私、若葉が飛鳥医師の下に身を寄せるようになり1週間が経過した。リハビリは目を覚ましてから欠かさず行い、痛みを感じつつも身体を本調子に戻そうと日々努力している。毎日の積み重ねで身体が動くようになっていくことを実感すると、この痛みも心地よさを感じる程であった。
回復さえすれば、私の記憶に残る最悪な人生を払拭するほどの輝かしい未来を掴める。私の身体は艦娘からは逸脱しているかもしれないが、私が満足出来る生き方が出来るはずだ。そう考えると、リハビリにも力が入るというもの。
「もう大分動けるようになったな」
リハビリを見てくれるのは飛鳥医師。治療の経過観察をするのも医者の務めとサポートしてくれている。日常生活は雷が見てくれるので、至れり尽くせりである。
「まだ脚が少し痛い。だが、歩くことは出来るようになった」
「痛みに関してはもう少し我慢してくれ」
初めて立ち上がった時は、摩耶に忠告された通り生まれたての子鹿のようになってしまった。問題ないと大見得切ってこれは少し恥ずかしい。毎日痛みに耐えながらストレッチなどをしたおかげで、ここまで来ることが出来た。
「腕の方は完全に馴染んだみたいだな」
「二の腕の痛みももう無くなった。動かすことに違和感もない」
「摩耶の時にはもう少し時間がかかったんだ。脚と腕では回復の時間に差が出るのは当たり前だったか」
脚と腕は太さが違うのだからそうもなるだろう。そもそも摩耶と私では体型が違う。小柄な私の方が馴染むのが早かったようだ。
「他に何か違和感はないか。どんな些細なことでもいい」
「今のところは何も」
「それなら良かった。残りあと少しの痛みさえ無くなれば、怪我をする前の状態に戻るだろう。その痣はどうしたい」
駆逐棲姫の腕ということを表す左腕の痣。毎日見ることになるこれも、 まだ目覚めて1週間しか経っていないが、今の私にはそれなりに愛着があるものだ。新しい人生の始まりを表す痣。これがあることで私は生まれ変わったのだと自覚出来る。
嫌な過去があるという証にもなってしまっているが、それが気にならないくらいの生活をしていけばいい。その意気込みにもなる。
「若葉は気にしてない。このままがいい」
「ならそのままにしておこう。流石にそれを消そうとすると、また違う腕を探してくるしかないからな」
「また左腕を切断されても困る」
なかなか怖いことを言う。
「何故こんな治療が出来るんだ?」
ずっと聞いていることをまた問うた。自己紹介されたときに、本人の口から『少し特殊な経緯がある』と出たが、その真相は闇の中。雷や摩耶ですら知らないことだから、頑なに言わないようにしている。
「秘密だ」
やはりはぐらかされた。得体の知れない治療法を秘密と言われるのは恐ろしいことではあるが、瀕死の状態をドック無しでここまで回復してもらえたのだから腕は確かなのだ。何をどうしたらそんな経験が積めるのやら。
リハビリが終わり、飛鳥医師の診察も終了。傷から血が滲むようなことはないため、身体中に巻かれた包帯と検査着も今日限りで卒業でいいとのこと。
本来ならば、私には駆逐艦若葉としての制服がある。だが、ここに流れ着いた時に着ていたものは使い物にならないほどボロボロになっていたことだろう。なら何を貰えるのか。
「今日からは医務室ではなく、自分の部屋で過ごしてもらう。そこにいろいろと用意しておいたから、行けるようなら今からでも見に行ってみてくれ」
自分の部屋が貰えると思うと少し胸が高鳴った。
当然だが、前の鎮守府ではそんなこともなく出撃させられている。最初から私の居場所は与えられていなかったのだろう。それが、今回は自分の居場所を部屋という形で明確に与えられた。私はここにいていいのだ。
「改めて、若葉。君は僕達の仲間だ。よろしく頼む」
手を差し出される。私はこんなことすらしたことが無かったのかと改めて思った。その手をギュッと握る。
