翌朝、巻かれた包帯を解き、目を開く。昨日は輪郭しか見えなかった三日月の顔が、顔の傷や色の違う瞳までハッキリ見えた。これで、私、若葉の一時的な失明は完治。身体にはまだ傷がいくつか残っているが、それもじきに治るだろう。動くことには支障がないので、もう問題ない。
「よし、よく見える」
「よかったです。今日から鳳翔さんの訓練ですから」
「ああ。楽しみにしていた」
1日半振りの景色は少しだけ違って見えた。久しぶりの日の光が眩しい。外がやたら明るく見える。少し目が痛く感じる程だった。
「おはよ。包帯取れたみたいね」
「ああ」
三日月と一緒に、エコの散歩に付き合っていた曙も着替えて私の部屋にやってきた。三日月の言っていた通り、首元の傷が少しだけ見えることが、ようやく確認出来た。
「風呂に入ったのか」
「そりゃあね。エコに飛び付かれて、浜辺で転げ回る羽目になったもの」
シャンプーの匂いが、以前より強く感じられた。三日月も同じように風呂上がりなのがわかる。三日月のようなジャージフル装備でも、汚れるものは汚れる。
エコの散歩は割とハードであり、付き合うと私もまともに帰れた試しがない。私も何度か押し倒され、砂まみれにされた。それに耐えられるくらいに下半身の安定感を高めたいところなのだが、なかなか難しい。
「でもまぁ……楽しかったわ。こういう生き方もあるんだって実感出来た」
「それは良かった。ここで楽しく生きればいい」
「そうね……ここの方が生きやすいわね」
先日までとは打って変わって明るい曙。不安要素はまだ健在だが、それをどうにかする手段も手に入れることが出来る。その不安を払拭して、平凡な生活をのんべんだらりと過ごすことが、今の私達の目標だ。
そうするためにも、まずは鳳翔に教えを請い、私達自身でもこの施設を守り、決着をつけられるようにしたい。
朝食後、来栖鎮守府から施設防衛隊が到着。今日から少しの間、ここに住み込むことになる鳳翔以外には、毎度お馴染み第二二駆逐隊が便乗していた。何でも、鳳翔の教えの手伝いも出来て、且つ、ここの防衛も可能という万能戦力だからだとか。
私達としても、まずは慣れた相手の方がありがたい。特に三日月。自分から強くなりたいと人間や艦娘の前に出るようにはなったが、嫌悪感が完全に払拭出来ているわけではないのだ。姉が一番接しやすいだろう。
「こちらはお土産になります。住み込ませていただきますので、その分の食材を」
「すまない。大丈夫だとは思うが助かるよ」
大発動艇に積み込まれた食材を下ろして倉庫に持っていく。さらには飛鳥医師が欲しがりそうな治療道具や、生活雑貨。
その中でも一際目立つのが、どう見ても
「……若葉さん、あれ……」
「そういうことだろう。若葉達は、あれを使えと」
中立区の規則をすり抜けられているかはわからないが、普段の艦娘の武器を使うよりは海は汚れないなとは思った。弾切れもなく、使い手が良ければ永劫に使える武器だ。手慣れておいて損はない。
「では、私の訓練を受けるのは、ここの駆逐艦4人ということでよろしいですか?」
「摩耶はどうするんだ」
「あたしは先にやることがある。まずはお前らが鍛えてもらいな」
そう言う摩耶はいつものツナギ姿。艤装を弄る気満々。自分が鍛えられるよりも先に、敵への対抗策である武装の修理を優先してくれている。シロクロとセスもそちらを手伝うようだ。
ここで武装が修理出来たからといって、まともに使えるかはわからない。さらには弾数には普通以上に限りがある。そのための接近戦用の武器。それに、あくまでもここは中立区。武装を持つことは禁止されている。準備だけはして、むしろこちらが隠し球となり兼ねない。
「では、早速始めましょう。艤装は必要ありません。最初は貴女方の得意分野を切り分けます」
鳳翔に促され浜辺に移動。戦場を想定し、運動着ではなく普段の制服で。ここから私達、第五三駆逐隊の戦いが始まるのだ。
第二二駆逐隊の力も借り、私達はいくつかのテストを行なった。そこから鳳翔が分析し、私達に最も適した役割を割り振ってくれる。
「まず簡単に。若葉さん、曙さんは前衛、雷さん、三日月さんは後衛として戦えるようになってもらいます。よろしいですね?」
