施設近海の調査が終わり、海底に眠る艦娘達は全て来栖提督率いる調査隊により引き揚げられた。その数10人。それが約3ヶ月という短期間に沈んでいったことが判明。元凶となる鎮守府を探すべく動き出した。とはいえ、以降は全て来栖提督に任せることとなる。
調査隊の海底調査により、状況証拠となり得そうなものは全て撤去されたらしい。そのため、今同じ場所で潜ったとしても、それらしいものは何も残っていないそうだ。
それを朝食の際に聞いたクロはすぐさま反応。
「センセー、じゃあまた潜っていい?」
「艤装の試験が途中だったな。摩耶、大丈夫か?」
「構わないぜ。長時間の耐圧試験が残ってるから、それやっちまおう」
出鼻を挫かれた艤装試験だったが、今ならそれを阻むものは何も無い。ならばと、朝食後にそれをやってしまおうとクロが提案。急ぎでやらなくてはいけないことではないが、クロがやりたいと言うのならやらせてあげてもいいだろう。
「……ついでに……海の底を見てくる」
「頼んだ。深海棲艦の目で見ても何もないことを確認してほしい」
調査隊は当然艦娘しか属していない。艦娘の目で見たらもう安全となっても、深海棲艦の目で見たら危ないというものがあるかもしれない。それを確認するためにも、潜ってもらうのはいいことだ。
万が一それで何かあったとしたら、すぐに対処しなくてはいけない。私達だけで対処出来ることなど限られているため、いざという時はすぐに来栖提督に連絡をしなくては。
早速シロとクロが海に潜っていく。それを追うように私、若葉は海に出る。シロクロの艤装試験の際は、私は緊急時の救助役。潜っている場所の真上に陣取り、シロクロと摩耶の通信を聞きつつ、何事もないことを祈る。私の仕事が一切ないことが、最もいい成果である。
私の後を追うようにセスも海に出た。一応あちらは2人なので、こちらも2人準備。これも前から変わらず、お互いに浮き輪を1体抱えている。
「セス、海の上には何か無いか?」
「流石に無いよ。私にはそういうのわからないし。エコなら何かわかるかもしれないけど」
動物的直感というものか。シロのような不思議な見分け方をしていそうなエコなら、何かしらわかるかもしれない。
だがこの場にエコはいない。戦場でも無いのにわざわざ抱きかかえて運ぶ必要もなく、施設で三日月が面倒を見てくれるから置いてきたとのこと。エコを武器として使うのは緊急時と決めているらしく、何処までも非好戦的である。
「私だけでやれることなんてすごく少ないんだよ。代わりに、エコのスペックを最大限に引き出せるんだ」
「……そういうのもいるんだな」
「艤装が無かったら艦娘も同じだろ」
言われてみれば確かに。私の艤装は背負う形をしていて、セスは獣の形をしている。たったそれだけのことだ。私単体では何も出来ない。艤装が意思を持つように動いているので、もとい、意思を持っているので、そういう考えに至らなかった。
深海棲艦には他にもそういうものがいるらしい。機会があれば会ってみたいものである。友好的かはさておき。
前回と同じように潜っているシロクロの真上でセスと待機。浮き輪も常備して通信を聞いている。
『そろそろ底だよー』
『……死体は……見当たらないね』
『姉貴、それ言っちゃダメ』
施設が見えるか見えないかくらいの沖まで出て、そこから海底まで行っている。このままどれくらい居られるかが必要なので、シロクロの気が済むまで海底で遊んでもらう。
『マヤ、私達どれくらい潜ってるかとかってわかる?』
『さすがにわかんねぇよ。でも周りは暗いんだろ? じゃあ結構深いんだろうな』
『……私達は……周りが見えてるけどね……』
こういうところはさすが潜水艦と言える。艦娘も深海棲艦も、潜水艦は海中から暗闇も関係なく視野が広い。
『海の底にとーちゃくー!』
『足の踏み場は……あるね』
『ホントに全部持ってったんだね。あ、でもこっち側の艤装はちょいちょい落ちてる』
私達にはわからない海底の世界。暗闇に包まれた無音の地で2人は、声を聞く限り楽しそうに散策している。艤装にカメラでも付ければよかったかと摩耶がボヤいていた。
それほど深くまで潜ると、水圧やら何やらで身体に影響が出て然るべきだが、さも当然のように活動している辺り、やはり潜水艦。無限の呼吸を可能にするマスクも、元々が潜水艦から流用しているだけあり頑丈。このペースなら長時間耐圧試験も難なくクリアしそうである。
