予想通り、嵐の夜に襲撃してきた夕雲一派。前以て予測していたおかげで、こちらも準備がしっかり出来ていた。嵐に左右されないシロクロと、嵐の夜でも艦載機を飛ばすことくらいは出来るセスにより近海を監視し、施設に近付かれる前に会敵した。
夕雲の随伴艦は仲間達に任せ、私、若葉と曙は、本丸となる夕雲本人と相対していた。相変わらず随伴艦に施設への攻撃、対地攻撃を任せ切り、自分は高みの見物と洒落込もうとしていたみたいだが、そうはいかない。
「確か、錨を振り回していましたよね。アレ、どうしたんです?」
「あんな使いづらい武器は置いてきた」
「曙さんも槍なんて持っちゃって、もう艦娘には見えませんねぇ」
「そいつはどうも。私達は艦娘でも何でもないわ」
各々、武器を構えた。私達は訓練の中、その辺りも自分に定着させている。
曙は鳳翔の模倣により、槍の先端をチラつかせるあのスタイルに。そして私は、足柄を模倣した前傾姿勢。自分なりのスタイルを作ろうと思ったものの、最終的にこの構えが一番戦いやすいことに気付き、これを貫いている。
「あらあら、若葉さんは
「ああ。お前の匂いがよくわかるぞ」
「ワンちゃんでしたか。なるほど、負け犬ということですね。ご自分をよくわかっていらっしゃる」
こちらを怒らせて最善の力を発揮させないようにする魂胆かもしれないが、何を言われようと全く気にならなかった。基礎訓練、実戦訓練の中で鍛えられたのは、身体だけではない。心も鍛えられている。
負け犬で結構。これに勝てればそれでいい。さんざん鳳翔に敗北を喫してきたのだから、痛くも痒くも無い。
「薬漬けの実験材料の匂いがするな。捨て駒達と同じだ」
「へぇ、なら夕雲も捨て駒なのね。ここで負けて、ご主人様に捨てられるのよ。そしたらアンタも負け犬、人のこと言えないわね」
煽りには煽り返す。曙の口の悪さも、こういう時には本当に役に立つというものだ。
夕雲の表情は変わらないが、キナ臭い匂いが一気に強くなった。元々私達を殺すことに躊躇が無いようだったが、曙の言葉でより殺意が高まったのだと思う。
わかりやすい、実にわかりやすい心。匂いにまで出るのだから、あんなことを言いながらも、夕雲は単純だ。
「左」
「了解」
言うと同時に散開。刹那、曙の立っていた場所が撃ち抜かれた。
嵐の夜というトラウマを常に刺激し続ける環境下で落ち着こうとしたことで、変に集中力が増していた。匂いも雨のせいで薄れている筈なのに、妙に強く感じる。
今のも、ここに来るだろうという予測を、匂いから導き出したもの。匂いから動きが読めるとは自分でも思っていなかった。
ひとえに、鳳翔との実戦訓練の賜物。殺意無しの達人との訓練を延々と繰り返し、ようやく傷を1つ付けるところまで来たのだ。汚く臭う殺意があれば、こちらには簡単に対処が出来る。
「なんだ、主砲って
「鳳翔の薙刀の方が余程避けられないな」
曙は左へ、私は右へ。夕雲は主砲を片手にしか持っていないため、左右に散らばれば片方はフリーになる。艤装に魚雷が接続されているが、それが当たる前に避けることはできる。
普通の艦娘は、接近戦なんて考えない。前回は無闇矢鱈に錨を振り回してただけなので、まるで当てることは出来なかった。何もかもを回避され、傷1つ付けられなかった。
だが、今は戦況が見えている。いくら雨風が強かろうが、波が高かろうが関係ない。
「余程鍛えたんでしょう。この短時間で、付け焼き刃でもなかなかじゃないですか」
主砲は曙に向いた。一度殺したのに蘇っているために、優先的に殺さなくてはいけないと判断したか。
「ですが、まだ夕雲には及びもしないでしょう」
曙に向かう火薬の匂い。狙いは再び胸。前回と同様、心臓を一撃で終わらせる砲撃。
そんなこと、曙だって読んでいる。自分が先に狙われることだって、最初からお見通し。照準を合わせて、引鉄を引くまでの時間があれば、前に回避することだって出来る。
「何が及ばないって?」
砲声がするも、曙は無傷。身体を回転させ、砲撃を避けつつの前進。その回転を使い槍を薙ぎ払うが、さすがに遠すぎたか簡単に避けられる。
その回避方向に私が先んじて移動。懐に入るように肉薄。
「当たらないじゃないですか」
「お前もな」
曙はまだしも、私は前回の戦いで夕雲の回避を見ている。移動速度が異常に速くなっており、踊るように避けては急加速して間合いを取ってくるはずだ。
それも加味して、私はナイフを振るった。だが、その瞬間に突風。雨粒が顔面に当たり、一瞬目を瞑ることになってしまう。
「この天候は、夕雲の独壇場です。今まで何度も嵐の中で戦ってきました。何処が有利かなんて、手に取るようにわかりますよ」
