夕雲率いる敵鎮守府部隊との戦闘が終了した。
捨て駒のリミッターを解除し、命を燃やして戦わせた結果、その全てが自滅。戦闘中にバタバタと倒れては、沈んでいってしまった。唯一海上で残った夕雲も、この数は不利と判断し撤退を選択。鳳翔の偵察機をもってしても、その逃げ足を捉えることが出来なかった。
結果的にこちらの勝利かもしれないが、あちらの部隊は夕雲と曙を撃ち殺した潜水艦以外は全滅。生かして捕らえようとしていたが、あちらのやり口により命を落とすことになってしまっていた。
こちらの怪我人は、夕雲の爆雷を真近で喰らってしまった私、若葉が一番の重傷。とはいえ、腕や脚に破片が刺さっているのと、爆炎により一時的に視力を奪われたのみ。数日すれば治るほどである。
そのため、今の私は周囲が確認出来ない。セスに手を引っ張ってもらい、項垂れながら施設に帰投することになった。
私の望まれない初陣は、最悪な幕引きで終わった。撤退させたのだから戦果としては勝利かもしれないが、後腐れしかない、胸糞悪い戦闘であった。
それに、まず戦闘に入る前に曙が命を落としている。それだけで大敗である。
工廠に到着し、手探りで陸に上がる。目が見えないことがこんなに不便だとは思わなかった。
「鳳翔、戦果は」
「敵部隊旗艦、および潜水艦に逃げられました。残り5人は……戦闘中にその場で自沈しました」
「……そうか」
来栖提督の怒りと苦しみが入り混じった声。いくら洗脳されていても、相手は私達と同じ艦娘だ。命を落とさずに鹵獲し、その洗脳を解いてやりたかったと呟く。
戦況報告については鳳翔に任せ、私は応急処置をしてもらう。今この場には飛鳥医師と摩耶がいないようで、雷に身体の傷と焼かれた眼を診てもらった。
瞼を開けられたようだが、やはり視力が失われている。一過性ではありそうだが、失明している状態。
「傷は薬を塗って包帯を巻いておきましょ。多分3日くらいで治ると思う。眼は焼けたなら冷やした方がいいわね。丸一日そうしておいて、明日また診てみるわ」
いつもの調子に見えて、落ち込んでいるのが声色からわかる。目の前で曙が撃たれるところを見ているのだから仕方ない。
目が見えていない分、他の感覚が鋭敏になっていた。自分のも含めた血の匂いが工廠内に漂い、みんなの声色が沈んでいることがヒシヒシと伝わってくる。
「……飛鳥医師と摩耶は……」
私の眼を冷やしながら包帯を巻いてくれていた雷の動きが止まる。今聞くべきでは無かったかもしれない。
「……曙を処置室に運んで……今は処置中。若葉が戦いに行った後……すぐに息を引き取ったの」
「そうか……」
「最後まで……死にたくないって……言ってたの……」
私の手に水滴が落ちてくるのがわかった。私は戦場に出て行ってしまったが、曙の最期を看取ったのは雷だ。私が聞こえないところで、未練をずっと呟いていたと話してくれた。
あんな終わり方は無い。戦場で散ったわけでもなく、寿命を迎えたわけでもなく、仲間である艦娘に撃たれただなんて。しかも理由が、悪事をバラされたくないから口封じにである。誰もが納得出来ない。
「あんなの……あんなのって無いわよ……」
「ああ……」
「曙は何も悪くなかったわ……生まれた場所が悪くて、そこから逃げ出して、その悪事を全部暴こうとしたのよ……勇気ある行動だわ。なのに、なんで……悪いことした奴らが勝つのよ……」
私を治療する手が震えていた。いろいろな感情が入り混じっているのが、見えていなくても手に取るようにわかる。私も涙が溢れ出ていた。目に巻かれた包帯がぐしょ濡れになっているのがわかる。
たった3日とはいえ、一緒に過ごした仲間だった。これからは別々の道を歩くにしても、その門出をみんなが祝っていた。居なくなるのが寂しいと思えるほどだったのに。
『お、おい! そんなこと出来るのかよ!?』
突然、施設の奥から摩耶の叫び声が聞こえた。処置室から工廠にまで聞こえる声だなんて、相当な大声である。余程驚いたのか。
その後、すぐに摩耶が工廠へ駆け込んできた。ゼエゼエ言いながらみんなの前へ。