『何かおかしなものはあるか?』
『今のところ見当たらないよ。さっきも言った通り、こっち側の艤装が見えるくらいかな』
それも壊れたものらしく、それ単体では使い物にならない物ばかりのようだ。調査隊が持っていかなかったのも、ここまで全部持っていったら大発動艇ですら足らなくなってしまうからだろう。それに、艦娘の死体とは直接関わりがないのは明白。
代わりに艦娘由来のものは何一つ残っていないそうだ。その全てが今回の事件の元凶に繋がる可能性がある重要なもの。せめてそこからドロップ艦なのか建造艦なのかを判定していきたい。おそらく全てが建造艦だろうが。
「海底に深海棲艦の艤装が落ちていてもいいものなのだろうか」
「うーん……出来れば回収した方がいいと思う」
セスがそう言っているためこちらから進言。通信に割り込む形でこちらから会話を持ちかける。こちらにあちらの会話は常に聞こえているが、こちらから話しかけるにはちょっとした手順が必要。
「セスが海底の艤装は回収した方がいいと言っている」
『若葉か。あー、セス、理由は?』
「同族の私が言うのはなんだけど、不吉。艦娘の死体と一緒に長いこと沈んでた同族の艤装とか、そのまま置いといたら何かありそう」
本当に自分で言うことではない。だが言いたいことはわかる。シロクロやセスは違うが、深海棲艦はあまり良くない感情を素材に生まれていると聞く。それの持ち物を海底に放置しておくというのは、確かに不吉である。海に何か悪影響を与えかねない。
だがそんなこと言ったら、施設の倉庫はどうなるというのだ。拾った深海棲艦の艤装のパーツを保管しているというのに。海の中になければそこまで害はないのか。
『……私も同意』
『姉貴も同じこと思ってるみたいだし、拾えるだけ拾っていくよ』
『了解だ。海底のモノはシロクロにしか頼めないからな。無理しない程度に回収してくれ』
ということで、海底に眠る深海棲艦の艤装も回収されることとなった。シロは少し大変そうだったが、頑張って引き揚げてくれる。それを真上に待機している私とセスが鎮守府に運ぶというのが今回の試験の流れになった。最初は長時間耐圧試験のつもりだったが、上へ下への行ったり来たりでの耐久性能の試験となる。それはそれで性能チェックになるので良し。
物を持っての浮上と潜航の繰り返しでも、シロもクロも何も不調を訴えなかった。潜水艦の主機と無限の呼吸を可能とするマスクは、完璧なものとして認識できる。このスペックにはシロもクロも大満足なようだ。
海底からの艤装回収をしばらく続けている内に、全員が疲れを見せ始めたので休憩。私とセスは施設と沖を、シロクロは上と下を行ったり来たり。艤装のパワーアシストで物を持つことは苦では無いが、肉体労働ではある。特にシロがバテてきた。
「シロ、大丈夫か?」
「姉貴体力無いからねぇ」
「こんなに……働いたの……初めてかも……」
グッタリとしたシロを浮き輪で曳航して施設に戻る。時間的にもそろそろお昼だ。休憩はちょうど良いタイミングかもしれない。
「お疲れ様! お昼用意出来てるわ! あ、シロ、大分お疲れみたいね。マッサージする? 私に頼っていいのよ!」
雷が出迎えてくれた。工廠でも食べやすいようにとお弁当スタイル。三日月や飛鳥医師も工廠に集合している。マッサージはさすがに今はと拒否していた。
「結局、深海棲艦の艤装も回収することにしたんだな」
「セスが不吉っつってな。シロもそれに同意したんだ。そういうのは
「ああ。後の危険に繋がる可能性は全て断つべきだ。不安があるのなら対処しよう。だが、午前中にこの量か……」
工廠の端に積まれた艤装の山を見る。今までに溜まりに溜まった艤装なのだろう、思った以上に数があった。施設内で通信していた摩耶がある程度仕分けしていたようだが、それでも乱雑にならざるを得ない数がそこにある。見つかった死体よりも前から海底に眠っていた可能性もあった。
それでも、破損はあれど錆びが殆どないのは深海棲艦の艤装の特性なのだろう。艦娘の艤装と違い、海水や潮風を受けても劣化が極端に少ない。保管する時にはしっかりと洗浄するものの、こうまで綺麗だと流石に驚く。
「いくつかエコに貰っていいかな。たまにはいいもの食べさせてあげたい」
「いいぜ、良さそうなもの見繕ってやるよ」
