長く使っていた医務室から出て、与えられた私室で生活が出来るようになった私、若葉。摩耶のおかげで艤装も修復され、艦娘としての機能は全て戻ってきたことにより、私は正式にこの施設の一員として迎え入れられることとなった。今までは患者だったが、これからは仲間として、皆が扱ってくれる。
艤装の確認として満足するほど海を駆け回った後は、早速艤装の整備。潮風と海水により濡れた艤装は、放っておくと錆び付いてしまう可能性がある。
本来ならば工廠に滞在する作業員、妖精さんが全てやってくれるのだが、この施設にいるはずもなく、全て自分で。
「隅から隅まで念入りにな。そういうところから錆びる可能性があるからよ」
「わかった」
普通の艦娘ではまず確実にやらない仕事。摩耶も付き合ってくれているので、艤装整備もなかなか楽しいものである。
「その調子だと、艤装の確認も終わったみたいだな」
整備をしていると、雷を引き連れた飛鳥医師が工廠にやってきた。
「お、センセどうしたよ。あんまりここには来ないだろ」
「摩耶、天気予報は確認したか」
「……やべ、忘れてた」
飛鳥医師と摩耶が話している内に、雷がパタパタと工廠内を駆け回り、外に出ているものを仕舞っていく。
「今日は夕方から嵐が来る。艤装は向こうの倉庫の中に仕舞ってくれ」
なるほど、だから少し急ぎ足だったのか。工廠に嵐が直撃したら、大波で全てずぶ濡れだ。ただでさえ今それを防ぐために拭いているというのに、それが台無しになってしまう。
整備はほぼ終了したため、飛鳥医師の指示通りに奥の倉庫へと持っていった。全て中に入れ終えたところで、シャッターまで閉められる。絶対に浸水させないという意志が見えた。
「これで良し。わかっていると思うが、今から海に出ることと工廠への立ち入りを禁止する。ルールを破って怪我をされても困るからな」
「わぁーってるって。どうせここもシャッター閉めるんだから入れねぇだろ」
私達が全員工廠から出たところを見計らって、一切立ち入りが出来ないようにシャッターが下ろされた。
「暇になっちまったな。どうすっか」
「君達はまずシャワーを浴びることだ。潮風で髪がベタベタだぞ」
「確かに。よーし若葉、風呂行くぞ風呂」
「私も行くわ! お掃除してたから埃が付いちゃった!」
今まではずっと雷が身体を拭いてくれていたため、風呂というのも初めてだ。今回は簡単にシャワーで終わらせることになりそうだが、それでも温かい湯を浴びるということ自体が初めて。そういうのも少し楽しみだった。
施設は摩耶から聞いていた通り、元々鎮守府だった場所を改装しているということで、それらしい場所が残っている。ここにいた艦娘達が使っていたであろう談話室や食堂はそのままの形で残されており、皆で使うらしい。
風呂も無くす理由が無いため、当然そのまま。艦隊運用をしている鎮守府の風呂は、大浴場とでも言うべき大きな空間だが、ここは鎮守府としても小さいからか、私達3人が入って余裕があるという程度であった。
こんな真昼間から湯船があるわけではなく、風呂に備え付けられたシャワーで身体の汚れを落としていく。
「やっぱ、若葉が一番激しいな」
「ね。私達が軽く見えるわ」
そんな中、人の裸を見て騒ぎ立てる摩耶と雷。話題はどうしても身体の傷に。こういう裸の付き合いは初めてのため、まず私が弄られる羽目になる。
2人の傷は見せてもらっているが、確かに私は2人よりも広範囲。腹だけの雷や、脚だけの摩耶とは違い、胴にも四肢にも傷がある。
「若葉としては、2人も充分重傷だと思うが」
雷は外見がそれだけの代わりに見えない体内に置き換えがあり、摩耶は隠せない眼の置き換えがある。傷痕として残っていなくとも、私と同様に継ぎ接ぎの身体だ。
「摩耶さんは隠せないもんね。どうなの眼の調子」
「おう、おかげさんでバッチシ見えてるぜ。ただなぁ、なんつーか、
私達以上に外見に影響している摩耶。本来の眼は綺麗な蒼い瞳だが、いつも眼帯をしている方は紅い眼。微かにだが光が漏れているようにも見えた。
