継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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歪んだ正義

慰安施設で過ごす夜、外が騒がしいということで深夜だというのに外の様子を見に向かう私、若葉と三日月。案の定何者かが施設内で何かをしでかそうとしており、私達と同様に気付いた朝潮達が事の対処に動き出していたため、合流させてもらう。

実際、行動を起こしている敵の位置は朝潮が把握済み。その元へ向かった結果、予想通り攻撃を受けた。しかし、朝潮の仲間である扶桑が1人を鎮圧。もう1人も満潮と私で動きを止めた後、扶桑が呆気なく気絶させた。

 

「纏めておくわ……簡単には目を覚まさないでしょうし……」

 

私が絞め上げ、扶桑が気絶させた艦娘の首根っこを掴み上げると、先に顔面を床に叩きつけて気絶させた敵に向けて放り投げ、廊下の隅に追いやった。何という腕力だ。私達の仲間であそこまで出来るのは鳥海くらいか。

 

「廊下を壊してしまったわね……朝潮を撃ってきたんだもの……仕方ないわ」

「まぁアレなら許容範囲です。扶桑姉様、ありがとうございます」

「満たされるわ……朝潮に頼られるのは……」

 

なんだか恍惚としている扶桑は置いておいて、残った艦娘1人と提督と思われる人間を追う。

常に朝潮がそいつらの位置をマークしているというのは非常に便利で、恐ろしいことに施設内の通路の位置まである程度は理解しているという。頭の中に電探が入っているというのはそういうことらしい。

 

「あちらも私達を探しているようですね。標的は完全に私達ということですか」

「深海棲艦を全滅させるのが目的なら、まず狙われるのはお前だろうな」

 

敵の目的は全ての深海棲艦の殲滅。私や三日月のような()()()()()もその対象に入っているとのこと。

あちらの指揮をしている者が、深海棲艦に対して大きな憎しみを持っていることは確定。深海棲艦ならば無差別に殺すと宣言したようなものだ。そこにどんな事情があっても一切の容赦が無いと。

 

「私達とは別行動の仲間もいます。反応がそちらに近いので心配です」

「なら急いだ方がいいだろう」

 

今のところキナ臭い匂いはしない。だが、万が一のことを考えるのなら、早急に事を済ませるべきだ。

 

 

 

朝潮の案内で敵の場所へと向かう。なるべく早く、だが慎重に。足音も立てずに廊下を駆ける。その間も、私は周囲の匂いを嗅ぎ続ける。今のところ血の匂いは無いが、火薬の匂いは強まっているように思えた。

朝潮が言うには、敵はまっすぐ仲間の方に向かっているわけではないらしい。こちらのように電探をガッツリ使っての捜索をしているわけではないようだ。だが、離れた仲間が気を失っていることくらいは気付いているようで、何処かのタイミングからこちらに近付いてきているとのこと。

 

「そろそろ会敵します。あちらもこちらに気付いているかと」

「さっきの連中と同じね……私が正面に出るわ……」

 

相変わらず扶桑が先陣を切る。あの意味不明な格闘能力があれば、ある程度の攻撃は回避可能だろう。

敵の手段が先程と同じだとしたら、こちらがおおよそ非武装であることを理解している状態で砲撃を放ってくる程度。だからといって油断は禁物である。

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()が廊下に響いた。

 

 

 

「艦隊司令部より、各艦に伝令」

 

 

 

先陣を切っていた扶桑が大きく震えて頭を押さえ、膝から崩れ落ちる。同時に朝潮の取り巻き達も次々と震え出した。霞や春風、初霜は、扶桑と同じように崩れ落ち、満潮に関してはその場から動くことすら出来なくなる。全員歯を食いしばり、それ以上の状況を耐えていた。

私と三日月はそれを知っている。忌々しい艦隊司令部。大淀が使っていた最悪の兵器、艦隊司令部。私達には効いていないため、初期バージョンくらいだと思えばいいか。

 

「完全な支配は出来ないのか。まだ改良が必要だな」

 

おそらく最後の1人の艦娘を盾にし、その奥にいたのが今回の指揮官であろう男。朝潮の取り巻きである瑞穂が言っていた通り、全身黒尽くめで顔すら隠している。真夜中の隠密行動に特化しているため、元々ここでこうするつもりだったとしか思えない。

 

「それは大淀の力のはずだろう。なんでお前が持っている」

 

全く効いていない私と三日月を見て、マスク越しでも怪訝そうにしているのがわかる。確かにあの兵器は、深海棲艦相手では無条件で効くようなもの。脳にさえ侵食があればいいため、半分混ざってしまっている半深海棲艦にも充分に効く。

最初期の艦隊司令部ならば、私達が属する()()()()()には効かない。だが非武装だ。あの男がどのように艦隊司令部を扱っているかはわからないが、多少身を削ってでもアレを止めなければ大変なことになる。少なくとも動けないのだから、集中砲火を受けかねない。

 

