テロリストの提督との戦いは佳境へ。私、若葉と三日月、そして朝潮の3人がかりでどうにか右腕の腕時計に仕込まれた艦隊司令部を破損させることに成功したが、敵はまだ無傷。それに比べ、私は大分打ち付けられてダメージが蓄積している状態である。
そんな中、朝潮の仲間である瑞穂が、朝潮達を統括する提督、加藤中将をこの戦場に連れて来てくれた。陸の上では艦娘をも凌駕する提督には、同じ提督をぶつける。それが最善の戦いであった。
「私の部下を、娘達を、伴侶達を傷付けた報いを、受けてもらおうじゃないか」
来栖提督よりも一回り大きい程の巨体が目の前から消えたかと思ったら、テロリストの提督の鳩尾に拳が深々と突き刺さっていた。見た目にそぐわない俊敏性、さらには攻撃力も艦娘と引けを取らない。
敵も提督なのだからその程度では倒れないが、確実にダメージは入ったようで、入った場所が場所なのでゲホゲホと咽せる。私達だけではどうにもならなかった。
「提督、右腕のヤツを完全に破壊してくれ。アレのせいで皆がまともに動けない」
「アサ君か。了解した」
朝潮に言われたことで即座に行動。鳩尾に叩き込んだ拳をすぐに引っ込め、もう片方の腕で敵の首根っこを掴もうと手を伸ばす。
当然敵の男もそれを回避しようとその場から離れようとするが、加藤中将はそれ以上に速かった。まるで腕が伸びたかのように錯覚する。
「っが!?」
「少し苦しいだろうが、我慢してくれ。なに、私は君を殺そうだなんて思っていない」
圧倒的な力によりしっかりと首根っこを掴み、その場から動けなくする。その掌も大きく、鷲掴みにするように首の大半が埋まる程であった。
巨体による蹂躙のため、知らない私達から見れば一方的な戦いにすら見えてしまう。それに、そこに割り込むことが出来ない程の圧力。口出しすら出来ず、ただただ見ていることしか出来なかった。
しかし、ここでキナ臭い匂いが漂った。ターゲットは加藤中将。この状況下に置かれても、敵の提督はしっかりと
私達相手には素手でも十分だが、同格が現れた場合にはそうはいかない。故に、奴は何かしらの武器を隠し持っている。敵側の艦娘が主砲を持っていたためわかりづらかったが、奴からも火薬の匂いはしていた。
その場所は、左腕。
「左手に武器を隠し持っている!」
またもやバレたためか、私の発言と同時に左腕の袖口に仕込まれた小型の拳銃を加藤中将に向けて構えた。いくら提督といえど、戦闘力が異常なだけで生身の人間だ。あんなものに撃たれたらひとたまりもない。当たらなければいいが当たったら死ぬという諸刃の剣のようなもの。
故にその巨体でもスピードでも腕力でも艦娘に勝るのだろう。主砲が当たれば終わりなのだから。
「君は随分と用心深いようだね」
忠告が効いたか、拳銃を撃たれる前に肘と膝で左手を挟んで潰す。指をへし折ったわけでは無いものの、強烈な衝撃に引き金が引けず、握りが緩んで拳銃が落ちた。
それでもまだ諦めていない。キナ臭い匂いはまだ消えず、殺意はさらに増していた。先程のような暗器をまだ持っている可能性が高い。
「この……っ」
「次は何をするつもりだい?」
首を強く締め上げたことで呼吸を乱し、同時に引き寄せて右腕を掴んだ。そこにあるのは艦隊司令部の仕込まれた腕時計。軽く握り潰すだけで破壊出来たようである。
これにより支配の力は完全に消滅。受けていたものは消耗させられているものの、三日月が傷付けておいたおかげで復帰が早くなり、扶桑はすぐに朝潮の側に駆け寄った。
「ごめんなさいね……あんな力は受けたことが無かったから……」
「アレは仕方ない。私でもしんどかった」
「でも今からは……朝潮を守るわ……必要……無いかもしれないけど」
扶桑が敵の提督を見下すように一瞥した。
提督同士の戦いはここから白熱し始める。相手も提督なのだから、先程はモロに攻撃を受けたものの、すぐに気を取り直して首を絞める加藤中将の腕に向けて拳を叩き込む。拘束さえ解ければまだ勝ち目があると判断したのだろう。