その間に匂いが遠退いた。私達の射程外に出て、主砲と魚雷の被害を受けないほどにまで間合いを取られる。
基本、風上から動かない。必ず私達の方へ雨が向かうような位置取りを徹底している。波もこちらに向けて来るため、進むのにも力がいる。この立ち位置の時点で若干不利ではあった。
「大人しく死んでください」
「お断りだ」
取られた間合いを詰めるため、即座に行動。それなりに大きな間合いのために魚雷が放たれたが、そんなこと関係なくすぐに回避。本当は跳び越えたいところだったが、跳んでいる間に主砲で迎撃されても困るため、少し大回りになっても海上を駆ける。また雨が顔を直撃するが、匂いも頼りに突撃。
魚雷はこちらだったので、今度は曙がフリー。波に足を取られながらも確実に前へ。私よりも持久力があるおかげで、この酷い天候の中でも息一つ切らさず、着実に攻撃を狙う。
「元捨て駒の割にはよく動きます。逃げずに使い潰されておけば、もう少しいい暮らしが出来ましたよ」
「何がいい暮らしよ。奴隷風情が語るんじゃないわ」
砲撃を掻い潜り、高波を潜り抜け、槍の間合いへ。
「あんなクソ提督に従うくらいなら、独り身の方が余程気が楽よ」
一点の曇りもない突き。主砲を狙ったそれは、やはり踊るように回避される。同時に私も回り込んで接近。私の射程に入り、腕を斬り付ける。が、やはり異常な速度でその場から退避。
あれはおそらく、艤装におかしな改造が施されている。頭の中や身体だけじゃない、全身が違法の塊。身体を考えない艤装の出力。それに耐えられるほどの身体の改造。それを疑問に思わない洗脳。3つ合わせてあの夕雲が完成している。
「貴女もこうなれていたかもしれないのに。ああ、そういえば貴女には改二すら実装されていない雑多な駆逐艦娘でしたね。ごめんなさい、夢を見せるようなことを言ってしまって」
おちょくるような話し方をしながらこちらへ砲撃。こちらはそれと雨を掻い潜りながら接近を試みるが、相変わらずの回避性能に四苦八苦。
なんとなくはわかっていたが、あちらの提督の考え方は至極簡単だった。
強力な力を持つ艦娘、または手に入れることが難しい艦娘以外は、全て捨て駒。随伴に連れてきた艦娘はそういうもの、もしくは
「夕雲は改二、そのおかげで意思も取り戻しました。
両腕に続き、両脚も疼き始めた。埋め込まれたチ級の骨が、駆逐棲姫の腕と同じように、夕雲の血を求めて力を増し始めている。
「ふぅぅ……っはぁ……」
曙も息遣いが変化している。私と同じように、心臓と肺が反応しているのだろう。呼気から深海の匂いが漂ってきた。
私達の怒りに呼応して、疼きは強くなる。一方、頭は妙に冷静だった。頭に上る血は、全て深海の四肢の力に変わっているかのようだった。なかなか近付けないでいるが、あちらの攻撃も当たらない。
「曙さんは第一改装に届きそうだったのに残念ですね。そうすれば、意思なき人形として大活躍出来たかもしれなかったのに」
「煩い」
苛立ちが頂点に達した。海面を一蹴りすると、今までに無い力が発揮された。チ級の骨が手を貸してくれているかのように、瞬時に間合いを詰めることが出来た。
「気分良くご高説垂れている最中に悪いが、その減らず口を止めろ」
ナイフで腹を一閃。本来なら腸がブチまけられるほど強く食い込ませるつもりだったが、紙一重のところで避けられた。しかし、空を切ったその斬撃で、夕雲の制服が切れる。この威力は、駆逐棲姫の腕が力を貸してくれているように思える。
真正面から不意打ちしたようなもので、貼り付いた笑みがようやく無くなった。
「この……!」
「余裕、無くなってるじゃない」
私に視線を向けた時には、曙が跳んでいた。身体を捻り、槍をしならせ、主砲が自分の方に向く間も与えずに叩きつける。いくら刃が潰れていようとも、先端についているのは鉄の塊だ。直撃すればタダでは済まない。
私のナイフよりも危険だと判断したのだろう。即座にバックステップで射程から逃れるが、海面に叩きつけられた瞬間に、爆雷が爆発したかのような水飛沫が上がった。曙も通常より威力が上がっている。
「右だ」
「了解」
火薬とキナ臭い匂いが水飛沫越しにも感じた。目隠し状態になっていたが、夕雲は確実に曙を狙っている。そのままなら何処かしらに命中していただろうがそうはいかない。
夕雲の砲撃は曙には当たらず、水飛沫が晴れる。同時にまた海面を一蹴り。まだ先程の出力は出るようで、瞬時に夕雲の眼前へ。今度は避けられない。
「なっ!?」
「三流で悪かったな」