あまり身体の特徴ばかりに触れるのも良くないので、話題を変える。私は新参としてここに入ったわけだが、2人は当然ここには長く滞在しているはずだ。摩耶に至っては本来重巡洋艦の艦娘には出来ない艤装整備という特技まで備わっている。それなりに長いことやらないと出来ることではないだろう。
「2人はここに来てどれくらい経つんだ」
「あたしは半年くらいだな」
「私は摩耶さんが流れ着く2ヶ月くらい前からだから、8ヶ月ね。だから一番の古株よ!」
ということは、飛鳥医師はこの場所で1年近くこういうことをしているというわけか。
「半年はセンセも込みで3人だったが、今日からは4人だ。若葉、新人だからって遠慮すんなよ。言いたいことがあるならズバズバ言えばいいからな」
「そうよ! それに、私をいっぱい頼ってもいいんだからね!」
頼もしい仲間達だ。私も今日からその一員として活動することになる。2人に負けないように頑張っていこう。何をしていくかはまだわかっていないが。
「頼らせてもらう。雷、摩耶、よろしく」
「ええ! よろしくね若葉!」
「おう、よろしく頼むぜ」
裸の付き合いで、一層仲間意識が芽生えた気がする。こういうのも悪くない。
そして、夜が来る。飛鳥医師が言っていた通り、外では轟々と雨と風の音が喧しいほどに鳴り響いていた。
正直な話、私は嵐が少し嫌いだ。最悪な第一の人生は、荒天の中での戦いだった。どうしてもそれを思い出してしまう。あの時は夜では無かったため暗いのは別に構わないのだが、この音は嫌だ。雨戸を閉めているので窓の外を見ることは無いのだが、それに叩きつけられる雨風が嫌悪感を駆り立ててくる。
「若葉、若葉、ちょっといい?」
と、音を気にしていると、部屋の外から雷の声。あまり見せられない顔かもしれないが、雷の声もいつもの元気が無いように思えたので、すぐに扉を開ける。枕を持った雷がそこに立っていた。
「あの、あのね。一緒に寝てもらえない……かな。全然覚えてないんだけど……この雨と風の音はすごく苦手なの……」
「若葉も嫌いなんだ……ちょうどよかった」
私と同じ理由で雷も嵐が嫌いのようだ。私がいない時はどうしていたのだろう。
「前まではね、摩耶さんの部屋にお邪魔させてもらってたの。でも、でもね、今日は若葉の部屋がいいかなって思って。何となくだけど、若葉も私も同じかもって思って……」
「そうか。なら2人で摩耶の部屋に押しかけよう。2人よりも3人の方がいいだろう」
私も枕を抱え、雷を連れて摩耶の部屋へ。子供2人で震えているよりは、摩耶も巻き込んで3人でいた方が落ち着けると思う。
「摩耶、いいか」
「んー、どうしたよ。って、理由わかるけどな。入ってこいよ」
前々から雷が嵐の日にお邪魔していたというのだから、今回も来ると思っていたらしい。雷がそうなら私も来ると踏んでいたようだ。
ありがたいことに、部屋に置かれているベッドは大きめのサイズ。私と雷は駆逐艦の中でも小柄な方のため、摩耶と一緒に寝ても大丈夫なくらいである。今日は2人して添い寝させてもらおう。
「お前らの気持ちはわかるぜ。あたしもだけど、ここに流れ着いたのが嵐の後だろ。どうしても
自分もそうだと摩耶も語る。摩耶は大人だからそれくらいの恐怖心でも気にせずいられるが、私達には辛い。
私は捨て駒にされた記憶が、摩耶はドロップ直後に襲われた記憶がある。雷には記憶こそ一切無いが、身体がその時のことを覚えているのだろう。
「じゃあ、この嵐の後に誰かがいるかもしれないのか?」
「かもしれねぇ。あたしらと似たような境遇の奴が増えるかもな」
嵐の後は必ず皆で浜辺を見に行くようにしているらしい。そのおかげで私が助けられたようだ。理由はそれだけではないようだが。
「流れ着くのは艦娘だけじゃないんだ」
「というと?」
「艤装とかが流れ着くんだよ。ここの浜辺」
なんでも、嵐が起こりやすい場所にあるこの施設は、海流の影響か、嵐の後の浜辺にいろいろなものが流れ着くらしい。生き物が流れ着くのは稀ではあるが、戦闘中に壊れたものや、ドロップ艦の所有物だった艤装が数多く流れ着くそうだ。私の艤装はそういうところから集めたパーツが組み込まれているのだとか。