しかし、加藤中将はビクともしない。腕すらも強靭な筋肉に覆われ、ナイフを使っているならまだしも、ただの拳では意味がない程である。
「咄嗟の判断は素晴らしい。さぞかし鍛え上げたのだろう。深海棲艦への憎しみは痛いほどわかった」
「なら私の邪魔をするな!」
首を掴まれていることを利用して、そこを軸に強烈な蹴りを放つ。私に放ったものとは違う、一撃で腰の骨を叩き折る程の威力のそれが、加藤中将の腹へと叩き込まれた。
しかし、やはりビクともしなかった。腕以上に鍛え上げられた腹筋でそれを食い止め、まるで巨木を蹴っているような音がする。
「邪魔をしているわけじゃない。私の愛する者を守っているだけだ」
お返しと言わんばかりに、丸太のような脚で一撃。それでも手加減をしているのがわかるほどであったが、男には戦意を削ぐ程の痛烈な一撃だったようで、それを喰らったことで大きくダメージを受ける。
「君の信念もわかるが、私にも全ての種族が共存出来る世界を作るという信念があるんだ」
「大本営から通達を受けたとき、何をふざけたことをと思ったぞ。深海棲艦と手を取り合う? ふざけるな!」
もう一度蹴りを放つが、やはり効かない。怒りにより鋭さは増しているはずなのだが、加藤中将の尋常ならざる鍛え方が全てを弾き返している。
「奴らは私の妻を騙して殺したんだぞ。傷付いた姫を手当てした優しい妻は、仇で返され命を落としたんだ! そんな奴らと手を取り合うことなど出来るか!」
「……気の毒に。私にはそれしか言えない」
もう加藤中将からは怒りの匂いが消えていた。最初に感じた慈悲深い匂いがより強まり、敵の提督の話に耳を傾ける。
この男にだって言い分があるだろう。こんな暴挙に出た理由は、決してくだらないことではない。聞けば多少は納得出来るもの。しかし、それを許してしまうわけにはいかないのも事実。
「深海棲艦なんぞ全部似たようなものだろうよ。人間の地を侵略し破壊するような輩を信用出来るか! だからこのタイミングを狙ったんだ。アンタが、加藤中将がここに宿泊するってタイミングをな」
当然艤装の持ち込みなどは隠し、ただの慰安目的の宿泊客を装って、加藤中将をここで待ち構えていたということか。外に漏れないように内密に。
先程、他にも同志がいると言っていた。そこと連携して、あらゆる深海棲艦を殲滅するために動き出しているのだと思う。この慰安施設の内部にもいる可能性がある。
「アンタの鎮守府の深海棲艦が全員ここに来ているらしいじゃないか。人間と馴れ合うだなんてな。アンタ達もハメられてるぞ。心を許したところで後ろからドンだ」
もう精神が歪んでしまっているとしか思えない。それほどまでにショックが大きい出来事だったのだろう。信じた者に裏切られるだなんて、心が壊れるほどに辛い。
私だって、人間に騙されて三日月が殺されるなんてことが起きたら、人間そのものを恨んでしまうだろう。三日月と逆の立場ならもっと危ない。元々そういう境遇から今の状態になっているのだから尚更だ。だから、この敵の言いたいことは痛いほどわかる。歪む理由だって、自分のことのように理解出来る。
だが、だからといって同じものを全て滅ぼすことが良くないことであることくらい、誰だってわかることだ。私達は特殊な大淀に散々な目に遭わされているが、だからといって艦娘どころか他の大淀に対して恨みを持っているわけではない。別物と理解出来ているから、手を取り合うことが出来る。施設にいる3代目とも仲良くやっているつもりだ。
「深海棲艦であろうと、彼女達は私達と目的を共にしている同志だ。元々戦いを好まない集積地棲姫や、ただ静かに暮らしたいという戦艦水鬼、人間に心を動かされた深海海月姫、まだまだいる。その者達と手を取り合って何が悪い」
「演技だろそんなの。アンタに取り入れば、侵略が楽になるだろうからな。用が済んだら殺されるのがオチだ。それでいいなら精々仲良くしておけよ。で、死んで後悔するんだ」
どれだけ話しても一向に良くはならない。あまりにも根深い傷。加藤中将とこの提督は、信念が完全に平行線上にある。決して交わることはない。
