曙殺害の襲撃から丸5日、鳳翔の訓練を始めて丸3日が経過し、訓練開始から4日目の朝を迎えた。私、若葉は第五三駆逐隊の仲間達と共に、日々研鑽を積んでいる。
基礎訓練を徹底的に行い、薬湯での回復と、鳳翔手製の栄養面まで考えられた食事、そして飛鳥医師による完璧な健康管理で、私達は短時間で急成長を遂げることに成功している。現在進行形で成長中で、既に自分でもわかるほどに力が身についた。たった3日でこれかと、驚きが隠せない。
訓練が行われていても、日課となったランニングと、それに合わせて行なわれるセスとエコの散歩は当然参加。我ら第五三駆逐隊は、雷を除き、この散歩に同行している。私はトレーニングのため。三日月は癒しのため。曙は成り行きだったが、私と同じ理由になりつつある。
雷は今、鳳翔に教えを請い、朝食の準備をしている。家事全般、特に料理は戦闘技術よりも教えてもらいたいと話していた。
「よし、エコ、来い」
手をパンと叩くと、力一杯じゃれついてくるエコ。以前までなら、飛び付かれただけで、その質量で押し倒されてしまっていた。あれを普通に受け止められるのは、持ち主であるセスくらい。それが、立ったままで何とかなるくらいにまでは鍛えられていた。
「すごいな。3日間でそれ?」
「激しすぎるくらいの基礎訓練が効いている」
私の後は三日月に飛び付いたが、その三日月も倒れることなく抱きしめていた。周りの浮き輪達もやんややんやと騒いでいる。
最も大きな成長を遂げたのは、やはり三日月だった。訓練を始めた時点で、4人の中では一番非力だったが、今ではみんな並んで同程度にまで鍛え上げられていた。伸び代も一番あったのだろう。
「吐くほど訓練をしてるんだから、結果に出て当然よ」
「だな。毎日身体がギシギシ言う」
薬湯の風呂に入ればどうにかなるとはいえ、それまでは油を注していない機械のように身体が動かなくなる。疲れと痛みでガタガタ。終わってから風呂までの道程が一番の地獄という。
「自分の成長がわかります……エコちゃんが抱きかかえられるなんて、思っても見ませんでした」
「アンタ、一番頑張ってんじゃない。自信持ちなさいよ」
「そう……ですね。少しだけ、自分が好きになれたかもしれません」
それでもジャージはフル装備。いつか肌を見せるのが苦では無くなる時が来ればいい。
最初の襲撃から今日で6日目。仲間達が全員自沈した後、出直してくると言って帰った夕雲だったが、未だに再襲撃が来ない。突然の襲撃に備え、連日連夜、来栖鎮守府から警戒隊がやってきている。海中もシロクロ筆頭に常に監視は怠っていない。
朝食時、みんなが集まる場所で、情報共有を行う。まずは鳳翔が警戒隊とやり取りをした結果を話し始めた。
「我々が訓練中、1日に数度、彩雲が飛ぶのを見かけたと聞いています。私も訓練中に何度か見ました」
彩雲、所謂艦上偵察機が、中立区の近海を偵察していると。私達は訓練に必死だったため気付かなかった。
本来そんなことはあり得ない。警戒隊がいること自体がおかしいのだが、偵察機が飛ぶことだって無い場所だ。1度だけならともかく、何度もとなるとさらにおかしい。
どう考えても、夕雲の属する元凶の鎮守府が、こちらを偵察しているとしか思えなかった。その結果、今の警戒態勢を見て襲撃のタイミングを探っているのだろう。
「ふむ……なら、こちらが襲撃に備えているのもバレていると考えた方がいいか」
「はい。タイミングを図っていると思われますね」
今は警戒隊からこちらの戦力を計っている状態なのだろうか。少なくとも実際に戦った鳳翔や羽黒、第二二駆逐隊の4人の実力は割れているはずだ。そこから鑑みて、あちらも作戦を練っているのだろう。
ルール違反をする割には無駄に慎重。バレないようにやるプロか。ふざけたところに特化している鎮守府である。
「正直、来るなら夜だと思っている。下手をしたら嵐を待っているな」
「嵐の夜に決まって出撃し、証拠隠滅を図るとのことでしたね」
「ああ。そのくせ、しっかり戦果だけは上げる。明らかに計画的なズル賢さだ」
夜に来る理由はいくつもあるが、そのうちの1つは鳳翔封じ。空母は夜に戦うことが出来ないため、こちらの戦力が大きく削がれることになる。嵐なら尚更だ。こちらの特性はおそらくわかっていないだろうが、嵐の夜だと、私達は確実に力が衰える。
