継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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予期せぬ出会い

曙が患者として施設に流れ着いて2日。予定通り、曙は医務室内を歩き回れるくらいは出来るようになるほど回復した。足りていなかった栄養は補給され、空腹も満たされたことにより、出会った直後よりも肌艶が良くなっているように見える。

私、若葉は雷と共に医務室で曙の診断を手伝っている。診断後は雷による傷の確認があるため、そちらもお手伝い。

 

「熱もないなら、今日から点滴は無しでいいな。体調不良は完治だ。だが、とはいえ君は病み上がりで、傷も完全に塞がったわけじゃない。激しい運動はしないように」

 

変に動いてまた傷が開いてしまったら困ることは、曙もさすがに察しているようで、大人しくしている。体調がある程度良くなっても、大事を取って医務室からは極力出ない。

 

「来栖はまた明日この施設に来る。この施設に残るか、来栖の鎮守府に行くかは、それまでに考えておいてほしい」

「今は行く方向で考えてるわ。あのクソ鎮守府は、私の手で決着つけたいから」

 

体調不良も完治したことで、本調子となった曙。やる気だけは漲っている様子。提督という存在への感情より、復讐心の方が上回っているようだ。

 

「そうか。ならそのようにしておこう。気が変わったらいつでも言ってくれ」

「ええ」

「それじゃあ次は包帯交換の時間よ! 先生は出てって出てって!」

 

診察が終わったため、今度は雷のターン。全身に巻かれた包帯を解き、消毒をしながら新しい包帯に変えていく。

 

この作業中もそうだが、曙と接している間に施設の内情や私達の事を話している。私の両腕が深海棲艦から移植されたものであることも説明済み。曙もここの施設がどういう場所であるかは理解してくれた。

だが、まだ施設内に深海棲艦がいるということは話していない。私の腕や雷の腹、違うタイミングで摩耶の脚を見せた時でも相当驚いていたが、それ以上の衝撃になる。当初の予定通り、体調が良くなった今の段階でようやく話せるか話せないかだ。

 

「悪いわね。やっぱり私、ここを出るわ」

「自分で決めたことだもの、それが正しいに決まってるわ。むしろ私は応援するわよ」

 

話しながらも簡単にだけではあるものの傷口を診て包帯が必要かを確認。血が出てくるような傷はもう無く、消毒だけして包帯も無しでいいという判断になった。これならあと2日もすれば身体の表面から痕跡も無くなると。艦娘の治癒力はなかなかのものである。

 

「若葉と三日月の仇を取ってきてくれ」

「仇って……まぁ、そうね。アンタ達のことはついでに解決しておくわ。私は私のために動くんだから」

 

小憎たらしいことを言うが、表情は明るい。

 

「結局、三日月とは面と向かって話すことは無かったわ」

 

三日月がどういう艦娘であるかも説明済み。大きな心の病と、激しい外見への影響で、人前に出ることに抵抗があると説明し、ここに辿り着いた夜に一度だけ顔を合わせたときの態度から、それは納得してもらえている。

 

「ここから出ていくときくらいは顔を出すと思う。いや、来栖提督のことが苦手だからなんとも言えないか」

「そう、じゃあその時に壁越しにお別れくらい言わせてもらうわ」

「そうしてやってくれ」

 

それを嫌がることは無いだろう。返事はしないかもしれないが、わざわざ嫌悪感を露わにすることもないはず。それなら心配もない。

 

 

 

医務室での作業の次は、作業着に着替えて工廠へ。ここでは今、摩耶を主体に曙の艤装の整備がメインに行われている。ここに残るにしても、ここから出ていくにしても、一旦バラして綺麗にしてから元に戻すことで、最高のパフォーマンスを発揮出来るようにしておこうという気遣い。

出ていくのなら、来栖提督の鎮守府にいる工作艦明石が、正しい形に修復してくれるだろう。だが、その前にこちらで確認しておくべきこともある。

 

「若葉も手伝おう」

「おう、ちょうど曙の艤装を組み立てようとしてたとこなんだ。手伝ってくれ」

 

