継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

47 / 303
実戦訓練

「さて、まずは皆さん、3日間よく頑張りました。基礎訓練は一旦終了します」

 

訓練の時間。いつもならまず限界までのランニングが始まるところだが、鳳翔が基礎訓練終了の宣言をした。今回からは艤装を装備した状態での訓練となる。そのため、浜辺ではなく海上。

朝の散歩で、エコの飛び付きを支えられるようになるまでは自分の成長を実感している。押し倒されず、安定して受け止めることが出来たので、下半身の安定力が段違いに上がっているのがわかる。

 

「今日からはより戦闘に特化した訓練を開始します。前衛は格闘訓練を、後衛は射撃訓練です。摩耶さんの水鉄砲が2つ出来ていて良かったですね」

 

本格的な戦闘訓練。私、若葉と曙は前衛ということでついに格闘の訓練を行うことになる。

鳳翔に渡された武器は、私はナイフ、曙は槍。どちらも刃は潰されており、殺傷力は皆無。私のナイフはともかく、曙の槍は取り回し重視というイメージ。

 

「こういうの持ってる艦娘いたわよね」

「叢雲さんですね。あの子は緊急手段ですが、貴女は主武装ですよ」

「わかってるわ。ホント、艦娘から離れていくわね……」

 

槍をしげしげと見ながらぼやく曙。私も生まれた直後はこんなことになるだなんて予想だにしていなかった。

だが、ナイフを握ると両腕が少し疼くような感覚。戦闘中にも感じた、戦闘を求めている疼き。この腕の本来の持ち主の感情が残っているかのようだ。

 

「私達は……これですか……」

「さっき摩耶さんか使ってるの見てたけど、やっぱりちょっと怖いわよね」

 

三日月と雷は、出来上がったばかりの水鉄砲主砲を装備。

通常の雷は主砲を艤装側に取り付けるらしいが、この艤装は定期的に海水に潜らせたいため、手で持つことで装備とした。三日月は元から手持ちのため問題なし。

 

「ここからの訓練ですが、私が両方見ることは少し難しいです。ですので、後衛組には助っ人を呼びました。私、弓は出来ますが主砲は少々苦手ですので」

 

苦手なだけで、卒なくこなすのだろうとみんな察した。

この3日間で、鳳翔がどんな人なのかは痛いほどわかっている。弱点の無い完璧超人。むしろ何が出来ないのか教えてもらいたいくらいである。空母故に魚雷が使えなかったりする程度か。充分すぎる。

 

「と言っても、貴女達とは面識がある人なので安心してください。羽黒さんです」

 

なるほど、と私は納得。夕雲との戦いで、不意打ちで主砲を破壊するくらいの命中精度を誇り、リミッターが外された敵軽巡を相手取っても、まったく臆さず戦闘出来ていた。控えめな表情が嘘みたいに勇ましくなるのは、同性の私から見ても惚れ惚れする。

 

「格闘戦術は私が教えます」

「ホント何でもやれるわね……」

「提督とガムシャラに走ってきた結果ですよ。空母は接近されたら終わりですしね」

 

そう言って鳳翔が手に持つのは、曙の持つ槍とは少し違う薙刀。刃が潰されているのではなく、そもそもゴム製のもの。これなら斬られてもそこまで痛くはない。傷が付くことも無いだろう。

 

「あ、羽黒さんが来ましたね。では各々、訓練を始めましょうか」

 

ここからが本番だ。鳳翔が武器を持っており、実戦訓練と言うのだから、私達はこの鳳翔相手に戦うことになるのだと思う。既に軽く恐怖を感じてしまっていたが、戦場では敗北が生死にかかわるのだ。今は訓練、負けたっていい。まずはやれることを。

 

 

 

射撃訓練の雷と三日月は、羽黒が施設を挟んで反対側へと連れていった。水鉄砲とはいえ、流れ弾が当たっても困るし、そもそも場所を大きく使うのが後衛組だ。私達と一緒にわちゃわちゃやるのはまだ先。

 

「さて、若葉さん、曙さん。私から教えることはありません。この訓練の目標はただ1つ、私に1度でもいいので、その武器の刃を当ててください」

 

