継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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命燃やして

曙が来栖提督の鎮守府へと旅立つ朝、突然の襲撃により曙が撃たれた。胸への一撃は確実に致命傷であり、素人目に見ても、もう長くないということがわかるほどであった。

曙を撃ったのは潜水艦であったため、シロとクロが即座に潜り、犯人を追っている。残った者は、追加でやってくる夕雲が指揮する部隊を迎え撃つため、施設から出撃した。私、若葉は摩耶から渡された錨のような鉄塊を手に、この身体になって初めての戦場に立っている。

 

あちらの部隊は、身体のリミッターが外され、限界以上の力を無理矢理引き出されてこちらに向かってくる。勝とうが負けようが確実に死ぬような戦い方。それをさせても、夕雲は貼り付いた笑みを浮かべたままである。

 

「貴女方には死んでもらわなくては困りますので」

 

主砲を破壊されても随分と余裕のある物言いである。周りに全てやらせて、自分だけは逃げ果せるつもりに見えなくもないが。

 

突如、鳳翔が目にも留まらぬ速さで矢を放った。それは艦載機へと変化することなく真っ直ぐ飛び、限界を超えた力を引き出されている戦艦の、右肩の辺りに装備された主砲を貫き、一撃の下に爆発四散させる。その爆発により、腕や身体に被害が出るが、御構い無しにもう一射。左側にも装備された主砲が破壊され、同じように身体に被害が出た。

 

「どうやって私達を殺すつもりですかね」

 

さらにもう一射。今度は艤装ではなく脚を狙う。が、3度目ともなると回避されてしまった。戦艦とは思えない身のこなし。だが、身体への負担は酷そうだった。高火力の主砲を破壊されたことで、直接殴りかかってくるようだが、それすらも弓でいなしていく。

 

「もう、やっちゃうよ」

「オッケー。駆逐艦3人はボク達がやろう」

 

鳳翔が敵に対して明確に傷を付ける攻撃を行なったことで、他の者達も枷が外れたかのように攻撃を始める。

 

「数はこちらが有利だ。包囲!」

「了解! いっけー!」

 

第二二駆逐隊は数的優位を背に、攻撃を回避しながら容赦なく敵駆逐艦に攻撃していく。それでも互角になってしまっているのは、敵のリミッター解除が異常だということだろう。

横目に見てもわかった。文月は三日月の件で見せた怒りに満ちた真顔。怒りにより海面が揺れているように思えるほどのプレッシャー。鳳翔に言われてなければ、相手を殺しているであろうほどの勢い。

 

「では私は敵軽巡を。肉薄します」

 

爆発するような加速で敵軽巡に突撃する羽黒。やはりもう弱気な表情は一切無く、調査隊隊長を担うに相応しい凛々しさで戦場を駆ける。あちらからの攻撃は紙一重で避け、返しに渾身の一撃を与える。

こちらも互角。リミッターが外され驚異的なスペックアップをしていても、1対1で問題なく戦えている羽黒の実力がわかる。

 

これにより、私達の周囲から敵を引き剥がしてくれた。私とセスは2人で夕雲を相手取ることになる。素人と深海棲艦の二人一組(ツーマンセル)。私が足を引っ張らないようにしなくては。

が、そんな心配が即座になくなった。

 

「戦艦はもう戦力になりませんよ」

 

瞬殺だった。

鳳翔は本当に容赦なかった。鳳翔が相手取っていた敵戦艦は、両肩、両脚に矢が刺さり、その場から全く動けない状態。まるで海面に磔にされているようにすら見えた。

それでも無表情を貫いている辺り、洗脳の効果は絶大なのだと思う。あれだけの怪我を負っても、泣き喚きもせず、未だに戦おうともがいている。

 

鳳翔の練度がとにかく桁違いだった。いくら敵が何かしらの手段で限界を超えてこようが関係ない。実験経験の差から、何もかもが上回っていた。他の5人も苦戦をしているようには見えなかったが、まだまだ敵はピンピンしているほどである。

 

「……思ったよりやりますね」

「余裕ぶるのはやめた方がいいですよ。貴女もこうなります」

 

すかさず速射。肩を撃ち抜く軌道の矢は、真っ直ぐ夕雲に向かって飛ぶが、ギリギリで躱される。ああ見えて、夕雲もあの時にリミッターが解除されているのかもしれない。他と違い、身体にあまり影響がないように改造されている可能性もある。

先程の羽黒の一撃は、本当に宣言無しだったために当たったようだが、今回は目の前からの射撃だ。それになら反応出来るということは、夕雲も相当な手練れ。捨て駒の指揮をしているくらいなのだから、あちらでは高い地位にいるのかもしれない。

 

「若葉さん、それと……護衛棲水姫」

「セスだ」

「あら、いい名前を貰いましたね。ではセスさん、3人で、彼女をひれ伏させましょうか。指示に従ってもらえますか」

 

