嵐の中の戦闘が終了。私、若葉は曙と共に夕雲を撃破し、それを工廠にまで運び込んだ。その場で殺しても別に良かったのだが、ここで殺してはこいつらと同じになってしまう。それに、捕虜として何か出来れば、これからのことに繋がるだろう。
他も無事に戦闘を終えていた。今回は全員無傷での終了。ドックのない施設なので、何事もなくて何よりである。
工廠に戻るや否や、夕雲を海上に投げ捨てる曙。気絶させているのでピクリともしないが、やや乱暴。殺さないにしろ、殺したいほどに憎しみが溜まっている。曙ならあれくらいやっても誰も咎めない。
「先生! 1人だけ沈まなかったの! この子、どうにか出来ないかしら!?」
そしてもう1人。リミッターを外される前に三日月が射撃により倒した艦娘。こちらは雷と三日月に丁寧に降ろされた。夕雲とは扱いの差がすごい。
「その子は医務室に運んでくれ。というか君達、まずは中に入るんだ。そこまで濡れては意味が無いかもしれないが、まだ嵐は終わっていないんだからな」
嵐は未だ止むことなく、戦闘中には見られなかったが浜辺にいろいろなものが漂着しているのも確認した。工廠も雨風でぐっちゃぐちゃである。先に戻っていたシロクロは既に風呂に入った後に中で待機しているほどである。
夕雲は雨晒しの工廠に捨て置かれていたが、人形にされた艦娘は艤装を無理矢理剥がされ、医務室へと運ばれていく。が、嫌な予感がしたので待ったをかけた。
「ちょっと待ってくれ」
「若葉、どうしたの?」
艦娘を抱きかかえていた雷に問われるが、返事をせずにその艦娘の匂いを嗅ぐ。最初は夕雲と同じような薬の匂いだったが、近付いたら違う匂いもした。予想通りだった。
「艤装とは違う火薬の匂いがする」
「えっ……じゃあ」
「こいつは
私の言葉に反応してみんなが雷から離れた。雷はどうすればいいかわからずその場で硬直してしまった。戦闘に参加していたのだから激しい振動で爆発するようなことは無いだろうが、爆弾と言われたら動けなくなってしまっても仕方のないことである。
「来栖からの情報にそんなもの無かったぞ!?」
「だが匂いは確実にする」
先に引き揚げられている前回の人形からは爆弾は見つかっていないらしい。ならば今回からの新戦力か何かか。
「くそ……なら夕雲も危ないな」
話している内に、捨て置かれた夕雲の匂いも嗅いでおく。薬のような匂いに混じって、人形と同じ火薬の匂いもした。近くで嗅がないとわからないくらいの微妙な匂い。おそらく他の者が嗅いでもわからなかっただろう。気絶させずに捕虜としてここに連れてきたら、施設を巻き込んで自爆していた可能性は高い。
ついでに夕雲だけは服を脱がしてでも他に何か持っていないかを探った。鎮守府との通信をするのであろう小型の通信機を隠し持っていたくらいで、他は普通の装備。全裸にまで剥いたが何も出てこなかった。
「曙……お前本当に容赦無いな」
「こいつにかける情なんて無いわよ」
ひん剥いたのは曙である。一切の容赦なく、制服を毟り取っていた。人前だろうが関係ない。強姦されたような姿になってしまったが、知ったことではない。私達の安全のために剥く。
「それだけ匂いが薄いのなら、規模はそこまで大きくないだろう。だが、それでも自爆されたらこの施設が破壊される可能性はある。それだけは避けなくてはいけない」
身体そのものが爆弾ということはない。体内の何処かに隠されているはずだ。だが、それがすぐにわかれば苦労はしない。
ここで私の力を発揮する時だ。一番強く匂いがするところを探し出し、そこを飛鳥医師に開いてもらう。機械として入っていれば切除。完全に結合しているなら、ここにあるもので代用。つまり、継ぎ接ぎになってもらうしかない。
「こんな奴助けなくてもいいわ。自爆しそうなら、する前に私が息の根を止めてやるわよ」
「死んでいたところで外部から爆破出来るとしたら意味が無いだろう。どうであれ
「最後まで面倒臭いわねこのクソ雲……!」
ここからは大急ぎの手術だ。あちら側の鎮守府がこちらの状況に気付く前に、体内にあるであろう爆弾、最悪火薬だけでも抜き取る必要がある。せめて夜明け前までには全てを片付けなければならない。
「若葉、手伝ってもらえるか」
「任せてくれ。若葉は24時間働くぞ」
「ああ、手術の後にゆっくり休んでくれ。君に頼むしかない」
拡張された嗅覚がこんなところで役に立つとは思わなかった。手術に立ち会い、常に嗅覚を最大限に利用して、爆弾の隠し場所を探し当てる。