ナイフや槍の扱い方を教えてくれるというわけではない。私には私の、曙には曙のやり方というのがあるだろう。教わった通りに動くのではなく、自分の動きやすいように動くのが、戦闘では最善。型に囚われず、我流で戦い方を作れと、鳳翔は言っている。

そういう意味ではスパルタである。ただ武器を渡されて、やってみろと言われただけ。おそらくこの訓練、鳳翔に当てるか、鳳翔がやめると言うまで延々と続く。ただ走るだけ、筋トレするだけとはレベルが違う。急に上がりすぎ。

 

「1つ質問がある」

「何ですか若葉さん」

「敵は主砲やら魚雷やらを使ってくる。そちらの回避訓練が先ではないのか」

 

これは普通に疑問。まず確実に、敵が近接戦闘を仕掛けてくることはない。私達が近付いても、手に持つ主砲で攻撃してくるはずだ。だが、鳳翔はそうではなく、自身も近接戦闘を行うことで、私達を鍛えようとしている。

意味が無いとは思っていない。だが、それよりも優先するものがあるのでは無いだろうか。

 

「近くが避けられるなら、遠くも避けられますよ。避けるだけなら遠くの方が簡単です。それに、主砲も魚雷も、放つ時に一拍置くでしょう。それを判断できる()を鍛えてもらう意味もあるんです」

 

つまり、敵の行動を見てから自分の行動を決めるまでの時間を縮める訓練。敵の一挙手一投足に注目し、即座に自分に反映させるための目を鍛えると。

 

「それと……当たらない避けられないにしろ攻撃することが出来るのと、避けられるとはいえ攻撃すら出来ず延々近付くことが出来ないの、どちらがフラストレーションが溜まりますか?」

「……後者だな」

「理解が早くて助かります」

 

同じうまくいかないでも、まだマシな方を選んでくれたということか。

 

「っと、訓練は少し待ちましょう。今朝言っていたのはアレです」

 

視線を上へ。釣られてそちらを見ると、1機の航空機が猛スピードで空を駆けていた。あれが彩雲、艦上偵察機。

 

「わざわざ見せつけるように偵察しているようですね。脅しのつもりなのでしょう。こちらは取るに足らない存在なのだと言っているのでしょうね」

 

それに対し、微笑みながら手を振る鳳翔。別に見られても構わないという態度である。あちらの挑発に対し、こちらも挑発。いい性格をしている。

 

「嫌味か」

「勿論。あちらは私達のことを下の下くらいに見ているのでしょう。それでも嵐の夜を待っていそうな慎重派ですがね」

 

証拠隠滅を兼ねているのはわかっているが、確実に倒せる状態で圧勝しようとしているのだろう。そうはいかない。そのための訓練だ。

 

「では、改めて」

 

彩雲を見送った後、こちらに向き直った。ここからは訓練だ。私と曙で力を合わせ、鳳翔に1撃入れられれば終わり。出来なければ延々と続く。

今後の戦闘では、私は曙とコンビだ。お互い駆逐隊の前衛だが、私はさらに前。ここで連携も覚えておきたいところである。

 

 

 

鳳翔は薄く微笑みながら、薙刀のゴムの刃先を『いつでもかかってこい』と言わんばかりにチラつかせる。

あちらは達人、こちらは素人。まず一筋縄ではいかない。ガムシャラに立ち向かっても、適当にいなされるだけだろう。瞬時に考えなければ。

 

「曙、若葉が先に行く。後からそのリーチで頼む」

「了解。っても、初めて使うんだから、手探りよ?」

「若葉もだ。手足がある程度勝手に動いてくれるが……な!」

 

鳳翔は曙と同様にリーチが長い。ナイフ1本で立ち向かっても返り討ちに遭うに決まっている。

 

「真正面からですか。それは自爆覚悟に見えますよ?」

「わかってる」

 

目測ではあるが、鳳翔のリーチを計算し、土壇場で真横に避ける。横薙ぎにされるなら、それをナイフで受けつつ曙に任せ、曙の迎撃に入るなら即座に切り返して突っ込む。

 

「いいですね、とてもいい。自分と仲間と相手のリーチがよく見えている。ですが、そんな簡単にいかせるわけにはいきませんね」

 