ここは旗艦として経験が長い鳳翔に従う方がいいだろう。無言で頷く。セスも今までの戦闘を見ていたことで、鳳翔に従うことに戸惑いは無い。ここからは三人一組(スリーマンセル)だ。

 

「若葉さん、戦術なんて必要ありません。真ん中で突っ込んでください。ただし、魚雷だけは気をつけること」

「了解」

「セスさん、艦載機をある程度コントロール出来ますね。では、基本は背後から狙ってください。狙いは膝です」

「わかった」

 

私の持つ武器は錨しかない。それを鑑みて、私は肉薄役。私の四肢の深海棲艦が、的確な攻撃と回避を導いてくれるのは、夕雲との交戦でわかっていることだ。

両腕がまた疼く。早く夕雲を殴りたいと訴えるように力が入る。頭は冷えても、怒りは冷めない。

 

「では……始め!」

 

鳳翔の号令と共に、私が真正面から突っ込む。同時にセスがエコから艦載機を発艦。超加速をした後に夕雲の真後ろでUターン。そこから即座に射撃を繰り出す。

初めての連携、私に至っては初めての戦闘。

 

「3人がかりだなんて、恥ずかしくないですか?」

 

私の突撃は悠々と躱され、セスの艦載機による射撃も紙一重で避けられる。突撃を回避されたため、急ブレーキ。身体に大きく負荷がかかるが、脚はそれに耐えてくれる。深海棲艦の骨が、私を支えてくれている。

 

「いえ、まったく。闇討ち紛いの証拠隠滅の方が余程恥ずかしいですね」

 

そこへ、3つ目の攻撃。鳳翔の矢が左肩に向かって放たれていた。それすらも辛うじての回避をされたが、無理矢理方向転換した私がその回避方向にいる。

鳳翔の射撃は私にもセスにも有効になるように放たれている。回避方向を固定化し、戦況を確実にこちらに引き込む射撃。

 

「……っ!」

 

大きく振りかぶり、夕雲を横薙ぎに。だが、それすらも回避された。飛び上がり、新体操のように身体を捻らせ、スレスレを躱される。が、そこにセスの艦載機が爆撃を合わせる。

正直爆撃は私にも被害がありそうだが、錨を振った反動でその場から移動。爆撃を受けるのは夕雲だけに。

 

「即席のチームの割にはよく出来てるじゃないですか」

 

それに対しても、着地と同時に急加速し、爆撃地点から回避。さらには魚雷を広範囲に発射。こちらが緊急回避をさせられる羽目に。

腹が立つことに、夕雲は対艦娘の戦闘に慣れている。深海棲艦も人型ならばその範疇に入るようで、想定外のことを連続してやっているはずなのに攻撃が当たらない。

 

「避けて良かったんですか?」

 

魚雷の向かう方向には、鳳翔が行動不能にした敵戦艦が海面に倒れている。こちらが全員を生かそうとしていることを見越して、味方すらも殺そうとする戦い方。

 

「心配せずとも。貴女の考えそうなことはお見通しですから」

 

その魚雷は敵戦艦に当たる前に鳳翔の艦載機による射撃で爆破された。手の読み合い。私にはもう全く予想がつかない。指示された通り、何も考えず錨を振り回して暴れるしか出来ない。

 

「若葉さん、手を止めない」

「すまない」

 

注意され、身体への負荷を顧みず次の攻撃へ。まだ身体は持ってくれる。

 

「若葉さん、そろそろ鬱陶しいですよ」

「知ったことか!」

 

錨の扱いに大分慣れてきた。最初は闇雲に振り回していたが、今では腕の一部のように感じられる。それも全ては駆逐棲姫の腕のおかげか。

振り回せど振り回せど攻撃は当たらないが、防戦一方に出来ているのはわかる。私が近すぎて、魚雷を放ったところで爆発に巻き込まれるからだ。最初に羽黒が主砲を破壊してくれたのは相当大きい。

 

「あら……そうですか。いいタイミングです」

 

何か呟いたかと思うと夕雲が不意に後ろへ下がり、今まで放ってこなかった魚雷を突然発射。自分への被害も考えなくなったか。当然その射軸からズレるために横へ回避。

瞬間、私と夕雲の間に大きな水飛沫が上がる。放った魚雷全てが、回避しようとした瞬間に爆発した。あまりに突然のことだったため、動きを止めてしまった。

 

「後ろに下がりなさい!」

 

鳳翔に言われ、咄嗟にバックステップ。

 

その水飛沫の中から、爆雷が飛んできていた。

 

「なに……っ!?」

 

錨を盾にして何とか身を守ろうとしたが、僅かに間に合わず、私の間際で大爆発を起こす。本来が海中の潜水艦を撃破するための武器であり、おそらく簡易の爆雷だったため、通常のものよりは火力は低かったのだと思う。だが、私に大きなダメージを与えるには十分だった。