さらにまずいことに、深海の艤装なども普通に流れ着くらしく、その辺りは研究機関に資料として買い取ってもらっているそうだ。
「まぁ、一番の目当てはゴミ拾いだ。浜辺は清潔にしておきたいだろ」
「ああ、それはそうだな」
「たまたまそのゴミが一攫千金になるってだけなんだよ。それに……こういうものも拾えるときがある」
摩耶が指差したのは、自分の脚。
ということは、
「まさか、これも」
私の腕を指差す。摩耶は無言で首を縦に。
つまり、浜辺に打ち上げられた深海棲艦の死骸から、後々使えるかもしれないパーツを確保していると。
私の場合は腕と骨と皮膚。雷には内臓と皮膚。摩耶には脚と片方の眼球。少なくともそれだけのパーツは流れ着いた死骸から確保していたということだ。おそらく今でも何処かにパーツが確保されている。
それを想像すると、飛鳥医師にも畏怖の念が湧いてきてしまう。私達のような戦うための存在でも、さすがに死体漁りはするつもりがなかった。
「何でそんなことを……」
「あたしも流石に聞いた。そしたらな、あたし達のような奴を治療するためっつったんだ。ドックが無いこの場所で、治療の見込みのない怪我人を治療するためってな」
ある意味予想通りというか、順当なはぐらかし方というか。だが、これに関しては疑いようがない。飛鳥医師は純粋に治療のためにパーツ集めをしている。
ここで活動する前からこの治療法は確立出来ていたということか。それに、似たようなことを他にもやっていた可能性も高い。これを本人に聞いてもきっと真意は教えてくれない。だから、これ以上の情報は期待できない。摩耶もここまでしか聞けていない。
「アイツにもいろいろあんだよ。深追いしない方がいい」
「……そうだな」
今は深く考えないでおこう。死骸のパーツを確保しておくなんて猟奇的なことに思えるが、私が助かったのは、飛鳥医師が治療の技術を持っており、ここで集めた深海のパーツを確保してくれていたからだ。
「辛気臭い話はやめやめ。ほら、雷がテンション下がっちまってる」
私と摩耶の会話についてこれないためか、あまり聞きたくない内容だったためか、浮かない顔で俯いている。ギュッと自分を抱きしめて、摩耶に身を寄せていた。
「若葉も摩耶さんも顔が怖かったわ……そういうの良くないと思うの」
「悪い悪い」
雷を抱き上げたかと思うと、自分の膝の上に乗せて頭を撫でる。雷の機嫌もそれですぐに直った。
何というか、雷は見た目以上に幼さを感じる。記憶を失っているからか、それとも別の要因があるのかは定かではない。
「せっかく3人で集まったんだし、ほら、なんつったっけか、女子会っつーのになるのか、それやろうぜ」
「夜だし、パジャマパーティーね!」
記憶は無くともそういった知識はある様子。嵐への苦手意識を忘れて楽しめるならそれでいい。私も嫌悪感を忘れて楽しみたいところだ。
「あたしはパジャマなんて大それたものじゃないけどな」
「いいじゃない。寝る前のお喋りの時間ってことだもの」
雷はパジャマだが、摩耶はTシャツとショートパンツ、そして私は着やすい浴衣を選んでいる。こういうところも三者三様。
「今日は若葉がちゃんと仲間になった記念日だもの。いっぱいお喋りしましょ」
「だな。若葉、さっきも言ったが、改めてよろしくな」
雷と同様に私も抱き寄せられた。3人で固まれば、仲間意識もより高まる。
もうこの時には外の嵐のことは気にならなかった。轟々と音を立てていても、仲間達の存在が気を紛らわせてくれる。今だけは、嵐が嫌では無かった。これならグッスリ眠れるだろう。
明日は嵐の後のゴミ拾いがメインだ。今まで動いていなかった私には初めての重労働になるはず。しかも、今の話から鑑みると深海棲艦の死骸が打ち上げられたりしている可能性すらある。
それでも楽しみで仕方なかった。仲間達とする初めての仕事に、私は少し高揚している。
寝間着である浴衣姿の若葉は、雷の秋グラ、ちょうど今(2019/10/4)ゲーム中で見られるものに近い想定です。雷よりも似合うと思うんですがどうでしょう。