継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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戦場の匂い

鳳翔との実戦訓練が始まった。初日は丸一日を費やしても触れることはおろか、まともに攻撃すらさせてもらえなかった。結局昼食以外で休憩は一切無く、今までの基礎訓練とは比にならないほどに消耗していた。

 

「本日はここまでとしましょうか」

 

これだけやっても鳳翔は息も乱していなければ、汗すらかいていない。一方、私と曙は息も切らしていれば、汗だくだし海水まみれ。

私、若葉は曙より持久力が無い上に、より近接での戦闘を挑んだために、またもや立ち上がれないほどの疲労に襲われている。

 

「若葉、立ちなさいよね」

 

曙に引っ張られ、強引に立ち上がることになった。さすが深海棲艦の心臓と肺。お互い近しいくらいに動いて戦っていたのに、疲れはあっても私ほどの消耗が見えない。

と、思ったが、脚がプルプル震えていた。息が切れていないだけで痩せ我慢だ。これ以上曙に迷惑をかけるわけにもいかないので、自分の脚で立つ。同じように私も震える羽目に。

 

「基礎訓練でもここまでじゃなかったわよ……」

「頭を使うようになったからですね。その時その時でやることを変えなくてはいけませんから」

 

私と曙の消耗を見かねてか、鳳翔が肩を貸してくれた。正直な話、今のままでは施設に辿り着くこともままならなかったと思う。いくら持久力があっても、疲労困憊で動かなければ意味はない。私は曙よりも深くその状態になってしまっている。

 

「曙さん、見込んだ通りの持久力です。私は立ち上がれないくらいにまでやったと思いましたが」

「立つくらいは出来るわ。……動けないけど」

「充分です。ですが、貴女はまだ動きに無駄が多い。槍を渡したのは私ですが、もう少し効率よく動けるように考えてみてください」

 

私のナイフと違い、曙は長柄物。どうしても攻撃は大振りになるし、隙も大きくなる。そして、それを振り回すのだから消耗は私よりも激しくなる。

持ち前の持久力でその辺りはカバーしているが、無駄が多いと消耗も激しい。必要最低限の動きでその攻撃範囲を活かすことが出来れば、持久力も相まって強力な力になるだろう。こんな攻撃を延々と繰り返されては、たまったものでは無い。

 

「若葉さん、こちらも見込んだ通りです。俊敏性を活かせています。判断力もある。何度か危ない時ありましたよ」

「……卒なく躱された気がするが」

「いえいえ、なかなかやれていましたよ。ですが、曙さんと対照的ですね。持久力が無い。実戦訓練を利用してその辺りも鍛えていきましょう」

 

持久力に関しては私も課題だと思った。持久力がある曙よりも動き回ることが多い戦術を取っているせいで、消耗が異常に激しい。3日間の基礎訓練を一旦終了したというのにこのザマだ。

消耗の末の戦闘では、ガムシャラというより無謀な突撃もあったと思う。それは自ら死に足を踏み入れるのと同じだ。よろしくない。

 

「今はゆっくり身体を休めてください。薬湯はまだまだあります。貴女達はしっかり成長していますよ」

 

鳳翔にそう言われると嬉しい。しっかり一歩ずつ進めているのがわかる。

 

 

 

施設に到着すると、工廠でグッタリとしている雷と三日月に、苦笑している羽黒。こちらの格闘訓練も相当だったが、あちらの射撃訓練も相当だったようだ。

 

「……羽黒さん……スパルタとかそういうのじゃないわ……」

 

三日月は口も聞けない程に消耗している。

話を聞くと、私達が身体を全開で動かす訓練だったのに対し、あちらは延々と集中し続ける訓練だったそうだ。身体をそこまで動かさない代わりに、頭を使う。そのため、消耗が異常に激しい。

それに、摩耶謹製の水鉄砲を常に構え続けるというのもあった。当然だが、艤装を装備していたって重さは感じる。腕を上げたままでいるというのは、それだけで持久戦になる。

 

「こちらはまだ同じくらいですね。初めての射撃で、その衝撃に慣れるところから始めました。的当てもやってみたんですが、さすがにすぐは難しいですね」

「格闘とは違いますからね。その進め方で大丈夫です」

 

止まってる的に当たらなければ、動いている的になんて当たるわけがない。だが、主砲にも慣れなくてはいけない。

そのため、午前も午後も、海上に用意された的に対してただ撃つだけという訓練を延々と繰り返すことになったという。ただし、一切の休憩無し。当たるまでやるとかでなく、当たった後もやる。とにかく撃つ。

