慰安施設でテロを起こした提督とその部下の艦娘達は、朝を迎える前に運び出されていった。真夜中だというのに大本営から遣いが来たそうなのだが、加藤中将のコネなのか、なんと元帥閣下が直々に来たらしい。残念ながら顔を合わせる事はなかったが、下呂大将や新提督よりも上に立つ人間というのは気になるものである。
一部が破壊されてしまった慰安施設は早急に職人妖精の手により修復され、目を覚ました時には事件など無かったかのように何もかもが元通りになっていた。流石としか言いようがない。
「とんでもないことが起きていたんだな。部屋の外に出なくて正解だった」
「ああ。流石に守りながらは無理だった。奴は人間を襲う事は無かったろうが、流れ弾に当たる可能性だってあったからな」
「こんなところで主砲を撃つだなんて、怖いですね……」
朝食の場、今回は飛鳥医師と蝦尾女史も合流して、昨晩の戦いのことについて説明しておいた。
物音で目を覚ましたものの、安全面を考慮して部屋から出なかったことで、事件については断片的にしかわかっていないそうだ。部屋から出なかったというのは堅実。無理に外に出て戦闘に巻き込まれては困る。それに、今の飛鳥医師には、蝦尾女史を守るという使命がある。
「若葉、身体大丈夫? 何回か蹴られてたでしょ?」
「まだ痛むが大丈夫だ。これくらいならすぐに治る」
私、若葉は昨晩の戦闘のダメージがまだ少し残っていた。あの男から受けたダメージは、少し眠った程度では治らない。特に思い切り蹴られた場所は痣になっていたくらいである。
それもここの風呂に入ればすぐにでも治るそうだ。艦娘用の特殊な湯船には、以前鳳翔が用意してくれた薬湯もあるらしく、アレに浸かればすぐに良くなる。
昨晩に入っておけば良かったかとも思ったが、バタバタしていたために結局朝まで流れてしまった。眠かったというのもあるし、事後処理も大変そうだったため、邪魔をせぬように部屋に戻っている。今日は朝風呂から始まりそうだ。
「君が飛鳥君かな?」
などと話をしていると、突然声をかけられる。その声の主は、昨晩事件を解決してくれた朝潮達を統括している提督、加藤中将。三日月はまだ慣れておらず、近付かれたことでビクンと震えた。
「貴方が加藤中将ですか。助かりました」
「いやいや、私だけでは解決まで行けなかった。若葉君と三日月君が奮闘してくれたおかげだ。夜はバタバタしていたからね、改めて礼を言わせてほしい」
その巨体が、私と三日月の前にしゃがみ込む。こういうところからも、加藤中将の優しさを知ることが出来る。
「君達がいなければ、我々は負けていたかもしれない。特に若葉君、君には命を救ってもらったようなものだからね」
男が隠し持っていた拳銃のことを伝えなければ、加藤中将も撃たれていたかもしれない。あれだけはすぐに伝えることが出来て良かったと思う。加藤中将は特にそのことを感謝してくれているようだった。
私はあの戦場ではまともに動けていなかったと思う。相手が提督であり、さらには非武装というハンデの中、出来ることは可能な限り出来ただろう。
「ありがとう、君達はもう我々の仲間だ」
握手を求められたので、勿論返した。三日月はまだ少し怖そうだが、おずおずと手を出し、しっかりと手を握る。
「我々の帰投は明日の予定だ。そちらは?」
「僕らも明日の予定です。それまでは顔を合わせることも多いと思います」
「そうかそうか、ではその時はよろしく頼むよ」
昨晩の厄介事はもう考えなくていい。今日は1日をここで満喫しよう。
早速だが、身体の傷を癒すために薬湯の露天風呂に向かった。無傷の者には逆に悪影響を与えるということで、三日月には少し待っていてもらうことになる。三日月は三日月で温泉に入ってもらうことにしよう。私が側にいなくなるが、今ならおそらく大丈夫だ。
「あ、先客がいるようですね」
ここでも朝潮と出会う。あちらも戦闘中に脇腹をやられており、小さいものの傷はある。私と同様、薬湯で身体を癒しに来たようだ。
「
