嵐が過ぎ去った朝。私、若葉は摩耶の部屋で目を覚ました。最悪な第一の人生を思い出させる嵐に嫌悪感を覚えていた私だが、摩耶と雷と一緒に眠ることでそれを払拭出来たと思う。おかげで嫌な夢を見るなんてこともなく、グッスリと眠ることが出来た。
起きたのは私が一番最初のようだった。規則正しい生活のために目覚まし時計が用意されていたが、それが鳴る前に目を覚ましてしまったらしい。
昨晩は本当にたわいないお喋りをし続けた。生まれ落ちてまだ日が浅い私は専ら聞き専ではあったが、楽しい時間を過ごせたと思う。そのお喋りの中で、この世界がどういうものであるかを少しは理解できた。
この施設は人里離れた岬に造られているということがわかった。理由は実に簡単で、元々鎮守府という軍事施設だったのだから、民間を巻き込まないためにも離れた位置に造るのは至極当然のこと。それに加えて、嵐の日の後に浜辺に深海棲艦の死骸が流れ着いてくるのだから、普通は誰も寄り付かない。
何故そんなところに飛鳥医師が居を構えようと思ったかはわからないが、少なくとも私達のような、ここの浜辺に流れ着いた瀕死の艦娘の命を救うためであることは聞いている。深海棲艦の死骸が流れ着くのだから、艦娘の死体が流れ着いてもおかしくない。少なくとも最古参である雷がこの施設に滞在を始めてからは一度も見たことはないらしいが。
まだ飛鳥医師には謎が多い。そのうち自分から話してくれる時が来るだろうか。
「んん……ふぁ〜、おはようさん」
「おはよう」
物思いに耽っている間に摩耶が目を覚ます。それと同時に目覚まし時計がけたたましい音で鳴り響いた。その音でビクンと震えた後に目を覚ます雷。
「若葉、目覚まし止めてくれ」
「わかった」
鳴り響く目覚まし時計を止めて、雨戸を開ける。スッキリとしたいい天気。昨晩の嵐が嘘のようだった。
「こりゃあ何か流れ着いてそうだな。今日は大仕事になるぜ」
「若葉は初めての仕事だ。任せてくれ」
「おう、頼りにしてるぜ」
施設の一員となって初めての仕事だ。やる気も漲るというものである。
雷手製の朝食を食べ終え、飛鳥医師も一緒に浜辺へ。ここからは汚れることも多いと、全員が作業着に着替えての集合となった。重いものを運ぶ可能性があるため、艦娘は艤装も装備する。
既に私の分の服まで用意されていたのは驚いたが、寝間着のこともあるので納得はした。サイズまでピッタリ。
「手分けして浜辺を確認していく。僕は人間故に非力だから、誰かサポートしてくれ」
「ならあたしが手伝う。雷、初めての若葉をサポートしてやんな」
「りょーかいよ! 若葉、私をいっぱい頼ってね!」
ということで、私は雷と共に浜辺の散策をすることに。
私達の向かう方向は、私が流れ着いていた方の浜辺になるらしい。言われてみれば、微かにだが見覚えのある風景。あの時のぼやけた眼では詳細までは掴めなかったが、なるほどこうなっていたのか。
外を歩くのは治療後初めてのこと。ゴミ拾いという名目があり、しっかり艤装まで装備しているものの、普通に散歩するのも楽しいものだ。潮風が気持ちよく感じる。また暇があれば、ゴミ拾いとか関係なしに散歩をしよう。
「やっぱり何かしらあるわねー」
「みたいだな。鋼材や空薬莢まで……」
海の戦場で出たゴミが流れ着いているというのがよくわかる。使い物にならないものばかりのため、どんどんゴミ袋の中身が溜まっていく。これは最終的に
「すごく稀に高速修復材が流れ着いてたりするの。中身殆ど無いんだけどね」
「それで若葉の内臓を治してくれたのか」
「そういうこと!」
それが見つかれば御の字。もう私達には使うべき場所は無いが、今後のためにあると助かる。
「……本当にあるんだな」
「ね。こういうの何処で落ちるのかしらね」
12.7cm連装砲を見つけた。傷だらけではあるが、一部部品は使うことが出来そう。
摩耶のようなドロップ艦が鎮守府に発見されることなく深海棲艦にやられ、持っていた装備だけが流れ着いてしまったのかもしれない。この漂流物1つにも、無念が込められているような気がしてならなかった。ここから部品を使うのなら、大切に使わせてもらおう。
