飛鳥医師の力により、曙の死が覆されることになった。蘇生すると簡単にいうが、飛鳥医師の中でもいくつもの葛藤があったようで、来栖提督に対しても決意したことを伝えている。これにより、処置終了後に長らく秘密にされていた飛鳥医師の事情が紐解かれることになるらしい。
何故死者の蘇生が出来るのか。それ以前に、施設の者達に対して深海棲艦のパーツを移植することで治療出来るその技術が何なのか、それが明らかになる。
こちらから聞いても秘密としか言わなかったし、ひたすらに隠し続けていたのは何か後ろめたい理由があるからに思えた。
その処置を待つ間にもう1つの進展。三日月は、曙の死を知っても動くことが出来なかった自分の弱さを痛感し、自己嫌悪の末、強くなるために前向きになった。嫌悪感しか抱かなかった人間と艦娘の前に、自分の脚で赴くことを決心したのである。
今は怪我をして一時的な失明状態の私、若葉の目となるためという名目ではあるが、それでも大きな前進だ。私が側にいて、且つ、浮き輪総動員の状況ではあるが。
「お前さんが三日月か。俺ァ提督の来栖ってもんだ。もう、外に出てもいいのかァ?」
「は、はい……はぃ……」
初めて見る他の提督が
「しれーかん、三日月ちゃん怯えちゃってるからぁ」
「もう少し人相良くしてよ」
「無茶言うんじゃねェよ。顔は流石に変えられねェ」
などと言い合っているところでも、あくまでも私を盾にしつつ前進している。
「そ、その……あの……来栖司令官は信用出来る人間でいいんでしょうか」
「大丈夫大丈夫。水無月達が保証するから!」
「人相と口以外は本当に優秀なんだ。怖がらずに触ってみればいい」
「俺ァ猛獣か何かかよ」
意を決して、握手を求めた。三日月が自分からするのは初めてのこと。来栖提督としっかり握手に応える。
「よろしくなァ三日月。何かあれば俺らを頼ってくれい」
「は、はいっ……」
声が裏返ったようだが、大きな一歩だ。やはり私の陰から手を出しているのだが、充分であろう。
飛鳥医師が処置を始めて、見込みの6時間が経過。外は少しずつ暗くなり始め、夜が近付いてきている、らしい。まだ私の目は回復していないので、依然として真っ暗闇の中。
扉の前に置いておいた昼食は、結局手が付けられていなかったそうだ。それだけ逼迫した状況である。もしかしたら返事が無かったのはこちらの声が聞こえないほどに集中していたからかもしれない。
定期的に処置室の前に来させてもらっているが、いつもカチャカチャと何かしらの作業音が聞こえるだけ。以前に三日月の処置を手伝わせてもらった時に聞いた音もあれば、それとはまるで違う音もある。中の様子などわかるはずもない。
「まだ……処置中みたいですね」
「ああ、そうだな。そんな短時間で終わらせられるとは最初から思っていなかったが……」
手を引っ張ってくれる三日月と共に、処置室前で話していると、一際大きな音が聞こえた。ドンと、何かを叩くような音。何が行われているのかはわからないが、今までとは違う段階に入ったように思えた。
『カハッ!?』
室内から、咳き込む声。飛鳥医師のものとは違う声。
「……三日月……!」
「はい、き、聞こえました! 確かに聞こえました! 曙さんの声です!」
聞きたかった声、曙の声。本当に息を吹き返した。
居ても立っても居られなくなったが、見えない目ではどうにもできない。私の手を握る三日月も興奮が抑えきれないように、今までとは違う震えをしていた。
それから少しして、処置室の扉の鍵が開けられた。ゆっくりと扉が開き、飛鳥医師が出てきた。三日月の時よりは短時間であったにもかかわらず、それ以上の疲労困憊っぷり。見えていなくてもフラついているのがわかるほどである。
