翌日に曙が施設を離れるであろうというときに、元凶の鎮守府に所属しているであろう夕雲が施設に来てしまった。本人は落伍した仲間を探していると言っていたが、事情を知っているために曙を探して始末しようとしているのはすぐにわかる。そのため、飛鳥医師も交えて嘘の証言で今は施設から出て行ってもらった。
「もう姿は見えない」
「おう。あたしの
摩耶は眼帯をめくり、深海棲艦の目で水平線の辺りを見ていたが、夕雲達の姿は完全に見えなくなったようだ。
見え方が違うと聞いていたが、何やらまず視力が普通より高いそうで、そのせいで眼帯をしないと感覚がおかしくなるのだとか。三日月の目も同じことになっているため、少し心配。
「念のため、工廠内に何か仕掛けられていないか確認しておこう」
夕雲は気配なく工廠の海に立っていたため、気付かぬ間に何かされていないとも限らない。飛鳥医師も加わり、何もない事を確認した。流石に落伍した裏切り者を探すためとはいえ、随時盗撮盗聴の器具を持ち歩いていることは無かったか。
飛鳥医師は今のことを来栖提督に伝えるために工廠から出て行った。ついでにセスにもう大丈夫であることを伝えるとのこと。
今更ながら心臓がバクバク言っている。元凶を目の前にして、時間差で恐怖がぶり返してきた。毅然とした態度で無くては全滅まであり得たあの状況で、どうにか出来た自分を褒めてやりたい。
「……正直、驚いた」
「あたしもだよ。夕雲がどうのって話したの、つい最近だぞ。いきなりツラ見ることになるなんてな」
それにしてはよく口が回っていたと思う。私は余計な事を言わないように噤んでいたくらいなのに。悪びれもなく嘘を挟んでいく会話は、手練れにしか思えないほどだった。
「手が震えて作業が出来ない」
「落ち着くまで深呼吸でもしてな。ありゃ怖ぇよ」
摩耶に言われた通り、深呼吸をしながら震える手を握り、呼吸を整えていく。あの表情にトラウマも抉られており、簡単には治まりそうにない。
「ただいまー」
「……誰か……来てた……?」
全て大丈夫となったタイミングで、潜っていたシロクロが戻ってきた。海から首だけ出してこちらを見ている。
「……さっきまで、夕雲がここにいた」
「うぇっ!? マジかぁ……姉貴の言ってた通りだね」
「浮上は危ないと思った……すごく遠目だけど……艦娘が何人か見えたから。……今は何処か行ったけど」
シロが見たのはおそらく、夕雲ではなく遠くで待機していた随伴艦達。今の状態で1人2人ならまだしも、何人かとなると確実に施設の者では無くなる。それを察したシロが浮上を躊躇してくれたのが功を奏したようだ。
また、シロのおかげで夕雲達が近海から完全にいなくなったことも判明。明日以降もまた来る可能性はあるが、艤装は手放すともう話しているし、売る先である来栖提督の連絡先も教えてある。ここからは来栖提督のターンになるはずだ。
午後、曙の艤装の組み立てが完了。動作試験だけは本人にしか出来ないので、リハビリ代わりに工廠に来てもらう。試験の管理は当然摩耶が行い、私はそのアシストに。今回は病み上がりのため、飛鳥医師と雷も便乗している。念のため全員艤装装備。
医務室から出るのは初めてになるので、明るい工廠を見るのも初めて。さらにはあの時は大きく消耗していたので、ここがどういうところかもわかっていなかったはずだ。
「雷に聞いていたけど、本当に深海棲艦の艤装とか拾ってきてるのね」
「ああ。そもそもは浜辺の掃除で貯まってしまうんだ。研究の材料として他の鎮守府に渡したりするんだが、今は他にも理由があってな」
ここに辿り着いた時にもたれかかった艤装の山を見て、唖然としていた。曙の艤装を優先したために、まだ片付けきれていない。
流石にもう検査着というわけには行かず、ちゃんと曙本来の制服姿で工廠に立っている。元々着ていたものは身体中の傷と同じようにボロボロだったため廃棄し、先日来栖提督が来てくれた時に新品を調達していた。
「他の理由って何よ」
「雷、そっちはまだ話していなかったのか」
「ごめんなさい、なんだかんだ話せなかったわ」
「そうか。なら後から話そう。試験を先に終わらせようか」
結局、深海棲艦も助けているということは伝えることが出来ていなかった。最後まで知らなくても良かったかもしれないが、来栖提督の鎮守府に所属することになるのなら、少なからずこちらとも関係を持つことになるだろう。