鳳翔はそこで曙側を選択。避けた私を薙刀の柄で牽制しつつ、刃の方は曙の方へ。一瞬だけ柄が私の顔面に向けられたせいで怯んでしまい、足が止まる。直後、曙の持つ槍が強く打ち払われており、そのまま薙ぎ払われ刃が私の首筋に突き付けられていた。

 

「はい、2人とも1回ずつ死にました」

「ったぁ!? ゴムとはいえ脇腹払われたら痛いわ!」

「本物だったら腸をぶちまけていましたよ。よかったですね、偽物で」

 

私は言葉も無かった。痛みがない代わりに、冷や汗がドッと流れた。ほんの少しの躊躇で、私の首が飛んでいる。戦場ではこれが常だと改めて思い知った。

 

「最初にしては悪くない作戦だとは思いましたが、それは単調ですね。では次」

 

先程と同じように構え、先程と同じように刃をチラつかせる。私達の最初の攻撃は無かったことにされた。

 

もっと早く判断をしなくてはいけない。もっと素早く動かなくてはいけない。ここで鳳翔に何度も()()()()ことで、それを学ぶ必要がある。最初は無茶でもいい。自分の戦い方を探すのだ。

鳳翔は私のことを、腕力と俊敏性がトップと言ってくれた。そして、曙は持久力がトップだと。ならば、私が掻き回して相手を消耗させるのはどうか。

 

「次は若葉がとにかく動く。曙は隙を見て攻撃してくれ」

「動き回るなら私の方がいいんじゃないの……?」

「まずは若葉の速さでやってみる」

 

素早く鳳翔の真横へ。薙刀の横をすり抜けるように突っ込み、薙ぎ払いもナイフでガードすることでカバー……出来るかと思いきや、勢いだけで私ごと飛ばされた。

だが諦めない。着地すると同時に同じように突っ込む。今は雑だが、これを繰り返し打開策を探す。

 

「猪突猛進なのは良いですよ。ですが、少し危ないですね」

 

顔面に向かっての突き。先程もやられたが、今度は怯まない。紙一重で避けつつ、薙刀を掴む。その隙さえあれば、曙に攻撃してもらうチャンスが掴めるはずだ。

だが、ここで不意に妙な感覚を感じた。曙に流れるキナ臭い匂いというか、とにかく嫌な予感がした。

 

「退け!」

「ちょっ!?」

 

掴んでいる薙刀に強烈な回転がかけられ、堪らず離してしまった。それをそのまま曙の方へ引き、柄がまともに腹に入ってしまう。さらには曙を突いた反動で私も突かれ、ゴムの刃が胸に直撃。

グニャリと曲がるため貫かれることは当然無いのだが、柄が打ち付けられたために肺の中の空気が抜かれるようなダメージ。いきなり呼吸を止められたように思えた。

 

「げっほ! うぇっへぇっ!?」

「女の子がしちゃいけない咳をしちゃってますね」

「それを仕掛けたのはっ、アンタでしょうがっ!」

 

打たれた腹を押さえながら咳き込む曙。私は私で、必死に呼吸を整えながら、摩擦で熱を持ってしまった手を摩り、痛みを取っている。手首の返しだけで持っていられないほどの回転を生み出した鳳翔は、本当に何者なのだ。

 

「次は役割を変えよう。曙、頼む」

「アンタが前に出るための攻撃ってことかしらね。やれることやってやるわよ」

 

曙は曙で、同じ長柄物を持つ鳳翔を少し真似て、刃をチラつかせるように前に構える。自分のスタンスを決めるため、取り入れられるものは全て取り入れていこうと考えているようだ。

 

「模倣もいいでしょう。試すことに価値があります」

「いろいろやらせてもらうわよ。これはそういう場なんでしょ?」

「その通りです。そうやって感覚を研ぎ澄ましてください」

 

同じ構えでは当然、年季の入っている鳳翔に分がある。さらには鳳翔の評価で非力と言われただけあり、瞬時に構えが崩され、槍が打ち上げられた。

その隙に、曙が攻撃を喰らう前に私が鳳翔に一撃を入れる。これならどうだ。

 

「仲間を犠牲にするような戦い方は評価出来ませんね」

 