「前の嵐……いつでしたか」
「エコを治療して、セスが住み着いた時だから、約2週間前だ。早ければあと1週間もしない内に嵐が来るぞ」
定期的に嵐が来るこの地域だからこそ、戦場では不利になる。天気予報などで予測が出来てしまったなら尚更だ。あちらは気に入らないことに嵐の中の戦闘に慣れている。捨て駒を使い狙いを逸らし、その間に戦うという卑怯な戦術ではあるが。
「それまでに来栖には敵の鎮守府を見当つけておいてもらいたい」
「あちらもなかなか賢しらでして。足が付かないように行動しているようです。生きた証拠がいるので、軍事裁判の際にはありがたいですがね」
その証拠というのは勿論、私達のことである。いくらでも証言しよう。そして、はっきり言ってやる。お前のせいでこんな身体になったんだと。とはいえ、私達はこの身体を受け入れているため、表面上である。
「私のこともバレてんのかしらね。殺したのに生きてるって」
「おそらくは。若葉さんや三日月さんのことはどう思っているかは知りませんが、曙さんは重要な位置にいますから。また確実に狙われるでしょう」
「怖いこと言わないでくれる!?」
わざわざ暗殺に来たくらいなのだから、口封じは確実に狙ってくるだろう。今のところ、この事件を知っているのは来栖提督とその鎮守府のみなのだから、それ以上拡がることは確実に阻止してくる。
来栖提督は来栖提督で、上にも多少は掛け合っているらしいが、中立区での戦闘な上に証拠が一切残っていないという状態。さらにはその戦闘に
「理解のある上役はいる。僕がまだ鎮守府にいた時にお世話になった人がな」
「やめるっつった時に理解してくれたっつー人か」
「ああ。あの人とは今でも話をする。立場が立場だからなかなか出来ないんだがね」
飛鳥医師がそう言うくらいなのだから、余程の人なのだろう。その人に頼れば、敵を追い詰めることも出来るかもしれない。
「あ、そうだ。いくつか武器の修理終わったぜ。シロクロにゃ使えない小型の主砲が2つと、三連装魚雷が2人分だ」
「訓練に使いたいところですが、武器なので難しいところですね。中立区であることがそういうところで足を引っ張ってきます」
摩耶の艤装整備も3日あれば大きく進み、私達が装備出来る武器をいくつか修理しておいてくれていた。これも艦娘と深海棲艦の武器のハイブリッド。継ぎ接ぎな私達に相応しい、継ぎ接ぎな武器。
しかし、殺傷力のある主砲であるため、ここで訓練することは難しい。というか無理。規則を破ることになってしまう。
「それならさ、中身弄って水鉄砲にするか? ほら、普通の鎮守府って訓練でダミーの弾使うって言うだろ。似たようなもんだ」
「確かに。ですがあれは専用の弾ですから、ここのために用意することは出来ません。水鉄砲だと感覚が鈍るかもしれませんが……」
「私達の艤装なら、普通にそれくらい出来るよ」
ここでクロが予想外の発言。
「私達は弾とか自分で作らなくちゃいけないからね。海水からワーッて作るんだよ」
「……マヤ……その主砲……私達の同胞の主砲……?」
「ああ、ベースになってんのはな。砲身とかは艦娘の艤装から拝借してるけどよ」
それなら出来るから、朝食を終えた後に実践してくれるとのこと。これを使えば、水鉄砲と言いつつも通常の砲撃訓練が出来る。深海棲艦の技術、恐るべし。
「今はそんなところか。鳳翔、4人の調子は」
「めきめき上達していますよ。スパルタになってしまって申し訳ありませんが、薬湯のおかげで後を引いていません」
「それなら良かった。怪我をしては元も子もないからな」
私達の訓練は、怪我もなく順調。今までの3日間と同じように今日も続けていく。
成長していることがすぐに実感出来るので、やる気はずっと漲ったままだ。戦闘で成果を出したいところではあるが、それはまだまだ先の話。こちらを攻めてくるであろう部隊を返り討ちにすることが、私達第五三駆逐隊の初仕事になるだろう。
朝食後、早速シロとクロが深海棲艦の艤装の使い方を実践してくれるというので、一同は工廠は移動。
摩耶が用意してくれていたのは、曙の持つ艦娘の小口径主砲と近しい形をした継ぎ接ぎの主砲。シロクロの主機に接続することは出来ないが、装填だけはシロが出来るそうだ。
「簡単だよ……海水を潜らせて……」
