』

「ちゃんと見えていたか」

『勿論。もしかしたら若葉達よりハッキリ見えてたかもしれないね』

 

私達は窓際に立って見ていただけだが、シグやぽいはその在り方として窓よりも外側に出て見ることが出来ている。取り憑く者としてのスペックを最大限に発揮して、あの瞬間を眺めていたようだ。少し羨ましい。

 

(ボク)達からもおめでとうって、蝦尾さんに伝えておいてよ』

「ああ、そうする。みんな応援していたからな」

 

チ級も首を縦に振る。蝦尾女史のことを知るものは全員ああなることを望んでいたわけだ。私達は直にそれを見ることが出来た。

 

『三日月もああやって告白されたかったっぽい?』

「えっ? あ、ああー……まぁ、憧れますね、ああいうのは」

 

私と三日月の関係はあんなロマンチックな始まりじゃない。戦火の中、侵食の結果で芽生えた感情。それでも本心であることには変わりないが、私が愛を伝えたのは医務室の一角だ。大淀のせいで心が壊れそうな三日月を繋ぎ止めるために、咄嗟に出た心内全て。

これだと愛の告白というよりは治療の一環みたいに思えてしまう。その後から頻繁にお互いに愛を確かめ合っているが、確かにあんな告白はまだ出来ていない。

 

「もうサプライズは出来ないが、明日の夜、またあの花畑に行こう。そこで、改めて言わせてもらう」

「うん、最高の思い出になりそう」

 

本来なら一番最初をその形にしたかったものである。私達の仲は叶わなかったことなのだから、最初だけをやり直すくらいいいだろう。順序は変わってしまったが、三日月がそれでも喜んでくれるならいくらでもやりたい。

 

『お互い愛し合ってるのは(ボク)達がよーくわかってるからさ』

『ねー。毎晩毎晩ねー』

 

まぁ確かに愛を確かめ合うのは毎日している。軽くでも重くても、お互いが昂り求め合うのだから仕方あるまい。平和になってから一緒にいる時間も多いし、自然と()()()()()()になることもある。昼だから我慢しているというのもあるくらいだ。

三日月は指摘されると顔を赤くするが、以前にぽいに言われた通り、求めてくるのは三日月、そこから激しくしていくのは私。結果的に相思相愛なのだから、どうなろうが問題はないだろう。

 

『ん、何か外が騒がしいね。まだ夜だっていうのに』

「そうなのか?」

 

夢の中にいる時、外の様子なんてわかりやしない。それがわかるのは、私達を夢の中に引き込んでいるシグとぽいだけ。

外はまだまだ夜中。私も三日月も勿論熟睡中という状況なのだが、何やら外でおかしなことが起きていそうだとシグは言う。

 

「それはもしかして、あの温泉から出た時の奴らに関係しているのか?」

『うーん、そうかもしれないね。(ボク)もそこまで詳しくわかるわけじゃないけど、今この施設で何かしでかしそうなのは、あの連中くらいだよね』

 

急な展開に三日月が不安がる。今まで夢の中でそういう忠告を受けたこともないし、そもそも新婚旅行中にそんなことが起きられるのが気に入らない。

 

『誰かに任せてもっと寝るっぽい?』

「任せられることなの?」

『あんまり良くないかも。私としては起きた方がいいと思うっぽい』

 

ぽいがそう言うくらいなのだから、切羽詰まっているわけではないにしろ、自分達の力で問題は回避した方がいい。

 

『じゃあ、また後で。何も無ければそれでいいけどね』

「ああ、ちょっと行ってくる」

 

新婚旅行を邪魔する奴らは私が許さない。それに、蝦尾女史の念願がせっかく叶ったのだ。それを邪魔する奴は尚のこと許せない。

楽しく終わることが出来るように、私達の手で問題を解決してやる。

 




飛鳥医師と蝦尾女史は無事くっつきました。ですが、何やら不穏な空気。

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