たったこれだけ、握手だけでも、飛鳥医師との繋がりが出来たように感じた。鎮守府に属するよりも緩い繋がりなのに、それが心地いい。
飛鳥医師に場所を聞き、今は私室としてあてがわれた部屋の前。隣には雷の部屋が、雷の部屋の正面には摩耶の部屋がある。それ以外にもいくつかあり、部屋自体は10個。これが全て埋まることは無いだろう。
「ここが……若葉の部屋」
扉を開ける。中はベッドとクローゼット、あとは使うかわからない机があるくらいの簡素な部屋ではあるが、私1人で使うにはそれなりに広い。もう1人2人入っても余裕があるような私室。
おもむろにクローゼットを開けると、中にはしっかり私の制服が入っていた。肌触りからして本物の
「……着替えるか」
せっかくだしと、その制服を着ることにした。肌着まで全て揃っており驚く。この辺りは雷か摩耶が調達してくれたのだと信じよう。あの飛鳥医師がこの類まで取り揃えてくれるとは考えたくない。
「……」
検査着を脱ぎ、包帯を解いていくと、やはり傷だらけの私の身体が露わになり、クローゼットに備え付けられた全身鏡により私にまざまざと見せつけられる。
見る人が見れば、醜い、汚い身体だと思うのかもしれない。だが、私に取ってはそういう感情は1つも湧いてこなかった。むしろ誇らしかった。生まれ変わった私には、これが当たり前。傷なんて関係ない。
「……隠れるものだな」
二の腕と脛、胴に大きな傷があるのだが、制服を着るとその全てが隠れた。摩耶のように大っぴらに見せるのも別に構わないのだが、駆逐艦若葉の制服は長袖のブレザーに黒タイツであるおかげで露出度は極端に少ない。この状態でわかるのは左腕……手にまでかかった痣くらいだ。これでようやく、駆逐艦娘としてのおおよその部分が戻ってきた。
あとは艤装なのだが、当然大破しているため、鎮守府の工廠でなければ修復出来ないだろう。結局私は艦娘としては復帰出来ていない。
せっかく
「……私は艦娘なのだろうか」
艤装が無ければ、戦うどころか海の上に立つことも出来ない。そうなると艦娘とは言い難い。楽しく生きると意気込んだものの、生まれた理由の半分は無くなってしまっている。私はどう生きていけばいいのだろう。戦いを失ってしまったら、私は何が出来るのだろう。
「若葉、いるかー」
自分の境遇を省みて項垂れていると、部屋の外から摩耶の声。私が部屋を貰ったことはもう知っていたようだ。
扉を開けると、妙に油汚れが目立つ摩耶が立っていた。いつも着ている艦娘の制服ではなく、ツナギを着ている。
「おう、制服に着替えたんだな。検査着より似合ってるぜ。っと、それより、あたしについてきてくれ。今日で医務室生活が終わるって聞いてたから急ピッチで仕上げたんだ」
何を言っているかはわからないが、私に急ぎの用という感じだったので、言われるがままについていく。
私がこの施設で知っているのは、医務室と自分の部屋だけ。その自分の部屋が割と医務室に近かったことで、施設の全容は全くわかっていない状態。
摩耶が向かう方向は、今まで使わせてもらっていた医務室も通り過ぎた先の、海に近い方。なんと工廠がそこにあった。ただの医療施設ではないのか。
「ここは……工廠? この施設は鎮守府なのか?」
「放棄された鎮守府を改装してるんだとよ。ドックとかだけは撤去されたみたいなんだけど、場所としては残ってんだ」
部屋の数が少ないのは、元々ここが簡易鎮守府程度でしか運用されていなかったかららしい。遠征部隊の宿泊施設程度だったのかも。それでも工廠があるくらいなのだから、そういう稼働はしていたのだろう。
放棄されるほどなのだから、この辺りの海は完全な平和なのかもしれない。それは喜ばしいことである。
「で、だ。ここに来てもらったのは、こいつを見せたかったからだ」
摩耶がまっすぐ向かった先にあるもの。そこには私には見覚えのあるものが鎮座していた。