勢いを殺さず、もう逃がさないように夕雲の首を掴もうとするが、咄嗟に上体を逸らして回避。これすらも避けるか。
だが、この不安定な体勢ならもう回避出来ないだろう。曙の匂いを感じ、夕雲が体勢を整える前にその場から跳び退く。
「アンタはその三流に負けんのよ」
槍による強烈な足払い。膝から叩き折るのではないかという勢いで両脚を薙ぎ払い、回避する暇も与えずにその場に横転させた。
「その、程度でぇ……!」
即座に曙に主砲を向けるが、私を視界から外すとはいい度胸だ。砲撃と同時に跳び退いた分を帳消しにするように前へ跳び、夕雲の首を掴む。放たれた弾は、曙に当たることなく後方へ着水。
「っくぁっ!?」
「若葉もな、お前の鎮守府に捨て駒にされたんだ。辛うじて生きてるけどな」
ギリギリと握りしめる。どうにか抜け出ようと私に主砲を向けようとしたようだが、撃つ前に曙が弾き飛ばした。これで後は魚雷だけだが、私が近すぎて、放ったところで当たらない。自爆されては困るが、こいつは他の連中と違って自分の命は大事なようだ。これだけ捨て駒を扱ってきたのに。
武器もなくなり、私の腕を掴んできたが、気にせずに締め続けた。最初の笑みは何処へ行ったか、必死の形相でもがき苦しむ。
「若葉も三日月も捨て駒にされ、曙は一度殺されている。やり返されても当然だよな」
よりキツく締め上げる。このまま殺してやりたいくらいだった。だが、それを決めるのは私ではない。
「曙、どうしたい。若葉はもういい。殺された曙が決めてくれ」
海面に叩きつけるように投げ捨てた。同時に艤装の隙間にナイフを挿し入れ、分解する。ここ最近はやれていなかったが、日頃の艤装の整備のおかげで、何処をどうすれば艤装が破壊できるかが見ただけで理解できた。
これで魚雷は放てない。海上に立つことすら出来ない。今の夕雲はただの人間に近しい存在だ。
「げほっ、っかっ、はぁっ」
ようやく呼吸が出来て大きく咳き込むが、艤装が破壊されたことで艦娘としての全ての機能は失われている。辛うじて浮かんでいるが、いつでも沈めて溺死させることが出来る状態だ。
放っておいてもこの嵐。まず間違いなく溺れて死ぬ。その水死体が浜辺に流れ着いても困るが。
「はっ、こんな惨めな奴に私の手を汚したくもないわ。それに、私利私欲で人を殺すなんてこいつらと一緒じゃない。同類に思われたくないわね」
「なら捕虜でいいな。どうせ艤装も無い」
「ええ。明日にでも来栖提督に引き渡せばいいんじゃない? でもその前に腕の1本や2本折っておいてもいいかもしれないけど」
夕雲の長い三つ編みを掴み、引き摺るように運ぶ。もうこの時には抵抗もしなかった。艤装のパワーアシストも失い、戦闘できないとわかるや否や、すぐに諦めた。
いや、だがここから逃げるチャンスは探っていそうだ。注意だけは念入りにしておく必要があるだろう。
「こんなことをして……後悔するといいですよ……」
「この状況でよくもまぁそんなことが言えるわ。クソの部下はクソってことね。逃げてよかったわそんなところ」
減らず口が鬱陶しかったため、腹を蹴って気絶させた。これなら自殺も考えないだろう。そんな根性無さそうだが。
「ちょっと、こっちの連中勝手にバタバタ倒れたんだけど!」
こちらの戦闘が終わったところで、戦艦を食い止めていてくれていた足柄が不完全燃焼な表情で合流。疲れた顔の摩耶も後ろからついてきた。
リミッター解除の代償のことをちゃんと聞いていなかったらしく、目の前で勝手に沈まれて気分を悪くしている。
「こっちも沈んじゃった……リミッター外された子は助けられないのかな……」
文月達第二二駆逐隊も項垂れながら合流。案の定、戦闘に参加していた艦娘は全員自沈。
「最初に撃ち抜いた人、まだ生きてました」
「戦闘の前に気絶してたから、リミッター外れてなかったの!」
戦闘開始前に三日月が倒した1人の駆逐艦は、夕雲の指示を聞いていなかったため、他の連中と違い沈まなかったらしい。それを雷と三日月が両腕を持って引きずってきた。
この艦娘も捕虜とするのがいいだろう。洗脳され、人形にされてしまっているが、飛鳥医師ならどうにかしてくれるはずだ。
第五三駆逐隊としての初陣は勝利で幕を閉じた。だが、後味の悪い、胸糞悪い結果になった。勝ったのに勝った気になれない。勝利を追い求めている足柄の不完全燃焼もわかる。
これからの戦い、ずっとこういう終わり方をするのかもしれない。そう思うと、ただただ気分が悪くなる一方だった。
今回の夕雲のセリフから、元凶の鎮守府のやり方が少しだけ浮き彫りになったかと思います。夕雲は改二で意識を取り戻した。曙は第一改装も済んでいなかった。この辺りがキー。