曙が無事目を覚まし、蘇生は成功したことがわかった。まだ痛みは大分残り、鎮痛剤を常に投与している状態ではあるが、飛鳥医師の施術がうまくいって何よりである。
私、若葉は今日いっぱいは視力が失われている状態であり、施設内を動くことは難しい。そのため、基本的には曙の側にいることとなった。そして、その私の目になってもらうため三日月も一緒。
「……アンタ達も……こんな痛みを味わったわけ……?」
「さすがに曙には負ける。死ぬ寸前まで行っただけで、死んだわけではないからな」
「私は身体の中は無事なので……肌がほぼ焼けただれただけです」
「充分過ぎるわ……」
意識を取り戻した曙は、ベッドから起きることは出来ないが話をすることは出来るようだ。
ただ寝ているだけでは暇だからと、3人でとりとめのない話をしている。三日月がそういう会話が出来るようになっただけでも大きな成長。相変わらず浮き輪が1体は側にいるみたいだが。
「この前お風呂で……見せてもらったわね。もう私が言えた話じゃないけど……結構エグい傷じゃない……」
「本当にお前には言われたくないな。胸に貫通の傷痕があるのはお前だけだ」
「外見に影響が無いならいいですよ。曙さん、服を着ればおおよそ隠れますから」
首の辺りにまで傷が拡がってしまっているらしく、それだけは服を着ても少しだけ見えるかもしれないとか。だが、それは服の形でどうにかなることだ。三日月や摩耶のような顔にあるわけでは無いので、問題ないと言える。
痛みさえ消えれば、何も以前と変わらない状態だ。見た感じ、本当に後遺症が残っていない。既に包帯が要らないほどに傷が定着しているほどだし、死者の蘇生は私達に施された治療とは訳が違うようである。
「……早くこの痛みが取れればね……」
「それは我慢してくれ。私は1週間だった」
「息をするだけで痛いのよ……それが一番辛いわ……」
三日月は皮膚だったからか痛みを訴えなかったし、私は四肢だったので身体を動かそうとすると痛みがしたが、曙はよりによって肺だ。外の定着とはわけが違う。呼吸に影響が出てしまうのは仕方のないこと。せめてそこがどうにかなればいいのだが。
少しして、再び来栖提督率いる調査隊が到着する。今回は、先日の戦闘で自沈した5人の艦娘の引き揚げ作業。人数がわかっている分、作業は早めに終わるとのこと。
私ももしかしたらああなっていたのかもしれない。最初は普通にやらされていても、何らかの条件で洗脳を受け、夕雲の指示を聞くだけのただの人形になっていたかと思うと寒気がする。
あの夕雲も元凶の提督に洗脳されてああなってしまっているという話だし、やはり一番どうにかしなくてはいけないのはあの貼り付いた笑みの提督だ。夕雲だって救える可能性がある。
「おう、ここにいるって聞いたから、挨拶しにきたぜェ」
来栖提督が医務室に入ってくる。隣に人の気配がし、さらには嗅いだことのある匂いがしたので、あれはおそらく鳳翔。
相変わらず三日月は私の後ろへ。今は浮き輪が1体しかいないため少し心許ないが、この距離感でも悲鳴をあげないなら上出来。
「……暑苦しいのが来たわね……」
「そんだけ言えるなら大したもんだ。結構結構。だけどよ、まだキツイだろ。いいもん差し入れに来たぜェ」
ガサガサと袋をまさぐるような音。何かを取り出しているようだ。ほんのりと甘い香りがする。ジュースか何かか。
「ようやく持ってこれるだけ貯まった。高速修復材だ。飛鳥に聞いてな、曙に飲ませてやれって言われてんだ」
雷が以前、本当にレアと言っていた。事実、私がここで過ごしている間、一度たりとも見たことがないものだ。それを来栖提督は持ってきてくれた。
なんでも、鎮守府で管理されている高速修復材は譲渡など出来ず、持ち出しすら不可能。何せ、艦娘には治療薬として使えるが、人間には有毒。劇薬扱いで取り扱いが物凄く厳重らしい。
それを使うたびに、僅かに容器の底に残る水滴を掻き集めて審査からすり抜けるという、割と滅茶苦茶な方法でこの施設用の高速修復材を貯めてくれていたようだ。
そもそも来栖提督の鎮守府は高速修復材をあまり使うようなことも無いらしく、こうやって貯めるだけでもかなり時間がかかったそうだ。見えていないからわからないが、どうやらお猪口1杯分くらいしか無いらしい。