私は前衛。一度そのような戦い方をしたからだろうか。
「まず三日月さん」
「は、はぃ」
「貴女のことは聞いています。貴女は深海棲艦への恐怖心が他より強い。代わりに、危機に対しての反応がズバ抜けて高いです。そこを伸ばします。恐怖を乗り越えるに越したことはありませんが、それを逆手に取りましょう」
鳳翔の育て方は、苦手を克服させるのではなく、得意をより伸ばす方針。駆逐隊は4人いるのだから、苦手な部分があったところで、他の仲間にサポートしてもらえるのだ。無理して克服するよりは、個性を伸ばした方がいい。
三日月は、恐怖心から来る危機回避能力を見出された。当初の頃、何かある毎に布団を被ったり私を盾にしたりするのが特別素早かったのを覚えている。それがさらに伸びれば、私達よりも早くに敵を感知し、即座に行動に移すことが出来るようになるだろう。戦場で盾にされたらたまったものではないが。
「次、雷さん」
「はーい!」
「貴女は非力ですが器用ですね。家事をずっとやってきたからでしょうか、要領がとてもいい。なので、貴女も後ろから皆をサポートする役目に合っています。三日月さんが後衛の守備役なら、貴女は後衛の攻撃役がいいでしょう」
雷は、家事で培った器用さを見出された。確かに私が稀に手伝いをするとき、私がいなくても仕事をどんどんこなしていった。自分の持ち場のものには一切失敗が無い感じだった。ということは、覚えてしまえば失敗は無いということ。
「曙さん」
「ん」
「貴女も少し非力ですが、持久力が強いですね。深海棲艦の心臓と肺の力でしょうか。それは活かさない手が無いです。長期戦闘を見据えた、長柄物というのはどうでしょう。非力をカバーし、前衛で長期戦をしてもらいます」
曙は、やはり深海棲艦の心臓と肺を持つという大きな特徴を見出された。昨日の夕方から始めたセスとの散歩でも、初めてだというのに三日月よりも息が持ったのだとか。予期せぬところで出来たスペックアップを活かすための近接戦闘。
「そして若葉さん」
「ああ」
「以前にも言いましたが、貴女の負けん気の強さは評価できます。少し雑ではありますが、腕力と俊敏性はトップです。そのため、貴女は曙さんよりさらに近く。俊敏性により近付き、腕力により一撃必殺を狙いましょう」
私は、一度の戦闘経験から総合的な戦闘能力を見出された。常日頃のトレーニングも実を結んだようで、この中では最高戦力と言われたのはとても嬉しい。よって、私は一番敵に近付き攻撃する前衛、近接戦闘の要となる。
「4人の役割は決まりました。まずは基礎能力の向上です。何をするにしても、全ての能力を底上げしなくてはいけません。なので、全身を鍛えてもらいます」
「あたし達もお手伝いするね〜」
ここからは文月達も加わり、基礎の部分からみっちりと鍛えられることになる。第二二駆逐隊の地力の強さも、鳳翔のこの訓練の賜物らしい。そういえば、先日の戦闘でも4人が4人、誰も疲れを見せていなかった。さらには無傷。相手がリミッターを解除していようが関係ない。
私達も早くそこに追い付きたかった。施設を守るためには、そこまで辿り着かなくてはいけない。
「まず走り込みから。一番持久力があるのは……皐月さんですね。では、皐月さんが
今、恐ろしく雑な指示が出たような気がしたが気のせいだろうか。距離も時間も無く、ただただ走れと。鍛え上げている皐月を追って。ただでさえ足場が悪い浜辺だ。消耗は激しい。毎日走っている私が一番わかっている。
「それでは始め」
「しっかり追いついてきてねー」
皐月が走り始めたのを4人で追う形でランニングスタート。
最初は和やかな雰囲気だったものの、走り始めてすぐに、この訓練の厳しさが理解出来た。皐月がとにかく速い。ランニングとかそういう速さでは無い。
私と曙はまだ追い付けているが、雷はすぐに厳しくなってきて、三日月に至っては聞いたことのないような声をあげながらギリギリついてこれている状態。
「まだまだ走るよー」
「す、少しはっ、手を抜いてよ!」
「そしたらボクが鳳翔さんに怒られるんだからダメダメ」
皐月はまだまだ余裕そう。実力差が如実に出ている。
最初からこれ。この訓練は少しスパルタになると最初から言っていたが、飛ばし過ぎなのでは。少しどころではない。