それを聞きつけ、エコが摩耶に擦り寄り感謝を体現した。廃材も美味しく食べるエコにとって、廃棄の必要がないくらいの物は極上の食べ物なのかもしれない。
山積みの深海棲艦の艤装から、シロクロの艤装の修復に明らかに必要のなさそうなものを抜き取り、エコに食べさせる。余程嬉しいのか、がっつかずにゆっくりと噛み締めているように見える。
「同族の艤装はご馳走だからね。エコも喜んでる」
「艦娘の艤装よりもか?」
「燃費効率が違うね。身体にあってるみたい」
エコの身体にもいろいろあるようだ。意思を持つ艤装というのも、なかなか奥が深い。
「……武装もありますね」
「ああ。若葉達でも使えそうなものがあるな」
三日月もしげしげと眺めていた。駆逐艦の使えそうな主砲や、重巡洋艦が取り回せる副砲、それにシロクロの艤装に最適な魚雷など、戦うためのものも数多く見つかっている。
ここは中立区。ドロップ艦も現れなければ、深海棲艦の発生も無く、外からやってくることもない、戦いとは無縁な場所だ。自衛の必要すら無いため、この武装を私達が使うことは無いだろう。そのため、シロクロの艤装のために修理する以外は、全て来栖提督の鎮守府に持って行ってもらうことになる。
「戦艦主砲はさすがに無いな。双子棲姫の艤装は完全に修復ってわけにはいかなそうだ」
「残念だなー。魚雷はあるからこれは貰おうかなー」
残念と言う割には、クロは全然残念そうでは無い。まるで、ここで活動できる時間が長引くことが嬉しそうだった。シロもそれは気付いているようで、クロが残念残念と言っているところを温かい目で見つめていた。
2人とも、ここでの生活が長くなってきた。私の後に加入して、もう2ヶ月以上。朝から晩まで一緒に暮らしていると、それだけで深い縁が出来る。今までにいろいろあったが、シロもクロも居心地がいいと感じているはずだ。
ただ、それは今は口には出さない。それに、こちらも引き留めるようなことはしない。出て行くか残るか、決めるのは2人だ。艤装が完成したとしても、ここにいたいというのなら、飛鳥医師はきっとそれを喜んで受け入れるだろう。
「でも、久しぶりにどっぷり海の中だから楽しいよ。ね、姉貴」
「うん……楽しいね……。また潜っていいかな……試験とか……関係なく」
「ああ、僕としてはいくらでも潜ってくれて構わない。ただし、潜る時は摩耶に許可を貰うように」
「あたしかよ。まぁ艤装の管理はあたしの仕事だけどよ」
潜った後の艤装整備は自分でやるということを条件に、軽く許可していた。それくらい自分でやるとクロは張り切り、シロもわかりづらいが喜んでいた。
昼食も終え、ある程度休憩したところで摩耶が立ち上がった。
「よーし、休憩終わり! 午後からもがっつりやっていこうぜ」
「っあーい!」
「……私は……程々にする……」
休憩したものの、シロはやはりクロよりも体力が無いようで、疲れが取れ切れていないようだ。
「姉貴は休んでてもいいよ。私が頑張っちゃうからさ」
「そうだぜ。無理して身体壊しても意味無ぇしな。回収はクロに任せて、シロはこの艤装の仕分け手伝ってくれよ。あたしだけじゃわかんねぇや」
午後からは摩耶が適宜バラしながらの回収作業になる。シロには摩耶がバラしたパーツの洗浄と分別を任せることにして、最も重労働な浮上と潜航の艤装運びはクロに一任することに。
「別に今日中にやり切らなくちゃいけねぇわけじゃねぇ。あたし達のペースでやっていこうな」
「……うん。ありがとう……マヤ」
シロもクロ程ではないがしっかり摩耶に懐いているのが見て取れた。仲がいいのは素晴らしいことである。
「じゃあ、後片付けは私がやっておくから、摩耶さん達頑張ってね!」
「あいよ。雷、いつも悪いな」
「いいのいいの! 私、家事好きだし、艤装とか見ててもよくわからないし。ほら、適材適所でしょ」
「違いねぇ」
三日月も引き続き、雷のサポートで家事に取り組む。雷に対しても抵抗が無くなってきているのはいい傾向だ。三日月も日々進歩している。
こんな日々がずっと続けばいいと、本心から思えた。私の目標、『楽しく生きる』は、今のところ達成できている。
漂着出来なかった深海棲艦の艤装も海底にはゴロゴロしています。とはいえ、それは殆ど壊れており、修理もかなりしづらい状態。普通なら深海棲艦の艤装の構造なんてわかりませんしね。普通なら。