継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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大将の見解

体内の爆弾を摘出されたことで命を得た捕虜2人。その内の1人、人形にされ自我を失ってしまった霰は、もう片方、提督の奴隷である夕雲と一緒にしておくわけにはいかなくなり、私、若葉と曙で、医務室から外に出すことになった。

夕雲の方は、来栖提督が連れてきた上司、下呂大将が尋問をするとのこと。そちらは私達がいたところで何も変わらないため、任せ切ることにした。人間社会に関わることのため、そちらは人間にどうにかしてもらう。

 

霰が座る車椅子に点滴台もセット。一応術後であり、胸と腹には傷がついているため、鎮痛剤は常に流している状態。それでも動けば痛みを感じるはずだが、霰は完全に無反応。

今の霰は、夕雲の命令だけを忠実に実行する自我のない人形。故に、命令のない今は何もせず、ただ車椅子に座るのみ。光のない瞳は、ただただ宙空を映すのみである。

 

「部屋は片付いてるわ。そこに寝かせればいいのね」

「ああ。夕雲の側に置くわけにはいかなくなった」

 

雷が常に片付けてくれているおかげで、早急に霰を運び込むことが出来た。このまま復帰して、この施設に居着くことになった場合、ここがこのまま霰の部屋になるだろう。

 

曙と2人がかりで霰をゆっくり車椅子から降ろし、そのままベッドに寝かせた。点滴にも注意し、少し豪華な医務室のような形に。

その間も当然無反応。目は開いているが、何も映していない。呼吸もゆっくりと一定間隔。

 

「たまに車椅子で散歩させるのもいいかもしれないな」

「いい考えね! 浜辺で潮風にあたれば何か変わるかも!」

 

なるべくならこれ以上の負担をかけずに治療してあげたいものである。ただでさえリミッター解除が出来るシステムまで組み込まれ、身体がめちゃくちゃにされているのだから。

 

「……私達もこうなってたかもしれないってことよね」

 

神妙な面持ちで曙が呟く。

夕雲の発言から察するに、私達が捨て駒として散らず、第一改装が出来る練度まで漕ぎ着けた場合、この霰のように自我を奪われ人形にされていたのだと思う。私は散ったので少し別だが、曙の場合は逃げ出さなければこうされていたわけだ。

私達の心を完全に無視した、ただの道具としての艦娘運用法。兵器としては間違っていないかもしれないが、命に対してやるべきことではない。

 

「ますます腹が立つわ」

「ああ。制裁は受けてもらわなくちゃいけないな」

 

とはいえ、その制裁は下呂大将と来栖提督に任せることにしよう。なるべくなら私達が自分の手で決着をつけたいとは思うが。

 

霰はベッドに寝かしたら自然と眠りについた。どういう理屈で睡眠と覚醒を繰り返すかはわからないが、眠り続けるのならその方がいい。その間に治療法を探し出す。

霰は定期的に家事担当の雷と三日月、それと今は雑務担当の曙がチェックするそうだ。突然暴れ出すという心配だって払拭出来ていないのだから、過剰くらいが丁度いい。特に曙なら、割と容赦なく押さえ込むくらいしそうである。

 

 

 

霰を寝かせたことを報告するために、私はまた医務室に向かった。まだ夕雲に対しての尋問は続いているだろう。何をどうしているかは気になるところ。

 

「飛鳥医師、霰を部屋に寝かせておいた」

「ああ、ありがとう」

 

医務室に入ると、思ったより静か。だが、飛鳥医師も来栖提督も少し疲れた顔をしている。上司が間近にいるという緊張感で、気疲れしているように見えた。

 

「お帰りなさい、若葉。霰はどうでしたか?」

「何事もなく眠りについた。今は曙が監視している」

「それは結構」

 

私に対しては、やはり笑顔を見せてくれる下呂大将。神風も手を振ってくれた。脇差に片手がかかっているのが怖くて仕方ないが。

夕雲は疲れた顔でダンマリを決め込んでいるようだ。何も話すことはないとは言っていたが、私達が霰を連れて行った後からは本当に口を割らないらしい。

 

「黙秘を続けるみたいですね。でも、拷問やら何やらで聞き出すのは性分ではないんですよ。私は悪を以て悪を制するようなことはしたくないので」

 

喉に一撃入れておいてよく言う、と思ったが口には出さず。ああしなければ霰はリミッターを外され、暴走していただろう。動けないままだとしても、外したことで死の危険まである。

 

「とまぁ、ここまで普通に尋問を続けては来ましたが、実は私、()()()()()()()()()()()()()

 

医務室が静まり返った。そして、

 