曙の艤装は1週間酷使され続けていただけあり、いつ壊れてもおかしくないくらいのものだったらしい。この2日間でやったことなど、施設内に置いてある拾い物のパーツから代替出来るものを探すことだったそうだ。

ある場所は錆び付き、ある場所はヒビが入り、酷いところでは壊れ落ちてパーツそのものが失われているものまであったのだとか。最悪の場合、ここに辿り着く前に、海上航行能力が失われて沈んでいたとか。艦娘が溺死なんて笑えないにも程がある、

 

「代替パーツは見繕ってる。一応艦娘の艤装で統一してるからな」

「了解」

 

私が受け持つのは主機。摩耶が主砲などの武装の組み立てをしているため、私がこちらを。本来なら摩耶が受け持つ部分だが、まだ素人に毛が生えた程度の私が武装をやるわけにはいかない。

 

「主機は緊張する」

「初めてだとな。間違えんなよ?」

「余計緊張させるな」

 

いつも工廠にいるシロクロが見当たらない。なんでも、シロクロは海底の奥深くに潜っているらしく、しばらくは浮上してこないのだとか。念願の艤装を手に入れてから、頻繁にやっているらしい。潜水艦ならではのリラックスの方法なようである。

 

「セスはエコのメンテか」

「まぁね。義足のメンテはいつもやってるんだ。何処ででも出来るけど、今日はここでやってるのさ」

 

その辺りは飛鳥医師と摩耶に接続方法を聞いており、元々そういうことが出来るセスなら1人でメンテも出来る。エコも今義足を外されて横になり、舌を出してまったりしていた。見た目に反して物凄く従順。

 

「外を走り回らせてるから、隙間に砂が入るんだよね。ついでに海水も拭いてんの」

「そればっかりはどうにもならねぇからな。毎日ああやるしかねぇな」

 

散歩と同じように日課になっているからか、セスの手際はとてもいい。バラして、洗浄して、組み立て直すという作業も、惚れ惚れするほどの精度と手早さ。見習いたいものである。

 

私も負けずに曙の艤装を組み上げていく。慎重に、確実に。

自分の艤装とはまるで違うことがよくわかる。摩耶からもさんざん言われたが、初春型の艤装は()()()()()ために整備難度が飛び抜けているらしい。そのため、私はそれ専門でやれるようにしている。自分の艤装くらい自分で整備出来なければ。

 

「よし、終わったぞエコ。歩けるか?」

 

整備を終えた義足を接続され、エコが起き上がった。いつものように義足をカチャカチャ鳴らしながら、元気に施設内に駆けていった。

 

「ああもう、多分あれは三日月のところだ。じゃ、私はこれで」

「ああ。また何かあったらヘルプ頼むぜ」

「はいはい」

 

セスもエコを追って工廠から出ていった。これで工廠は私と摩耶の2人だけに。こうなると黙々と作業が進んでいく。お互い目の前の作業に集中した。特に私は一番重要な部分を組み立てている。間違えたらどうなるかわかったものではない。

 

「おう、大丈夫か?」

「大丈夫だ。時間はまだあるから慎重にやっている」

「お前、息止まってたぞ」

「それだけ緊張しているんだ」

 

他人の主機なのだから、息も詰まるというものだ。落ち着くためにも大きく息を吐く。

 

「まぁこっちもきっついんだがな」

「摩耶は主砲だったな……武器は正直怖くて弄れない」

「ああ、お前にゃまだ早ぇよ」

 

摩耶が修理しているのは、曙の持っていた12.7cm連装砲。こちらもバラして、洗浄して、組み立て直すだけなのだが、主機とは違った方向で緊張感のあるもの。弾は入れていないにしろ、それは敵を殺すためのものだ。万が一何かあれば、使用者に被害が出る。主機と同じように失敗は許されない。

 

「だが……悪くない。楽しいな」

「だろ。この緊張感がな」

 

