継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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絆の証明

その日は慰安施設を満喫することに時間を費やした。流石に飛鳥医師が受けたというマッサージは不要ではあったが、本当に隅から隅まで歩き回り、やれることは全てやったと思う。身体を休める場所なので、娯楽施設というものは無かったが、多種多様なリラクゼーション施設が完備されていたため、それはそれで楽しめた。

心身共に癒され、次の戦いへの英気を養う。それが本来の使われ方なのだと思うが、私、若葉と三日月はもう戦うことなど無いため、ただただ癒されに来ている。事実、別に荒んでいたわけではないし、施設の住み心地が悪いというわけではないのだが、心が洗われるような心地良さを感じた。

 

「本当にいろいろあったね」

「ああ、楽しめたな」

 

映画館というわけでは無いが、個人ブースで動画を見られる場所もあったりしたので、施設ではなかなか出来ないビデオ鑑賞なんてこともやってみた。身体に悪そうなスナック菓子を摘まみながら、以前人間の社会で流行っていたというドラマを見てみたり。

普段出来ないことをやるというのもなかなか楽しいもので、すぐに時間が過ぎてしまった。三日月も楽しんでくれていたようで良かった。何より、個室で2人きりというのが尚良かったと思う。

 

ここでの滞在は明日の朝まで。朝食を摂ったら下呂大将の迎えが来ることになっている。残った時間は、夕食とその後の夜のみ。思う存分満喫したが、夜はもう一度あの散歩道に行くと決めていた。それが三日月の望みであり、この新婚旅行を締め括る最高の情景だからだ。

昨晩は酷い横槍が入ってしまったが、もうその心配もない。この施設に滞在しているのは私達と朝潮の鎮守府の者達のみであることは確認済み。問題が起こることは絶対にあり得ない。

 

「いろいろとあったが、いい新婚旅行になったんじゃないか」

「そう……だね。昨日の夜のアレはまぁ、うん、酷いと思うけど、もうどうでもいいことかな。それ以上に楽しめてるもんね」

 

以前までの三日月なら、あの出来事でまた深く思い詰めていたかもしれない。大嫌いな人間の闇を見せられているようなものだった。

だが、成長した三日月は違う。私も側にいるのだから、立ち直るのだって早い。一緒に歩いてきた成果だ。だから私も、何も気にせず今を楽しもうと思う。

 

 

 

温泉では昨日と同じように蝦尾女史と合流。示し合わせたわけではないが、タイミングはピッタリ。

ここで昨日のことを聞かなければいけない。成功したことは覗き見していたから知っているが、本人の口からしっかりと。

 

「おめでとうございます。成功、したんですよね」

 

三日月のフライング気味な祝福に、蝦尾女史が顔を赤らめながらも首を縦に振った。私達が部屋から見ていたというのは伏せておく。あの現場を見られていたなんて知ったら卒倒しかねない。

あれを見ていなくても、朝の蝦尾女史の様子を見ればすぐにわかることだった。告白を受け入れられなかったとしたら、一緒に朝食を摂るなんて気まずくてやりづらい。というかその辺りは匂いでわかる。愛の匂いは甘い匂い。

 

「皆さんの後押しのおかげで、私は勇気を出すことが出来ました。特に三日月ちゃんは最後の一押しをしてくれて、本当にありがとうございました」

「いえいえ」

 

蝦尾女史に対しては結構フランクに話すことが出来ている三日月。同じ戦いを終えた同志として認識していそう。

 

「不躾な質問ですけど、何て言って告白を?」

「……秘密です。いくら三日月ちゃんでも、そこは深掘りさせません」

 

私達が唯一わからないのは、その時に交わした会話。だが蝦尾女史はそこを隠す。蝦尾女史と飛鳥医師の始まりは、2人だけのものとしておきたいようである。思い出なのだからそういうものか。

 

「正直な話、断られたらどうしようと思っていました。これからも一緒に活動していくわけですし、顔を合わせづらくなりますよね。だから、その状況も人質に取ってしまったかなと不安でした」

「ああ……確かに。関係が壊れるのは嫌ですもんね。先生も」

「なので、そういうの無しで飛鳥先生に受け入れてもらえたのは……その、飛び上がるほど嬉しかったです。勿論そんなことはしていませんけど」

 