「だったら最初から言ってくださいよ大将ォ!」

「今までのは何だったんですか! 時間の無駄だ!」

「本人の口から聞ければいいなと思って泳がせていたのですが、いやはや、思った以上に強情だ」

 

まくし立てる部下達。それに対してニコニコしながら返す。神風も頭を抱えていた。この人は()()()()()というのがよくわかった。

夕雲はあくまでも無言。だが、今の発言で小さな動揺が見て取れた。匂いにもほんの少し現れる。微かに冷や汗の匂い。

 

「これだけ時間を与えられたら見当くらいつきますとも。来栖からも各種情報は貰っていますしね。最後は虱潰しでしたが」

「あー……まァ、そうですねェ。俺んトコは自分の鎮守府もこの施設守るために力使ってたんで、調査は大将にも手伝ってもらってましたが」

「来栖は適材適所というのをよくわかっています。こういうズル賢い輩は、調査と牽制、両立しなければいけませんからね。来栖は牽制に専念した。ただそれだけです」

 

実際、こちらに対しての攻撃は夕雲の1回だけだったが、あちらの鎮守府にも攻撃こそされなかったが探りは入れられていたらしい。来栖提督が留守にしていたときだけだそうだが。

この施設は嘗められていたが、来栖提督は普通に鎮守府だ。動かれては困る相手だろう。無駄に慎重である。私達には知識がないため、顔を出しても足が付かないし。

 

「では早速ですが、私が目星を付けている者の名を。家村(イエムラ)ですね。階級は大佐」

 

夕雲は無言を貫く。だが、私にはわかる。

 

「冷や汗の匂いが強くなった」

「素晴らしい。若葉、便利な能力を手に入れましたね」

 

つまりは図星。下呂大将が言う家村という提督が今回の元凶であり首謀者。

 

「僕は知らない名前ですね」

「君がここに定住するようになってから役職を持ったものですから。勿論、来栖も面識は無いと思いますよ」

「調査中に名前を見たくらいですねェ。まだそこまで絞り切れてなかった」

 

ここ1年で提督という役職を持った、比較的新人らしい。上の人間の中では、将来有望とも言われている新進気鋭の提督だったそうだ。それなのにもう来栖提督と同じ階級なのだから、余程のやり手なのだろう。()()()()()()

短期間で戦果を出し、めきめき頭角を現し始めていたのだから。的確な采配をする切れ者として見られてもおかしくない。

 

「実際、家村を育てたのは私ですしね。来栖の弟弟子ですね」

「大将に教わっときながら、この体たらくたァ……」

「本当ですよ。一層、私が動かざるを得なくなりましたから」

 

大きな溜息をつく下呂大将。自分の教え子が外道に堕ちていたと思うと、遣る瀬無い気持ちでいっぱいなようである。何処で道を間違えたのだろうか。

 

「ともあれ、いつから始めていたかは知りませんが、半年以上はこの戦術を使い続けてきたのでしょう。隠してこれたことだけは評価してあげます。それ以外は全て落第ですが」

「人間として落第ですよ」

「ええ。確かに艦娘は兵器として登用されています。扱いとしては人間ではなく物品というのが正しい。ですが、そうだとしても間違っていますよ。だから、私は彼に説教をしなくてはいけない」

 

出会った直後からあまり信用していなかったのが、少し申し訳ない気持ちに。下呂大将は大将という階級を持つべき人間だ。私達艦娘の存在も真剣に考え、道具ではなく仲間として運用してくれている。

だからこそ、こんな力を持った神風がいるのだろう。親身になって育て上げたからこそ、強くなった。ただただそれだけのこと。

 

「家村はよく考えていたと思いますよ。足が付かないように、出撃のタイミングや出撃させる場所もしっかり考えていました。捨て駒の証拠隠滅まできっちりです。ですが、穴はあるんですよ。そういう戦術には」

 

その穴というのが、この施設の存在を知らなかったこと。

 

飛鳥医師はそれなりに名の知れた医療研究者であったことは私も本人の口から聞いていた。が、()()()で鎮守府を辞め、この施設で研究をするようになってからは、皆の記憶から薄れていき、飛鳥医師のことをよく知るものというのは古参の者程度。ここにいるという事実を知るもの自体が極端に少ないらしい。そもそも、放棄された鎮守府を気にかけるものなどいやしない。

 

「そこから辿れば、割とすぐです。私はここの近海の海流も全て把握してますから、何処を戦場にしたかは大方見当がつきます」

「さすが大将、俺にゃ無理だ」

「君の努力は認めますよ」

 

