深海に眠る深海棲艦の艤装の回収作業は丸一日を費やすことで完遂した。午後からは摩耶とシロが施設内で分解、洗浄、仕分けを並行して行い、今日の作業終了という時間ギリギリに完了。何とか今日中に終わらせることが出来て良かった。
艤装が工廠の隅に積み上げられているのを見て、艤装の完成がまた近付いたと喜ぶクロと、豪華な食事の山に興奮するエコ。使わないものはエコの食事になるという方向性は、昼食の時に定まっていた。
「すまないな、急がせてしまって」
「いや、これは仕方ねぇよ。セスが言わなかったら放置してたぜ」
「何もないに越したことは無いと思うんだけど、不吉は不吉だからさ」
ただ深海棲艦の艤装が沈んでいるのならマシだった。戦いのある海の底ならそんなことは普通だからだ。深海棲艦のものだけでなく、艦娘のものだって沈んでいる場合だってよくある。
だが、ここの海底には、一緒に深海棲艦に喰われることなく放置されていた艦娘の死体があったのが問題だった。
「……あの死体は……恨みと憎しみが深かった……」
「そうなの姉貴?」
「……そんな感じがしただけ……クロちゃんは……すぐ上がったから見てないよね……」
そういう感情を媒介に深海棲艦は生まれることだってあるのだ。むしろ、今まで深海棲艦が生み出されなかったことが奇跡なのかもしれない。
「そんな艤装、エコに食わせて大丈夫だったのかよ」
「ここに来るまでは落ちてた艤装のいろんな破片食べてたんだから、これも似たようなものだよ。なぁ、エコ?」
興奮気味にセスに駆け寄ってくる。あの艤装は余程美味しかったのだろうか。本当に危険なら今の段階で何かしら起きてもおかしくないだろう。遅効性と言われたらそれまでだが。
とはいえ、いつもは恨みと憎しみで満たされた深海棲艦の死骸から、艤装部分だけを剥ぎ取って食べていたということなので、今回もそこまで問題は無いのではと考えているようだ。
「シロ、クロ、海の底に何か違和感はあったか?」
「無かった……と思うよ? 足跡みたいなのはあったけど、昨日調査隊が付けたものにしか見えなかったし」
「多分あれは……潜水艦の艦娘の足跡……すごく新しかったし……死体が動き出すわけないし……」
シロクロが潜る前からあったものかはわからないらしい。だが、人間のような足跡であり、艤装を装備しているようにも見えなかったため、おそらく潜水艦娘の足跡だと判断したそうだ。
艤装を持ち上げるためにも海の底に足を着かなくてはいけないため、沈んだ艦娘を引き揚げるためなら尚のこと足跡が付くだろう。
「なら大丈夫か……いや、一応明日、念のためもう一度見てきてもらえるか」
「潜るのなら大歓迎だよ!」
「……クロちゃんが行くなら……私も行くよ……」
海底に沈んだものを全て撤去した後とはいえ、最後にもう一度確認しておくことになった。調査隊が何も言っていなかったくらいなので、おかしなことはないだろう。明日は安心を手に入れるために動く。
その日の夜、丑三つ時。物音が聞こえたことで目が覚めてしまった。今までここで暮らしていてこんなことは無かった。まだ誰かが起きている……ということもない。飛鳥医師は医者だけに生活サイクルについて結構厳しい人だ。日が変わる前には全員寝るように言い聞かせられている。
なのに、
「……何か……音がしたか」
「しましたね」
隣で眠っている三日月も目を覚ましていた。
ようやく慣れてきたとはいえ、周囲の変化には未だに敏感な三日月。聞き慣れない音が聞こえたら、嫌でも目が覚めてしまうようだった。それが無いようにするために私が添い寝しているくらいである。今回は私も起きてしまったが故に、一緒に目を覚ましてしまったが。
「おそらく工廠です。風で崩れたか……誰かいるか……」
「……どうする。見に行くべきか」
今でこそ私達だけが気付いているのかもしれないが、起こしてでも摩耶やセスに任せた方がいいとは思う。だが、気になってしまって目が冴えてしまった。三日月に至っては不安から震え始めている。
こんな夜中に見ず知らずの他人が近くにいるかもしれないという現状が厳しい。誰もいないにしても、それが確定しなければ不安はそのままだろう。
「……あの艤装が勝手に動き出す……なんてことはないよな」