皐月は30分近く走り続け、一旦終了。最終的には誰もそれについていくことが出来なかった。まず三日月が倒れ、雷が倒れ、私と曙が頑張ってついていったが、一度脚がもつれて止まってしまうと、そこから脚が動かなくなってしまう。
持久力トップの曙ですら、今は浜辺で俯せになり、息も絶え絶えな状態。最初にドロップした三日月は、未だに立ち上がれない。それなのに皐月はまだ息を乱していなかった。
確かに私達は練度など0に等しいが、まさかここまで差があるとは。壁はまだまだ高い。高すぎる。
「では10分休憩してください。10分後、次の訓練を開始します。それまでに施設の近くまで移動してください」
スパルタを越えて地獄だった。初日からコレ。いきなりついていけるか怪しくなってしまう。
「キツイぞ……だが……悪くない……!」
だが、私はそれでも昂揚している。確実に強くなれるメニューなのはわかる。これに追いつくことが出来れば、少なくとも第二二駆逐隊の背中が見えるくらいには成長が出来る。
この成長が、みんなを守る力を手に入れることが、私には一番嬉しい。あとは、自分の身体をこういう形で痛めつけるのが楽しい。
「これくらいでへこたれてらんないわよ……アイツらをぶちのめすためにはね……!」
曙も自らを奮起させ立ち上がる。私とは考え方が違うようだが、強くなれることは大歓迎という感じ。
一方、雷と三日月は言葉もない。今までにないほどの消耗で、立ち上がることも出来ない。10分で回復出来るかどうか。
「雷ちゃん、三日月ちゃん、だいじょ〜ぶ〜?」
文月が近付くが、2人は反応が無かった。三日月に至ってはビクンビクン痙攣が見えるレベル。
だが、文月は決して手を貸さなかった。自分の力で立ち上がるのを近くで待つだけ。ここで手を貸したら甘えてしまいかねない。それに、助け合うなら私達だ。
「だ、大丈夫、ちょっと立てなかっただけだから」
雷は返せるくらいには回復。震えてはいるものの、立ち上がることが出来た。三日月は未だ俯せ。
「三日月……頑張ろう。強く……なりたいんだろう……」
「強く、な、なりたい、大嫌いな、私自身を、少しでも、好きになりたいから……!」
どうにか奮起するが、話すこともままならず、立ち上がることも出来ない。そうこうしている間に10分経過してしまうため、私と曙がどうにか立ち上がらせる。脚がおぼつかないため、私達が支えてやることで何とか歩かせる。
「休憩時間、終了しました。では次、体幹を鍛えるための腹筋。二二駆の皆さん、彼女達の足を支えてあげてください」
走り込んだ後は筋トレ。浜辺から移動したのは、浜辺の砂で汚れないようにするためか。私達は既に砂まみれではあるが。
「若葉にはボクがつくよ」
「ああ。頼む」
私には皐月が担当に。同じように曙には水無月、三日月には文月、雷には長月が担当としてつく。
これは駆逐隊の中でも同じ役割を持つもの同士らしい。つまり、私はまず皐月に追いつけということのようだ。戦闘をしている姿はまともに見れていないが、私が目標とする俊敏性を活かした戦い方をするのだろうか。
「準備出来ましたね。では始めます」
こちらも地獄。間髪を容れずに回数がカウントされる。休んでいる暇がない。筋肉が悲鳴をあげているのがすぐにわかった。
「ほいほい、頑張れ頑張れ」
足を支えてくれている皐月に煽られ、必死に縋り付く。
腹筋に一番ついていけたのは雷。毎日の家事で全身が程よく鍛えられていたのか、前衛を任せられる私や曙よりも長く続いた。曙もその持久力の高さで2番手。私が追い縋る形で3番。三日月はやはり早々にダウン。
「腹筋、やめ。では次は腕立て伏せです」
今度は休憩無しと来た。心を折られそうだったが、折れてなんていられない。ここからはもう全員気合だけで動いていたと思う。
鳳翔の訓練は、初日からトップギアだった。役割ごとの個別訓練などはまだ入れず、とにかく基礎をみっちり詰め込まれる。
だが、誰も音をあげるものはいなかった。ついていけていない三日月もそうだ。この施設を守るため、元凶の鎮守府を倒すため、そして自ら成長するため、弱音は吐かず、目も死んでいない。
強くなる。今はそれだけだ。
鳳翔さんによる短期集中訓練。基礎訓練からして地獄。