中を確認すると、未使用の弾薬もいくつかある。こういうものは民間の手が届くところに置いていてはいけない。そういう意味でも浜辺のゴミ拾いは必須な仕事なのだと思う。
「墜とされた艦載機……妖精さんは流石に乗っていないか」
今度は空母の使っている艦載機。操縦士である妖精さんはいないようなので、脱出後に艦載機だけがここに流れてきたようだ。
見た目だけならオモチャのように見えなくも無いが、これが普通に殺傷能力があるため、当然回収。これも何かしらに使えるかもしれない。
「正直、驚いてる。思った以上に物がある」
「私もよくわからないけど、ここは昔からよく流れ着いてるんだって。先生1人の時からそうだったみたいでね、私がやれるようになるまでは、他の鎮守府の人達に応援を頼んでたそうよ」
今でこそ艦娘が3人もいるため、外から呼ぶことなく浜辺の掃除が出来ているが、それまではさぞ大変だっただろう。今私が軽々持っている壊れた主砲も、飛鳥医師にしてみたら鉄の塊。易々と運べるものではない。
「あ、大物! 若葉、まずはこれ持っていきましょ!」
雷が見つけたのは、深海棲艦の艤装。おそらく軽巡級の主機の部分。傷はあるものの壊れている様子もなく、研究材料として然るべき場所が欲しがるようなものだろう。
艤装のおかげで軽々とは行かないが持ち上げることが出来るため、一旦これを持って施設の方へと戻る。ついでにゴミ袋を替えるなりした方が良さそうだ。
「何処に置いておけばいい」
「海側から回って、工廠に置いておけばいいわ。私はゴミ袋をまとめておくね」
「わかった」
雷の指示通りに、海に入って工廠へ。艤装を装備していたのはこういうのもあるからだろう。陸を歩くより楽に移動できる。
工廠に入り、手荷物を全て置いた後、雷と合流。これを何度か繰り返すことになるようだ。
私達側では、先程の深海棲艦の艤装が一番の大物。あとは艦娘の艤装がいくつか見つかった程度で、あとは本当にゴミだらけ。それらを全て回収して、廃棄する。
環境保全の一環としても有用なこの仕事、振り向くと成果が確認できる。私達の後ろには綺麗な浜辺が太陽の光で煌めいていた。時期が時期なら海水浴なんてことも出来そうな程だ。元々艤装やらゴミやらが散らばっていたようには見えない。
「大分綺麗になった」
「そうね! やっぱり海は綺麗な方がいいわ!」
息を吐き、少し流れる額の汗を拭う雷。持っているゴミ袋はもうパンパン。もう何袋目かもわからない。
こういう少し艦娘からは外れた仕事も、やっていて楽しいものだ。楽しく生きると意気込んでいる私の第一歩としては、いい始まりになったのではなかろうか。
私と雷は一旦施設に戻ることにした。時計などを持っているわけではないので正確にはわからないが、日の高さ的に大分長いこと浜辺の探索をしていたと思う。そろそろ昼食時。
と、ちょうどこちらに飛鳥医師の組も戻ってくるところだった。だが、少し様子がおかしい。摩耶が何か大きなものを持っているのがわかる。私達が見つけたような深海の艤装だろうか。
「無傷の部分を保存する。摩耶は工廠から回り込んでくれ」
「あいよ。……いつも思うが、好きにはなれない感覚だな」
「すまない。そういうことばかり押し付けるようで」
「いや、いい。あたし達もこういう形で生きてるって理解してる」
摩耶が持っていたのは、
戦場に身を置いている艦娘であり、深海棲艦を殲滅する役目を持ってはいるものの、深海棲艦の死骸を見ることは決して嬉しいものではない。その凄惨さから自然と目を逸らしてしまう。いつも天真爛漫な雷も、それを見てからは表情が消えている。
「若葉、雷、そちらの成果は」
「深海の艤装が見つかったから工廠に運んであるわ。あとは壊れた主砲とか、艦載機とか」
「そうか。ありがとう2人とも」
淡々とした業務報告。私からは何も言えず、雷に頼り切ることになってしまった。吐き気までは来なかったものの、気分は悪い。あの死骸が目に焼き付いてしまっている。
飛鳥医師はともかく、雷も摩耶も死骸を見慣れているのか、私のような反応は見せなかった。素直にすごいと感じてしまう。私はまだまだ弱い。