本当に犬になったようにも思えてしまったが、施設を守るための最も重要な仕事。それならば犬にでも何にでもなろう。
手術は滞りなく進んだ。先に人形にされた艦娘から開始し、常に匂いを嗅ぎ続け、胃と肝臓の隙間辺りに火薬が仕込まれていることを発見。さらにそれを起爆させるであろう装置は、腸の中に紛れ込んでいる手の込みようであった。どちらもぱっと見ではわかりづらくされている辺り、この改造を施した者の腐った性根がわかるというもの。
そこからは飛鳥医師の腕の見せ所だった。三日月の手術の時にも見た、迅速かつ丁寧な仕事により、恐ろしいほどの速さで処置されていく。必要最低限の傷と、生活に一切の難が無い摘出。臓器にも傷1つ付いていない。
「若葉のおかげだ。胸と腹を少し開くだけで済んだ」
「若葉は探すことしか出来ないから」
「充分だ」
結果、2人とも軽めに傷が付くだけで終了。継ぎ接ぎになることもなく、この傷も時間経過で消えるもの。私達とは違う。
「もう火薬の匂いはしない。元々の薬のような匂いと、今の血の匂いだけだ」
「そうか。そこまで鼻が利くとはな。大したものだ」
私自身も正直驚いている。一時的な失明という経験が、私をここまで変えてくれた。この嗅覚は今後も使っていこう。より高めてもいいかもしれない。
気付けば窓に叩きつけられる雨は止み、風も無くなっていた。外が明るい。手術は夜明けまで続いていたようだ。時間も忘れて手術に付き合っていたからか、眠気すら無かった。
「この装置と火薬はどうする」
「機能は停止されている。それに、外部から何かあったとしても、火薬を分断しているんだから爆発することは無いだろう」
それなら安心だ。施設に危険が及ぶことは回避された。
「さて……あとは」
残った問題は、夕雲が隠し持っていた通信機。ここでの戦いを終わらせた後に、鎮守府に報告するためのものだと思われる。連絡が来ないとなると、あちらは不審に思うだろう。難航しているか、失敗したかになる。
と、突然通信機から音が鳴り響いた。夕雲から連絡が無いため、あちらが痺れを切らしたか。
これを取るか取らないかで今後が変わる可能性はある。少なくとも、夕雲がこれを取ることが出来ない状況であることは伝わっているだろう。
「どうする」
「……声を聞けば、元凶の見当をつけられるかもしれない」
意を決して、飛鳥医師がその通信を受け取った。携帯電話のようなもののため、その会話は私には聞こえない。飛鳥医師1人で、全てを対処してもらうことになる。私に出来る事なんて何一つ無いが。
「君がこの夕雲をけしかけた鎮守府の提督か」
飛鳥医師がその通信に出た瞬間、近くにあった自爆装置がカチカチと音を立てた。夕雲では無い声が聞こえた時点で即座に自爆させようとしたようだ。なるほど、予想通り遠隔操作も可能と。
気に入らないが、これでは沈んでしまった10人の艦娘達は、海の底で自爆させられたのだと思う。引き揚げ作業が必要無くなってしまった。
「夕雲からは撤去させてもらった。君の思惑通りにはいかない」
飛鳥医師の拳がギリギリと音を立てるほどに力が入っているのがわかる。ちゃんと話が出来ているようには見えないが、話をするだけでイラついているようだ。
私だって腹が立つ。外道に堕ち、あそこまでの戦闘を繰り広げた夕雲ですら、失敗とわかった瞬間自爆させるだなんて。艦娘を何だと思っている。
「中立区に攻撃をしてきたんだ。然るべき処置を取らせてもらう。覚悟しておけ」
それだけ言って通信を切った。さすがにこの通信機まで爆発するようなことは無くて良かった。夕雲ごとこれも破壊される算段だったか。まさか手術で体内の自爆装置が摘出されるとは思わないだろう。
この通信機も物的証拠。しっかりと残しておき、来栖提督に提出する。怒りのあまり破壊してしまいそうだったが、何とか抑え込んでいた。
「まずは休もう。話は来栖が来てからだ」
「……わかった」
お互いに気が抜けたか、大きく息を吐く。今までの緊張感が無くなり、疲れにどっと襲われた。私は戦闘後に休むことなく手術に挑んでいる。濡れた服を着替えた程度だ。戦闘の疲れも上乗せされ、倒れそうなほどになってしまった。
こればっかりは体力がどうとかそういう問題ではない。むしろ不健康の温床である。寝不足は良くない。
「本当に24時間働かせてしまったな。すまない」
「構わない。若葉が役に立っているようで何よりだ」