「話には聞いていたが、飛鳥とかいう医療研究者に治療された若葉か」

「こちらの質問に答えろ」

「お前達の施設の事件の後、大淀の艤装を入手し、解析した。下呂大将の目を掻い潜るのは面倒だったが、同志は沢山いるのでな」

 

亡骸は下呂大将が丁重に弔ってくれると話していた。そこから艤装だけを奪って解析したということか。医療研究ではなく、武器研究の方にしてやられた。

深海棲艦を殲滅することに協力的な者など大量にいることだろう。それに繋がるのだから、誰だって協力するはずだ。

 

「私なら有用に使えるとして、解析し、試作品を作った。比較的効果があるようで助かっている」

 

悪びれもなく言ってのける。罪悪感すら感じていない。深海棲艦を殲滅するために、悪人の力すら使う。目的のためなら手段を選ばないタチか。

 

「若葉、艦娘ならば我々に従え。それならばお前には攻撃しない。だが深海棲艦ならばここで殺す。この艦隊司令部の効果を受けていないようだから深海棲艦ではないようだが」

 

この状況で私達が屈すると思っているのか。私達が朝潮達と共にここまで来ている時点で答えなどわかっているだろうに。それに、私達のことを知っているのなら、施設で深海棲艦と共存していることだって知っているはずだ。

 

「お前達の信念がわからない限り、従うことは出来ない」

「忌々しい深海棲艦を殲滅することに理由などいるのか」

 

やはり正義感からの行動だ。艦娘を従えている提督としては確かに真っ当な考え方であろう。私だって、生まれたばかりの時は、深海棲艦は全て敵であると思っていた。鎮守府とはその概念の下に活動する組織であると言っても過言ではない。

 

「どれだけの人間を殺してきた。陸を侵略しようとした者もいたんだぞ。人類の平和のためには、一片たりとも残してはおけない。殺して、殺して、殺し尽くして平和を手に入れる。この不毛な戦争を終わらせる」

 

いわゆる過激派というものなのだろう。少しくらいの被害は問題ないと思っている匂い。だから慰安施設に武装を持ち込んでしまっている。

この男の恨みはそれだけではないことが匂いからわかる。やはり私怨。深海棲艦への憎しみが生半可ではない。その思考に染まってしまったのは、近しい者が殺されたか何かか。

 

「やれ」

 

盾にしている艦娘に指示し、動くことが出来ない扶桑に主砲を向けさせる。扶桑は半深海棲艦かもしれないが、不幸なことに見た目からして深海棲艦である。先頭にいるのだから真っ先に狙われてもおかしくない。

先程と同じなら、そんな砲撃弾き飛ばしてしまっただろう。しかし、艦隊司令部からの激しい頭痛のせいで身動きが取れない。技が強くても耐久力があるわけではないのだから、このまま頭を撃ち抜かれたらおしまい。

 

「させませんよ」

 

瞬間、三日月がリミッターを外し、先程の戦闘跡からくすねてきた瓦礫の一部を直感的に投げ、その主砲の砲身にぶつけた。流石の命中力。放たれた砲撃は窓ガラスを破壊するものの、扶桑を始め誰も傷付けていない。

 

同時に私もリミッターを外す。少なくともこちらを狙っている敵の艦娘を無力化しなければ、危険のままであることは変わりない。非武装故に負荷は大きいが、先程の戦闘で多少はコツを掴んだ。

砲撃を終えた時には私は敵の眼前に肉薄している。艤装も装備していない私がこの動きをしたのは想定外だったか殆ど無抵抗で接近を許す。

 

「人様の楽しい旅行をぶち壊したんだ。それなりの報いを受けろよ」

 

そのまま鳩尾に蹴りを入れたことで、小さく息が詰まる声が聞こえた。黒尽くめとはいえ艤装以上に装備を増しているわけではないことは、先程絞め上げた時に理解している。故に、なるべく自分に負荷がかからないように、確実に急所に一撃を入れる。

気絶させるところまではいけないものの、これで一瞬でも隙が出来たのなら良し。艤装装備の艦娘に何処まで効くかはわからないが、最低限の無力化をするのなら武器を手放させるのがベスト。すぐに主砲を持つ腕を掴み上げ、渾身の力でロック。力量差はあれど、瞬時にそこまですれば脱力する。目論見通り、主砲を落としてくれた。

腕を離して今度は首。急激に絞めたことで呼吸を止め、気を失わせる。生身でもここまでは出来るようで安心した。

 

「邪魔をするのか」

「当たり前だ。ここは慰安施設だぞ。誰もが癒されるためにここにいるんだ。そこで寝込みを襲うようなゲスに従う理由なんてない」

 

見下すような視線。私を心底穢らわしいものとして見る眼だ。深海棲艦に与する不明な勢力として認識されていたものが、今この場で敵としての認識に改められたのだろう。

敵で結構。ここでこいつを野放しにしていたら、私達の施設も危ない。せっかく平和を取り戻し、みんなで仲良く暮らしているのに、敵と同じ種族であるという理由だけで、無実の者すら虐殺されるだなんて耐えられない。

 