幸い弾切れの心配がない深海仕様の主砲であるおかげで、休むことなく撃ち続けることが出来たわけだ。戦場では嬉しいが、訓練では嬉しくないシステムであった。

 

「さ、お風呂へどうぞ。今日からの訓練は、確実に貴女達の力になります。この施設を守る力は、確実に付いていますよ」

 

その間に羽黒は一旦帰投するそうだ。

鳳翔は食生活の補助や薬湯などの準備。それに来栖提督との通信に、飛鳥医師とのこれからの相談まで一手に引き受けているため住み込みとしているが、羽黒は鎮守府での仕事もあるそうなので、頻繁には来れないとのこと。

 

「明日は私の姉が来ますので、よろしくお願いしますね」

 

鳳翔曰く、羽黒の姉は羽黒よりもキツイそうで、雷と三日月はさらに項垂れることになった。ポジティブな雷がそんな表情を見せるのは初めてのことのため、そこまでかと驚いた。

 

 

 

「若葉さん、少しいいですか」

 

夕食後、風呂も入り直し、後は寝るだけというタイミングで鳳翔に呼び止められる。施設にいる時、訓練とは無関係の時は、あの時の厳しさが鳴りを潜め、微笑み絶やさぬ母のような雰囲気になっている。

 

「今までもそうでしたが、今回初めて戦闘訓練をして気になったことがあります。少しだけお話しさせてください」

「ああ、わかった」

 

お互い風呂にも入った後。三日月に鳳翔に呼ばれた旨だけ伝えて、私は今だけ使われている鳳翔の部屋へ入れてもらった。

ここにいつまでいるかはまだわからないが、ずっといるわけでもないので、部屋は基本的には空き部屋と殆ど変わらない状態。とはいえ私達も特別飾っているわけではないため、似たようなものだった。

 

「何か問題でもあったのだろうか」

「いえいえ、そんなに畏まらなくても大丈夫です」

 

鳳翔の部屋は、私達の部屋と違い、少し甘い匂いを感じる。普段近付いてきた時に感じる鳳翔の匂いそのものだ。この部屋の匂いが染み付いているということか。

 

「甘い匂いがする。香でも焚いているのか?」

「それです。私が聞きたいのはそれなんです」

 

少しだけ真剣な表情に。私も少し緊張する。

 

「戦闘訓練中、嫌な予感がしたから曙さんを突き飛ばしたときがありましたね」

「ああ」

「嫌な予感と言っていましたが、貴女、()()()()()()()()()()()()()?」

 

そんなつもりは無いのだが、言われてみればそうかもしれない。

一時的に失明させられ、一切光の届かない闇の中で三日月や曙に頼って施設内を移動していた時、その場所を匂いで判断していたことがあった。工廠や食堂はわかりやすい。それに、鳳翔はここの誰からも感じられない甘い匂いがするから近付いてくるのがすぐにわかったものだ。

 

「先に言っておきます。私は香水の類は使っていませんし、お香を焚くようなこともしていません。お風呂もお洗濯も皆さんと同じです。調理をしているくらいですが、それは雷さんも同じこと」

「そうなのか。なら貴女の天然の匂いなんだろう。落ち着く、安心できる匂いで若葉は好きだ」

「あ、ありがとうございます。そんなこと言われるのは初めてですね」

 

照れ臭そうにする鳳翔は、何処か色っぽい。

 

「話を戻します。この部屋の匂いはさておき、戦場でどういう匂いを感じたんです?」

「そうだな……キナ臭いというか」

「なるほど。共感覚の亜種か何かでしょうか。戦場に蔓延る()()()()()というものを、匂いとして感じられるようになったのかもしれません」

 

私には少し難しい話だったが、敵から感じる視線や武器の動き、つまりは()()()()()を、私は匂いとして知覚出来るようになったのかもしれないと、鳳翔は言っている。

この感覚は、一時的な失明から始まったものだ。その時は、今を乗り越えるために使えるものはすべて使っていたというのが本音。匂いも自分の意思で感じていたわけではない。気付けば感じ取っていた。

 

「若葉さん、その感覚は大事にしてください。それは、戦場で絶対に必要になります」

「わかった」

 

大事にしろと言われても、今日の訓練でキナ臭さを感じたのは数回。それ以外はボッコボコ。結果的には鳳翔相手に成すすべなくやられたに過ぎない。明日はもっと良くなりたいと願う。

 

戦場だけではなく、こういう普段の匂いも強く感じるようになったのは、最初がそういう場から始まったからだろう。本当の匂いと、感覚的な匂い、どちらも感じられるようになってしまった。

 