だからこそ、私は一言物申したかった。先程は三日月と朝潮が殲滅の大義名分について問うたが、私からは少し違う。似たようなものかもしれないが、どうしても私の言葉で伝えたい。
「お前の信念はよくわかった。嫁が殺されて辛いのも、
三日月も小さく首を縦に振る。今の話を聞いて、私と同じように相手が殺されたらと考えたのだろう。顔には出さないようにしていたが、心が乱れているように思える、そういう匂いがした。
「だがな、幸せに暮らしているところに割り入って殲滅するのは、それこそ侵略じゃないのか。お前がやってることは、お前が恨んでいる深海棲艦と同じだぞ」
「あんな奴らと一緒にするな!」
「一緒だろ。少なくとも
そこにどんな信念があろうが、こいつがやっているのは侵略と破壊。忌み嫌う深海棲艦と全く同じ行為だ。悪を以て悪を制するとでも言うのか。それなら復讐の輪廻を重ねるだけだろう。
侵略者を殲滅させるために自分が侵略者になってどうする。その矛盾に気付けないほどに、この男は復讐心で狂ってしまっているのだ。
「……私が侵略者だと。ふざけるな、ふざけるな!」
「ふざけてるわけないだろ。お前の行為は、楽しく生きる
私の言葉は多少揺さぶりになっているようだ。どんどん冷静さを失っていく。怒りと焦りが綯交ぜになった匂いしか感じない。これだけ言っても罪悪感のカケラも感じないのがまた酷い。
「
「……うるさい。うるさい! うるさい!」
そもそも、人間である加藤中将に拳銃を向けた時点で信念がブレブレだ。自分の考えにそぐわぬ者、自分に楯突く者は全て敵と言わんばかりである。これでは侵略者どころか独裁者じゃないか。
駄々を捏ねるようにもがくが、ここまでの話を聞いていた加藤中将が拘束の手を緩めるわけが無かった。
「信念自体はそこまで間違っていないから困るが、君は行き過ぎてしまったようだね。一度考え直しなさい。自分の行ないが本当に正しいのか。君は正義の心を失ったわけではない。きっと更生出来るだろう」
「ふざけるな、ふざけるな!」
「ふざけてなんていない。君の正義感は間違っているわけじゃないんだ。今は何を言っても聞く耳が持てないだろうから、これで終わりにしようか。次に会う時はここでの罪を反省し、隣に並び立つ仲間であることを祈ろう」
男の脚を払うと、その勢いのまま地面に叩きつけた。主砲が壁を破壊した時よりも豪快な音が鳴り響き、男は気を失った。これだけやっても男の身体には傷一つない。殴られても平然とし、殴りつけても傷付けない。恐ろしい程に強い。
朝潮が慕う提督であることがよくわかった。強さと優しさを兼ね備えた彼の下でなら、私達も艦娘として戦うことが苦では無くなるだろう。それほどまでに大きな提督であった。
「若葉君と三日月君だね。すまない、私達のことに巻き込んでしまったようで」
「……いや、大丈夫だ」
三日月はさっと私の陰に隠れる。初対面の人間ということと、来栖提督よりも大きな身体に威圧感を感じてしまったからだ。それを見て加藤中将が苦笑する。
「提督の力相手だと、予知も出来なくなるから困る。若葉、助かったぞ」
先程の丁寧な雰囲気からは一変している朝潮。匂いも変化し、若干粗暴なイメージを感じる。何より、先程までより深海の匂いが強くなっていた。
「朝潮……それがお前の本性なのか?」
「本性じゃない。私は朝潮の中に住まわせてもらっている深海棲艦だ。深海朝水姫、アサと呼ばれている。まぁ多重人格だと思ってくれればいい」
また訳のわからないことを言っているが、とにかくそういうものなのだと思っておこう。私に取り憑くシグとチ級みたいなものか。
ひとまず、深夜の事件はこれで終了。あとは加藤中将に任せて、私達は新婚旅行を続けることにしよう。
加藤中将の圧倒的な力。提督同士で戦ってもこれというのだから、そりゃ扶桑姉様も手も足も出ない。
本編、番外編込みで、今回で300話となりました。番外編もあと少しで終了となりますが、残りの時間よろしくお願いします。