継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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日常への帰投

翌朝、私、若葉と三日月の2泊3日の新婚旅行は終わりとなる。本来いるべき場所から長く離れるのは、戦いで施設が破壊された時くらい。ただ遊ぶためだけに離れるというのは本当に初めてのことであった。やはり少し名残惜しさを感じるものの、下呂大将の迎えは後に伸ばすことは出来ないため、残された短い時間を堪能する。

 

「さっき先生から連絡があった。あと一時間程でここに到着するそうだ」

 

朝食で合流した飛鳥医師からその話を聞き、いよいよ施設への帰投の時を感じる。部屋は綺麗にしてあり、荷物も全て整理済み。帰ろうと思えばいつでも帰ることが出来る状態にはしてある。

昨日のうちに行きたい場所は全て行った。やりたいことは全てやった。三日月と一緒に、この時間を満喫出来た。やり残したことは無いはずだ。

 

「いいところでしたね。先生とここに来れてよかったです」

「そうだな。身体を休めなくちゃいけないと本当に思ったよ」

 

それ以上に蝦尾女史には充実した旅行となっただろう。何せ全ての望みが叶ったのだから。

あとこんなこと言っては何だが、飛鳥医師と蝦尾女史の関係がまた一歩進んだことが私には匂いでわかってしまう。当人に突き付けることはしないが、心の中で祝福しておこう。

 

「マッサージ、勉強してみます。先生はちょっと身体を酷使しすぎです。按摩さんが引くってそうそう無いですよ」

「面目無い。なら施設に戻ったら頼むよ」

「はい、任せてください」

 

距離が縮まった2人なのだから、マッサージくらいお手の物だろう。むしろ今の蝦尾女史なら、他の者に飛鳥医師のマッサージなんてさせないような気がする。飛鳥医師も基本的に他の者に何かやらせるとかなさそう。

 

「2人は新婚旅行、どうだった」

「楽しませてもらった。三日月とね」

「はい、本当に楽しかったです。ありがとうございました」

 

三日月が笑顔で答えられる程に楽しかった。途中面倒事もあったものの、それで朝潮達と仲が良くなれたのだから、まだマシなレベルだった。奴らはもう無関係なものなのだから、記憶から消す。

 

「また来れたら来たいな。今度はみんなで来たいものだ」

「施設のみんなで来れたら楽しそうですね」

 

今回は飛鳥医師の休暇と私達の新婚旅行という形でここに来たが、次来る機会があれば施設にいるもの全員で来たい。朝潮達が来れたということは、深海棲艦がここに来ても何も言われない。なら、シロクロを筆頭とした純粋な深海棲艦も受け入れられるはずだ。

ここの花畑はとてもいい。花が好きなリコなら確実に楽しめる。セスはエコの散歩に興じることだろう。シロクロは近くの海で泳いだりするかもしれない。それは楽しそうだ。

 

「難しいだろうが、先生に意思だけは伝えておくか」

「そうしてもらえると嬉しいな。若葉(ボク)達以外にも慰安旅行が必要な奴は多いだろう」

「大淀とかな」

 

3代目の癒しも必要だろう。雑務に自分を見出しているが、こういうところで癒されるのもいいと思う。

 

「よし、じゃあ時間までは好きに過ごしてくれ。1時間後にロビーで落ち合おう」

「わかった。ではそうする」

 

最後の時間にやることはもう決めていた。三日月もそれに賛成してくれている。

もう会うことが出来ないかもしれない、ここで出会った戦友に別れの挨拶をしておきたかった。

 

 

 

少しだけ探すことになってしまったが、奴の匂いはかなりわかりやすい。それこそ犬のように匂いを辿っていけば、その者の下に辿り着く。相変わらず取り巻きが多い。

 

「朝潮」

「若葉さん。そちらも今日で宿泊は終わりでしたね」

 

薬湯の露天風呂でいろいろと話し意気投合した朝潮は、私がこちらに向かっていることを見透かしたような態度。本当に常に電探を起動させているようだ。そんなことをしたら情報の奔流で頭がパンクしそうだが、今までの弛まぬ努力の結果らしい。

 

「私達は昼食後にここを発つことになっています」

若葉(ボク)達はあと少しなんだ。だから、最後の挨拶をな」

「そうでしたか。ご丁寧にどうも」

 

朝潮にはたった1回の戦いではあるが世話になった。あの時は私と三日月だけでは返り討ちにあっていただろう。非武装で提督に戦いを挑むだなんて、今考えると我ながら無謀なことをしたものである。

 

若葉(ボク)達は基本的に施設から離れないから、これが今生の別れになるかもしれない」

「そうですね。私達は最前線で戦う鎮守府ですから、ある意味なかなか離れることが出来ません。友軍としての派遣もありますし」

「だから、最後に握手をしてもらっていいか」

「勿論」

 

