戦闘訓練2日目。昨日と同様、私、若葉は曙と組んで鳳翔を相手取っていた。昨日の今日ですぐにどうにかできるとは思ってはいなかったが、訓練からの薬湯という組み合わせにより、私達は確実に成長の道を進んでいる。
特に私は、鳳翔から伝えられた『匂い』についても少し意識していた。今の私には『嫌な予感』を匂いとして感知出来るようなので、少しだけ嗅覚にも意識を置く。そのせいで戦闘自体が疎かになってしまったのはご愛嬌。これを自然と出来るようになればいいのだろう。
「午前中はここまで」
「はぁ……はぁ……まだまだ……だな……」
昨日よりは持久力も上がっているが、やはり立ち上がることも辛い。引き上げられるほどではないものの、脚の震えは今回もあった。立っているだけでも辛い。
「ほら若葉、さっさと戻るわよ」
「わかってる……はぁ……結構……キツイ……」
曙は私より疲れていないようだ。汗だくではあるものの、脚の震えが殆ど無いし息ももう整っている。深海棲艦の心臓と肺を有効活用し、即座に回復している。
この曙はその方向に特化していた。長時間戦闘に長け、常に槍を振るい続ける。私より数倍の持久力を獲得しているため、その戦いが曙のベスト。あとは判断力さえ培えば完璧。
「2人とも、昨日よりは格段に良くなっています。曙さん、自分の長所をちゃんと理解出来ている。深追いせず、持久戦に持ち込もうとする姿勢は大変よろしい。後は」
「判断力でしょ? どうするか考えた時に攻撃されたし」
「わかっているのならいいでしょう。持久戦は速攻より当然考えることが多いですから、判断は即出来るようにしましょうね」
連携には少し向いていないが、持久戦に持ち込むことが出来れば、曙の独壇場だ。疲れ知らずとは言わないが、息が整うのが早いのは非常に有利。おそらく私は曙に勝てない。
「若葉さん、匂いの件はしっかり意識しているようですね。まだ慣れていないのはわかりますが、危険の感知が昨日より多くなっています。その調子で頑張ってください」
「ああ……後は持久力だ」
「その通り。毎朝のランニングは続けましょう。貴女は持久力がつけば、より良い戦いが出来るはずです」
今回の訓練では、キナ臭い匂いを感じることが昨日より多かった。その都度、鳳翔からの強烈な攻撃が来たので、この感覚は常に使っていきたい。
それに、曙との連携にも匂いを使うのは有効だった。曙特有の少し尖った海の匂いは判別しやすく、何処にいるかが大まかにわかる。一応匂いの嗅ぎ分けが出来ることもわかったため、これにも早く慣れていきたい。
施設に戻ると、昨日以上にグッタリしている雷と三日月がそこにいた。昨日は主砲の取り扱いに慣れるためにただひたすらに撃ち続けるという、それはそれで過酷な訓練をしていたが、今回もおそらくそれ。
「命中精度、大分上がったわね。これでまた勝利に一歩近付いたわ!」
ケラケラ笑いながら話す羽黒の姉、足柄。
訓練の内容は昨日の羽黒の時とほぼほぼ同じだったらしいが、とにかく口出しが多かったそうだ。1発撃つごとに指摘と修正。時には手取り足取り教えられ、時には実演を交えての訓練。身にはなりそうだが、ストレスも溜まりそうである。
少しでも勝利に近付くために、口出しが多くなってしまうらしい。それほどまでに勝利に飢えている。ついた二つ名が『飢えた狼』。流石である。
「足柄さん、感覚型なの……。説明に効果音がすっごく多くて……」
「さっぱりわからないんです……説明が……」
ドーンとかバーンとか言われてもよくわからないだろう。フリースタイルでひたすらに戦うだけの私達とはわけが違う。まず狙いを定めて撃つという行為に、定められた手順が必要なのだから、感覚で話されても理解がしづらい。
だからこそ身振り手振り、かつ手取り足取りでの説明になるのだと思う。実際にやって見せるというのが手っ取り早い。
「羽黒さんよりキツイってそういうことだったのね……」
昨日より雷が項垂れていた。とはいえ、先程の言葉を聞いた感じ、雷と三日月も昨日より成長出来ているようだ。
後衛ということで今は射撃精度を上げることを優先しているようで、今日の射撃は半分以上、的に当たったそうだ。主砲の取り回し方も昨日1日で大分慣れたらしい。
「足柄さん、彩雲は見ましたか?」
「ええ、2回くらい見たわね。中指立てておいたわ」
「それで乗ってくれるなら苦労はしないのですけどね」
嫌味のように笑顔で手を振る鳳翔とは違い、堂々と敵意を丸出しにした足柄。早く攻めてこいと挑発した。