「私も抉られかけたので腫れてしまっていて。ここでならすぐ治ると聞いたので使わせてもらおうかなと」
昨日は温泉の前で朝潮と顔を合わせたものの、その時は私はもう出て着替えも終わった状態、朝潮は来たばかりで服も脱いでいないという状態だったが、今回はお互いに全裸。ここでお互いの異様さを嫌というほど見せつけることになった。
「お互い、酷い戦いをしてきたんだな」
「ですね」
私は左半身が痣で包まれているわけだが、朝潮はそれをも超えている。全身にヒビ割れのような痣があるのはまだマシ。腹の辺りに虚空のような穴が空き、その中央が鼓動に合わせて明滅している。身体中の痣もだ。額の角も相まって、並の深海棲艦ではないことが嫌でもわかる。
朝潮は朝潮で私の身体の痣を見て小さく驚きの感情を匂わせていた。いろいろといる朝潮の仲間達の中にも、ここまで派手な痣を持つものはいないようだ。
「三日月を1人にするのは少し気が引けるからな。すぐに治してすぐに合流しようと思う」
「そうですか。温泉に行っているようですから、私の仲間達がお話くらいしているでしょう。どうしても三日月さんとお話ししたいと言っている人もいましたので」
2人揃って湯船に。薬湯の効能が身体に染み渡るような快感に、小さく息が漏れる。
夜の温泉も良かったが、朝の露天風呂もなかなかいい景色だ。三日月と一緒に見たかったが、怪我人でないと入れない風呂と言われたら諦めざるを得ない。
朝潮と2人きりになり、どちらともなく話が始まる。私も朝潮も、聞きたいことがいくつもある。
「昨晩はありがとうございました。私達だけではあの男を捕縛することは出来ませんでした」
深海棲艦になってしまったというのが大きな弱点となってしまった戦い。艦隊司令部の力なんて、歴戦の勇士である朝潮ですら知らない力だったようで、あの扶桑すらも行動不能にしたのは完全な予想外らしい。
そもそも非武装の艦娘達が戦うことが出来なかったのが大きかったそうだ。朝潮の鎮守府の最高戦力は扶桑とその妹、山城であり、格闘戦特化という艦娘とは思えない性能のためにあの戦場では最も活躍出来るはずの人材なのだが、山城が戦場に出られなかったのはそのせい。故に、提督の指示で他の非武装の者を守るために裏方に回っていたらしい。
「こちらも感謝する。
「それでも大分戦えていたようですが」
「
幸いなことに、それでも並の艦娘くらいには動けた。今までの経験が活きているようで何よりである。
「結局、若葉さんは一体何になってしまったんですか?」
「わからん。艦娘でも深海棲艦でも無いらしい。別のナニカだそうだ」
完全に細胞が混ざり合った結果がこれだ。私と三日月しかいない、たった2人だけの謎の種族。これも三日月との絆を深める要因になっている。私には三日月しかいないし、三日月には私しかいない。
「だが、別に何でも変わらない。
「そうですね、はい、そうです。何に変わっても自分は自分ですよね。私もそう思います」
朝潮もそういう経験があるのだと思う。元々は駆逐艦なのに今は陸上型深海棲艦。そんな変化するわけがない。余程の体験をしてきたのだろう。
「お前もよくわからないな。昨日のアレは何なんだ」
「アレ……とは、アサのことですか? あの子は私がこの身体になった時に生まれた別の私というか、一応本体はコレです」
背中を向けると、肌にしっかりと埋め込まれたよくわからない物体が鎮座していた。生活に支障が無いようになっているようだが、半壊しているらしく、触るのも少し憚られる。
「私の相棒ですが、娘のようなものでもありますね。私を元に生まれたので」
「娘とはまた……」
「いろいろと立ち位置があるんです。私の中にはアサの他に、ヨルというもう1人が入っていますからね」
やはり私と少し近いようだ。意味合いは違っているが、自分の中に2人いるというのも似通っている。私は夢の中でしか会えないが、朝潮は常時会話が出来且つ人格の交代まで出来るようだ。それはそれで羨ましい。