「……これって……そうやって使うものなの?」
「入渠ドックってのはこれで満たされるんだぜェ? 今の曙にゃ塗るより飲む方が効果的だろうがよ」
「……そうね……ありがたく貰っておくわ……」
本来なら塗り薬のように使ったりするのが一般的であり、大怪我の時はそのものに浸かることで身体が修復されるようだが、今の曙に高速修復材が必要な場所は体内。塗り込んでも多少は効くらしいが、飲んだ方が早いと、飛鳥医師が言ったらしい。ならば指示は聞くべきだ。
「悪ぃな若葉、目薬にでも出来りゃ、若葉の眼も即治せたんだがなァ。量が少なかったから曙の分で手一杯だった」
「明日治るらしいから、別に気にしていない」
塗り薬で治療出来るのだから、目薬にすれば私の眼も治ったらしい。だが、無いものは仕方ないし、無くても問題ない。長期間続くようなものでもなし、心に余裕を持って待てる。
「そうかい、鳳翔、
「聞こえが悪いですよ提督。私は若葉さんを鍛えてあげるだけですから」
そういう意味では残念か。鳳翔の特訓、割と楽しみにしている。
強くなりたい。これは本心だ。そして、鳳翔に鍛えてもらえれば、それはおそらく最短時間で達成できる願いである。
「ちなみに……これって味は……?」
「明石さんにお願いして美味しくしてもらってきましたよ。確かメロン味とか」
「……また……ありがたいのか何なのか……」
痛みを堪えながら、渡された飲み物を飲んだ。そして僅か数秒で、
「嘘……本当に痛みが無くなったわ」
「なんたって『高速』だからな。大怪我負ってもすぐに治るんだぜェ? 量がありゃ腕が生えるくらいなんだからよォ、内臓の傷なんてあっつー間よォ」
あれだけ辛そうにしながら話していた曙が、今やそんなことを気にならないほどに活力のある声色になっていた。恐ろしいほどの即効性。劇薬認定も頷ける。
これで鎮痛剤なども要らなくなったため、三日月に飛鳥医師を呼んできてもらう。そもそも私は目が見えていようが医療系の手伝いは殆ど出来ないので、飛鳥医師に任せるしかない。
その間も、曙は完治したと言っても過言ではないほどに元気だった。だが、話を聞いている限り、胸の傷はそのままのようだ。万が一追加で高速修復材が手に入ったとしても、例えば三日月の顔の傷が治せるかと言ったらそういうわけではないようだ。
「多分その傷は塗り込んでも治んねぇな。定着しちまってる」
「そういうものなのね。継ぎ接ぎは修復材じゃ治んないか……って、何処見てんのよ! このクソ提督!」
おそらく枕が飛び、来栖提督の顔面にぶつけられた。それだけ出来るのなら充分過ぎるほど回復している。少々元気過ぎるようにも思えるが。
曙が回復したことにより、残すは私の眼だけとなった。明日には治るため、今日はゆっくりさせてもらうが、医務室で曙の側にいる必要は無くなったため、三日月に目になってもらいつつ適当に休むことになった。
「昨日の今日で出歩けるのはありがたいわ」
「羨ましい限りだ」
結局私は三日月と曙に手を引かれることに。
曙もまだこの施設のことはよくわかっていない。ずっと医務室で暮らし、最後の1日だけ少し外に出ただけであり、そもそもこの施設に残るつもりが無かったからまるで覚える気も無かったようだ。
だが、今は気が変わったようだった。曙自身も私達と同じ継ぎ接ぎとなったことで、ここに残ろうという考えが優っているらしい。
「定期的に診てもらわないといけないんでしょ。いちいち出向くの面倒じゃない」
「まぁ、そうだな」
蘇生後は定期的に診察がしたいと飛鳥医師が言っていた。今までは蘇生したらすぐに入渠してまた戦場という状態だったようだが、曙は入渠もせず高速修復材を飲んだだけ。大丈夫だとは思うが、何かしらの悪いことが起きたら困る。
「それに……同じ継ぎ接ぎがここにいるんだから、こっちの方が居心地いいわ。人の裸をジロジロ見るようなクソ提督のとこに行くくらいなら、こっちの先生の方がマシってことよ」
なるほど、後からの言葉は気恥ずかしさを隠す言い訳として、傷を持ったことで仲間意識が芽生えたと。傷自体に羞恥心や劣等感を持っているかと若干ヒヤヒヤしたものの、これならそこまで気にしてなさそうである。
それもこれも、服で隠れるというのが大きい。三日月のようなコンプレックスに発展する可能性だってある。