薙刀が不意に私の方に薙ぎ払われ、咄嗟にナイフでガードするが関係無しにまた吹っ飛ばされた。

が、飛ばされる寸前に足が出た。薙刀を蹴り上げ、隙を作る。曙を犠牲にしたように見せかけ、私自身が囮になる、というのをたった今思いついて実践。

 

「おや……いいじゃないですか」

 

曙も打ち上げられた槍をどうにか持ち直し、そのまま振り下ろしていたが、鳳翔が少し移動するだけでそれは回避された。その場から動かすことくらいは出来るが、本当に触れられない。

 

「何もかも足りない……力も、速さも、経験も」

「強過ぎなのよあの人! 本当に軽空母!?」

「艦種に嘘はつけませんよ」

 

また刃をチラつかせる。

と、また先程感じた妙な感覚。キナ臭い匂い。感じた直後に曙を突き飛ばし、私も逆方向に跳ぶ。

 

今いたところに鳳翔の薙刀が伸びていた。

 

「おや、避けましたね。なるべく気取られないように突いたつもりでしたが」

「嫌な予感がしたんだ」

「……ほほう? その感覚、忘れないように」

 

そこから急に横薙ぎに。モロに脇腹に入るが、今度はしっかりと薙刀を抱きしめる形で固定することが出来た。咄嗟に前に出たお陰で、脇腹に入ったのは刃ではなく柄の部分。本物の刃だったとしても、腸をぶちまけるようなことにはならない場所だ。

 

「いい判断です」

 

褒めてはくれるものの、攻撃を入れさせてはくれない。曙の容赦ない突きも、ほんの少し横に払うだけで当たらない。

 

「っらぁっ!」

 

だがそれを見越して、曙は槍を横に薙いだ。これもたった今やられた鳳翔の模倣だが、今はベストの一手だろう。薙刀は私が押さえ込んでいるため、鳳翔には素手、しかも片手は薙刀を掴んだままのため、もう片方の手しか無い。

 

「素晴らしい。貴女もいいですね」

 

そのもう片方の手で槍をしっかり握り締められた。それだけで動かなくなってしまう。

 

「若葉さん、何も武器はナイフだけではありませんよ。もっとガムシャラにどうぞ。その腕と脚は何のために付いているんです?」

 

指摘され、両腕の疼きが激しくなる。訓練だというのに、戦場にいた時のような感覚。さらには脚も疼くようだった。中に入れられた骨が、今の言葉に反応しているようにも思えた。

 

「っしっ!」

 

脇腹で押さえ込んでいる薙刀を軸に跳び、鳳翔に蹴り。攻撃と同時に薙刀に体重をかけ、離させようとする算段。これだけ至近距離だし、今の鳳翔は両手が封じられた状態。武器を離す以外に回避出来ない状態。何かしらの効果はあるはずだ。

 

「そう、それを咄嗟に判断出来るように。濡れたところで死にはしません」

「うぇっ!?」

 

よりによって、曙の槍を使ってガードされた。突いている力をそのまま利用し、引き寄せる形で。結果的に曙は鳳翔に抱きついてしまい、私の渾身の蹴りは当たらず。体重をかけた薙刀も、手から離させるまでには至らず。

 

「若葉さんは俊敏性に長けていると言いましたが、判断力がまだまだですね。そこは伸ばしてください。長所を活かすためには、多少短所も克服しなければいけません」

 

曙を私の方に突き飛ばし、私と曙は共々海の上に倒れる羽目になった。

 

「曙さんも、次を考える時間が少し長い。若葉さんと同じです。もっとガムシャラに。戦いにお作法などありませんよ」

 

未だ鳳翔は健在。濡れることなく、表情を笑顔から崩すこともなく、むしろ殆どその場から動いていない。攻撃を当てる以前の問題である。

 

「さ、休憩はありませんよ。すぐに立ち上がり、次の手段を考えてください」

 

この訓練はまだまだ続く。否が応でも身体に戦い方が叩き込まれ、私達は成長させられる。強くなっている実感はあるが、鳳翔があまりにもあまりなので、先が見えない。

 

だが、楽しかった。艦娘の本分を思い出すようだった。

 




無敵の鳳翔様。弓を使わなくてもこの通り。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。