「実は深海棲艦が生まれていたとかは……」
嫌なタイミングで、作業の時に話していたことを思い出してしまう。
艤装と艦娘の死体が同じ場所にあると不吉なことが起きそうだとか、死体の恨みと憎しみが深いだとか。
もしや、海底にあった素材を使って、既に深海棲艦が生まれてしまっていたのではないか。調査隊による調査と、シロクロによる再調査を掻い潜り、今の今まで潜伏していたとか。
ネガティブなイメージは止まらず、私も確認しないと眠れなそうになってきた。
「行くか。三日月、今のままだと眠れないだろ」
「……はい。すみませんが……付き合ってください」
震える手を握り、2人で部屋から出る。
「2人も気付いた?」
ちょうど部屋を出たところで雷と行きあった。雷もさっきの物音で目が覚めてしまったらしい。
「工廠に積んでる艤装の山が崩れた音よね。でも、風で崩れるようなものじゃないわ。そうやって摩耶さんも積んでたもの」
「なら侵入者がいると? こんなところに?」
「しかも、海側からよ。艦娘か、深海棲艦か……」
小声で現状を確認。雷はあの物音を立てたのは侵入者であると断定している。
だが、今工廠に入るには海側しかない。となると、艤装を装備して海上を航行してきている、もしくは泳いできていることになる。前者なら、中立区には現れない艦娘か深海棲艦になってしまう。
「艤装は全員分が工廠にある。もし万が一深海棲艦だった場合、何も出来ないぞ」
「でも、行かないと何がいるかわからないわ」
静かに、だが力強い足取りで進んでいく雷。嵐には恐怖を感じるが、それ以外には何も感じないのではないかと思えるほどである。いつものポジティブシンキングが、勇気に全部振られていた。
もし突っ込むにしても、最低限大人の力があった方がいい。艤装を持たない私達よりは確実に力がある飛鳥医師か、エコを扱えるセス、このどちらか。
「……エコちゃんがいれば、まだ立ち向かえるのでは」
「だな。だが、セスはあの音で目を覚ましていないようだが」
「最悪、エコちゃんだけでも……」
などと三日月と話している間にも、雷は工廠までノンストップで向かってしまう。
「お、おい、雷」
「私の艤装が一番入り口に近いわ。もしあちらが攻撃してきそうなら、すぐに艤装を装備してタイマン張るわよ」
今、工廠に通じる通路はシャッターが閉まっている。これを開けたら大きな音が鳴ることになるだろう。嫌でも施設内の全員が何かしらに気付く。これでもし工廠に誰もいなかったら……それならそれで笑い話になるからいいか。
「それじゃあ……!」
「待て、雷!」
「行くわよーっ! そこにいるのは誰!?」
思い切りシャッターを開けて、工廠の中に飛び込んだ。私と三日月も後を追うように飛び込む。
そこにいたのは、1人の艦娘。
身体も艤装もボロボロだが、私達のような欠損は無い。疲労困憊でもう立ち上がることさえも出来ず、海からこの施設に入り、工廠に上がったところで力尽き、艤装の山に倒れ込んでしまったと考えられる。
見たところ、その艦娘は私達と同じ駆逐艦。制服は雷のものと少し似ている白のセーラー服。違うのは袖の長さくらい。
「ど、どうしたの!? こんな夜中に!?」
「……お……」
雷の姿を見て目を見開いた後、同じ艦娘がここにいることに心底安心したような顔をして一言。
「おなか……すいた……」
大きな大きな腹の虫が工廠に鳴り響いた。
雷がシャッターを開けた音で全員起きてしまい、夜中だというのに勢揃いしてしまった。念のため、刺激しないようにシロクロとセスは工廠外に待機。三日月は相手が初めて見る艦娘ということで、私の後ろを定位置としていた。
空腹を訴えたため、雷がすぐに出せそうなおにぎりを手っ取り早く作りその艦娘に与えると、目の色を変えて貪った。余程腹が減っていたのだろう。恥も外聞もかなぐり捨てて、とにかく食べる食べる。
「そんなに急いだらダメよ。はい、お水」
「っはっ、んぐっ、んぐっ……あぁぁ……生き返るわ……」
雷から差し出された水も奪い取るように引っ掴み、流し込んでいく。
食べる合間を見て、飛鳥医師が診察。不意に触るのは躊躇われるため、まずは見るだけの診察。
「駆逐艦、曙で間違いないか」
「ええ……」