それは今の私が喉から手が出るほど欲しかった、私の存在理由の1つでもあるもの。壊れたと思っていたのに、新品同然の形でそこにある。
それは、私の艤装。
「なんで……」
「なんでって、あたしが修理したからだよ。ちょいちょいアレンジがあるけど、ちゃんと動くはずだぜ」
おそるおそる艤装を装着する。駆逐艦の艤装は、背負うだけだったり腰にはめ込むだけだったりと簡単なものが多いが、私の艤装は一際特殊。身体と接続するのではなく、背中で
どれだけ動いても私の背中から付かず離れずの距離をキープし続けて、それでも私に艦娘としての力を与え続けてくれる。今の私は艤装のおかげで人間とは一線を画した力を持っている状態だ。
「すごいな。ちゃんと若葉の艤装だ」
「そりゃあな。軸の部分はちゃんと残っててくれたから、後は拾ってきた部品で使えそうなもんを片っ端から試したんだ。だから、その艤装も、なんつーか……継ぎ接ぎだらけだな」
確かに、私が以前使っていたものと比べると、所々が違う。本来のものとは差し替えられている部分が目に見えてわかる場所も多い。
だが充分すぎる。それに、継ぎ接ぎの私にはお似合いな継ぎ接ぎな艤装。私らしい、むしろ私にしか使えない艤装だ。とても気に入った。私はこれと共に海を駆けたい。
「摩耶、今すぐ海に出ていいだろうか」
「ちょっと待ってろ。あたしも行く。さすがに1人で行かせるわけにはいかねぇよ」
工廠故に海には直結。行こうと思えばそのまま行ける。
艤装を手に入れたことで、今の私はハイになっているのかもしれない。まだ残っている身体の痛みも忘れ、早く海に出たかった。それが出来れば、本当に艦娘として私は完治したと言える。
「よし、いいぜ。行くか!」
「出る」
準備が出来た摩耶が言うが早いか、私は海に飛び出していた。艤装を着けているので、当然海の上に立つことが出来、そのまま駆けることも出来た。最悪の人生の時と同じように、最初から知っているかの如く動ける。身体がそのように出来ている。
私の後を摩耶もついてきていた。摩耶の艤装は私とは違い物凄く簡単に出来ており、腰や二の腕に巻いている程度である。武器が無いのなら装着も早いものだ。
「摩耶は工作艦なのか?」
「んなわけあるか。必要だったから覚えたんだよ。あたしの艤装も、雷の艤装も、全部あたしが独学で整備してんだ」
工作艦がいない施設のために、誰かやれる者が艤装の整備をしなくてはいけないと思い、摩耶が立ち上がったらしい。そもそも雷は自分が艦娘であるとわかっていなかった時期もあるし、飛鳥医師は分野が違う上に他にやることも多い。消去法として摩耶しかいなかった。
「若葉も覚えた方がいいだろうか」
「あまりオススメは出来ねぇな。ただ、自分の艤装が整備出来ると何かと便利かもしれねぇ。覚える気があるなら、それくらいは教えてやるよ」
それは助かる。継ぎ接ぎになっていることでより一層愛着が湧いた艤装だ。自分の手で弄ることが出来るというだけでも楽しみである。
「それよか、どうよ。久しぶりに海に出た感想は」
摩耶に問われ、思いを巡らせる。
「最高だ。やはり若葉は、良くも悪くも艦娘なんだと感じた」
波と潮風を感じ、改めて実感した。私の在り方、こうして海を駆けることがとても楽しい。もっと海を感じていたい。これからは毎日こうやって海を駆けよう。
「これで完全復活だな」
「ああ。摩耶、感謝する」
「いいってことよ。やっぱ艦娘にゃ
もう身体の痛みすら感じなかった。海に出たことで本当に完治したように思えた。
身体も艤装も継ぎ接ぎな艦娘、若葉の第二の人生は、たった今から始まることになる。平和にのんべんだらりと暮らすのか、戦火に巻き込まれて暮らすのかは、今はまだわからない。だが、第一の人生よりは確実に希望が満ちている。
楽しもう、世界を。
工作巡洋艦摩耶、爆誕。摩耶は絶対ツナギが似合う。