「貴方が深海棲艦を憎いのはわかりました。ですが、朝潮さんは元々艦娘です。事件に巻き込まれて身体が変質したと聞きましたが、それでも貴方は敵として見ているんですか」

 

三日月が男に問う。男の理念は深海棲艦の殲滅。だが、朝潮は本来艦娘であり、その心を持ったままだ。人間への敵対はしないだろうし、普通の深海棲艦とは違って本能的に破壊活動をするようなこともしない。

 

「どういう事情があれ、そいつはもう艦娘ではない。深海棲艦だ。いつどのタイミングで人間に反旗を翻すかわからないだろう。ならば、お前はそいつが暴走し人間が殺された時、責任が取れるのか」

「まず何故暴走すると決め付けるんです」

「深海棲艦の時点で何をしてもおかしくないと言っているんだ。知恵のある深海棲艦は、媚びを売った後に簡単にこちらを裏切る。私はそいつらがそういう輩だと理解している」

 

ほんの少しだけ悲しそうな瞳を浮かべる。

 

「虎視眈々と背後から撃つタイミングを見計らっているんだ。そんなことさせるわけにはいかない」

「お前の家族がそうされたのか」

 

匂いが変わる。これは図星と見て間違いないか。

 

「深海棲艦が全員そういう輩じゃない。若葉(ボク)の知る深海棲艦は戦いを好まず、ただただ静かに暮らしたいと言っていた。花を愛でるのが趣味という者や、泳いでいるだけで満足という者もいる。平和主義者も侵略者として見るのか」

「それが演技でないと何故言い切れる。自分のいいように事を運ぶために媚びを売っているのではないのか。深海棲艦はそういう輩だ」

「それが貴方の大義名分ですか」

 

リミッターを外して感情を消している三日月から、怒りの匂いが沸き立つ。外していたリミッターがかけ直されるくらいに気に入らないと思っている。

自分の大義名分のためなら、平和に暮らしている者すら蹂躙する事を良しとする信念が、私達には気に入らない。

 

「ならば、私達は人間を滅ぼす大義名分があります。私達はつい最近まで大淀と戦ってきました。その裏側には協力者のテロリスト、人間がいたことくらい、聡明な貴方ならわかりますよね」

「間賀と保田のことか」

「貴方の考えが罷り通るのなら、私も若葉も人間に嵌められてこうされたんですから、皆殺しにしてもいいというわけですよね?」

 

たった1体の深海棲艦に家族を殺されて全てを滅ぼすという信念になったというのなら、私達が人間を滅ぼすという考えに至った場合に文句は言えないはずだ。たった2人の人間が大淀に協力したせいで、道を踏み外したものは数知れないのだから。

男から苛立ちの匂い。自分の信念を揺るがすようなことを言われたことで、困惑より先に怒りが込み上げている。

 

「なるほど、そういうことなら私も人間を滅ぼす大義名分を持っているわけですね」

 

今度は朝潮の声。他の仲間達が艦隊司令部の力で身動きが取れない状態にされているのに、朝潮だけは口を利けていた。頭痛も感じているようだが、それを表に出していない。

 

「私の身体は最後、クズのような人間のせいで変化しました。私利私欲のために他の司令官すら陥れようとした人間への怒りが、私を最後の段階へと押し上げたんです。貴方の大義名分が許されるのなら、私が人間を滅ぼしても文句を言われる筋合いは無いですよね」

 

朝潮の目は本気だった。今までは鳴りを潜めていたようだが、この朝潮、単純に人間を嫌っている節がある。最初の三日月のように嫌悪感を持っているようだった。

それでも理性で押さえ付けていたのだ。関わり合いを持たないようにして、その感情を表に出さないようにしている。それが、この男のせいで表に出てきてしまった。

 

「人間も艦娘も深海棲艦も同じなんだよ。いい奴はいい奴、悪い奴は悪い奴だ。お前の正義感は歪んでいる。考え直せ」

「……喧しい」

 

怒りの匂いがさらに増す。

 

「深海棲艦を鏖殺してしまえば、アイツは、私の妻は浮かばれるんだ。侵略と裏切りのない世界のために、深海棲艦は滅ぶべき存在なんだ!」

 

怒りと共に殺意まで高まる。仲間の艦娘が倒れた今、自らの手で私達を皆殺しにしようと動き出そうとしている。

 

「若葉さん、三日月さん、相手は提督です。普通と考えない方がいい」

「どういうことだ」

「提督という存在は、艦娘にテロを起こされたときを想定して、単体で制圧出来るように陸上での戦闘力が非常に高くなっています。扶桑姉様でも歯が立たない程です。あの男も同じでしょう」

 

ならば今までとは違う難敵ということじゃないか。非武装で何処まで戦えるか。

 

だが、やらねばならない。ここでコイツを野放しにしたら、最悪の場合施設にすら害が及ぶ。それだけは避けなければ。

 




継ぎ接ぎからは艦隊司令部、欠陥からは提督の力を持った最大の敵。どちらの力も持つ敵というのは、冬の仮面ライダー映画みたいですよね。

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