こちらの準備はまだ終わっていないものの、今でも外には警戒隊が張ってくれている。それと力を合わせれば、襲撃にも対応できるだろう。出来ることなら、警戒隊がいるタイミングで襲撃してもらいたい。
「さあさあ、皆さんお風呂にどうぞ。その間に昼食を準備しておきますから」
「今日は勝利の験担ぎ、カツカレーよ!」
「足柄さんのカツカレーは鎮守府でも好評ですから、楽しみにしていてくださいね」
そういえば、験担ぎ、願掛けというのは今までやったことが無かった。たまにはそういうのもいいだろう。
実際、食べてみたら本当に美味しかった。あちらの鎮守府では好評というのもわかる。こちらも雷がレシピを聞いていたほどだ。その説明も若干感覚型が入っており、少し苦戦していたようだが。
昼食後は午後の訓練まで一旦休憩。小一時間ほどだが、英気を養う。食べてすぐ活動するのは良くないと、その辺りの時間配分は飛鳥医師が全て決めていた。
工廠仕事で忙しい摩耶ですら、こういう時はうたた寝しているほどである。今はそこにシロクロも交え、ほんの少しのお昼寝タイムとなっていた。
私はこの時間で、次の戦い方をシミュレートしている。訓練で使うナイフを握りしめ、目を瞑り、どう動くかを何度も何度も考える。
今までは鳳翔に簡単にいなされてきた。2人がかりの攻撃も、薙刀1本であしらわれ、2人同時にのされることだって多かった。いくら達人の鳳翔だとしても、何処かに隙があるはず。無いのなら作らなくてはいけない。
「……」
イメージトレーニングでどうすればいいかを想像するが、簡単にいなされるイメージしか湧かない。困ったものである。鳳翔の圧倒的な強さに、勝てるイメージが出来なかった。
「あら、イメトレ? それはとてもいいことね!」
気付けば目の前に足柄が立っていた。集中し過ぎて近くにいたことも気付けなった。匂いも今更になってわかる。
「……ああ。鳳翔に1回触れるためのシミュレートだ」
「なるほどね。で、難航してるみたいだけど」
見透かされている。
隣に腰掛けられて、話を聞いてもらう。自分がこういう力を持ち、こうやって戦ってきたと、ありのままに話す。
足柄は何故かそういうことが話しやすい相手だった。鳳翔が母なら、足柄は姉。悩みを打ち明けることに躊躇いが無くなるような、そんな匂い。
「勝てるビジョンが見えない」
「それは勝ちを知らないだけよ」
簡単に言われてしまった。
「駆逐艦若葉は、私と同類だったと思ったけど」
「同類?」
「ええ。諦めずに戦いに向かう姿勢がね」
足柄は一言で表すと戦闘狂。ひたすらに戦いを求め、ひたすらに勝利を求める。験担ぎのカツもここから来ているのだろう。実力もさる事ながら、徹頭徹尾勝利のことしか考えていない。勝利に飢えている、まるで狼のような人。
「勝つためには、まず負けるというイメージを排除するの。私は鳳翔さん相手でも常に勝ち続けてるわ。頭の中では」
「実際は」
「貴女達とは違う訓練だけどフルボッコね。でも次は勝てるもの。昨日の私より今の私の方が強いに決まってるんだから」
自信満々な物言い。一切の負の感情が無い。本心からこの言葉が出ている。後ろどころか横すら向きそうに無い、前向きすぎる性格。
だからこそ容赦が無いのだろう。訓練にも全力。私の見習うべき人かもしれない。せめて横は向きたいものだが。
「訓練なんだから負けたって死ぬことはないわ。なら、勝てるイメージしか無いわね。最後は必ず届く。相手がどんな人でも」
「……そうか」
「要は心持ちよ。全部身になってるわ。貴女は強くなってる」
頭をポンポンと撫でられる。鳳翔とはまた違った安心感。私に尻尾が生えていたら、なんの躊躇いもなく横に振っていたと思う。
「そうだ、まだ時間あるわよね。ちょっと模擬戦を見せたげる。私も久し振りに鳳翔さんとやりたいし。鳳翔さーん!」
あれよあれよと鳳翔と足柄の模擬戦を見せてもらえる段取りになっていく。足柄は、私と曙に近接戦闘がどうかを客観的に見てもらう機会を作った方がいいと説明していた。確かにと鳳翔も納得。
いきなり自分でやれと言われて探り探りの訓練をし続けていたが、他人が戦っている姿は見たことがない。曙のように鳳翔が模倣できる相手でもない上に、私には嗅覚という普通とは違う武器もあるため、模倣できる相手もいない。
この模擬戦は、私に得られるものが多くある可能性が高い。是非とも見せてもらいたかった。