ならば、出来る限り知っておく方がいい。あちらの鎮守府はこちらの事情を全員知っているわけだし。体調も戻った今なら大丈夫だ。この試験が終わり次第、伝えることとした。すぐに話されないことに訝しげな顔をするが、そこは素直に従った。
「外っ面は元のままだが、中身は全部修復した。ちゃんと動くとは思うが、まずは装備してくれ」
「ええ」
摩耶が準備していた艤装を、曙が装備していく。主機の組み立てが私の仕事だったため、その一挙手一投足に注目してしまう。私が一番手に汗握っているだろう。
「……すごいわねコレ。私が使ってた時、どれだけポンコツだったのよ」
「中身酷いもんだったぜ。錆びてるのと、ヒビ入ってるのと、砕けてるのばかりでな。ここにあるモンで修復したんだ。じゃあ海に出てくれ」
ここに来るまで使っていた艤装とは雲泥の差だろう。
海に立ち、軽く流すように航行を始める。それをアシストするため、私も海に降りた。万が一その場で艤装が異常をきたしても、私が側にいればどうとでもなる。
「上々よ。むしろ今までで一番綺麗に動くわ」
「そいつは良かった。若葉にも感謝しろよ。最後の組み立ては若葉だからな」
「主機の組み立ては初仕事だった。上手くいって良かった」
そのままある程度沖の方まで駆ける。三日月の時のように、潮風を受けながらイキイキとしていた。
私達艦娘に共通して言えることかもしれないが、やはり海の上に立つと気分がいい。陸上では味わえない
「あんな目に遭っても、海の上の方が気分が落ち着くなんてね」
「ああ、わかる。若葉も酷い目に遭ったが、海に出たら気分が良くなった」
「ホント、不思議なもんね艦娘って」
医務室では見られなかった、心の底からの笑み。私達はただ、海が好きだからその平和を守ろうと躍起になれる。
「来栖提督のところで事を済ませたら、またこっちに来るわ。ここはいい海だもの。こうやってただ海の上に立つだけでも、癒される気分だわ」
「ああ、いつでも待ってる」
少し名残り惜しくなってしまったか。鎮守府でもない施設ではあるものの、居心地はいい場所だ。正式に施設の一員となってくれても良かったのだが、曙の意思は固い。ならば引き留めることも出来ないだろう。
何もかもがうまく行き、しがらみが無くなった時にまたここで再会したい。私達はここから応援することしか出来ないが、待っていれば必ずここに戻ってくるだろう。その時を待つだけだ。
「じゃあ、帰りましょ。今はこれで終わりにしとくわ」
「ああ、充分試験は出来たな」
「ええ。速度も前以上にでるし、これだけ駆け回っても変な臭いとかもしないわ。最高の整備じゃない」
本当に余程の状態だったのがよくわかる。変な臭いがするとか、回路が焼き切れたり、滑りが悪くなって最悪発火したりと考えられる。やはり、この鎮守府に辿り着けたことが奇跡だった。
「戻る前に少しだけ待ってくれ。夕雲達がいないことを再確認する」
「……もしいたとしたら」
「一目散に逃げるしかないな。攻撃の手段を持っているのは、施設に1人だけいる」
それは当然、セスのこと。セスが軽空母たる所以であるエコが元気いっぱいなのだ。いざという時は任せるしかない。
セスとエコのコンビを除くと、私達に出来るのはそこにある廃材を武器に殴りかかることしかない。そんなことするくらいなら、逃げ惑った方が命を無駄にせずに済むだろう。
「安心は出来ないわね」
「だから前以て調べておくんだ」
今私達がいる位置は、施設が見えるギリギリくらいの場所。午前に夕雲が襲来したときに、その随伴艦達が屯していた辺りになる。そこから裸眼での周辺確認。
おかしなものは見当たらず、人影なんて以ての外。本当に一時帰投したかはさておき、すぐにこちらに来られるような場所で待機しているわけではなさそうだ。念のため空も見て、艦載機が飛んでいるようなことがないかも調べ、何事もないことを確認。
「安心していい。夕雲達は
「そう、よかったわ」
これで気分良く施設に戻れる。曙も、足取り軽やかに駆けていった。
工廠に踵を返すと、出てきた時より人影が多い。まさかと思ったが、遠目に見ても全員集合しているのがわかった。
対人関係最悪の三日月もそうだが、本来曙の前に姿を現わすことが難しい3人の深海棲艦もである。三日月は浮き輪を抱きかかえ、セスの隣には当然エコもいる。