私が何も話せないことに気付いたか、飛鳥医師が私の方へ。空気を読んだのか、雷は摩耶を追って海側から工廠に入っていく。飛鳥医師と2人で残されたことで、お互いに本音がぶつけられる。
「嫌なものを見せた。これから何度も見ることになると思う」
「……正直、見ていて気分のいいものじゃない」
素直な気持ちが口から出た。
「だが、こうしているから海は綺麗になっているし、何より若葉が生きている理由にもなっているんだ。これ以上は何も言わない」
私の身体にも、今のように拾ってきた深海棲艦の死骸の一部が使われている。あの行いをしていなければ、今頃私は死んでいるか、ここまで五体満足に生活出来ていないのだ。
だから、私は飛鳥医師には何も言わない。いや、言えない。
「……さっきの子が生きていたのなら、君達と同じように、ここにあるものを使って命を繋いでいただろう」
相手が深海棲艦だったとしても、私達と同じように治療を施すと言っている。
「僕にとっては、艦娘も深海棲艦も関係ないんだ。命があるのなら必ず治療する。命を落としてしまったのなら……次の命を繋ぐために使わせてもらう」
物悲しそうな表情だったが、深くは聞かない。少しだけでも飛鳥医師の心情を伝えられて、素直に嬉しかった。何もかもがずっと謎のままで、ただ一緒に暮らすというのは、個人的にあまり好ましくない。出来ることなら心を通わせた信頼関係を築きたいものである。
「馬鹿な行為と罵るか?」
「……いや。そんなことはしない」
死骸からパーツを取るという死者を冒涜するような行為も良しとしてまで、命ある者の生を繋ごうとする理由はまだわからない。だが、あくまでも中立的に、平等に、この世で手が届く範囲の命を救おうとしていることは理解できた。
それは決して生半可な覚悟では出来ないことだ。敵も味方も関係無しに治療するということは、一歩間違えれば世界への叛逆行為だ。それでもやるというのなら、私は何も言わずにそれを応援しよう。肯定も否定もしてはいけないと思う。
「いつか、いろいろと話してほしい」
どういう信念の下にその考えに至ったのかが聞きたかったが、それに対しては無言であった。あくまでも素性は隠す方針の様子。こればっかりは仕方ないと思うことにした。
浜辺の掃除は丸一日を使って行われた。その間に見つかった死骸は、昼食時近くに摩耶が運んだあの1体のみ。それ以外にはちょくちょく破損した武装などが見つかった。
飛鳥医師は途中から抜け、先程の死骸の処置に入ったため、午後からはずっと3人揃って行動をしていた。その時には私も気を取り直しており、普段と変わらぬ態度で事をこなせたと思う。
「よし、今日の作業はこれで終了だ。結構収穫あったな」
「やっぱり高速修復材は無いわよねー。あれ、ホントにレアよ」
摩耶は作業着をちゃんと着替えてきていた。血塗れのままで作業は良くない。
「若葉、初仕事どうだったよ」
「……いろいろあったから複雑な気分だ」
いろいろ、そう、いろいろあった。いいところも悪いところも見たように思え、初日からここの在り方を痛いほど感じた。
「まぁ、最初は驚くよな。センセのやり方」
「でも、私達みたいに死にかけでここに来ちゃった子達が救われるんだもの、先生は凄いことしてるのよ」
それなりに長く付き合いがある2人だから、もう割り切れているのかもしれない。
「あたしも最初は何やってんだコイツって思ったもんだぜ。でもな、アイツにはアイツの信念があるみたいなんだ。それはわかってやってくれよな」
勿論そのつもりだ。
今回の一件で、飛鳥医師の一部が垣間見えた。何よりも今ある命を尊び、立場など関係無しにどんなものでも救おうとする信念は、一体何処からやってきたのだろう。
それがわかるのは、まだまだ先のことになるのだと思う。いつか自分から話してくれる時が来ることを願って、今は共に過ごしていこう。
少なくとも、私はまだ飛鳥医師を知って日が浅い。もっと時間があれば、何かしら答えが見えてくるはずだ。
今回見つかった深海棲艦の死骸は軽巡ホ級。頭と下半身が異形ですが、上半身が人型のため、何かしら使える部分はあります。