「センセが……曙を
工廠が静まり返った。
「摩耶、それ飛鳥が本当に言ったんだな?」
「あ、ああ」
すぐに反応したのは来栖提督だった。どんな顔をしているかはわからないが、いつもの豪快さは感じられなかった。先程の雷とはまた違った、いろいろな感情が入り混じった声だった。
「ちょっと話させろい」
ドスンドスンと足音を立てて処置室に向かう。流石に蘇生ということを聞いてしまったら、私達もじっとしていられない。雷も同じ気持ちだったのだろう。私の手を引いて処置室に連れて行ってくれた。
「飛鳥ァ、お前ェ、
処置室に向かって語りかけているであろう来栖提督。声は真剣そのもの。扉は固く閉ざされているようで、おそらく飛鳥医師も表に出てきていない。
『ああ。
「後悔しねェな?」
『ああ。僕も悩んださ。だけどな、曙は死にたくないと言ったんだ。それに、僕もこんな形で死んでもらいたくない。だから……僕のやれることをやる』
飛鳥医師の力とは一体何なのだ。だが、蘇生するという信念は扉越しでも伝わってくる。何かを決意した、力強い声。
『ずっと秘密にしてきた僕の事情、お前の口から伝えてもらえないか。すぐにでも処置を始めたい』
「うるせェよ。自分の口で伝えろ。処置にどれだけかかる」
『見込み6時間。夜までには終わらせる。それなら曙に後遺症は残らない』
「じゃあその後に自分で説明しろい。俺ァ何も言わねェ。念のため終わるのを待っておいてやるから、鎮守府に連絡させてもらうぜェ」
訳がわからない。飛鳥医師と来栖提督の中でだけ話が進んでいく。
「先生! どういうことなの!?」
『雷か。話は後からする。今は待っていてくれ』
それ以降、処置室からは声が聞こえてこなかった。曙への処置が始まったのだろう。もう私達には待つ以外の選択肢が無かった。処置室に鍵までかけられ、一切の手出しが出来なくされてしまっている。
だが、蘇生すると言うのだから、そういうことなのだろう。雷は息を引き取ったところを見ている。そこからあの曙が戻ってくると、飛鳥医師は言っている。
以前に摩耶と、飛鳥医師でも死者を生き返らせること無理だと話をしたのを覚えている。死者の蘇生など医療の域を超えて最早神の所業だと思ったことも。
今からそれを、実現させようとしている。
その日は飛鳥医師の処置終了を待つため、来栖提督含めた外部の者が待機することになった。終わるのは夜よりも前ということで、事が済めば夜でも帰投するつもりだそうだ。
襲撃が朝だったため、昼食の時間が訪れる。飛鳥医師は処置室から出てくる気配もなく、こちらから話しかけても返事がない。飲まず食わずで処置中である。
三日月の処置をした時はあまりに長時間だったというのもあるが、三日月自身の死を免れるタイミングが早かったため、軽食くらいは摂っていたが、今回は状況が状況。私達も容易に口出しが出来ない。
「先生、余裕が出来たら食べてちょうだいね。扉の前に置いておくから!」
相変わらず返事はないが、雷が処置室の前におにぎりを置いた。今はみんな緊張感に食事が喉を通らないようなイメージだったが、今腹に貯めておかないと、後から倒れてしまいかねないと雷が奮起した。おにぎりを作ったのも雷と、来栖提督の秘書艦である鳳翔である。
「若葉、大丈夫? 目が見えないんだから、工廠から動かなくてもいいのよ?」
「いや、若葉も三日月の側にいたい」
そしてその足で三日月の部屋へ。
この騒動の間も、自室から一歩も外に出てこなかった。そのおかげで最悪な現場に立ち会うこともなく、今以上のショックを受けずに済んでいると言える。
迷惑をかけてしまっているが、雷に手を引いてもらい、三日月の部屋の扉を叩いた。
「三日月、昼食の時間だ。開けてくれ」
少しして、扉が開く。顔は見えないが、三日月も意気消沈しているのが手に取るようにわかった。どんよりしている空気を肌で感じ取っているような感覚。
三日月の周りにはいつも通り3体の浮き輪がついているらしい。だが、この空気を感じ取り、あまり活発には動いていないようだった。