心底嬉しそうな蝦尾女史。成り行き上とかではなく、真にお互いの気持ちが通じ合っての今の関係だから、喜びもひとしお。

飛鳥医師も朴念仁だが、ここまで来たら蝦尾女史の気持ちには少なからず気付いていた。それで考える事もあっただろう。相変わらず誰かに頼るなんてことはしていなかったようだが。男女の関係だから自分で考えるという選択をしたのだと思う。

 

「今はまだお付き合いというところですが、私は頑張ってその先も目指しますね」

「その意気です。蝦尾さんなら出来ますよ」

 

その先というのは当然結婚だろう。今はその道のスタートラインに立っただけに過ぎない。それこそお互いに研究を続けていくのだから、生活に関しては何も変わらないかもしれない。とはいえ、心持ちがまるで違うというのは確かだ。愛し合う2人で共同研究をしていくのだから、今まで以上に楽しく進めていく事ができそうだ。

 

「あ、でも惚気を理由に私の人工皮膚の件を疎かにしないでくださいね。信用してるんですから」

「勿論。恩返しのためにも、まずは三日月ちゃんが望むそれを優先しますよ」

 

こういう時でもブレない三日月。関係が進んだことで惚気によって研究が遅くなることを危惧しているような発言だが、これはただの茶化しだろう。三日月がそういうことを出来る相手なんて、私と蝦尾女史だけだと思う。

やはり顔の傷が無くなったことで明るくなっている。今までの生活もあるので、本来の三日月からは離れたものかもしれないが、私はこの三日月が好きだ。

 

「それで、今日はその関係になって初めての1日でしたが、何を?」

「相変わらずですよ。まだ凝り固まってましたからマッサージに行って、その後は自由に過ごしました。勿論、ずっと2人一緒に」

 

近況を話す蝦尾女史はとても楽しそうだ。感情の匂いに負の感情は一切混ざっていない。昨晩の戦いのことを全く知らないのだから尚更だろう。施設でやりたい楽しく生きるということが、蝦尾女史はさらに進んでいるようだ。これなら施設はより活気に溢れるだろう。

 

「熱々ですね」

「お二人には負けますよ」

 

言われてしまった。蝦尾女史も戦友である三日月には大分軽い様子。三日月にそういう仲の相手が出来たのは純粋に嬉しい。それが人間なのだからさらにいい。

 

 

 

温泉の後、昨日と同じように三日月と一緒に散歩道を歩く。一度見た風景なのに、また見ても雰囲気に呑まれそうなくらいの幻想的な光景。さらに今日は満月である。眩しいほどの月光に照らされ、さらにロマンチックな空気に拍車をかけていた。

 

「何度見てもいいな」

「うん、本当に」

 

そのまま広場に行き、備え付けのベンチに腰掛ける。ここから観る海は特に良い。同じ時間に来ても、昨日とは月の位置が違うのだから風景は変わるものだ。

座りながらも手は重ねたまま。今この世界には私達しかいないと思える程に静か。2人だけの空間に、お互いに昂る。

 

今からここでやりたいことは、三日月が望む関係の始まり。私達の関係の始まりは切羽詰まった状態での告白だったが、この空間で改めて、お互いの気持ちを確かめ合う。

ここに来る前に一度部屋に戻り、周囲に誰もいないことは確認済み。部屋から広場が見られる利点である。誰かの匂いがあるわけでもない。故に、誰かにこれを邪魔されることは無い。

 

「こういうのは、若葉(ボク)からがいいな」

 

名残惜しいが手を離すと、三日月の前に立った。いつも言っていることを改めて言うだけなのに、このシチュエーションのせいか妙に緊張する。ただ気持ちを言葉にするだけ。たったそれだけ。

蝦尾女史はもっと緊張しただろう。相手の答えがわかっていない状況下での告白は、緊張以上に恐怖が先立つ。私の場合は既に関係が進んでいる状態での告白だからまだマシなはず。

 

ふぅ、と一息ついて落ち着き、想いを口に出していく。

 

若葉(ボク)は三日月を心の底から愛している。同じ境遇だからとか、同じパーツを持ち合わせているからとか、たった2人だけの謎の種族だからとか、そういうのはもう関係無いんだ」

 

改めて手を取る。それだけでも三日月の鼓動を感じ取れるかのようだった。私の鼓動も三日月に伝わっているかもしれない。

 