「わ、若葉、工廠に深海棲艦がいるわよ!?」
「ああ、さっき飛鳥医師が後から話そうと言っていたことだ。うちの施設は、怪我人を全て救う。深海棲艦でもだ」
「それが住み着いたってこと!? 侵略者なのに!?」
わかりやすい反応。誰だってこういう反応をするのが当然である。だが、私が知る限りを懇切丁寧に説明したら少しは理解してくれた。この思想は、来栖提督の鎮守府に行っても役に立つはずだ。
「おかしいとは思ってたのよ。医務室にこもってるとき、知らない声が聞こえたんだもの」
「ああ……多分クロだな。アイツは元気な奴だ。いつも騒がしい」
その内話すつもりがあったとはいえ、既にそういうところで勘付かれていたとは。だから話が早かったというのもあるようだが。
「ここに住み着くくらいだから、アレは侵略者じゃないんでしょ。……深海棲艦にもいろいろあるのね」
「物分りが良くて助かる」
工廠に到着。行って帰ってきたらモンスターハウスだったような感覚なのだろう。おっかなびっくり地上に上がった。
曙は深海棲艦にこっ酷くやられたわけではないので、私や三日月のような深い傷は無い。話を聞いても敵対心があったらどうしようかと思ったが、今は武装を持たないので、目の前の深海棲艦に攻撃することも出来ない。
「若葉からある程度事情は聞いたか」
「本当に攻撃されないのよね。信用していいのよね」
「ああ。この3人も立派な協力者だ」
ここは立ち位置が逆転している。深海棲艦が味方で、鎮守府が敵。追われている曙的には、そこはすんなり納得が行ったようである。
「ご、護衛棲水姫!? 私達が捜索してたあの!?」
「ああ。セスから話を聞いて、君の鎮守府の特定を急いでいる状態だ。当然、来栖もそのことを知っている」
「探しても見つからないわけよ……こんなところで匿われてたなんて」
ここにはあり得ないことばかりだ。普通の常識で考えてはいけない。
「セスだよ。で、こっちはエコ」
「護衛棲水姫の艤装ってこうなってたのね……」
艦娘を苦手にしているセスも、近しい境遇となった曙には何処か仲間意識が芽生えているようで、あまり抵抗なく話す。エコは今は大人しいが、待てがかからなくなったら曙に飛びつきそうな勢い。
「ずーっと我慢してたんだから。私、クロだよ。よろしく!」
「……シロ。よろしく」
早速友好関係を築いていこうと握手を求めるクロと、それに引っ張られる形で握手を求めるシロ。来栖提督のところを倣って、友好の証は握手。
曙も最初は躊躇っていたものの、艤装も持たない非武装な深海棲艦相手に敵対心を持つ必要がないと割り切ったのか、握手に応じた。
「深海棲艦とこんなことが出来る時が来るなんて、思いもしなかったわ。うちの鎮守府の方が余程侵略者よ」
「だよねー。私達も追われて大怪我してここで拾われたんだよ。だからさ」
「……向こうに行ったら……私達の恨みも……晴らして」
力を持たない私達の思いは、力を持つ曙に全て託す。
「私、どんだけアンタ達の思い背負わされるのよ。重いったらありゃしないわ」
「悪ぃな。あたし達はここが性に合ってんだ。もう長いしな」
「ったく、いい迷惑よ」
憎まれ口を叩くが、表情は明るい。みんなに頼られ、悪い気分では無いようだった。
「三日月、明るいところで顔を合わせるのは初めてね」
「……」
「アンタのことも雷から聞いてるわ。あのクソ提督はちゃんとぶちのめしてあげるから、ここで戦勝報告を待ってて」
三日月は目を合わせることが出来ないが、小さく首を縦に振った。それだけでも充分だ。
「もうお別れみたいな空気になってるが、曙がここを発つのは明日だからな。その前に全員顔を合わせることが出来て良かったが」
「そうじゃない! 何よこの今生の別れみたいな空気!」
これでいろいろと決壊した。エコが曙に飛び付き、もうしっちゃかめっちゃかに。
ここから離れることに抵抗が出るほどの和やかな雰囲気。だが、曙の信念は揺るがない。自分の手で決着をつけるため、明日、この施設から離れる。
ならば最後の時まで、明るく和やかに暮らせるように。そして明日、みんな笑顔で送り出そう。またここに戻って来たくなるくらいに。
曙も、提督に対してはトラウマから口が悪いツンツンだけど、他に対しては割と素直なんじゃないかなと思います。潮に対してだけはちょっと特別な感情持ってそうですが。