「若葉さん……その目は……」
「戦闘でやられた。一時的に見えなくなっているが、じきに治る」
手を引いてもらい、部屋に入らせてもらう。
「来栖提督はもう少しここにいるそうだ。だから、もう少しここに留まっていてくれ」
三日月が息を呑んだことがわかる。やはり、提督という役職に就く人間が近くにいることがストレスになっているか。
だが、三日月から出た言葉は、少し意外なものだった。
「若葉さん……若葉さんが目が見えない間、私が若葉さんの目になります」
つまり、来栖提督がいてもこの部屋から出てもいいということだ。あれだけ頑なに対面を拒んでいたというのに、どういう心変わりか。
私の手を握り、自分の気持ちをゆっくりと言葉にしていく。
「……外の状況は知っています。音も聞こえてきましたし……セスさんからも聞きました。若葉さんの目のことは話していませんでしたが……」
「……そうか」
「曙さんが……亡くなった、敵に殺されたということも……勿論聞いています……」
つらつらと話すその声は、嗚咽交じりで少し震えていた。私の手を握る三日月の手も、同じように震えている。
隣の雷は何も口に出さない。三日月の思いを静かに聞く。私もそれに倣ってなるべく無言で聞き続けた。
「そんな状況でも……私はここで引きこもり続けました。人間が……見ず知らずの者が外にいるからと、曙さんの死を見て見ぬ振りをするように、一歩も動けなかったんです……」
仲間がやられたのだから駆け寄りたかったが、トラウマに負けてここから動かなかったことを悔いていた。
それだけ心の傷が深かったというのは、みんな理解していることだ。人間はおろか、艦娘にまで嫌悪感を抱いているのだから仕方がない。戦闘という行為そのものに恐怖を抱いていてもおかしくないのだ。
「艦娘は嫌いです……でも、曙さんは艦娘以前に……この施設の一員です。一緒にご飯も食べた仲なのに……私は全く動けなかった。人間よりも艦娘よりも、自分自身が嫌いになりました……」
私の手を握る手の力が、少しだけ強くなる。
「だから、だからせめて……自分くらいは好きになれるように……前を向きたいと思いました。だから、この部屋から出たいと……そう思ったんです。せめて仲間の危機を見て見ぬ振りをしない自分になりたくて……もっと強くなりたいんです」
今まではトラウマと向き合うことが出来ず、エコや浮き輪に癒されつつも、どうしても壁があった。自分から前に出てくることはまずない。
だが、今回の一件により、その壁を壊そうと、三日月自身が奮起した。
いいことじゃないか。キッカケはつらい出来事だが、前を向けるのなら上等だ。これでさらに曙も飛鳥医師の尽力により帰ってくるかもしれないのだ。何もかも上手くいく。
「大丈夫……きっといい方向に行く」
シロクロを助けた時に雷に言われたこの言葉が、ずっと励みになっている。いい行動を起こしたのだから、悪いことにはなるはずがない。
「お前ならやれる……最初は若葉の側にいればいい。ゆっくり、ゆっくり踏み出そう」
「……はい……はい……」
周囲に対する嫌悪感が、それ以上に大きな自己嫌悪に塗り潰され、奇しくも三日月は大きく踏み出す決意を持った。まだ笑顔を見せることは難しいだろうが、これは大きな一歩だ。
「ご飯を食べ終えたら、また工廠に行く。若葉の目になってくれるか」
「はい……お任せください。そこにいるであろう提督にも……挨拶をしたいと思います」
今の三日月の顔が見られないのが、少し悔しかった。きっと決意に満ちた、いい顔をしているのだろう。ならば、頼らせてもらう。
これで曙が蘇生されれば、何もかも元通り。むしろ前よりいい方向に進んでくれるはずだ。
だが、何故飛鳥医師は死者の蘇生なんて出来るのか。その理由は、この後本人の口から直々に話してもらえる。今はそれを待つしかない。
曙の死は周りに多大な影響を与えています。その一番大きなものが、飛鳥医師。その死を覆すことのできる何かを持っていることが示唆しれました。それが何かは次回。