手を差し出すと、すぐに握ってくれた。濃い深海の匂いを漂わせる朝潮の匂いは、おそらく忘れることは出来ないだろう。こんなに特徴的な奴、忘れたくても忘れられない。

 

「会えるかはわからないが、さようならじゃ後味が悪くなるかもしれないな。だから、若葉(ボク)からはこう言わせてほしい。また会おう」

「はい、こちらこそ。また会いましょう。今度は私達がそちらの施設に行きます。機会があれば、こちらにも来てみてください」

「精神的な傷を負ったら施設に来ることになるだろう。若葉(ボク)の姉がメンタルカウンセラーをしているんだ。それに、アニマルセラピーもあるぞ」

「もっと早く知りたかったです。私達、本当にいろいろあったので」

 

悲しい別れは嫌だから、冗談も散りばめて明るく終わらせる。次に会った時に明るく始められるように。

 

「次に会った時は、また話をしよう。今度はちゃんとした世間話だな」

「ですね。境遇を話して話されるだけで、お風呂の時間全部使っちゃいましたし」

「お互いにいろいろとありすぎたんだ」

 

朝潮と話している時は充実した時間を過ごせたと思う。またそれを味わいたいから、何としてでもこれを今生の別れにはしたくないところだ。

 

若葉(ボク)達はもう戦火に巻き込まれることは無いが、お前達はまだまだそういうことがあるんだろう。だから、死ぬなよ。死ななかったらまた会えるだろうからな」

「当たり前です。私は死ぬわけにはいかない約束がいっぱいあるんです。若葉さんとの約束もその中に加えておきますよ」

 

約束が増えれば増えるほど朝潮は死ななくなるというのなら、念入りに結んでおこう。もはや呪いとも言えるほどに。

 

「それじゃあ、()()

「ええ、()()

 

軽く手を振って別れた。お互い、これが今生の別れとは全く思っていない。戦いではなく、何もない平和な中での再会の時がきっと来ると信じている。

どうせなら往診とでも称して、朝潮達の鎮守府に行くのもアリかもしれない。何かしら理由をつけて、会いに行ってやる。これを最後にしたくないものだ。あれだけ気が合ったのだから。

 

 

 

下呂大将の迎えも何事もなく到着して、そこから車に揺られて数時間、大体昼食時というくらいに施設に帰投。たった数日でも、本来の居場所から離れていると、この空気が恋しくなるものである。

 

「何も無かったか?」

「施設は平和そのものだったわ。昨日も一昨日も何にも起きなかったもの」

 

雷から報告を受け、少しだけ安心した飛鳥医師。

さすが中立区。戦いが終わってから何も無かったのだから、私達が少し離れたからといって何か時間が起きるわけではない。ただ私達がいない日常を過ごしたという程度だそうだ。

 

「でも、先生が丸一日いないっていうのは初めてだったから、ちょっと変な感じだったわ。いつもいるはずの人がいないんだもの」

 

確かにそうかもしれない。絶対に顔を合わすものと顔を合わさないというだけで違和感を覚えるもの。特に雷は最初の記憶が飛鳥医師と出会ったところだ。本当に毎日顔を合わせていたのだから、たった2日でも顔を合わせない朝があると何かしら思うところがあるだろう。

 

「あ、大将、お昼はここで食べていくでしょう? ちゃんと大将とまるゆの分も用意してるから、食べていって!」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。少し話したいこともありますからね」

 

送り迎えをしてくれた下呂大将も交えて昼食を摂ることになった。時間的にもそれがいいと思う。ここから鎮守府に帰投するにしても相当時間がかかるのだから、食べられる時間なんて今くらいだろう。だからこそ下呂大将も拒否などせずすぐに受け入れた。

 

昼食後、下呂大将が話したいことがあると全員の前に立つ。この感じ、戦いの時にちょっとあったくらいなので懐かしさすら感じる。今回は事件性のないことでの話だそうなので安心しているが。

 

「今皆さんも聞いたと思いますが、飛鳥達が滞在した慰安施設でテロ行為が行なわれました。それに対し、若葉と三日月が解決に貢献してくれたと聞いています。間違いありませんね?」

「ああ、手伝うことはしたな」

 

昼食の間に慰安施設がどんなところかなどを話していたが、その時にどうしてもこの話はせざるを得なかった。朝潮達のことも話したかったし。みんなが酷い目に遭ったなと心配してくれたが、今が大丈夫なので問題無し。

貢献出来たかはさておき、どうにか出来たとは自分でも思う。加藤中将からも礼を言われたくらいだし、何かしら手伝うことは出来ただろう。

 