眠気を堪えて医務室から出て、フラフラと自室へ。この時間なら三日月ももう起きてセスとエコの散歩に付き合っている頃だ。
自室に入るや否や、飛び込むようにベッドに倒れ、そのまま眠りについた。24時間で限界に来たようだ。もう少し頑張れるようになりたい。
私が目を覚ました時には、既に昼も過ぎてしまっていた。飛鳥医師も同じくらい眠ってしまったらしく、その間に鳳翔含めた警戒隊は一時撤収。先に連絡しておいた来栖提督も、既に引き揚げ作業を終えて撤収済みであった。
引き揚げ作業は、
飛鳥医師不在の間は、全て雷が取り次いでいたとのこと。さすがこの施設の最古参。ある意味、飛鳥医師の次に権限を持っている。
「すまない、完全に寝ていた」
「大丈夫! 若葉と朝まで手術してたのよね。そういうときはいーっぱい頼っていいのよ!」
久々にガッツリ家事をやって逆にテンションが高い雷。鳳翔が一時帰宅することと、深夜の戦闘だったこともあり、今日は訓練自体をやらなかったそうだ。各々やりたいことをやって過ごしたとか。
「お腹空いてるわよね。お昼、ちゃんと残してるから食べて食べて!」
いつになく献身の圧が凄い。溜まっていた欲が溢れ出したかのよう。今まで溜め込んでいた部屋の掃除などで、戦闘後の鬱屈した感情をリフレッシュしたようである。
三日月も雷の手伝いをしていたようで、あの時のイライラは払拭できた様子。随分とスッキリした顔をしていた。
「工廠と浜辺の掃除も終わらせといたぜ」
「今回は流れ着いたの少なかったんだよね。まーた戦艦の主砲無かったよ。残念残念」
「……そうだね……もう少し……ここにいさせてね……」
相変わらず、言葉とは裏腹に2人とも残念さのカケラも無い。
私も参加すべき浜辺の清掃も既に終了とのこと。至れり尽くせりである。使えそうな艤装の運び込みも終わっており、今は分別中らしい。これは私も参加しよう。
「人形とクソ雲はどうなったのよ。治療したわけ?」
「ああ。体内の爆弾は摘出した」
「あっそ」
曙はまだまだ不機嫌である。人形の艦娘はさておき、夕雲に対しては負の感情しか無い。今は治療後で眠ったままだが、目を覚ましたら何をしでかすかはわからない。
「艤装も持たない上に、胸と腹を開いているからすぐには動けない。それでも無理に動く可能性も鑑みて、しっかりベッドに拘束している。心配しなくていい」
「同じ空間にいることが気に入らないわ」
「我慢してくれ。搬送できるようになり次第、来栖に持っていってもらう」
夕雲は当然、来栖提督に引き渡し、然るべき処遇を受けてもらう。洗脳されているのはわかっていても、犯した罪は大きい。更生出来ればいいが、正直期待も出来ない。
ただ、引き渡した後はもう、私達は夕雲とは関わらない。関わり合いたくない。こっちにはまだ襲撃してきそうだというのに、あんなヤツに時間を割くわけにはいかないのだ。
「問題は人形の方だ。目を覚ましたところで無反応だろう」
「治してあげられないかしら……」
意思もなく、ただただ捨て駒にされていただけだ。夕雲と同じ洗脳かもしれないが、重さが違う。
「洗脳を解く手段を調べてみようと思う。こういうのは僕がやるべき仕事だ」
飛鳥医師は元々艦娘のことを研究していた医療研究者だ。これも一種の艦娘の身体のことの調査。今までの知識とも併せて、少しの間は洗脳解除に尽力する。
勿論私達はそれに賛成だ。早期に決着がつきそうなら、同じ処置を夕雲にも施すことも検討中。
「そういえば、あの子は何処の誰なのかしら」
「ああ、そういえば言ってなかったな。あの子は朝潮型駆逐艦の霰だ」
私達と同じように、低コストで建造出来る駆逐艦の1人、霰。私達とは似たような力に持つ雑多な艦娘なのだろう。
「先生、その霰には改二ってある?」
「確かあったはずだ。僕が鎮守府にいた頃に見たことは無かったが」
「クソ雲が言ってたわ。改二になって意思を取り戻したって」
「……そういうことか」
ここで寝ている霰は改二待ちをしていたか、もしくは
「つくづく胸糞悪い連中だ。徹底的に追い詰めてやる」
来栖提督は明日もまた来るそうだ。ここ最近、施設と鎮守府の往復を何度もさせてしまっているので申し訳ない。今度埋め合わせすると飛鳥医師も話す。
事は次の段階へ。夕雲撃破によって、より深く、面倒な方向へ加速する。
若葉が本格的に犬化してきました。手術中にもずっとクンクンしてます。花粉症じゃなきゃいいんですがね。