若葉(ボク)は、三日月だからこの感情を持ったんだと確信している。若葉(ボク)がこんな感情を持つことが出来るのは、最初からずっと見守り続けてきた三日月しかいないんだ。だから、これからも側にいてほしい。若葉(ボク)には三日月が必要だ」

 

この感情は最初は持っていなかった感情だ。左腕の痣が拡がり、首に巻きつき、顔に辿り着き、脳にまで達したことにより思考の変化を及ぼした。似たようなことが三日月にも起こり、そこから私と三日月の相思相愛は始まっている。

だが、この侵食は後押しに過ぎないのではないかとも思い始めている。三日月の境遇もあり最初からずっと側にいた。同情も少なからずあったと思う。それでも、あそこまで親身になれたのは、三日月に何処か惹かれていたからかもしれないと。

 

私のこの心は、侵食による思考変化だけでは追い付かない。私には三日月が最初から必要だったのだ。

 

若葉(ボク)と、これからも一緒に歩いてくれ」

 

三日月に膝をつき、会釈するように頭を下げる。こんなところを見られたら、それこそ王子と揶揄されても何も文句は言えない。我ながらキザったらしいかなと思った。男役が染み付いている気がする。

だが、私の思う限り、誠心誠意の告白の形がこれだった。三日月のことを考えて、出来ることを全てやった。気に入ってくれればいいのだが。

 

「私からも言わないとね」

 

手が少し震えていた。少しずるいと思うが、私は匂いで三日月の感情が手にとるようにわかっている。少し涙目だが、悲しいわけでは無い。嫌悪感なんて以ての外。喜びで震えていた。

私の心を包み隠さず伝えたことを感じ取ってくれたのだと思う。私の一言一言で心が揺さぶられてくれた。

 

「若葉、ずっとお礼を言わなきゃって思ってたの。最初の頃は私、すごくその、わがままだったでしょ?」

「……まぁ、そうだな。だがアレは仕方のないことだろう」

「人間も嫌い。艦娘も嫌い。深海棲艦は怖い。せっかく助かったのに、世界の全部が嫌だった。でもね、若葉は本当に心の支えになってくれてたんだ」

 

そう言ってもらえるだけでも、私がやってきたことは正しかったと思える。

 

「若葉がいなかったら、私はここまで来れなかったと思う。今でも施設で引き篭もってて、誰とも顔を合わさないで一生を過ごしてたと思う。雷さんでもダメ。先生はもっとダメだった。だから、私にとっての若葉は……部屋の外に連れ出してくれた王子様なの」

 

三日月にまで王子と言われると、何というか誇らしい。最初から今の立ち位置は確約していたようである。

 

「だからね……ありがとう。私を部屋から連れ出してくれて。外の世界を一緒に歩いてくれて」

 

三日月も最初からだった。侵食があるからトントン拍子に今の関係になっただけで、侵食なんて無くても私達は結ばれていたのかもしれない。

 

「私からもお願いしたいかな。これからもずっと、ずっと私の隣を歩いてほしい。手を引いてくれると、嬉しい」

 

三日月の手を取る私の手を、両手で包み込んだ。温かい。それに、とても鼓動が速い。そして、涙目ながらも満面の笑みだった。

ならば、望み通りにしよう。私に手を引いてもらいたいのなら、それは今だ。

 

「三日月」

 

手を引いて、三日月をベンチから立ち上がらせる。そしてそのままさらに強く引き、抱きしめた。蝦尾女史の告白を焼き増ししたような形になってしまったが、今やるべきはこれ。お互いの気持ちを形にするのなら、これしかない。

三日月は私より少し背が低い。それがまた、()()()()

 

「これからも一緒に生きよう」

「うん……!」

 

結婚式の場、みんなの前では出来なかった誓いのキスは、誰もいないこの場でなら容易に出来た。この最高のシチュエーションで、私と三日月は、改めて結ばれる。

 

これはこの新婚旅行の中で、最高の思い出になった。何があっても忘れないだろう。

 




新婚旅行の締めくくりは2人きりで、愛を重ね合うことで終わりとなります。咄嗟の判断での告白ではない、何もない今だからこそ心を伝えた若葉と三日月でした。



次回、番外編最終回です。

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