主砲を海中に沈める。そんなことをしたら艦娘の主砲なら壊れてしまいかねないが、深海製故に問題ないようである。使った後の整備は入念に行なった方が良さそうではあるが。
「終わり」
「は? そんだけ?」
「これだけ……これで撃てるよ……」
艤装を装備した摩耶に手渡した。海水でビショビショだが、それが主砲に染み込んでいくように乾いていく。
艦娘の艤装は武器も込みで鋼材やら何やらで作られているが、深海棲艦の艤装は成分が謎な部分も多い。摩耶は深海棲艦の艤装もバラしたり組み合わせたりしているが、どうしてもわからないパーツがチラホラあったそうだ。今回はそれがこの効果を引き出しているらしい。
「それじゃあ試し撃ちするぜ。みんなちょっと離れててくれ」
工廠から外に向けて主砲を構える。弾の威力とかも知るために、仰角を少し下げ、海面に狙いを定めた。
「シロ、今からは水鉄砲なんだよな?」
「うん……水しか入ってないから……ね」
なら安心と、みんなが離れたことを確認してからトリガーを引いた。
刹那、この施設ではなかなか聞けない号砲と共に、海面が破裂したかのように水飛沫が上がった。思った以上の威力。これが水鉄砲だというのだから、実弾にしたらもっと危険だろう。
深海棲艦は駆逐艦でも並ではない火力を持つものがいるという。その原理がわかったような気がする。小口径主砲でこれなのだから、戦艦だとミンチになってしまいそう。
「やっべ……予想外だぜこれ。砲身がイカれてないか?」
「大丈夫……でも、もう少し穴は大きい方がいいかも……」
これを見た飛鳥医師が閃いたような表情に。
「摩耶、武器は全てこの方向で行こう。非殺傷兵器なら、敵を撃っても生かして倒せる」
「こんだけの威力ありゃ気絶させるのは余裕だろうな。ちょいと怪我させる可能性はあるが、死んでなけりゃやり直せるか」
確かに、この武器なら多少の怪我はするが死ぬことは無いだろう。当たりどころと言い出したらキリはないが、最初から命を取る気は無いと言い切っている。
とはいえ、先程も鳳翔が言った通り、水鉄砲とはいえ武器は武器だ。中立区の規則に違反している。そこをどう切り抜けるかは、私達がどうこう出来る問題では無い。飛鳥医師に任せるしか無いだろう。
「認可が下りるまでは使うことは出来ないだろうが、準備だけはしておいてくれ。事が事だから、上の説得はしてみせる。これは僕達の正当防衛だからな」
「私が持参した近接戦闘用の武器も、認可が下りない可能性があります。訓練はそれでやってもらいますが、本番では違うものを使うことになるかもしれません」
武器の問題はどうしても付いて回ることになる。あちらはこちらを殺すためにルール違反も関係無く挑んでくるが、こちらはルールを守って言い逃れの出来ないようにしていかなくてはいけない。
こちらは被害者だというアピールにもなるわけだが、単にこれはプライドの問題。ゲスで非道な夕雲のやり方も、洗脳により捻じ曲げれたというのなら更生の余地はあるはずだ。
「それじゃあ、同じもんを4人分用意しておく。魚雷は流石に同じようには出来ねぇから、今度来栖提督が来た時に持っていってもらうか」
「そうしよう。あとは……摩耶、君は訓練を受けなくていいのか?」
飛鳥医師に言われ、何やら考える顔。
自衛の手段は全員が持ち合わせておいた方がいいに決まっている。摩耶は私達と違い重巡洋艦であるため、そもそもの地力が違う。それでも、手段を学んでいる私達と比べるとやはり素人になってしまうだろう。
「あー……今は準備に専念する。こいつらと同じ訓練は、準備が出来次第、後から追うぜ。それに……いや、いいや。今はいい」
少しニヤッとしたのがわかった。隣に立つ鳳翔からも、何やら不思議な匂いがした。何か裏があるような、そんな感覚。
「まぁ、これで武器の作り方はわかったからよ、すぐに全員分用意する。今日いっぱいありゃ4人分出来ると思う」
「助かる。この施設の存亡を賭けた戦いになってしまったからな」
戦いへの備えは順調に進んでいる。あちらが慎重になればなるほど、こちらは不利を覆す事ができる。嘗められている内に、こちらは力を得るのだ。
自然発生の深海棲艦が何故バカスカ主砲を撃てるのかという謎の解答。強烈な水鉄砲の原理で、海水を弾丸にしているとしました。さらに殺傷力を上げるなら、そこに廃材などを詰め込むのでしょう。