今さらりととんでもないことを言った気がする。

確かにここの浜辺には、海流の影響でいろんなところから物が流れ着く。ただし、その海流は複雑であり、規模が恐ろしく広いため、全て把握するのは不可能だ。それが全て頭に入っていると。

来栖提督も調査をしていたが、海流の影響を全て考慮した戦場の特定は流石に無理だったらしい。それをやってのけたのが下呂大将。

 

「当然その近海の鎮守府は全て視野に入れ、資源の増減や活動報告、戦闘詳報から割り出しました。虚偽があればすぐに気付けます。私は本来そういう役目では無いですから、少し時間がかかってしまいました」

「少しって……それ全部でどれだけあるんですか」

「ざっと半年分遡りましたね。3日でいくつか穴を見つけましたよ。書いた方がいいであろうことが書かれていなかったりしましたね。彼はそういうところの詰めが甘い」

 

半年分の資料を僅か3日で調べ上げたと。仕事量がおかしい。もはや人間業を超えている。だからこその大将なのか。

 

「それに、嫌でも証拠は残るんですよ。捨て駒がここに生き残ってるんですから。悪事というのは、隠しきれないように世界が出来ているんです」

 

私をチラリと見て微笑む。そう、私と三日月が生きた証拠だ。そこで戦い、そして散った()()の動かぬ証拠である。私達が証言できる。顔を見れば提督の顔も当てられる。

 

「とはいえ、私が出向くのが遅くなってしまったせいで数多くの被害者を出してしまいました。既に沈んでしまった艦娘には申し訳ない気持ちでいっぱいです。最初から私がその辺りの担当をしていればよかった」

 

以前引き揚げた艦娘は、最も古いもので4ヶ月前と聞いた。その時に既に下呂大将が気付いていれば、それ以上の被害者は出なかったし、私達もこんな目に遭わなかったかもしれない。そもそも生まれていなかったかもしれないが。

だが、その時は下呂大将は前線で指揮をしているのだ。担当違いの仕事に気付くことが出来ないのは、仕方のない部分もある。

 

「さて、簡単にですが、私の調査報告はここまでです。夕雲、答え合わせをお願いします。君の提督(ご主人様)は、家村である。正解ですか?」

 

冷や汗の匂いは一層強くなっていた。私達との戦闘中に見せた余裕の笑みや、ここで目を覚ました後の冷徹な真顔も消え失せ、焦りと動揺に支配されている。

ここに来たばかりの人間にここまで踏み込まれるだなんて思っても見なかったのだろう。どうせこの夕雲のことだ、飛鳥医師にも来栖提督にも調べ切られる前に次の部隊がここに攻め込むと腹を括っていたか。

 

「ここまで来たら、口封じなんて出来ませんよ。何か言うことは? 私はディベートが大好きですから、どうぞ反論を。全て返しますよ。懇切丁寧に、全てを説明します」

 

完全に心を折りに来た。今にも泣きそうな表情の夕雲に少し同情してしまうほどだった。

今の下呂大将には恐怖しか感じなかった。武力を一切使わず、口だけで屈服させてしまうその力に。

 

「夕雲、私の質問に答えてください。無言は正解とみなします」

「……違います。夕雲の提督(ご主人様)は……そんな名前では……」

「ほう」

 

よくもまぁこの状況で言えたものである。ここにいる誰もが、夕雲の言葉は虚言であるとわかる。今までに聞いたことのない、震えた声。喉がカラカラなのだろう、少しガサついた声をしていた。

主人に仕える忠実な奴隷。こんな時まで絶対に主人を売ることはしない。自爆だって受け入れていた。何があっても主人に害のないように選択している。

 

「この期に及んでそんなことが言えるとは、君もなかなかですね」

「……それはどうも」

 

再びだんまりに戻る。精神的に疲弊しており、苦痛しか感じていないようだった。自業自得なのだが、下呂大将も人が悪い。

 

「飛鳥、この子の洗脳も解くつもりですよね?」

「勿論。霰と同じように解放しますよ」

「君の腕は確かです。数日もあれば出来るでしょう」

「先生、あの、本当に無茶振りは勘弁してもらえませんか」

 

だが、私も飛鳥医師ならばそれくらいでやってのけるのではないかと期待している。どうせなら夕雲の洗脳も解き、奴隷ではなく艦娘として戦線復帰してもらいたいと願う。

 

 

 

尋問という名の、一方的な口撃はこれで終了。下呂大将は元凶について、そもそも目星がついていたというが、夕雲の今回の反応により確信に至ったという。

これからは敵が確定した状態での戦いに移行。私達に出る幕はあるかはわからないが、自衛はずっと必要だ。これまで以上に強くならなければ。

 




下呂大将は杉下右京みたいなものだと思ってください。

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