私達とは違う方法、違う理由でこの施設にやってきた艦娘、曙。系列的にいうなら雷と同じ特型と呼ばれる駆逐艦らしい。当然雷はそのことを覚えていないが。
「酷使された跡が見える。それに栄養失調気味だ。空腹は抑えられても、このままだとまた今の二の舞になる。点滴をするから、落ち着いたら医務室に来てくれ」
「……ええ。ここは何……鎮守府じゃないの?」
空腹が満たされ、ようやく話す余裕が出来たのか、キョロキョロと周りを見回す曙。今はまだ一番わかりやすい摩耶の脚には気付いていない様子。
「ここは元々鎮守府だった場所を改装して作った医療研究施設だ。少しワケありな子がここに属している」
「そう……だから艦娘がいるのね。雷に、摩耶さんに、若葉に……三日月?」
名前を呼ばれたことでビクンと震え、より私の後ろに引っ込む。艦娘に対する嫌悪感を出さないように耐えつつも、やはり面と向かいたくないという気持ちが強いためにこうなってしまう。いきなり喧嘩腰になるよりは充分マシではある。
私が陰になっているおかげで、三日月の傷や色の違う髪に関しては見られなかったようだ。そこは安心。指摘されたら三日月が決壊しかねない。
「ワケありと言ったのはそういうことだ。三日月は少しこういうことが苦手なんだ」
「……本当にワケありなのね」
食べ終えて一息つくが、疲れからか立ち上がることはまだ出来ないようだった。
「点滴を終えたら、僕の友人が提督を務める鎮守府に引き渡させてもらう。そこから元いた鎮守府に戻るといい」
元いたという言葉で、明らかに曙の態度が変化する。顔が真っ青になり、ガタガタと震え出した。
「……戻れない。私は……そこから
鎮守府がどういうルールで運営しているかは私にはよくわからないが、艦娘が元いた鎮守府を捨ててまで逃げ出すという状況は、まずあり得ない。戦いの最中ではあるものの、ある程度安定した生活空間が与えられるのだから、それを手放す理由が無いのだ。それに、生体兵器であるが故に私達は余程のことがない限り鎮守府を離れるという思想には至らない。
ならば……その鎮守府が余程酷いか。所属している艦娘という立場を捨て、ドロップ艦と同じ扱いになってでも逃げたいその場所は一体どういう場所なのか。
「……君は一体何を見てきたんだ」
「最悪なところよ」
それだけ言って、フラフラながら立ち上がる。とにかく疲労が激しい。何処からここまで1人で来たかは知らないが、真夜中に辿り着いたくらいだ、かなりの長時間航行だったのだろう。
「なら医務室に連れて行く。今はゆっくり休んでくれ。明日に友人の提督を呼ぶ」
「……ちなみになんだけど……その提督のことを教えてもらっていいかしら」
「来栖という、むさ苦しくてガタイのいい男なんだが」
それを聞いてホッと息を吐いたのがわかる。その友人というのが、自分が逃げてきた鎮守府ではないとわかったからだろう。
「……明日話すわ……」
雷が肩を貸し、飛鳥医師と共に曙を医務室へと連れて行った。その間に、曙が散らかしてしまった工廠を簡単にだが片付けておく。
曙がこの場にいなくなったため、工廠の外に待機していた3人が工廠に入ってきた。特に浮き輪はすぐさま三日月に飛びつき、癒しを始めていた。
「……やっぱり他人はキツイです……」
浮き輪を抱きしめながら呟く。あの場には何とかいることが出来たものの、また嫌な記憶を抉られるような感覚はあったようだ。この後眠るときは浮き輪を1体借りた方がいいかもしれない。
「私達はどうすればいいんだろ。ずっと隠れてた方がいいのかな」
「一過性のものだったら隠れてる方がいいだろうな。ややこしいことになりかねないしよ」
つまらないとクロがブーブー言うが、摩耶の言う通り、ややこしいことになってからでは遅い。それこそ、曙が突然暴れ出すことがあってもおかしくないのだから。
「まずは寝ようぜ。こんな時間に起こされちゃ、流石に眠てぇよ」
「……そうだな。セス、浮き輪を1体貸してくれ。三日月の安定のために」
「いいよ。その子も行きたがってるみたいだし」
明日の朝はいつもよりも遅い立ち上がりになりそうである。曙がどういう艦娘なのかは、明日じっくり聞くとしよう。
来訪者曙。何処から来たかは次回。いろいろあったみたいですが、性格はそこまで変わっていないようです。