爆雷の破片が腕や脚に突き刺さり、舞い上がった爆炎により顔を焼かれる。眼は何とか守れたものの、熱にやられ目が開けられそうにない。

 

「くっそ……!」

「若葉さん! そこからすぐに退きなさい!」

 

言われずとも、こんな状態では戦えないため、すぐに後退する。視力はすぐに戻らない。こんなの、恰好の標的じゃないか。

 

ドクンと心臓が高鳴る。目を開けられないため強制的に暗闇の中に置かれ、戦場の真ん中で敵に狙われる状況が、トラウマに近しい状況を作り出してしまっていた。雨風が無いとはいえ、今私が置かれている状況に、言いようのない恐怖を感じてしまう。

 

「っあ……ぁ……」

「セスさん、若葉さんについててあげてください!」

「りょ、了解。ワカバ、大丈夫!?」

 

暗闇でわからないが、近くにセスが来てくれたらしい。震える手を握ってもらって、何とか落ち着こうと努力するが、心臓の鼓動は落ち着いてくれない。

 

「あら、あらあら、若葉さんは何か傷をお持ちですか。そんな子が戦場に出てはいけませんね」

 

夕雲の声が遠退いていく。セスに曳航され、戦場から撤退しているようだった。

だが、何故あのタイミングで突然海が爆発したように水飛沫が上がった。私には当然海中を見ることは出来ないため、詳細が掴めない。

 

「今の爆発、どう考えてもおかしい! 魚雷が突然爆発したように見えた。何にも当たってないのに爆発するとか、あっちは自分の意思で爆発させられるの!?」

 

セスも同じように疑問に思っているようだ。そんなはずはない。深海棲艦は知らないが、艦娘の持つ魚雷にそんな機能は無いはずだ。時限式ならわからなくはないが、あれはあまりに早すぎる。

 

「ごめん、追ってた潜水艦が合流しちゃった!」

 

私の真後ろ、クロの声が聞こえた。

一目散に逃げていたはずの敵潜水艦だが、シロクロのスピードに逃げ切れないと踏んだのか、こちらの戦場まで戻ってきたらしい。それも勿論、夕雲のサポートのため。

先程のやけに大きな水飛沫は、夕雲の魚雷だけでなく、敵潜水艦の魚雷も一緒になって爆発したことで発生した水飛沫だったようだ。ならば、魚雷に魚雷をぶつけるなんて芸当をやってのけたのか。全員が動き回っているためか、直接ぶつけるのではなく牽制に使うとは。

 

「……追い付かれたら……鎮守府がバレると思ったんだと思う……わざわざここに戻ってきたくらいだし……私達もまとめて殺す気でいるんじゃないかな……」

 

シロも浮上してきたようだ。

武器も持たず、ただ速く潜航出来るだけの2人なら、鎮守府まで誘き寄せてから攻撃してもいいだろう。だが、あえてその場に戻ってきたということは、夕雲が主砲を失ったことをカバーするための戦力としても見られている。

私が戦力外になってしまったことで、鳳翔がその2人を相手取らなくてはいけなくなってしまった。ただでさえ片方は潜水艦、空母には荷が重い相手。

 

「形勢逆転ですね。ではここからしっかり皆殺しに……おや」

 

急に声が途切れる。何が起きたのかわからないが、こちらには都合のいいことが起きたように思える。

 

「タイムオーバー、ですか。捨て駒は脆いですね」

 

其処彼処から人が倒れるような音が聞こえた。戦いの音が無くなっていく。目が見えていないからか、妙にそういうところに敏感になった。

 

「ユウグモ以外の敵艦娘がバタバタ倒れてる。何が……」

「……リミッターを外された代償だろう。命を燃やして戦ってたなら、その燃料が切れたら……死ぬしかない」

 

無理矢理能力を引き上げられ、身体の負荷も考えずに立ち回り、痛みも疲れも無視し続けた代償は、死。命を削りに削った挙句、使い捨てられてその場に沈んでいく。

 

「流石の夕雲も、この多勢に無勢は覆せません。出直してきますよ」

「逃すと思っているんですか?」

「当たり前でしょう。また会いましょう」

 

即座に鳳翔が矢を放ったようだが、いくつかの爆発音の後に夕雲はいなくなっていた。私の視力を奪ったあの爆雷を目くらましにして撤退したようだ。

鳳翔が即座に偵察機を発進させたが、それすらも追い付けない逃げ足だったようだ。足がつかないようにするための行動は、やたら速い。

 

 

 

最後まで腹が立つ敵だった。そして、何も出来なかった自分自身に対して一番腹が立った。自分の弱さは自覚していたつもりだったが、改めて実感させられた。

 

私は、無力だ。

 




初陣、敗北。戦闘訓練すらしていないのですから仕方ないかもしれませんが、敵が最初からトップギアのため、打開策が難しい。

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