顔を見合わせて笑った。雑務担当として、この施設内で出来るであろう作業の全てに手を染めているが、艤装整備が一番楽しいかもしれない。1人で黙々とやれる作業は性に合っているようだ。

一息つけたことだしと、また曙の艤装に向き直る。と、ここで想定外のことが起きる。

 

 

 

「あら、工作艦でもない艦娘が艤装を整備しているわ」

 

 

 

突然の第三者の声に驚き、2人してその声のする方へと振り向いた。

工廠の中、まだ海の上だが、見慣れぬ艦娘が笑顔で立っていた。一番目に付いたのは、つい最近話にも上がった()()()。さらにはシロの証言にあった()()()()である。

 

「あ、ごめんなさい。作業を止めるつもりは……いえ、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

 

一切の笑顔を崩さず、こちらに問いかけてきた。摩耶も感づいている。目の前にいるのが夕雲。元凶の鎮守府所属かはわからないが、とにかく怪しさ全開。

一番恐ろしかったのは、物音も立てず殺気もなくここにいたということ。工廠で作業しているのに、ここまで近付かれるまでまったく気付けなかったということだ。

 

「えーっと、お前は夕雲でいいんだったか。悪いな、あまり艦娘と面識が無くてよ」

「はい、夕雲型駆逐艦1番艦、ネームシップの夕雲です」

「んじゃあ夕雲、こんな辺鄙なとこに何か用か。こんなところに艦娘が来るなんて滅多に無いからよ、流石に驚いちまった」

 

探りを入れるために平静を装って対応する。そもそも、摩耶は嘘を言っていない。私は極力言葉を発せず、摩耶を見守る。

だが、不安も大きい。今この場には私と摩耶しかいないが、この施設には曙もいるし、捜索しているであろう護衛棲水姫もいる。何かの間違いでこの場に現れてしまったら、全て終わる。

 

「夕雲達、実は人探しをしていまして。先日、部隊から落伍した仲間がいるのですが、姿を見ていませんか」

「ここ最近は知らねぇぜ。なぁ、若葉?」

「ああ」

 

人探し、落伍というキーワードから、この夕雲型が元凶の鎮守府所属であることは確定。この言い分で、曙を探していることがわかる。

そして今、夕雲()と言った。工廠の外を見ると、かなり遠いところにだが、艦娘が数人待機しているのが見えた。あれがおそらく、曙が話していた人形のような仲間かもしれない。

 

「本当に?」

「嘘吐く理由が何処にあんだよ」

「貴女方が整備している艤装、夕雲達が探している子の艤装にみえますから」

 

なかなか勘が鋭い。曙の艤装をちゃんと覚えているようだ。

 

「これか? これは浜辺で拾ったんだよ。ここは浜辺にやたらいろんなもんが流れ着いてな。そいつをあたしらで整備して、売って生活費の足しにしてんだ」

「……そうですか」

「傷は付いてるけど、ここまで完品ってのは珍しいんだぜ。こういうのは高く売れるんでな、気ぃ入れて整備してんだよ」

 

少しゲスな言い方になっているが、その方がリアリティがある。それに、やはりここまでほぼ嘘はついていない。艤装を浜辺で拾ったというのだけが嘘。

 

「これがお前の仲間の艤装かどうかは知らねぇ。あ、なんならこの施設のトップと話すか。若葉、センセを連れてきてくれ」

「了解」

 

いいタイミングで私を流してくれた。ここでやりたいことを全てやっていこう。最優先はセスだ。

 

工廠を出て、すぐに自室方面へ。案の定、セスはエコと一緒に、掃除している三日月の近くにいた。

 

「セス、少しの間、自室にこもってくれ。エコも一緒だ」

「何? 何かあったの?」

()()夕雲が工廠に来てしまった。今摩耶が対応している」

 

夕雲の名前が出た途端、セスはエコと三日月を自室に連れ込んで扉を閉める。無言で手早く自衛。

 

「三日月、そこで我慢していてくれ」

『……若葉さんも……お気をつけて』

「ああ」

 