とはいえ、立ち位置の多さに若干の気苦労を感じた。ああいう場でも中心となって動いている辺り、リーダー役をやっているようにも思える。妹はわかるが、春風という妹分がいて、初霜に至っては嫁を自称しているほどだし、挙句は娘がいるとまで言い出した。
私も妙な立ち位置を持っていたりするが、朝潮には敵わない。来栖鎮守府に移籍した潜水艦一同が忠誠を誓いたがったり、有明鎮守府の弥生のような愛人希望なんてのもいるが、こうまで複雑な人間関係もそうそう無いと思う。
「挙げ句の果てには女帝ですからね……」
思わず吹き出しそうになった。鎮守府の女帝、聞こえがいいのか悪いのか。
だが、私も似たようなものか。不名誉とは思わないが、言われるとこそばゆい呼び名が私にもある。
「
今度は朝潮が吹き出しそうになっていた。こういうところも似たもの同士かもしれない。
お互いに吹き出しそうになったことで、可笑しくなってしまい、2人して笑う。新婚旅行という形でこの慰安施設に来たが、まさかこんなところで気が合う者に出会えるとは思わなかった。
「お前と会えてよかったよ。世の中は広いな」
「私もです。若葉さんと出会えてよかった」
そこからは、傷が治るまでただただ世間話を続けた。短い時間ではあるものの、とても有意義な時間を過ごせたと思う。朝潮には素性を話すのも苦では無く、あちらもスラスラと話してくれるので、話は恐ろしく弾んだ。
この朝潮なら、三日月もすぐに親しくなれるだろう。共通の友人として、繋がりを持っておきたいと思う。
薬湯の露天風呂から出て、三日月と待ち合わせている温泉の方へ。朝潮が言うには、あちらの仲間達が何やら話をしているとのことらしいが、大丈夫だろうか。
「三日月、少し待たせたか」
脱衣所に入ると、朝潮の言っていた通り、私の知っているものから知らないものまで数人が三日月と話をしていた。艦娘も深海棲艦も入り交じり、三日月からも嫌がっている素振りは無いようだ。初霜が交ざっていたから抵抗が少ないのかもしれない。
「あ、若葉。身体は治った?」
「おかげさまでな」
私の姿を見てすぐに駆け寄ってくる。会話を中断してしまったようで申し訳ない。
「メンバー的にどんな話をしていたかわかりますよ」
「三日月さんは
そう言うのは深海棲艦の匂いを漂わせる銀髪の娘、涼月。なんでも加藤中将を
成功者とは、三日月が恋愛を成就させているということか。私という相手と相思相愛になれているので、その秘訣を聞きたいと、そういうことのようである。
「私も朝潮さんと組んず解れつしたいので、三日月さんに何かアドバイスが貰えたらなと思って」
「私達が目を光らせてる限り、それは無いから」
「かあさ、コホン、姉さんにいかがわしいことはさせないから」
初霜の欲望に忠実な発言に対し、妹でありながら朝潮親衛隊とも言える霞と満潮が即座にツッコむ。なんやかんや良い仲ではないか。
「三日月さんの恋愛観、とても参考になりました。今後も是非、友人として関係を持っていきたいと思います」
「わ、私で良ければ……」
涼月に手を取られて動揺する三日月。蝦尾女史に引き続き、恋する少女を応援する役割になったようである。なんでも涼月にはライバルが多いらしく、さらにはその中でも一番の新人なため不利なのだそうだ。
それはまぁ頑張れとしか言えない。時間の差を埋めるために行動で示すとのことだ。
「一晩語り明かしたいくらいですが、三日月さんには旦那様がいらっしゃいますし、それは我慢しておきます。夜は夫婦の時間ですものね」
「は、はぁ……ありがとうございます」
涼月の勢いがすごく、三日月はそれに押されてタジタジであった。そんなところも可愛いと思う。
他者と積極的に関係を持つことは無いが、こういうことに抵抗が無くなったのも、ひとえに顔の傷が消えたからだろう。こんな姿を見ることが出来て、私も嬉しい。
騒がしい連中ではあるが、不快ではない。むしろ楽しいと思える。出会えて良かったと、心の底から思えた。
侵食の影響もありますが、他の恋愛中な者から見れば三日月は成功者。相思相愛にして結婚まで成し遂げ、朝から夜までイチャイチャイチャイチャ。