その姿を見た三日月がビクンと震えた。処置後すぐだから、おそらく身体は曙の血で塗れている。さすがにそれを見たらそうもなるだろう。
「ああ……君達か。曙の蘇生は完了した……30分だけ休む。誰でもいいから曙に検査着を着せてやってくれ」
「わ、わかりました……摩耶さんと雷さんにお願いします」
大きく息をついた。処置中は息も止まるほどの集中力だったのだろう。
「若葉……目はどうした」
「戦闘中に爆雷で焼かれてしまった。雷に応急処置をしてもらってこれだ」
「そうか……明日僕が改めて診よう」
慌てなかったようなので、雷の応急処置が適切だったことがわかる。また、見た目から重傷ではないことも。そうでなければすぐに治療されていると思う。
「ひっ……!?」
三日月の息を呑む声が聞こえた。処置室の中はとんでもないことになっているのだと思う。正直、今目が見えなくて良かった。
「三日月、2人を呼びに行こう。雷には掃除も手伝ってもらうということでいいか」
「ああ……大分汚してしまったからな……」
服を脱ぐような音と共に、飛鳥医師の声が遠退いていった、置かれていた昼食も持っていったらしい。30分だけと言ったが、それ以上休んでくれても問題はない。隠し続けてきた秘密についてはいつでも聞けるのだから。
本当にきっかり30分。飛鳥医師は休憩してから私達の前に現れた。その間に曙は着替えさせ、今は医務室で眠っている。恐ろしいことに、明日には目を覚ますらしい。
「よォし、んじゃあ白状しろよ。お前が一体どういう奴かってのをなァ」
「わかってる。ここまで来たら覚悟を決めた。全部話す」
全員工廠に集まり、飛鳥医師の話を聞くことになる。談話室や食堂には人が入りきらない。来栖提督の部隊は早々に帰ることも考えていたが、ここまで来たらもう一蓮托生と、話を聞いていくことになった。
少なくとも、来栖提督は飛鳥医師の素性を全て知っている。こんな辺鄙な施設で研究を続ける隠遁生活をする前からの友人であり、良き理解者であるからこそ、今まで来栖提督もそれを隠し続けていた。
だが、それももう終わり。死者を蘇生するなんてことをやってのけたのだ。話してもらわないと収まりがつかない。
「僕が元々
「こいつ、そん時ゃ割と名が知られてたんだぜェ」
医者ということ自体が少しだけ違うらしく、医師免許を持っている研究者という立ち位置になるらしい。かなり優秀だったらしく、生きている者の診察は勿論、沈んでしまった艦娘の解剖などまで行い、その性質を解明する研究を続けていたのだとか。
そういう意味では、その当時から死んだ者から何かを得ようとすることはしていたようだ。その時はあくまでも情報を引き出すのみで終え、残ったものは丁重に弔っていた。
「そんな時にだな……上から研究課題を与えられた。艦娘の身体に明るい僕にだからこそ、研究してもらいたいというものだった」
「その研究課題っつーのは?」
「
元々張り詰めていた空気が、より一層張り詰めたような感覚。シロクロやセスですら静かに聞いているほどの内容だ。
「沈んだ艦娘は新たに建造することで穴を埋めることが出来る。だが、経験はリセットされる。穴が空いたままと同じだ。鍛え直すには時間が惜しい。ならばどうするか」
「そのままの形で蘇らせる……」
「ああ。強敵と戦い、惜しくも沈んだ艦娘も、その知識を残したままに再び戦場に戻れたとしたら、いつかはその強敵にも勝てるようになる。無限の練度と命を持った艦娘がいれば、この戦いは確実に有利になる。そういう思想の下に課題が与えられた」
そう聞くだけでも残酷な研究だった。優秀か兵士を使うだけ使って、死んだら蘇らせてまた戦わせる。永遠に経験を積ませれば、最後は必ず勝てるというものだ。