これで1つの不安が消える。次はその足で医務室へ。

医務室にはちょうど飛鳥医師がおり、雷と共に医務室内の設備を片付けていた。曙に不要になったため、場所を取るものは率先して端に寄せて行っている。

私が急いで入ったことで視線を集める結果となったが、時間が無いからすぐに端的に説明しよう。

 

「……(くだん)の夕雲が工廠にいる。三日月とセスには先に話をしてきた。飛鳥医師、ついてきてくれないか」

「今は摩耶が対応しているのか。すぐに向かおう。雷」

「大丈夫よ。曙は私がどうにかしておくわ」

 

ものの数秒で事態を把握してくれた。雷は曙に説明しがてら、うまく工廠から引き離すようにしてくれるはずだ。そのうちに私は飛鳥医師を工廠へ。それもわずか数秒の話だが、夕雲がここに来た目的だけは話しておいた。

 

「すまない。いると思っていた場所にいなくて、少し探してしまった」

 

工廠では、整備していた艤装が自分の探す者のものであるかを夕雲が確認している。これが曙のものであるとわかった場合、どういう反応をするか。

摩耶も施設内を彷徨かれないように細心の注意を払いながら対応中。言葉を間違えたら即終了の可能性がある。

 

「あら、貴方がこの施設の管理人ですか」

「若葉から話は聞いた。落伍した仲間を探しているんだって?」

「はい。今確認したところ、この艤装はその仲間のものであると間違いなさそうなので、この辺りにいるとは思うのですが、見たことはありませんか」

 

何をどう見てこの艤装を曙のものと判定したのかはわからないが、夕雲はこの施設にアタリをつけているように思えた。間違いないという言葉ももしかしたら吹っかけてきているのかもしれない。

だからか、飛鳥医師も少し強気に、かつ嘘と本当を入り交ぜながら、この施設がどういうものかを夕雲に説明していく。

 

まったく表情を変えないで説明するのが少し怖かった。元々表情変化が乏しいイメージがあったが、今は仮面と言えるほどの変化の無さ。それを邪魔しないように、私も摩耶も無言を貫いた。

 

「あらまあ、そうでしたか。2日前にここに」

「ああ。そっちを見てわかると思うが、ここには艤装が流れ着くんだよ」

 

山積みにされた深海棲艦の艤装を指差す。それがあるから真実味がある。

 

「お前らの戦闘の跡だからな。後始末するこっちの身にもなってくれ。こちらとしてはそれで金儲けさせてもらってるから言える立場にないかもしれないが」

「それは申し訳ございません。真摯に受け止めさせていただきますわ」

 

態度を見る限り、この夕雲が洗脳されているようには見えない。元々を知らないので何とも言えないが、あまりにも自然に会話している。

だが、顔は笑っているのに目が一切笑っていないのがわかった。瞳の奥、泥沼のような濁り方をしているのもわかる。貼り付いた笑みと表現するのが正しい。

 

まるで、私のトラウマになっている提督のような表情だった。

 

「最悪な状況も考えて、一度鎮守府に戻りたいと思います。情報提供、感謝致しますわ」

「ああ。そうしてくれ」

「この艤装、譲っていただけませんか。万が一沈んでしまっている場合、これが形見となりますので……」

「買い手は付いている。そっちに掛け合ってくれ」

「では、その相手の連絡先を……」

 

飛鳥医師も先程の摩耶と同じように少しゲスな言い方になってしまっている。早く帰れという気持ちを叩きつけているようだった。買い手としての来栖提督の連絡先を教えて、夕雲には帰ってもらった。

 

まさか、あちらから接触してくるとは思っていなかった。考えてみれば、曙の行方を調べるのは当然のことではあるのだが。

だが、これで少なくとも来栖提督に援護が出来たと思う。夕雲と繋がりが出来たことで、元凶の鎮守府への繋がりにもなる。解決にまた一歩繋がった。

 




夕雲襲来。今はこれだけで済んでいますが、また何かありそうですね。

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