「嗅覚の拡張……今までに聞いたことのないものです。一時的な失明というのは、割と見られるものなのですけど、入渠してしまえば終わりですし、状況次第では薬湯で洗眼するだけでも変わります」

「それをやらなかったからじゃないのか?」

「その可能性は否定できませんね。艦娘が自然治癒に頼るということがそもそもありませんから。人間とは違い、それすらも早いのですけどね」

 

どこまでもこの施設に属する艦娘は何かおかしい。本来とは違うことを続けていることで、独自路線に入ってしまっている。それは喜ぶべきことなのかどうかはわからない。

 

「でも、いいことですよ。それがあるからこそ、貴女達は私達とは違う方向に強くなってきます。それは決して異質ではないです」

 

失明していた時のように頭を撫でられる。匂いも相まって、とても落ち着く。このまま眠ってしまいそうだったが、それだけは我慢。三日月が部屋で待っている。

 

「明日からも頑張ってください。私も、貴女達を強くすることに専念します」

「ああ、こちらからもよろしくお願いする」

 

いつも通り、握手で締めた。鳳翔は頼りになる人だ。それに信用出来る。私達を騙くらかしているような人から、こんな匂いは感じられないだろう。

この人と出会えてよかった。仲間であり、師匠であり、時に母のような人。訓練が絡むと途端に恐ろしくもなるが、こういう場面があるから、あのハード過ぎる訓練も嫌では無くなる。

 

 

 

部屋に戻ると三日月がベッドの上で待機していた。

強くなると決めて、ここの施設の者以外にも顔を見せることくらいは出来るようになった三日月だが、夜一緒に眠るのは変わらない。寝ている間無防備になるのが怖く、やはりまだ一番安心出来るらしい私の側が一番よく眠れるとのこと。

嵐の夜ならともかく、普通の日でもこれなのは、今までの慣れというのもあるのかもしれない。最初は悪態をつきながらだったが、今はそういうものもないので、ただただ甘えられているようにも見える。それを言うと全力で否定されたが。

 

「鳳翔さんとの話は終わったんですか?」

「ああ、少し戦闘訓練の時のことでな」

 

今までは意識していなかったが、嗅覚のことを指摘されたからか、自然と三日月の匂いを嗅いでいた。

鳳翔とは違う、甘酸っぱい匂い。だが、その中に深い海のような匂いを感じた。これがシロの言う深海の匂いなのだろうか。前者が三日月本来の匂いで、後者は継ぎ接ぎであるが故の匂い。そんな感じがした。

 

「何やら若葉は人より鼻がいいらしい」

「鼻……ですか」

 

今までの感覚を掻い摘んで三日月に話す。今嗅いだことは伏せて。

 

「シロさんみたいですね……海の匂いがどうとか言うと」

「ああ、若葉もそう思う」

 

私の中では特に変化が如実な左腕の匂いを嗅いでみるが、別に何の感覚もない。戦場の匂い、他人の匂いと違って、一番身近なものには私の嗅覚は反応しないようだ。自分の異常がいち早くわかればいいと思ったのだが。

 

「あ、あの、若葉さんから見て、私はどんな匂いが……」

「別に言うほどじゃ」

「気になるんです。一緒に寝ている人に臭いと思われていたら嫌でしょう」

 

いつになく強く出てくる。女としてのプライドか、匂いというものには少々敏感なのかもしれない。勿論私だって、他人に臭いと言われれば傷付くし気分が悪い。

だから、素直に感じたままを話す。おそらくその表現はシロのようなとても曖昧で、わけのわからないものになるだろうが。

 

「お前は甘酸っぱい匂いだ。鳳翔とは違う」

「嫌な匂いじゃないですか?」

「別に……」

 

食いつきがすごい。これ、話さない方が良かったかもしれない。

とはいえ、三日月は私達よりも自分の身体へのコンプレックスが強いのは確かだ。外見が一番大きく変わってしまっているわけだし。そこに匂いなんて要素まで加えられたら、過敏にもなるか。

 

「ならよかったです。寝ましょう」

「切り替え早いな……」

 

相変わらず表情は無かったが、上機嫌なのはわかった。

 

鳳翔にこれを言われたことで、私の戦い方は一段階進化する。戦場の匂いを嗅ぎ別け、最善の道を選択するという、艦娘らしからぬ戦い方へ。

 




三日月:甘酸っぱい匂い。例えるなら柑橘類。
雷:家庭的な匂い。それでいて力強さを感じる。
摩耶:油と鉄の匂い。不快ではなく、寧ろ心地良い。
曙:他より強い海の匂い。少し尖りを感じる。

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