「男が来たのに服を正さなかったお前が悪いだろ」
「それでも視線を多少は逸らせっての。マジあり得ない」
来栖提督にはご立腹の模様。やはり提督という存在に思うところがあるせいか、本人がいないところでも当たりが強い。駆逐艦娘曙の性質らしいので、この言動に対して来栖提督も半ば諦めていた。
それでも私には、なんだかんだ言っていても、曙は来栖提督のことを本当に嫌っているようには聞こえなかった。先程の不慮の事故は別として、信用出来る人間であるという本質はしっかりと捉えられている様子。
「まぁ、ちゃんと制服を用意してくれたことは感謝するわ。検査着でウロつくわけにはいかないし」
「どうしても……首の近くの傷は見えちゃいますね」
「これくらいならいいわよ。気にならないわ。私からは見えないし」
医務室から出るにあたり、来栖提督が用意してくれた曙の制服が支給されている。そういった部分は用意がいい。
曙の制服は、雷のものに近いセーラー服。首元が鎖骨が見えるくらいには開いている。そのスペースから、胸から首にかけての傷がどうしても見えてしまうのだろう。
だが、本人が気にしていないのなら別にいい。何か言うのも野暮というものだ。
「晴れてこれで完全復活よ。艤装は無傷だったんだっけ」
「ああ、お前だけが狙われたからな。大発に積み込んであった艤装は無傷で、昨日のうちに工廠に戻してある」
「そ。なら安心だわ。私の手でクソ鎮守府に引導を渡せるんだからね」
今回の件で、元いた鎮守府に対する恨みがより一層強くなったようだ。殺されているのだから当然のこと。私も出来るならそれを応援してあげたい。殺すかどうかはさておき、元凶の鎮守府には滅んでもらわなくては困る。
三日月に手を引っ張ってもらい、工廠にやってきた。自室でこもっているより、こういう場所にいる方が落ち着く。摩耶とシロクロ、セスの作業の音と、油の匂いがよくわかる。
「あ! アケボノ!」
「うわ、マジか。高速修復材飲ませたって聞いたが、あれがどうにかなるレベルかよ」
喜ぶクロと、驚く摩耶。声色だけで表情が読み取れるようだった。一時的に作業を止め、皆が曙の元へと集まってきた。死の淵から舞い戻ってきたということで、一番積極的に近付いてきたのはシロ。
「……うん……みんなより少し濃いね……」
「濃いって何がよ」
「私達と……同じ匂い。海の匂い……深い海の」
曙は息からもそういう匂いを感じるとシロは言う。私達よりも濃いというのは、中身の重要な器官が置き換わったからだろうか。
いくら目が見えなくなり感覚が鋭敏になっていても、シロの言う匂いだけは感じ取ることは出来ない。五感とは離れたところにあるのだろう。
「脈打ってる……同胞の匂いが。ここ……だよね」
ここ、とはおそらく胸。
「……大切にしてね」
「当然よ。こいつのおかげで私は生きてるんだから」
私達以上に大切にしなくては、曙はまた命を落とすことになる。結び付きが一番強い。シロもそれを感じ取ったのかもしれない。
「アケボノ、やっぱりオッチャンのとこ行っちゃうの?」
「あー……そのことなんだけど、やっぱりここに留まるわ。定期的に診てもらわないといけないもの。いちいち来るの面倒だし」
「じゃあ、お別れじゃないんだね!」
大喜びのクロ。仲間が増えるというのはやはり嬉しいものだ。そろそろこの施設のキャパシティも限界に近いようだが、まだギリギリ大丈夫らしい。
「今日の飯は豪華かもしれねぇな。雷が張り切ってたぜ。復活祝いだって。それが歓迎会になりそうだな」
「送別会してもらったばっかりなんだけど?」
「楽しきゃいいんだよ楽しきゃ」
そう、楽しく生きることが出来ればそれでいいのだ。今はそれを脅かすものもいるが、この束の間の休息を楽しまなければ。
曙はこれにて完全復活。後遺症もなく、今後は私達と同じ継ぎ接ぎの者として生きていくことになる。今のところ唯一の戦力となる曙は、私達の期待を一身に背負った重要な役。自衛の要だ。
私も鳳翔に鍛えてもらい、早く曙に並び立てるようになりたい。この施設を、仲間を守るために。
高速修復材の扱いは人それぞれだと思います。アニメでは入浴剤でした。この世界の修復材は、塗って良し飲んで良しの万能薬。そういう意味でも、艦娘は兵器の側面が強めです。