その当時は、飛鳥医師はその手段は必要だと感じて研究に没頭したという。本来弔うはずの解剖後の艦娘なども改めて使い、それこそ道具のように扱って調べ続けた。弔う気持ちすら忘れてしまっていたらしい。
「結果的に、僕は艦娘を蘇生させる手段に
その素材というのが、私達継ぎ接ぎの者のような、『他者の身体のパーツ』ということなのだろう。それこそ解剖した艦娘を弄り回した結果、辿り着いた成果なのかもしれない。
今の飛鳥医師からは考えられない、死者を冒涜した行為。禁忌の研究だ。
「蘇生は、無事な艦娘のパーツ同士を組み合わせ、欠損がない状態にしてから適切な処置をすることにより達成される。最後はAEDなんだが、それ以前の処置は決して公表しない。僕しか知らない。僕が墓まで持っていく」
この残酷な研究成果は、飛鳥医師自身が鍵となることで世界から消し去った。自分が犯した過ちを償うために、自分1人で背負おうとしている。
言葉も無かった。今でこそ曙が助かるために使った蘇生の技術だが、あまりにも多くの命の上にある技術。
「つまりは、飛鳥医師がその研究をしていてくれたおかげで、若葉達は助かったと思えばいいのか?」
「……そうなるな。艦娘と深海棲艦のパーツの適合率は賭けではあったが」
これは他人事ではない。私達継ぎ接ぎの者も、その技術の転用により命を繋いでもらっている。死を乗り越える技術が無ければ、私達も今生きていない。
今まで以上に、多くの命を背負っている感覚がした。ただでさえ、この施設に辿り着けたこと自体が、多くの死者を乗り越えた結果のようなものだ。そこに追加で、技術の犠牲になった者の命まで乗る。
ならば、より強く生きなくては。犠牲となった者に恥じぬ生き方をせねば。
「だけどよ、そこまでのめり込んでたなら、よく自分がヤベェことやってるって気付けたな」
「確かに……」
「……間違いを正してくれた艦娘がいるんだ」
ギュッと拳を握る音が聞こえた。やはり視力を失ってから他の五感が鋭敏になっている。苦虫を噛み潰したような飛鳥医師の表情が、手に取るようにわかる。
「完全に感覚が麻痺していた時に、蘇生した艦娘から言われた言葉が今でも忘れられない」
「何を言われたの……?」
「……『
その艦娘は、功を焦るあまり艦娘の管理を怠り、無謀な出撃を繰り返すような愚かな提督が管理する鎮守府出身だったそうだ。
上の管理ミスにより、深海棲艦との戦いに大敗した際に、練度が最も高かったらしいその艦娘を蘇生した。他の死体のパーツを使ってだ。そこで、蘇って早々に言い放った言葉がそれである。
死が解放だというものもいたということだ。静かな眠りを無理矢理起こし、再び戦場に戻すような行為は、非道以外の何者でもないと、そこでようやく気付いたそうだ。
「愕然とした。僕は何て酷いことをしていたんだと、我に返ると同時に、立ち直れないほどにショックを受けた。だから……その艦娘の蘇生を最後に、僕はその研究を終了したんだ」
そこから少しの間は食事も喉を通らないほどに憔悴しきっていたらしい。
「当然上から文句を言われたが、どれだけ巫山戯たことをしてきたかを散々説いた。上の連中も、僕が必死に訴えたことでわかってくれた。だが、僕の知るこの技術、研究成果は決して外に出せるようなものではない。結果、この施設に軟禁されることになった」
打ち捨てられたこの元鎮守府。中立区故に仕事もなく、遠征の休憩場所程度であったがそれにも使われなくなり、何処かのタイミングで完全に崩される予定だった場所だそうだ。それを研究施設として改装してもらい、飛鳥医師のための施設として運用することとなった。