「その件で、大本営から感謝の気持ちとして預かり物があります」

「預かり物ですか」

「はい。慰安旅行、ひいては若葉と三日月の新婚旅行を邪魔してしまったというお詫びもあるでしょう。飛鳥、これを」

 

下呂大将が渡したのは、少し厚めの何かが入った茶封筒。

 

「これは?」

「慰安施設のチケットです。せっかくの心身共に休める場だというのに、不快な思いをさせたと。感謝と共に謝罪の意であると思ってください」

 

今回の旅行で使った分は4枚だが、封筒の厚さ的にあの枚数は4枚とは思えない枚数だと思う。

というのも、下呂大将がその辺りは割と強引にいろいろと捻じ込んだそうで、チケットは施設の全員分があるとのこと。今施設には15人強の人数がいるため、あれだけのものになってしまうようだ。

 

「また機会を作って旅行に行くように。帰りの車内で聞きましたが、飛鳥の身体、相当ボロボロだったようですね?」

「う、め、面目無いです」

「それに、たまには旅行という形で刺激を感じてみるのもいいでしょう。飛鳥や蝦尾さんはともかくとして、外の世界を知らない子ばかりですからね。息抜きも必要です」

 

常に息を抜いているような生き方をしていると思うのだが、同じところで同じように過ごしているというのは、下呂大将からしてみれば刺激のない生活としてカウントされてしまうのかもしれない。

まぁ確かにたまにはああいうところに行って楽しむのはアリだ。少なくとも私と三日月は最高のひと時を味わうことになった。お互いの絆がより強く結ばれたと思う。

 

「医者、どうにか時間を作れ。私はその花畑を見に行きたい」

「散歩道をエコと歩いてみたいかな。先生、時間作ってよ」

「ここと違う海を泳げるの? なら私達も行きたい!」

 

案の定というか、予想通りの反応。無言のシロも、クロと同様に若干の昂揚。

 

「慰安施設の食堂の料理はとても美味しい上にタダで食べたいだけ食べられると聞きます。これは気分が昂揚しますね」

「赤城さん、少しは抑えないと二度と行けなくなりますから。皆のためにも自重してくださいね」

「あら、それは貴女にも言えるわよ翔鶴」

 

赤城と翔鶴もノリノリである。深海棲艦の身体になってしまってからは結局外出が出来なかったが、機会が与えられるなら外で楽しみたいというのもあるだろう。

 

「はつしももいっていいの?」

「ええ、勿論。ここ全員分のチケットですからね」

「わーい! はつしも、おでかけしたーい!」

 

これはもう引き返せなくなった。飛鳥医師も腹を括ることになるだろう。流石に今日の明日で旅行に行くなんてことは出来ないだろうが、うまく時間を作って、みんなで遊びに行きたい。

それこそ三日月の人工皮膚の件の決着がついたら行くとかでもいいだろう。それなら三日月も温泉で人の目を気にすることなど無くなる。今回よりもより楽しめるはずだ。

 

「それに、加藤中将の方にも感謝の証としてチケットが渡されたそうですよ。今度は共同で旅行するというのもいいんじゃないですか?」

「なるほど……これはもう拒否出来ませんね。また機会を作って行かせてもらいます。それなら次は」

 

飛鳥医師が蝦尾女史を抱き寄せる。突然のことに蝦尾女史が驚いたが、すぐに顔を赤らめて身を寄せる。

 

「僕達の新婚旅行にしますよ」

 

これは強気な発言。下呂大将もご満悦である。雷を始め、蝦尾女史の恋路を応援していた施設の者全員から歓声が上がった。

 

 

 

関係が深まり、より楽しく平和な日常を過ごせるようになった。私達はこの平和な日常の中で、楽しく生きている。

この日常は決して崩れることはないだろう。良くなることはあれ、悪くはならない。

 

この中立区は、いつだって平和だ。

 




平和な日常は飛鳥医師と蝦尾女史の関係が深まったことでより楽しくなっていくでしょう。そして、また朝潮達と出会えるチャンスまで下呂大将が作ってくれました。
今度はあんなテロ提督の脅威もない、ただの家族旅行として楽しんでもらいたいものですね。



これにて番外編も終了。活動報告の方で3話くらいと言いながらも、番外編だけで12話となりました。筆が乗るんだもん……。

次にお目にかかる時は、新作引っ提げてになると思います。また近々現れると思いますので、その時はよろしくお願いします。



若葉はいいぞ。



最終回後、支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

劇場ポスター風。艦影がかなり細かく、初春型に白露型が混ざり込んでいたり、睦月型に白露型が混ざり込んでいたりしています。まさにこの作品の若葉と三日月。こだわりを感じます。

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