休憩中の一幕として、工廠内の海上スペースで戦うこととなった。ある意味、リングの上に上げられたようなもの。限られた空間での戦い。場所が場所なので、施設内の全員がその模擬戦の観客となっている。飛鳥医師ですら遠目に見ていた。
足柄は私に見せるためにナイフを選択。鳳翔は当然薙刀。私と曙が戦った場合、こういう見た目になるのだと思う。事が済んだ後はそういう事もあると思うので、そういう意味でも参考になる絵面。
「今日は勝つわ! カツも食べたし!」
「まだまだ後れは取りませんよ」
薙刀の刃をチラつかせる、いつもの構え。それに対し足柄は、ナイフを握り締め、軽く前傾姿勢に構える。先程私の相談に乗っていた時とはまるで違う、まるで獲物を捉えた狼のような獰猛な表情。
それでいて、お互いに微笑みを浮かべていた。鳳翔はいつもの通りだが、足柄のそれは純粋に戦いを楽しむ顔。
「っはぁ!」
咆哮から地を一蹴り。速い。即座に鳳翔の懐に潜り込むような素早さ。
鳳翔と足柄だと、足柄の方が身長は高い。それでも前傾姿勢のおかげで低いところからの攻撃を可能としている。薙刀の間合いより内側に入ろうとしているのはわかった。
「流石、よく学んでいる」
「当然じゃない! 勝つためだもの! 努力は惜しまないわ!」
激しい打ち合い。全て薙刀にいなされているとはいえ、足柄も負けずに常に前に進む。
私と曙の時とは違い、鳳翔はその場から大きく移動させられていた。自分に攻撃が当たりそうでも、回避方向が常に前。下がろうともしない。そして、近付かれ過ぎれば足柄の間合い。鳳翔が退いていくのも仕方のないことだ。
「ですが、まだまだです」
薙刀の使い方を変えた。受けて払う線の防御だけでなく、突きを含めた点の攻撃を同時に繰り出し、足柄の進行を防ごうとした。
が、止まらない。
「まだまだ? それは昨日までの私よ!」
突きを空いている手で強引に掴む。ここまでは私もやったことだ。その時は急激な回転で持っていられなくなったが、足柄は逆に自分から回転を加えた。鳳翔が薙刀を放してしまいさえすれば、勝利にさらに繋がる。
「つっ……」
「放しなさいな!」
さらにはナイフによる斬り上げ。狙いは薙刀を握る手。私達はどうしても身体に当てようとしていたが、訓練ではどこに当てても問題ない。あれですら私達の勝ちとなる。
「簡単には行かせませんよ」
当然、一筋縄では行かないことはわかっている。薙刀への回転は逆方向に回転をかけることで回避し、手への攻撃は急激な掬い上げで回避。さらにはそれが足柄への攻撃になっているため、退かざるを得ない状況を作り出した。
が、足柄は退かない。常に前のめり、常に前進。掬い上げに対しても、縦方向の攻撃故に、斜め前に突っ込むことで回避。掴んでいた薙刀を放すことにはなったが、そのおかげでついに懐に潜り込むことが出来た。
「っらぁっ!」
そのまま胴に向けて一閃。紙一重で避けられたが、鳳翔の服にはナイフによる線がクッキリと浮かんでいた。
「当たったから、私の勝ちでいいのよね?」
「はい、足柄さんの勝利です」
本来なら戦いはまだ終わらない。本当に倒すというところまでいこうとすれば、今まで通り、鳳翔が勝っているかもしれない。事実、あちらの鎮守府ではそうだったのだろう。
だが、この訓練のルールは私達の訓練と同じルール。時間までに一度でも触れられれば勝利。足柄はそれを私達に見せてくれた。
「勝利よ! 若葉、ちゃんと見てた!?」
「ああ、見させてもらった」
「これでイメージ出来たでしょ。勝ちのイメージ!」
今までは負けしかなかったために勝ちのイメージが出来なかったのかもしれない。どれだけシミュレートしても、一度も勝ったことが無いのだから、勝ちに辿り着けなかった。
だが、足柄のおかげで勝ちに向かうビジョンが私の中に出来た。心持ちが変わる。勝てない相手じゃないと。
「ありがとう足柄。若葉はこれでまた前に進める」
「役に立ったみたいね! 勝利が貴女を呼んでるわ!」
これだけで簡単に勝てれば言うことはないだろう。だが、ビジョンが見えただけでも大きく変わる。負ける気しかしなかったものが180度変わった。
「私からの忠告ね。鳳翔さんはシュッとしてくることが多いから、そこは斜めにダッと行って、バーンよ!」
「わからんわからん」
感覚型の説明は本当にわからない。心意気には感謝する。
飢えた狼、足柄。勝利に飢え、全てを勝利に捧げる戦闘狂。今の若葉には最高の師匠になり得るかもしれません。