基本は艦娘を助けるための研究に勤しみ、嵐のたびにゴミが流れ着くのを掃除するだけのこの場所は、罪を償うにはうってつけだったと飛鳥医師は語る。
「俺が近くにいたってのもデケェな。何してんのか監視できるからな」
「来栖には支えてもらっている。感謝してもし足りない」
「気持ち悪ィこと言うんじゃねェよ」
だが、来栖提督が近くにいるのは大きいと思う。それだけで孤独感はある程度払拭されるはずだ。
「こんなところでいいだろうか。僕がここにいる意味、君達を治療出来る理由は全て話したと思うが」
要約すると、元々鎮守府勤めだった飛鳥医師は、上からの指示で沈んだ艦娘を蘇生する技術を研究して発見したが、とある艦娘の言葉により間違いに気付き、鎮守府をやめてこの場所で隠遁生活を送ることになったということか。そして、その技術を転用することで、私達も治療出来たし、曙を蘇生することが出来た、と。
「僕は許されてはいけない咎人だ。これだけ命を繋ぐと言っておきながら、元々は命を踏み躙り続けてきたんだからな」
「……だからこそ……今みんなを生かそうとしているんですよね」
三日月の言葉に対し、無言。さんざん命を弄んだからこそ、罪を償うためにどんな命でも救おうとしている。だが、そこには少しだけ違う部分があるみたいだ。
「1つだけ訂正させてほしい。僕は『助けを求める』命は必ず救う。もう死にたいと言うものを救うことは……とてもじゃないが出来そうにないんだ」
確かに私や三日月、シロクロは助けを求めた。だから治療してくれた。おそらく無言も助けるだろう。だが、死を望むものだけは助けられない。
「幻滅したろう。こんなことを秘密にし続けていただなんて」
「余計放っておけなくなったわ」
フンスと雷が立ち上がった。この施設で飛鳥医師と一番付き合いが長いのは雷だ。これだけの話を聞かされて、一番言いたいことがあるのは雷だろう。
「私達が見てないと何しでかすかわからないじゃないの。先生、実は一番カウンセリングが必要だったんじゃないかしら。なら私をもっと頼ってくれていいのよ!」
「いや、そういうことでは……」
「あたし達は気にしてねぇって言ってんだよ」
呆れたような声の摩耶。
「反省してねぇなら幻滅してたし、多分ぶん殴ってた。ここから全員連れて出て行ってただろうよ。だけどセンセはめちゃくちゃ悔やんだんだろ? ならまだ人の心は持ってるじゃねぇか。充分だ」
「……若葉もそう思う。若葉達を捨て駒にしたクソより全然マシだ」
私の隣で三日月も首を縦に振る。私達はより下を知っているからこそ、飛鳥医師に対して嫌な感情は持たない。
「私達も治してもらってるからねぇ」
「今……何もされてないなら別にいい……」
「エコを治してもらった恩があるし、私も問題無いね」
施設の者からは満場一致で飛鳥医師は許されている。だから、今まで通りでいてほしい。この施設の者は、後ろ暗い過去があるというだけで充分だ。全部知ることが出来たのだから、もうこれ以上掘り返す必要もないだろう。
「……すまない皆。恩に着る」
「先生のこと教えてもらえたのはすごく嬉しいわ。もっと早く聞きたかったけど!」
「決心がつかなかったんだ……すまない」
飛鳥医師の声色が少し戻ったように思える。全てを話したことで、幾分か吹っ切れたのかもしれない。ずっとそんな罪を抱え、誰にも言えずに溜め込んでいたのなら、さぞかし辛かっただろう。
飛鳥医師の名前の由来は、ギリシア神話に登場する医神『アスクレピオス』から。優れた医術から死者を蘇らせることまでしたという逸話で有名ですね。飛鳥レピオス。近年では某ソシャゲでも出てきました。
今回の人間のネーミングは、ギリシア神話の一団、アルゴナウタイのメンバーから文字っています。